「……おうおう。お嬢ちゃんたち、誰に断ってチラシなんて配ってんだ?」
野太い声がしたほうを見ると、見るからにチンピラといった風貌の男性が三人、わたしたちのほうへ歩いてくる。
威圧的な態度を見せる彼らの声に、わたしは聞き覚えがあった。記憶の糸を辿ってみる。
……思い出した。以前、何度もハーランド工房を訪れては、グレガノさんから怪しい指示を受けていた人たちだ。
街の問題解決……といえば聞こえはいいけど、主に暴力的なことを担当していたはず。やっていることはその辺のならず者と変わりなかったと思う。
……どうやら、ハーランド工房からの妨害の手がいよいよ伸びてきたらしい。
どうしよう。このままじゃ、せっかく手に入れた居場所が潰されてしまうし、皆にも迷惑がかかってしまう。
「すみませんー。もう終わりましたので、すぐに帰ります。失礼しましたー」
そんな彼らに対し、クロエさんは一歩前に出て、努めて笑顔で対応する。
「そうじゃねぇよ。こういう場所で配りもんをするには、場所代ってのが必要なんだ」
「はい? 大通りは公共の場ですから、国から宣伝活動の自由は認められています。誰かに許可を得る必要はないはずですが」
突っかかってくるチンピラたちに、クロエさんは笑顔を崩さぬまま、凛とした態度で対応する。どんな相手にも臆さない、商人魂の片鱗を見た気がした。
一方のわたしはというと、最前線に立つ彼女の背を見ながら、おろおろするばかりだった。
「ごちゃごちゃ言ってねえで、払えばいいんだよ。痛い目に遭いたいのか?」
「……ところで、その場所代とやらはおいくらなんです?」
「そうだなぁ、ざっと5000ピールは払ってもらわねぇとな」
クロエさんがため息まじりに尋ねると、そんな言葉が返ってくる。
法外な値段だった。とても払える金額じゃない。
「……ありゃ? そこにいるの、エリンじゃねぇか」
そんなことを考えていた矢先、チンピラの一人がわたしの存在に気づき、蔑んだような視線を向けてきた。
「ひっ……」
その視線から逃れることもできずに身をこわばらせていると、マイラさんが静かにわたしの肩に手を置いて、下がるように促してくれる。
そしてわたしの前に出たマイラさんは握りこぶしを作り、チンピラたちと相対する。
「マイラさん、三人まとめて相手にできますか?」
「心配ご無用だよー。こーいう時こそ、用心棒が仕事しなくっちゃねー。
……わたしを庇うように立つ彼女たちから、そんな物騒な会話が聞こえる。その頃になると、段々と野次馬も集まってきていた。
「こ、この人たち、ハーランド工房から来たんだと思います。言うこと聞きましょう。危ないですよ」
思わずそう言うも、マイラさんは涼しい顔をしていた。ほ、本当に戦うのかな。
「おいおい、ここはエリンの言うことを聞いたほうが身のためだぜ? じゃなきゃ、ちょっと痛い目を見ることになるかもしれねぇな」
彼らは余裕綽々で言い、それぞれがナイフを取り出す。直後に野次馬がざわついた。
「……悪いが、痛い目を見るのはお前たちだぞ?」
……その時、ミラベルさんの声がした。見ると彼女は気怠げにチンピラたちと対峙している。
「なんだぁ? まだ仲間がいたの……げ」
そんなミラベルさんの存在に気づいた彼らは彼女に視線を向け、その腰にある剣を見て固まった。
「あれ? ミラさんも一緒に戦ってくれるの?」
「むしろ私だけでいい。お前たちは下がっていろ。せっかくのメイド服が汚れる」
緊張した様子もなくマイラさんが問うと、ミラベルさんはそう答え、剣を抜き放った。
この人が剣士という話は聞いていたけど、三人同時に相手できるものなのだろうか。
「さて、お前たち、そのチンケなナイフで私の剣と渡り合うつもりか?」
「じょ、上等だ。やってやろうじゃねぇか!」
虚勢を張っているものの、チンピラたちは明らかに動揺していた。
「てめぇら、囲め! 挟み撃ちにするんだ!」
そして言うが早いか、彼らは左右に散り、じりじりと距離を詰めていく。ミラベルさん、どうするんだろう。
そう考えていた時、彼らが近づくより早くミラベルさんが剣を一閃する。
その剣は炎をまとっていて、剣先から広がった炎が
……あれ? もしかしてこのミラベルさん、すごく強い人なのでは。
「ひっ……な、なんだ、今の炎は」
予想外の攻撃に驚いたのか、チンピラたちは表情を引きつらせ、数歩後ずさる。
「……て、てめぇ、ただの剣士じゃねぇな」
「……言い忘れていたが、私は魔法剣士でね。どうした? まとめてかかってこないのか?」
「ま、魔法剣士だと……そんな奴が一緒にいやがるとは。グレガノの旦那、話が違うじゃねぇか。お前ら、引くぞ!」
ミラベルさんの言葉を受けた彼らは苦虫を噛み潰したような顔をし、踵を返して逃げ去っていった。
「いやー、口だけの連中だったねー」
「マイラ、何もしてないですよね?」
思わずその場に座り込みながら、野次馬の中へと消えていくチンピラたちを眺めていると、マイラさんとクロエさんがそう言って笑い、ミラベルさんは剣を鞘へと収めた。
「……ご通行中の皆様、お騒がせして申し訳ありません。今度街外れに新たにオープンする
そして集まっていた野次馬へと向き直り、ミラベルさんは高らかにそう宣言した。
「……この街に、新しい薬師工房ができるのか?」
「久しぶりねぇ。何年ぶりかしら」
直後、ざわめきが広がっていく。
その様子を見て、ミラベルさんは満足げな顔をした。
「……あのー、ミラベルさん。これだけの騒ぎになるとわかっていながら、私たちにここでチラシ配りをさせましたね? ハーランド工房の連中が来るのも、想定内ですか?」
そんな中、クロエさんが小声でミラベルさんに尋ねる。怒っているのか、少し語気が強かった。
「結果的に工房の宣伝になったのだから、いいじゃないか。なぁ、エリン」
「ふえっ? あ、そ、そうですね。よかったんじゃ、ないですかね……」
突然話を振られ、しどろもどろになりながら返事をする。
「ほら見ろ。看板薬師がいいと言っているんだ。問題はないだろう」
「ええ……エリンさん、本当にそれでいいんですか……?」
困惑した表情で見られるも、言葉を返す勇気はなかった。工房の名を売る結果に繋がったのは確かなのだし。
「よし、今日のところは帰るとしよう。明日から、本格的に忙しくなるぞ」
ミラベルさんが頭の後ろで手を組みながら言い、工房へ向けて歩き出す。
わたしはその背を追いかけながら、この人は相当な策士だと思う一方、無類の頼もしさと安心感を覚えたのだった。