ソファーから立ち上がったドリルドがゴホン!と咳ばらいをすると、モニターの傍へ移動し、そのタイミングで尻尾モニターに移された映像が切り替わる。
『それでは今日のご予定を説明させていただきます。フラッフィーには今日1日、この学校で好きなように過ごしていただこうかと考えています。好きなように過ごし、話したい生徒と会話をし、たくさんコミュニケーションを取っていただき、どんな人とでも不自由なく話せるようになってほしい…そんな理由からこのような予定にしました。……簡単そうに見えますが、意外とできない人も多くいるのが現状です』
「――なるほど…そう来たのね」
ソファーに足を組みながら座り、腕組みをしていたターニャが納得したように呟く。
「好きなように過ごしていいと言っている…よかったな」
「…にゃ?」
フラッフィーはというと、腕の中から俺を見上げて「そんなことでいいの?」というような表情で首を傾げていた。
『この先、フラッフィーはたくさんの精霊や妖精との出会いを繰り返していくはずです。その中で、良い人と巡り会う事ができる時もあれば、悪い人と巡り会う可能性もあります。中には、良い人のふりをした悪い人もいるでしょう…そんな時も流されることなく、自分の意思を持ち理性を無くすことなく接することができるように、あえて“自由”という予定を立てさせていただきました』
「確かに、フラッフィーにとって大事なことね。特に悪魔化の覚醒が始まった時に自分の意思や理性がなくなってしまえば、あっという間に悪魔に心を持っていかれてしまうわ」
『生徒達には予めフラッフィーの事を伝えてあります。どこで生徒と会っても優しく対応してくれるはずですから、安心してください』
「もし…何かあった時はどうするつもりだ?」
『――仮に生徒からなにかをされたり、争いに発展した際は生徒の身体に埋め込んだ魔法のマイクロチップから私や刑務官たちに一斉に通知が来るようになっているのですぐに駆け付けます。…とは言っても、ここにいる生徒たちは自分の犯した罪を猛省し、罪を償いながらやり直すという強い意志を持った者達ばかりです。今朝の争いのような事は、数百年に一度あるかないかで極稀に起こってしまう事なんですが…基本的にあのようなことが起こることは滅多にありません。どの生徒も優しい妖精や精霊ばかりです。偏見を持たず、優しく温かい心で接すればきっと打ち解けることができるでしょう」
尻尾モニターの映像には、学校内の様子や生徒たちの日常風景などが映された。
どの生徒も、ソラリア庭園都市に暮らしている精霊や妖精たちと変わらないものばかりで、生徒同士で話をしていたり、運動をしたり、趣味の時間を楽しんでいる者達が多くいた。
パッと見、罪を犯した犯罪者とは思えない者も多く、毎日を穏やかに過ごせている学校での暮らしが、幸せそうに見える。
尻尾モニターに映っている映像が消え、モニターの形をしていた尻尾は、再びぐにゃぐにゃと変形していくと通常の尻尾のサイズへと戻った。
どうやらドリルドの説明はこれで終わりのようだ。
『本当はもう少し時間をかけた説明を予定していたのですが、今朝のトラブルでご迷惑をおかけしてしまったので、ここまでとさせていただきます。なにかご不明点があれば、いつでも仰ってください。征十郎殿』
「わかった。――ターニャも一緒に行くのか?」
『私はやめておくわ。せっかくの機会なのに私が同行したら、生徒たちが緊張してしまうでしょ?私はここでドリルドと話をしながら待っているから、征十郎はフラッフィーと行ってきて』
「…どのくらいで戻ってくればいい?」
「そうねぇ…5時にはここを出たいから、それまでに戻ってきてもらえればいいわ」
「わかった」
ドリルドとターニャに見送られながら、俺とフラッフィーは応接間をあとにしたのだった。
***
「お~~!小せぇなぁ!!」
「フー…シャ――!!」
応接間から出て廊下を歩いていたところで、たまたますれ違った3人組の男に絡まれてしまった。
見た目はがっちりしたヤクザ風の猫の妖精で、身体の至る所に見事なまでのお絵描きがされてある。
そして特に印象に残ったのは、男3人の髪色だ。まるで信号機のような派手髪は、人混みでも見つけられる自信があるほどに派手だ。
「はっはっは~!お前嫌われてやんの~!」
「う、うるせぇよ!!」
「そんなに怒るなって!なっ?おチビちゃん♡」
「話は先生たちから聞いてるぜ?お前が黒を持つ者のフラッフィーだろ?」
「……」
俺自身、この3人組の生徒がそんなに悪い奴らのようには感じないが、見た目の怖さは確かにある。
久々にフラッフィーの威嚇が止まらないのは、多分この見た目のせいだ。
だが、顔を覗き込んでくる信号機猫3人組をジッと見たかと思うと、フラッフィーの威嚇はピタリと止まった。
(ん?威嚇が止まった?)
