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54話:猫の杜生活 3日目-Ⅱ

数分程泣いていた少年は、少しずつ落ち着いてきたのか、ようやく泣き止むと目元の涙を拭いながら俺とフラッフィーを見上げてきた。


「ひっく…おにいちゃんと黒猫さんはだぁれ…?」


「俺は柊征十郎。この黒猫はフラッフィーだ」


「ひいらぎ…せいじゅーろ…フラッフィー…?」


「そうだ…お前の名前は?」


「ぼく、タマキ…」


上擦った声で少年―――タマキが答える。


「タマキは今いくつだ?」


「……103さい…」


「103………あぁ…人間で言う3歳の歳か」


ヨルノクニでは時間軸が違うため、妖精や精霊の年齢は人間の年齢に100歳を足した数が正しい年齢だと教えてもらったことを思い出した。

103歳ということは、103から100を引けば、簡単に人間に置き換えた時の年齢が出せるという訳だ。


薄茶色の髪をしたおかっぱヘアーのタマキの頭には、髪と同じ薄茶色と白の斑模様の耳、お尻からは耳と同じ柄をした尻尾が生えている。


「タマキは、どうしてこんな所にいるんだ?お父さんやお母さんはいないのか?」


「パパとママとお買い物に来ていたんだけど、チョウチョを追いかけていたら…いつのまにかひとりになってた…いっぱい探したけど、ここから出られなくなっちゃって、怖くなったの…」


