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52話:猫の杜生活 2日目-Ⅱ

外の遊具やキャットタワーで思いきり遊んできたフラッフィーは、10時のおやつタイムになると、施設の子供たちと楽しそうな様子で戻ってきた。


「おかえり、フラッフィー」


「にゃあ」


いつもだったらすぐに俺の元に戻ってくるはずのフラッフィーは、俺に向かって一言だけ鳴き、すぐに子供たちと一緒におやつが用意されているテーブルの方へと歩いていってしまった。


「……」


「ふふっ、残念。振られちゃったわね?フラッフィーは、アンタよりも子供たちと一緒にいたいって」


「……」


隣で悪戯っぽい表情で笑うターニャをギロリと睨む。

いつも思うが、ヨルノクニにいる精霊たちはどうしてこうも一言多い奴が多いのか。

フラッフィーが精霊に慣れ始め、初めてできただろう同じ種族の妖精の友達ができた事は俺にとっても嬉しいことだというのに、ターニャの一言のせいですべてが台無しである。


いくつか用意された丸テーブルとクッションの上には、お腹を空かせた子供たちが、テーブルの上に準備されたおやつを今か今かと待っているのが見える。

先生たちが全員に行き渡るようにおやつを配り、すべて配り終えたところでネードラと同じ髪色をした先生が、子供たちの前に立つとパンパンと手を叩き大きな声で子供たちへと呼びかける。


「はーい!それでは皆さん、10時になったので、30分間のおやつタイムにしましょう!」


ざわついていた子供たちは、先生の声でピタリと静かになった。


「ゆっくり身体を休めつつ、楽しくお話をしながらおやつタイムを楽しんでくださいね」


笑顔の先生の言葉に大きな声で返事をした子供たちが、一斉におやつを食べ始め、フラッフィーも周囲の子供たちを見渡し同じようにおやつを頬張っていた。


「フラッフィーが施設の子供たちと仲良くなれて本当によかったわ」


子供たちと話しながらおやつを食べるフラッフィーを見守り、ネードラが優しい表情で呟く。


「今日はすぐに慣れていたけど、昨日はすごく大変だったのよ?子供に慣れるまで数時間はかかったんじゃないかしら」


「あら、そうだったのですか?今のフラッフィーを見る限り、そんな風には見えませんが…」


「当然よ。昨日遊んだ子供たちが必死に説得を続けてくれて、ようやく心を開いてくれたんだもの。帰り際なんて別れるのが名残惜しくて、帰るのを渋っていたくらいだったんだから」


「だが、今日は昨日と違って最初からすんなり受け入れて遊んでいるし、昨日の帰り際よりも帰るのを渋りそうな気がするが…」


フラッフィーを見つめながらそんなことを話していると、フラッフィーの向かいに座っていた少女のおやつが入っていた皿が、大きな音を出して割れた。


「!」


「あっ、ごめん!」


「ふぇっ…うわあああああん!!!」


途端に耳をつんざくような少女の泣き声が部屋に響き渡る。


皿を落としたのは隣に座っていた少年の猫の妖精で、反対側に座っていた少年達とハイテンションで喋っていた子供だった。

様子を見る限り、おやつでテンションが上がり話している最中に、少女の皿に手をひっかけて落としてしまったというところだろう。



「大丈夫!?ケガはない!?」


先生たちが慌てた様子で近寄り、泣いてしまった少女に優しく声をかけた。


「うわあああん!わたしのおやつがぁ…ふえっ…ひっく…酷いよぉ…」


「だからごめんって!悪気はなかったんだ!!本当に…ごめん…っ」


「マシュちゃん…リキくんもこうやって謝っているし許してあげて?皿と一緒に落としてしまったおやつは食べられなくなっちゃったけど、今から新しいおやつを持ってくるから…ね?もう泣かないで」


「うわあああん!いらない!新しいおやつなんていらない!これがよかったの!!わたしのおやつ返してよぉ~~!リキくんのばかぁ~~!!」


「なっ…!バカってなんだよ!!何度も謝っただろ!大体、お前がいつまでもおやつ食べないで話しているから悪いんだ!もっと早く食べていりゃこんなことにはならなかったと思うしな!」


