目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

55話:猫の杜生活 4日目-Ⅰ


「…あら?フラッフィーってば、大分大人の精霊や妖精に慣れてきているじゃないの」



ターニャの敷地から出て街中を歩いていると、精霊や妖精とすれ違っても無反応だったフラッフィーに、驚いた様子でターニャが俺の方を見てきた。


そりゃあそうだ。

一昨日までは、威嚇まではいかないが、大人の精霊や妖精への警戒は解けていなかったから、ターニャが驚くのも無理はない。


「昨日はフラッフィーと一緒に、街の探索をしに行っていたんだ。新しい友達もたくさんできたし、いろんな経験もできた…。俺自身もフラッフィーの事をたくさん知れた日だったから、昨日はフラッフィーにとっても俺にとっても有意義な日だった」


「…ふっ…そう…。それなら良かったわ。昨日あなたたちに自由に過ごしてもらったのは正解だったみたいね」


どこか嬉しそうに笑みを浮かべながら、ターニャの視線が逸らされる。


時刻は8時を少し過ぎた頃。

人間の世界でも大分早めの時間ではあるが、猫の杜に住む住民達は行動開始時間が早いようで、街は多くの精霊や妖精たちで賑わっていた。


「今日はどこにいくんだ?」


歩きながら隣を歩くターニャに訊ねてみる。


「今日は、とある学校に行く予定よ」


「…今更学校?子供相手の妖精や精霊なら、フラッフィーは誰でも問題なく接することができているぞ?」


「学校って言っても、アンタの世界にあるような小学校や中学校、高校という子供がいる学校ではないわ」


さっきまでの笑顔が消えていたターニャの表情は、いつになく真剣になっている。

普通の学校……じゃない事だけはわかった。


「これから行くのは、大人が通う学校…要は昔、犯罪や事件を起こしたことがあるとか、悪いことをしてしまった大人が更生の意味で通う学校よ」


「なっ…!正気か…?フラッフィーはまだ大人の妖精には慣れきっていないんだぞ?せっかく警戒が解かれつつあるのに、またトラウマを植え付けそうな大人のところに行ってどうする!?」


ターニャの意図が分からずに声を上げる。

すると、俺の反応を予想していたのかターニャは冷静な様子で口を開いた。



「征十郎。人の話は最後まで聞いて。私の話はまだ終わってないわよ」


「っ…!」


「元犯罪者が更生の意味で通う学校だけど、フラッフィーと会わせても問題はないと思っているの」


「…どうしてそう言い切れる?」


「この学校に通えているという事は、自分がやってきた行いを後悔し、反省している人たちしかいないのよ。自分の行いを後悔せず、反省もせず、正義だと思い込んでいる外道のような奴等は、未だにソラリア庭園都市の神殿地下に隔離されているわ」


「……」



「自分の罪を償いながら生きていくため、もう二度と間違いを起こさないために人生のやり直しを学ぶところ…それが、これから私達が行こうとしている“キャット更生学校”よ」


「要するに、心を入れ替えて罪を償うため新たな人生をスタートしようと頑張っている奴らしかいないから、フラッフィーが行っても問題がないと?」


「そう言う事ね」


「……本当に、大丈夫なんだろうな…?」


ターニャには悪いが、犯罪者がいる学校にフラッフィーを行かせたくないというのが保護者である俺の正直な気持ちだ。


今は反省や後悔をしているとはいえ、元々は罪を犯した犯罪者だ。

やらかした罪にもよるが、殺人系の事件を起こしたことがある奴が、もう一度外の世界で暮らして二度と同じことをしないとは言い難い。


もしかすると、外で自由に暮らすために演技をしている可能性だってあるかもしれない。

普通の常識や考えを持った奴なら、誰かを手にかけようとは考えないし、例え頭を過ったとしても、思いとどまる理性があるはずだ。


「アンタが良く思わないということなんて、最初から分かっていたわ。でも、更生学校にいる子達は、オリビア様直属の信用と実力のある医療に特化した専門の精霊部隊による厳重な診察や数千回にわたるヒアリングを行い、『問題がない』という結果が出た人達だけしかいないの。最終的にはオリビア様のチェックも入っているわよ」