「…そうだったのか」


どうやらタマキは、買い物をしている間に両親とはぐれてしまい、両親を探しているうちに林から出られなくなったようだ。


「よし。そういうことなら、一緒にお父さんとお母さんを探そう」


また泣きそうになるタマキの頭をひと撫でし、立ち上がると、タマキの表情はみるみるうちに明るくなった。


「ほんと…!?」


「あぁ。タマキがここにいるのを見つけてくれたのは、フラッフィーだ。タマキの両親もタマキがいなくなって心配しているだろうし、俺と一緒に市場に戻ろう」


「おにいちゃん…うんっ!ありがとう!」


満面の笑みを浮かべるタマキに、俺は安堵した表情で俺を見るフラッフィーに向かって小さく頷き、タマキの小さな手を握りながら市場に向かって歩き出したのだった。




***


「へぇ…フラッフィーは今、せいじゅーろーと住んでいるんだね!うん…うん…そうなんだ!」


「……」


タマキがフラッフィーを抱っこし、タマキと俺が手を繋いだ状態で林の中を進んでいく最中、タマキは何度もフラッフィーに対して相槌あいづちを打ちながら返事をしていた。


猫の杜に来てから分かった事…それは、フラッフィーと普通に会話ができるのは子供の猫の妖精や精霊だけだということ。


大人で会話ができるのは今のところターニャだけだ。

元々は猫だから、猫の妖精であれば全員フラッフィーと会話が出来ると思っていたが、どうやら違うらしい。

猫孤児施設の先生や、ネードラですら魔法を使い翻訳してフラッフィーと会話をしていた光景を思い出す。

なぜ、子供だけなんの力も使わずにフラッフィーと話せるのかは、今のところ分かっていない。


今度時間がある時にでもターニャに聞いてみるか…と思いつつ、楽しそうに会話を弾ませているタマキに視線を落とす。


「――タマキ。両親とはどこで買い物をしていたんだ?」


「お魚屋さん!お魚屋さんで買い物をしている途中ではぐれちゃったの」


「そうか…。もう少しで林を抜けられると思うから、まずは魚屋を目指して行ってみよう。魚屋の場所はわかるか?」


「……わかんない…」


しょんぼりした表情でタマキが答える。

タマキはまだ3歳だ。人間の子供ですら親と一緒じゃないと行動ができない年頃なのに、店の場所どころか道だって分かっていない子がほとんどだろう。


「わかった…心配するな。途中でタマキを探している両親とも会えるかもしれないし、一緒に探しながら向かえば必ず辿り着ける」


「うん」


数メートル先に見えてきた市場を目指して、俺達は歩みを進めたのだった。





***


無事に林を抜け、しばらく市場を歩いていると…


「タマキ!!」


前方から、タマキと同じ髪色をした2人の男女が走ってきた。


「パパ!!ママ!!」


走ってきた男女の姿を見るや否や、タマキの表情がぱああと明るくなり、繋いでいた俺の手を離し、2人のもとへ走って行く。

そして2人に飛び込むようにして抱き着いた。


恐らく、あの2人がタマキの両親なのだろう。



「もう…!すごく心配したのよ!?」


「ふぇ…ママぁ…」


「タマキ…!よかった!1人でどこかに行ったらダメだと毎回言っているだろう…」


「パパ…ごめんなさい……」


俺とフラッフィーは離れた場所でその微笑ましい光景を見守っていた。

するとしばらくして、タマキが両親になにかを話すと、両親を連れて俺の元に戻ってくる。


「せいじゅーろー!」


「タマキ…無事に両親と会えてよかったな」


「うん!!」


両親と会えて余程嬉しいのか、タマキは始終笑顔だ。


「――あなたが、タマキを私達のところまで連れてきてくださった方ですね。お話はタマキから伺いました。本当にありがとうございます」


「ずっとタマキを探していたんだが、見つからずに心配していたんだ。まさか、集会所でターニャ様が紹介していた方がタマキを助けてくれるとは……感謝してもし足りない。本当にありがとう」


礼儀正しく優しい雰囲気の両親が、安堵した様子でお礼を言ってきて俺は小さく首を振る。


「…俺はなにもしていない。タマキが林の中で道に迷って泣いているのを見つけたのはフラッフィーだし、市場に戻る間もタマキが寂しくならないようにずっと話して元気づけていたのもフラッフィーだ」


タマキが両親の元に行ったことで、再び俺の腕の中に戻ってきたフラッフィーの頭を撫でる。


「そうだったのか…フラッフィー。タマキを気遣ってくれて、ありがとう」


「とても優しい黒猫さんなのね…よければこれからもタマキと仲良くしてもらえたら嬉しいわ」


「……にゃあ~」


タマキの両親にお礼を言われながら頭を撫でられ、フラッフィーは少しだけ照れくさそうに鳴いていた。


「……」

(フラッフィーが大人の精霊に頭を撫でさせている……)


タマキの両親だから信用しているのか、孤児猫施設の先生に似た優しい大人だから気を許したのかは分からないが、嫌がるそぶりを見せないフラッフィーに少し驚く。

もしかすると、フラッフィーの心境に変化が表れつつあるのかもしれない。


その後、今生の別れのごとく別れたくないと泣きじゃくるタマキを両親が説得し、友達としてまた遊ぶ約束をして別れた頃には昼を過ぎていた。


それからも俺とフラッフィーは街中の探索を続けていた。

探索中に出会った子供とキャットタワーで思いきり遊ぶフラッフィーを見守ったり、山の中に入って自然を感じながら歩いたり、道端で子供や大人の猫の妖精に話しかけられ、フラッフィーに妖精慣れをしてもらうために少し話したり…。

たくさんの経験をフラッフィーにさせることができた。



今日1日を通して、フラッフィーについても少しは知れたと思う。



「フラッフィー。少し休憩してから家に帰ろう」



遊んで疲れ切った様子のフラッフィーは、俺の腕の中から眠そうな表情で顔を上げるが、すぐに身体を丸めて寝てしまった。


家に帰る途中にある川は、人間の世界でいう河川敷のような造りだ。

空中には相変わらず自然のキャットタワーが張り巡らせているから、歩いて川の近くにいく人がいるのかは分からないが、緩やかな勾配になっていて、川付近まで降りられるように数メートル間隔で階段が設置されている。


柔らかい草が生えている河川敷の勾配部分に座った俺は、陽が沈もうとしている空を見上げながら今日1日のことを思い出していた。



(今日はフラッフィーの事を大分知ることができた)



ターニャにフラッフィーの事を知らなすぎると言われて、初めてフラッフィーと向き合い、フラッフィーを知ろうとした。


知ろうとすればするほど、たくさんの事を知れた。

他の子を思いやる優しさを持っているということ。

一度心を許した相手はとても大事にすることや、相手が気を許してもいい相手なのかを最初に見極める癖があること。

キャットタワーで走り回ったりじゃれ合ったりするのが好きだということ。


意外と体力があるということ。

初対面相手の威嚇は別として、基本的に起伏は穏やかだということ。

好奇心旺盛だけど、怖がりだということや、感情表現が豊かだということ。

どんな相手でも平等に接すること。


困っている子がいれば、放っておけない性格だということなど、フラッフィーとちゃんと向き合おうとしなければ知れなかった事ばかりだ。


「今のところはパニックに陥ったりしたことはないが、フラッフィーの性格を知ることで、悪魔化を止めるなにかに繋がってくれればいいんだが…」



半分以上沈んだ夕日から視線をそらし、腕の中で寝息を立てるフラッフィーの身体を撫でる。


「明日に備えて、そろそろ帰るか」



猫型の街灯に灯りが灯り始め、俺は薄暗くなった道を歩き始めた。





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