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53話:猫の杜生活 3日目-Ⅰ

猫の杜での生活が始まって3日目。


フラッフィーの事を知るには、共に過ごす時間も大事だというターニャからの提案で、俺とフラッフィーは今日1日だけ休みをもらうことができた。


もちろん、フラッフィーになにかあればすぐに連絡をするようにとターニャには言われている。


とは言っても、人間の俺がターニャやミシェルのように魔法で映像を繋げられることができないため、俺でも使うことができる猫の絵柄がデザインされた腕輪を渡された。


ターニャによると、腕輪の中央にある猫の絵柄はスイッチのようなものになっているらしく、これを押せば電話のようにすぐにターニャに連絡を取ることができるらしい。


「…便利なものがあるものだな…」


俺は左腕に付けたシルバーの腕輪を見下ろしながら小さく呟いた。


フラッフィーの妖精慣れに関しては、子供優先キャットタワーで遊んでいた子供たちと、孤児猫施設の子供たちのおかげで完全に慣れたようで、街中で子供と会っても怖がらなくなっていた。


大人の妖精に関しては、孤児猫施設の先生やネードラには懐いていたため最初は大人の妖精にも慣れたのかと思っていたが、街中を歩いている時にすれ違う大人の妖精に対してはまだ怖がっているようだった。


怖がる相手、怖がらない相手というのはどうやら相手によるようで、まだ完全に慣れたとは言えない状況である。

それでも猫の杜に来る前に比べればかなりマシになっていて、腕の中に身を隠して怖がっていたのが、今では警戒しながらも俺の腕から顔を出し、すれ違う妖精を観察しているようになったのは、フラッフィーにとって大きな一歩だ。


いつも通り朝4時半に起床した俺は、自分のご飯を簡単に済ませ、フラッフィーがご飯を食べ終わって数十分ほど経ったころ、リビングに持ってきていた白い猫のぬいぐるみの上で丸まっていたフラッフィーに声をかける。


「フラッフィー、今日は一緒に猫の杜を探索しに行こうか」


「…にゃ?」


なにか言いたげな表情で首を傾げるフラッフィーに、俺は護身用の刀を装備し、出かける準備をしながら、なんとなくフラッフィーが言いたそうな質問の答えを返してみる。


「心配しなくてもターニャから、今日は1日ゆっくり過ごしていいと言われている。猫の杜に来てから自由な時間はなかったし、猫の杜もまだ行ってないところがほとんどだから、知らないことも多い。久しぶりに2人で出かけながらゆっくりしよう」


「にゃあ!」


自由に過ごしていい=遊べると思ったのかは分からないが、嬉しそうに目を輝かせるフラッフィーに、思わず笑いが込み上げてきてしまった。

猫クッションから俺の腕の中に飛び込んできたフラッフィーを抱きかかえ、俺はターニャの離れを後にした。




***


まず最初に俺達が来たのは、食料や飲み物などの生活必需品が売っている市場街だ。

今回に限り1週間分の食材はターニャが事前に用意してくれているし、市場街でなにかを購入する時は、お金の代わりになる“マタタビ”が必要になるという理由から、今日市場街でなにかを買う予定はない。


最初にターニャに案内されながら来た場所ではあるが、あまりゆっくり見られなかったし、もしなにか買う事になった時の事を考えて、ついでにどこにどんなものが売っているのかを把握しつつ、フラッフィーに大人の妖精と様々な音、街の光景を慣れてもらうにはちょうどいい機会だ。