「!」


「だから、演技とか魔法で突破できるほど簡単なものじゃない…ということだけ、言っておくわね」


「……」


まるで俺の心を見透かしたようなターニャの言葉に、なにも言う事が出来なくなってしまった。





***



ターニャと共に猫の杜を歩き続けて2時間。

ようやく猫の杜の山の、最も奥にあると言われている更生学校に到着した。

俺達の目の前には、銀行の金庫のような大きく厳重な門が立っていて、門の左右には木の高さ位のコンクリート壁が、外の世界と遮断するように敷地を覆っている。

学校というよりも、隔離棟とか、刑務所のような雰囲気の場所だ。


「着いたわよ」


「―――おい、ターニャ…。更生学校とやらがこんなに遠いなんて聞いていないぞ…」


平然とした表情で先を歩いていたターニャが、後ろを歩いていた俺を振り返る。

さすがに街中にあるとは思っていなかったが、こんなに山の中を歩き続けるとも思っていなかった。


休みなしで足場の悪い山を歩き続けたのは、人生で初めてである。

遠い記憶の中にある小学生時代の登山の授業でさえ、30分置きに休憩があった。

まさかこの歳で異世界の山を2時間ぶっ通しで登山する羽目になるとは…。

自主筋トレをしていたおかげでなんとか付いてこられたが、それでも足が重いのは変わらない。



「これでも、私の魔法を使ってかなり近道をしてあげたのよ?文句を言われる筋合いなんてないんだけど?」


「…ハァ…?2時間も歩き続けて、近道をしただと…?」


「私の魔法がなかったら、3日間は歩き続けていたわよ?アンタはそれでもよかったわけ?」


「!?」


平然と言ってくるターニャにぎょっとした。

確かに3日間歩き続けるのを考えたら…2時間で済んだだけありがたいのかもしれない。

なにも反論しなくなった俺を見て、意地悪そうな笑みを浮かべるターニャから、俺は視線を逸らしたのだった。



『xxxxxxxx,xxx,xxxxxxxxxxxxxxx』


門の前に立ったターニャが、門に手を触れながらなにやらよくわからない言語で言葉を唱え始める。

しばらくすると、巨大な門の鍵が開く音が聞こえ、ギギギィ…と鈍い音を立てながらゆっくりと開き始めた。


「さ。入るわよ」


「ここには猫の杜のような門番はいないのか?元犯罪者たちがいるから、こんなに厳重にしているんだろう?」


「外部からこの中に入るのは私か、新たな子達を迎え入れる時に送り届けてくれる医療部隊の精霊たちくらいで、それ以外の人の出入はないの。私の魔法を使ったこの門を開けられる者は、四大精霊やオリビア様以外この世にはいないから、門番なんて必要ないわ」


「……そうか」


自信満々に応えるターニャは俺を一瞥すると、敷地の中へと入っていった。


中はかなり広く、なにもない学校のグラウンドが広がっている…というイメージだ。周りは森とコンクリート壁で覆われていて、敷地の奥の方に変わった形をした刑務所のような建物が建っている。


敷地を進んでいくと、建物が近づいてくるにつれ、奥の方から騒がしい声が聞こえてきた。



「なんだ…?」


不思議に思いつつ、建物に向かって歩いていく。

途中、ターニャが辺りを見渡しながら神妙そうな面持ちでなにかを呟いていた。


「……いつもなら、私が入った時点ですぐに監視役の刑務官が飛んでくるはずなんだけど…業務で忙しいのかしら?」


ガヤガヤと騒がしいような音が、建物に近づくにつれて徐々に鮮明に聞こえ始める。

騒がしい音の原因は、どうやら誰かが言いあいをしている声のようだった。

建物のすぐ傍に人だかりができていることから、恐らくあの人だかりを確認すれば分かるだろう。



「喧嘩か…?」


「とりあえず行ってみましょう」


人だかりをかき分け、確認してみると、建物のすぐ傍にある畑のようなスペースの前で、2人の大柄な男が言いあいをしているようだった。

胸倉を掴み今にも殺し合いになりそうな男達を、細身の刑務官の男が中間に入って懸命に止めている。



『何度も言わせるな!これはお前がやったんだろーが!!』



『アァ!?だから、俺じゃねぇっていってるだろーが!!お前の管理不足で腐らせたくせに、人のせいにしてんじゃねぇよッ!!』


『2人とも!!いい加減に落ち着いてください!いい加減にしないとお仕置き部屋行きですよ!?』


『うるせぇッッ!!禁断の違法薬物の研究と販売をしていた奴の言葉なんて信じられるわけねーだろ!!』


『テメェはバカなのか?!あぁ!?この更生学校でそんなことするわけねーだろ!俺はもう二度とバカな真似はしねぇって決めたんだよ!詐欺を繰り返していろんな種族の精霊達から一族の家宝をぶんどって、悪魔に魂を売ったお前なんかとは違ってな!!』


『てめっ…なんでそんなことまで知ってやがんだ!!』


刑務官の声をフル無視して更にヒートアップし始める男2人に、ターニャの表情が険しくなっていくと、瞳の色が今までに見たことのない濃い黄色に変わった。



そして――…




『――――五 月 蠅ウルサ い――』




声自体は大きくないのに、声が耳を突き抜けて脳が麻痺するような感覚と、強烈な痛みが身体中を駆け抜ける。



『!!』


『ッ!!』



言い争いをしていた男2人の動きはピタリと止まり、まるで魂が抜かれた様に、無気力な様子で空を見上げるように空中に浮き始めた。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?