信号機猫3人組を見つめるフラッフィーを見下ろす。
いつもならもう少し威嚇の時間は長いはず…と思っていると、落ち着いた様子でフラッフィーが一言だけ鳴いた。
「にゃぁ~」
「!」
これまでフラッフィーを見てきて分かったことがある。
それは、気を許した相手だけに鳴く泣き声があるということ。
今の鳴き声は、気を許した相手に最初に発する鳴き声だったのだ。
(そうか…フラッフィーは、この3人が悪いやつではないことを見抜いたんだな…)
見た目だけで判断をせず、相手がどんな奴なのか内面を見抜く…洞察力が高いフラッフィーだからできる特技だ。
『おっ、鳴き声が変わった!』
『もしかして俺達のこと気に入ってくれた?』
『さすがに何喋ってんのかまではわかんねぇけど、なんか嬉しいな!』
信号機猫3人組も、言葉は分からずともフラッフィーの変化に気付いたようで、嬉しそうに表情を緩めていた。
「フラッフィーは、お前たちの見た目に惑わされず、本当は優しくていい人なんだと見抜いた…だから気を許したという意味を込めて、一言だけ鳴いたんだ」
『!』
『!!』
『っ…!』
フラッフィーの頭を撫でながら言うと、信号機猫3人組は驚いた表情を浮かべて顔を見合わせた後、嬉しそうな穏やかな表情を浮かべながらフラッフィーを優しく撫でた。
『…ありがとうな、フラッフィー』
「にゃあ」
『みんな、俺達の見た目だけで判断する奴ばかりだったのに…そんなことを思われたの、初めてだ』
『フラッフィー。ここにはいろんな罪を起こした奴らがいる。一度やってしまった事はもう二度と消すことなんてできねぇし、傷つけちまった相手にいくら謝っても許してもらえねぇ…相手の心の傷を完全に消すこともできねぇし、俺達がしちまった罪は相手や相手側の一族の記憶に残り続ける…。いくら反省しても、俺達が許されることは二度とない…俺達犯罪者が死んでも、その罪は消えない。俺達は生きていようが死んでしまおうが、許される日は一生来ないんだ』
赤い髪をした男が、切なそうな表情を浮かべながら話し出した。
その声色には、さっきまでの元気は感じられない。
『どっちにしろ許されないなら、その罪を一生背負い続けて、罪を償うため今後の人生は誰かのために役に立つことをする…そう誓って俺達はこの更生学校に入学したんだ』
『この学校では、子供にでもできるような…簡単だけど生きていく上で大切なことをしっかりと学ばせてくれる。ここに来るまでに失ってしまったものはたくさんあったが、新しく得られることはもっとたくさんあった…』
『俺達は今年でこの学校を卒業することになっている卒業生だが、俺達みたいなクズの面倒を長い間見てくれた学校の先生たちと、更生の機会を与えてくれたこの学校にはすごく感謝しているんだ』
「にゃ…にゃあ…」
切なそうな表情で話す男達の瞳は揺れていた。
『フラッフィーは俺達よりも遥かに辛い運命を背負ってる…俺達にゃ想像もできねぇ運命だが…1つだけアドバイスできることがある』
「にゃ…?」
『後悔しないように生きろ、一時的な感情だけで行動を起こすな』
「!」
赤髪の男の言葉に、フラッフィーの瞳が大きく開かれた。
たった一言の言葉にすべてが詰め込まれている…そんな言葉だった。