「ふええええええん!!ひっく…なんでそういうこと言うのぉ…ッ!先生たちもお話ししながら楽しんで食べてって言ってたのにぃ…うわあああああん」


「リキくん…そんな風に言っちゃダメだよ」


「そうそう!リキくんってばその言い方は酷いよ!」


「そうだよ!食べるのが遅いとか早いとかどうでもいいから!」


「はしゃぎまくってリキくんがマシュの皿を落としたのは変わらないから、リキくんが一番悪い!」


「マシュはなにも悪くないよ!」


少女は、少年の一言でさらに泣き出してしまい、先生に抱きしめられながら涙で先生の服を濡らしてしまっていた。

少女と話していた友達らしき子供たちも加わり、今度は少年の方が泣きそうな表情になっていた。


「な…なんだよみんなして…っ」


目に涙を浮かべながら拳を握って涙を堪えていた少年の元に、ネードラの娘の先生が近づいていった。


「リキくん」


「先生…」


「お友達と楽しくお話しながらおやつを楽しむことって…ダメな事なのかな?」


少年と同じ目線になり、優しく話しかける先生に、少年は口を尖らせながら小さい声で答え始める。


「…だって…いつまでも話していたせいで、おやつが残っていたからこんなことになっちゃったし…」


「リキくんはお友達と楽しくお話していたよね?リキくんはよくて、マシュちゃんがダメなのはどうして?」


「それは…っ」


「みんな食べる速度は違うの。リキくんみたいに早くおやつを食べる子もいれば、ゆっくり食べる子だっている。みんなリキくんのように早く食べる子ばかりじゃないの」


「っ…」


「逆の立場になって考えてみようっか。例えば、お話に夢中になって、リキくんが大好きなおやつやごはんを残していたとして…同じことをされたらどうする?リキくんは“いつまでも食べないで残していたお前が悪い”って言われてもなんとも思わない?」


「っ…!!そんなのいやに決まってる!!」


「うん。悲しくなるし、いやだって思うよね」


「……うん」


「自分が言われてイヤなこと、自分がされていやなことをは絶対にしないし、言わない。その一言で相手がどんな風に感じるか考えてみようね」


「……はい…ごめんなさい…」


優しく諭すように言う先生の言葉に、少年が悲しそうな表情で返事をした。

先生は笑顔で優しく少年の頭を撫でると、少年を連れて少女の元に近づいていった。


「リキくん。もう一回ちゃんと言える?」


「…言える」


少年は少女の目の前に立つと、大きく深呼吸をしてから頭を下げた。


「おやつを台無しにしてごめんなさい!でも、わざとじゃないんだ…それだけは分かってほしい。それと、傷つけるようなことを言ってごめん!仲直りの印に…これ俺の大好きな飴あげる!」


「!…リキくん…ありがとう」


泣きじゃくっていた少女がようやく泣き止み、差し出された飴を受け取ると満面の笑みで笑った。


「2人ともいい子だね!リキくんはちゃんと謝ることができたし、マシュちゃんはちゃんと許すことができた。とっても偉いことだよ」


ネードラの娘が2人の頭を撫でた。


仲直りができたことに安堵していると、2人の様子をジッと見ていたフラッフィーが、少しだけ残ったおやつの皿を咥えて少女の元に近づいていった。


(フラッフィー…?)


不思議に思っていて見ていると、フラッフィーはおやつが乗った皿を少女へと差し出したのだ。


「フラッフィー…?どうしたの?」


「にゃあ~」


「えっ!?私にくれるの?でもこれ…フラッフィーのおやつでしょ?わたしはもらえないよ」


「にゃーお、にゃあ~」


「お腹いっぱいだからもういらない?…でも……本当にもらっていいの?」


「にゃあ!」


「フラッフィー…ありがとうっ」



フラッフィーの行動に驚きつつも、その場にいたみんながフラッフィーの行動を笑顔で見ていた。

ネードラは瞳を揺らし嬉しそうな表情でフラッフィーの行動を見ているし、ターニャの表情も柔らかい。

かくいう俺もその中の1人だ。


(この2日間の間で…フラッフィーはだいぶ変わり始めているのかもしれないな…)





***


おやつタイムが終わった後もフラッフィーは施設の子供たちと楽しそうに遊び、時刻はあっという間に閉園時間の17時をまわってしまった。


この孤児猫施設では、事件や事故に巻き込まれないように、17時になると施設の施錠を行い外に出られないようにしているらしく、閉園時間に合わせて俺達も帰ることになった。


「みんな。今日は忙しい中、フラッフィーを迎え入れてくれて本当にありがとう。みんなと遊べて、お友達になって、フラッフィーもすごく喜んでいるわ」


灯りが灯された交流場で、ターニャが子供たちに向かって話す。

フラッフィーと仲良く遊んでいた子供たちはというと、泣いていたリ必死に泣くのを堪えている子達ばかりだ。


『ターニャ様!また、フラッフィーと遊びに来てくれる?』


『もっとフラッフィーと遊びたいよぉ…!』


『行かないでフラッフィー!』


『うわああああん!!』


そんな子供たちの姿を見て、俺の腕の中に抱っこされているフラッフィーも始終悲しそうな声で鳴いていた。


「にゃあ…にゃあ…」


昨日遊んだ子供たちよりも随分と長い時間遊んでいたし、よほど別れるのが寂しいのだろう。

なにも聞かずとも鳴き声と表情から寂しさの感情が伝わってくる。


「また必ず遊びに来るわ。だからみんな…フラッフィーと遊んだこと、絶対忘れないでね」


「……」


意味深なセリフに少し引っかかりながらも、ターニャの言葉を最後に、俺達はみんなに見送られながら孤児猫施設をあとにした。




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