「この間少しだけ通った時に見たが…やっぱりいろんなものが売っているんだな…」



シャルメーンロードほどの活気はないが、猫の杜の市場街は賑わっていてとても良い場所だ。


いろんな店舗が並ぶ道の左右を交互に見ながら、フラッフィーと一緒に歩いていく。


「いらっしゃい!今朝獲れたばかりの新鮮な魚だよ!そこの人間さん!お1つどうだい!」


「いらっしゃいませ~!農家直送の新鮮な野菜はいかが~?今ならトマトを1ケースお買い上げでじゃがいもを3つ、おまけで付けるよ~!」


「今焼き上がったばかりの美味しいパンはいかがですか~?外はカリカリ!中はフワフワ!一度食べたらリピート間違いなしですよ~!」


「こだわりの自家栽培!糖度が高いフルーツが勢ぞろいだよー!人間さん!よかったら一つ食べてみてよ!」


「あー…せっかくなんだが…今日は買い物の予定はないんだ。こいつと一緒に猫の杜を探索している最中だから、また今度改めて買いに来る」


歩く度に通り過ぎる店の店員に話しかけられ、なるべく愛想が悪くならないように気を使いながら返事をする。


こういうのは柄じゃないし、そもそも他人と関わること自体が苦手な俺にとってはかなり神経が磨り減ることだ。

だが、今後のフラッフィーとの生活を考えたらあまり悪い印象を持たれないようにした方がいいと思い、自分の中で最大級の人当たりのいい顔を向けながら通り過ぎていった。



「にゃあ~!にゃ~ん…にゃ~ん…」


市場を歩いていると、ふいにフラッフィーがなにかを見つけたようで、俺の方を見上げながら鳴いてきた。


「どうかしたか?」


「にゃあ~…にゃあ~…」


「えーっと…なにかを伝えたがっているのは分かるんだが…悪い…お前は俺の言葉がわかっても、俺にはお前の言葉が分からない…」


俺は困ったような表情を浮かべながら、フラッフィーの頭を撫でる。

俺にもフラッフィーの言葉が分かったら…ターニャとフラッフィーが話す姿を見て以来、何度も思っていたことだった。


「にゃ~…」


フラッフィーは困惑した様子で俯き、しばらくしてなにかを思い出したようにハッと顔を上げた。

すると、俺の腕の中から飛び出し、市場の通りの傍にある林の中へと走って行ってしまった。


「フラッフィー!?どこに行くんだ!」



大人の妖精をはじめ、いろんなものに完全に慣れきっていないフラッフィーを1人にさせるのはまだ早すぎる。

せっかく子供の妖精に慣れ、これからいろんなものに対して慣れていくという時に、またトラウマを植え付けるようなことがあっては、妖精を怖がっているフラッフィーを説得して慣れさせてくれた子供たちはもちろん、孤児猫施設の子供たちや先生、ターニャの協力が全て水の泡になってしまう。


俺は急いでフラッフィーの後を追い、林に中に入っていった。




『ふえええん…ふえええん!』



林の中の獣道を小走りで進んでいくと、どこからかか細い泣き声が聞こえてくる。


「!」


(泣き声…?)


声的にまだ幼く、子供の泣き声だとすぐに分かった俺は林の中を見渡すが、子供らしき姿は見当たらない。


「フラッフィー!どこだ!?フラッフィー!」


意外と入り組んでいる林の中を進んでいくと、奥の方からフラッフィーの泣き声が聞こえ、声を頼りに林の中を進んでいく。


「にゃあ」


林の中を進んで数分くらいのところで、フラッフィーの姿を見つけ、俺はホッと胸を撫で下ろしながら近づいていった。


「フラッフィー…よかった。ここにいたのか…いきなり走り出してどうしたんだ」


「にゃあ…にゃあ…」


「!」


草木に隠れて気付かなかったが、フラッフィーのすぐ傍には、人間の年齢で言う3歳くらいの少年の妖精が、体育座りをした状態で泣きじゃくっていた。



「どうした?なぜそんなに泣いているんだ」



俺は少年の目線と同じになるようにしゃがみこみ、なるべく優しい声で話しかける。



『ふえええん…ひっく…ふえええん…うぅ…パパぁ…ママぁ…!』


だが、少年の妖精は泣きじゃくるばかりで、俺の言葉が聞こえていない様だった。

今のタイミングで両親の名前を口に出したという事は、恐らくはぐれてしまったか、道に迷ってしまったというところだろう。


こんなに離れた所にいたのに、よく少年のことに気づけたな…とフラッフィーに感心すると同時に、何か言いたそうにしている理由はこの事だったのかと納得した。

少年を慰めようとしているのか、少年に寄り添いながらペロペロと涙を舐めるフラッフィーの頭を、俺は優しく撫でた。


「よくこの子を見つけたな」


「にゃあ」



少しだけ誇らしげな表情を浮かべていたフラッフィーを一瞥し、もう一度少年に視線を向ける。

まずはこの少年を落ち着かせて、話を聞かなければ少年の名前も、家も、両親の居場所も、どうしてここにいるのかさえ分からない。


子供の泣き止ませ方を知らなかった俺は、少年の隣に座り背中を擦りながら泣き止むまで待つ事にした。








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