『失ってから気付いたんじゃ…なにもかもが遅いからな。俺達先輩からのアドバイスだ』
ニッ!と笑った赤髪の男の表情には、すべてを乗り越えてきた男の責任と強さを感じた。
『おっと…もうこんな時間か。んじゃ、俺達はそろそろ行くわ』
『呼び止めちまって悪かったな!』
『いつか外の世界でまた会えたら、その時は友達になろうぜ!』
明るくフラッフィーに言った信号機猫3人組は、愛想のいい笑顔で手を振りながら去っていったのだった。
「――あいつらがしたことがどんなことかまでは聞けなかったが…少なくても今のあいつらが悪い奴らには思えない」
「にゃあ…」
「あいつらが変われたのは、この更生学校があったからなんだな…」
フラッフィーと俺は、3人の背中を見送りながらそんな事を思っていた。
***
その後も、学校内を歩く度にいろんな生徒に声をかけられた。
『キャー!めっちゃ可愛い黒猫たんなんだけど~~っ!』
『もっふもふ~♡』
『ずるーい!!あーしも抱っこさせてよぉっ!』
「……に゛ゃ…」
派手なメイクをした陽キャ風な猫の女妖精に絡まれ、フラッフィーが強制的に抱っこ攻撃に遭った時は、フラッフィーからの助けてと訴える視線がすごかったし。
『黒を持つ者という運命を背負ったのは本当に辛いことだ…。わしにも君と同じくらいの息子がいてねぇ……。とは言っても、今は大きくなって家庭を持ったと
「にゃあ…」
罪を犯した時に負ってしまった怪我と、数年前に発症した病で車いす生活を余儀なくされたおじいさん猫が、身体中に大量の管を通された状態で振り絞るように言ってきた時は、なんだか切ない気持ちになってしまった。
生徒の中には、実の両親と一族をすべて滅ぼしたという恐ろしい過去を持つ者もいた。
『今でもたまに夢に両親と一族全員が出てくるの…。お前を同じ目に遭わせてやるって…何度も何度も殺される夢…私が殺した時と同じ方法で殺され続けるの…。当時は怖くて怖くて堪らなかった。みんな私を恨んでいて復讐したいと思っているんだって…それからは薬を飲まないと寝られなくなったんだけど、夢を見てようやく当時の両親の気持ちや一族の気持ちが分かったの…あぁ、殺された時はこんなに怖くて堪らない状態で死んでいったんだなって…。私が犯した罪は、一生許されないし、私の中から消えない…罪悪感を抱いたまま生き続けなければならない……多分これが、因果応報ってやつだよね…』
「にゃぁ……」
『1人になって初めて気づいたんだ…本当のひとりぼっちって、こういう事なんだなって…。暗闇で何百年もの間隔離され続けて、初めて自分自身と向き合った…そうしたら、これまでに感じたことがない強い後悔が押し寄せてきたの。当時は感情のまま動いてしまったけど、妖精殺しのレッテルを張られたままの自分で生き続けるのはイヤ…どんな方法でもいいから罪を償ってこんな自分を変えたいってね…。それからは、自分でも抑えられなかった感情を自分でコントロールできるように必死に頑張って、頑張って…頑張り続けて今この学校に入学することができた。この学校で学ぶことはまだたくさんあるけど、あと50年間今まで以上に頑張り続けて、もう一度外の世界で暮らしていきたい。私の夢はね…私みたいに大きな罪を犯した子達を救い出して、正しく導くように教えるこのキャット更生学校の先生になることなんだ!」
そういって満面の笑顔を浮かべた少女に、ここまで人を変えることができるキャット更生学校がいかにすごい場所なのかを改めて実感した。
「ここにはいろんな罪を犯して、その罪を償うためにはどうしたらいいか考える奴らばかりがいるんだな…」
聞き取れない言葉で返事を返してくると分かっていながら、俺は腕の中から顔を出すフラッフィーに語りかける。
「にゃあ…」
か細い返事をしてきてくれたフラッフィーを見ると、どこか上の空のような表情をしたフラッフィーが視界に映る。
いろんな経験をしてきた妖精や精霊たちの話を聞いて、今フラッフィーはなにを思っているのか。
聞いたところで通じない言葉の壁というのは、一緒にいる時間が長ければ長いほど辛いものだ。
外で
『ねぇ…そこのお兄さん…その黒猫がフラッフィー?』
不気味な声に振り返ると、そこには濃紺の腰まで伸びたボサボサの長い髪と黄土色の瞳。
頭には傷だらけの大きな猫耳と、真っ二つに裂けたボサボサの長い紺色の尻尾を持つ細身の中性的な少年が、俺達の方をジッと見ながら立っていた。
「……そうだが…お前は?」
『………』
少年は俺の質問に答えることなく、黙ったまま食い入るようにフラッフィーを一点に見ている。
異様な雰囲気の少年に少しだけ嫌な感じがして、フラッフィーを抱いている手に力が入った。
『―――い…。―――やる……いに…――す…』
少年は、なにかをブツブツと呟き、身体をふらつかせながらゆっくりと俺達の方へ向かって歩いてくる。
『くまは――…やる……』
「何を言っているんだ…?もっと聞こえるように話せ」
ジリジリと後ずさりしつつ訊ねると、少年は突然目を血走らせながら猛スピードで向かってきた。
『悪魔はボクが殺してやるううううううううッッ!!!!!!!!』
「ッ…!!!」
「シャ―――!!」
怒りの表情に変わったフラッフィーが、少年に向かって威嚇を始める中、俺は全速力で走った。
「チッ…!なんなんだアイツ…ッ!ここの更生学校は安全な生徒しかいないんじゃなかったのか!?」
『悪魔を寄越せええええッ!!その悪魔も、あの時みたいに殺してやるからよォッ!!!』
「あぁ!?あの時…?一体なんのことだ!?」
追いかけてくる少年を振り返って返事をするが、俺の声が聞こえていないのか、望んでいた返事が返ってくることはなかった。
『悪魔ァ!!悪魔を寄越せェェェェッ!殺す…!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッ!!!』
目が完全にイッてしまっている少年から必死に逃げていると、ふと腕に付けたままだった腕輪のことを思い出した。
ドリルドが言っていた魔法のマイクロチップとやらも反応していないのか、誰も助けに来る気配はない。
「このまま逃げていても、そのうち絶対に追いつかれる…ッ!」
人間が相手ならまだしも、相手は妖精だ。
魔法を使われてしまえば、不利なのは人間である俺の方。
今のうちにターニャに連絡をしないとと思った俺は、腕輪に付いている猫型のスイッチを押した。