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第2話『薬師、運命的な出会いをする』

「ありがとうございましたー」


 わたしは料理を堪能し、お店をあとにする。


「……はぁ。結局、アルバイトの話は切り出せなかった」


 久しぶりのまともな食事は心の底から美味しかったけど、本来の目的はそこじゃない。


 このままだと、このお店で食べた料理が最後の晩餐になってしまう。それだけは避けないと。


 ……というわけで、わたしは街中を巡り、従業員を募集しているお店に片っ端から足を運んでみた。


 ……けれど、勇気を出せたのはそこまで。


 店長さんに話を取り次いでもらって、アルバイトの話を切り出す……なんてことは、わたしにとってハードルが高すぎた。


 店員さんを避けるようにお店の中をうろうろし、何も買わずに出ていくわたしは、お店にとっては冷やかし以外の何者でもなかっただろう。


 ……夕方近くまで頑張ってみたものの、特に成果を上げることはできなかった。


「……はぁ、わたしの意気地なし」


 結局、わたしは最初に食事をした食堂に戻ってきてしまっていた。


 このお店は昼間だけの営業らしく、その扉には『準備中』の看板があった。


 でも店の明かりはついていて、まだ中に人はいるようだ。


 窓から覗くと、カウンターの奥で作業する店長さんの姿が見える。


 ……これが最後のチャンスだ。今一度勇気を出すのだ、薬師やくしエリン。


 そう自分に言い聞かせながら、扉を手にかける。その手が震えていた。


「それでは、今日もお疲れ様でしたー!」


 中に入ったら言うべき言葉を頭の中で繰り返していた時、明るい声がして、アルバイトの青髪の女の子が裏口から出てきた。


 彼女はわたしに気づくことなく店の横を通り過ぎると、そのまま大通りを走り去っていく。


 ……そうだ。先にあの子に相談してみよう。


 その後ろ姿を見ていると、わたしの頭の中にそんな考えが浮かぶ。


 少しだけどお話もしたし、何より優しそうだ。わたし一人で直接店長さんに話をしに行くよりいいかもしれない。


 そんな結論に至ったわたしは、急いで女の子を追いかけたのだった。


「あれ、ここって……」


 そしてたどり着いた先は、なぜかハーランド工房だった。


 あの子、お薬でも買いに来たのかな……なんて考えていると、少しだけ開けられた


 扉の奥から、グレガノさんと女の子の話し声がした。


 わたしは目の前の階段を上って扉に近づき、耳をそばだてる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 熱冷ましの薬、昨日は400ピールだって言ってたじゃないですか! それがなんで今日は1000ピールになってるんです!?」


「そりゃあ、値上げしたからに決まってるだろ。原材料費の高騰だよ。こっちも商売なんでな」


「わたしも商売したことありますけど、相場というものはゆっくりと変動するものです。昨日今日で値段が倍以上になるなんて、おかしいですよ。仮に急な値上げをするにしても、事前告知をするべきでは?」


「はぁ? 文句を言うなら買わなくてもいいんだぜ? うちの薬には薬師の技術料もかかってるんだ。なぁ、マリエッタ」


 お店のさらに奥から、女性の声がした。そちらは距離が離れていて、よく聞き取れなかった。


「むむむ……! わかりました! 買います! 買いますよ!」


「そうこなくっちゃな。へへっ、まいどあり」


 やがて店員さんは苛立ちを隠せないといった声色で言い、薬を購入していた。


 ……理由はわからないけど、どうやらハーランド工房の薬は値上がりしているよう。


 グレガノさんのことだから、値段をつり上げてさらに儲けようという魂胆なのかもしれない。


 それにしても、いきなり二倍以上だなんて……。


「わぎゃ!?」


 ……モヤモヤした気持ちになっていると、扉が勢いよく開け放たれた。その扉に弾き飛ばされ、わたしは地面にひっくり返る。


「はわっ!?」


 その直後、工房から薬を手にした店員さんが飛び出してきた。


 彼女は勢いそのままに、地面に転がるわたしに足を取られ、盛大に転んだ。


 ……その拍子に、彼女が持っていた袋は宙へと放り出され、中身の粉薬が豪快にぶちまけられた。


「あああ、せっかく買った薬が……!」


 わたしに覆いかぶさったまま、店員さんは悲痛な声を上げる。


「ご、ごごごめんなさい。その、わたし……」


「……なんだぁ? 騒がしいと思ったら、エリンじゃねえか」


 その柔らかい体の下で謝っていると、開いた扉の奥からグレガノさんが顔を出した。


「……お前、まだこの辺をほっつき歩いていたのか? さっさとどっか行け」


 彼は吐き捨てるように言ったあと、乱暴に扉を閉める。


 その言葉を聞いて、薄れていた嫌な気持ちがまた再燃したような気がした。


「あわわ……この薬、まだ使えるでしょうか。砂が混ざってそうですが、洗えばどうにか……!」


 そんな中、店員さんはわたしの上から這い下りて、地面に散らばった薬を必死にかき集めていた。混乱しているのか、よくわからないことを口走っている。


「あ、あの、誰か悪いんですか……?」


 起き上がって、おずおずとそう尋ねる。わたしにも非があるので、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……ここ数日、親友が高熱に苦しんでいて。バイトで貯めたお金で、やっと薬を買ったんですが」


 砂と薬が混ざったものをかき集めながら、店員さんはそう言葉を返してくれる。


 ……そういえば、熱冷ましの薬がどうこう言っていた気がする。


 でも、熱冷ましの薬にしては、この匂いは……。


「……ちょっと、失礼」


 違和感を覚えたわたしは、袋の中にわずかに残っていた薬を手に取り、少しだけ舐めてみる。


「……主成分はゴールデンリーフにパープルアイ。それにグリーンオリーブも少し入っているけど、スイートリーフの配合量が明らかに少ない。おそらく規定量の半分以下。これじゃ、すごく苦いだけで熱冷ましとしての効果は薄い」


「え?」


 スイートリーフはその名の通り甘い葉っぱで、料理にも使われる一般的な植物だ。


 名前に反して、薬として使うのは根っこの部分で、濃縮された甘味成分は葉の数十倍に達する。その甘みは粉末にした場合、すぐさま鼻に届くほどに強烈だ。


 それが全く感じられないところからして、スイートリーフの使用量が極端に少ないか、もしくは全く配合されていない可能性もある。


 わたしは当然こんなヘマはしないし、これは、わたしが作った薬じゃない。エルトナか、あのマリエッタさんが作ったのかも。


「……あの、もしかして薬の成分がわかるんですか?」


「へっ? いえ、これはその」


 集中していたところに突然声をかけられ、わたしはあたふたしてしまう。


「ハーランド工房の工房長さんもあなたのことを知っているみたいでしたし、もしかしてあなたは薬師だったりするのでは!?」


「い、一応薬師ですが、今は失業中で……あのその」


「お願いします! ぜひうちに来てください! あ、私はクロエっていいます!」


「は、はぁ。クロエさん。わたしはエリンと申しま……って、あわわわわ!?」


 自己紹介もそこそこに、クロエさんはわたしの手を掴むと、ものすごい力でどこかへと引っ張っていく。


 ちょ、ちょっとちょっと。わたし、どこに連れて行かれるの!?


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