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51話:猫の杜生活 2日目-Ⅰ


猫の杜に来て2日目。


今日はターニャと共に孤児猫施設を訪れていた。

北側の森を進んだ奥の方に建っている施設は、他の建物に比べてもかなり大きくて広く、学校のような外観をしているL字型をした2階建ての建物だった。


施設の前には周囲の木々に繋がっているキャットタワーと、ブランコやジャングルジムなどの遊具が設置されている。

施設の入口の前には、優しそうな顔をしたおばあちゃんの猫の妖精が1人立っていて、ターニャは真っすぐにおばあちゃんの元に近づくと、声をかけた。


「久しぶりね、ネードラ」


「ターニャ様、お久しぶりでございます。お元気そうでなによりですわ」


おばあちゃんの猫の妖精は、ターニャを見るや否や満面の笑顔を浮かべながら丁寧に頭を下げた。

茶色の髪に白髪が混じった髪を後ろにシュシュでまとめ、落ち着いた茶色のドレスに白のストールを肩に巻いた猫の妖精の頭と尻尾には、ドレスや髪と同じような色をした色素の薄い茶色の耳と尻尾が生えている。


見た目からして、ターニャが話していた施設の理事長とは、このおばあちゃんのことなのだろう。

表情や話し方がすごく優しく穏やかなことから、まだ会って間もないが、とても良い人だということが伝わってくる。


「ネードラも元気そうでなによりだわ。いきなり施設にお邪魔することになってごめんなさいね。ネードラも他の先生たちも忙しいだろうに」


「気にしなくていいですわ。ターニャ様であれば、いつでも大歓迎ですから……そちらの方が例の猫ちゃんの保護者という人間の方?」


ターニャの後ろに立っていた俺を、ネードラは覗き込むようにして見てくる。


「えぇ。3週間前に人間界からヨルノクニに来た柊征十郎よ。そして今、征十郎が抱っこしている黒猫が、“黒を持つ者”であるフラッフィー」


「まぁ、そうなんですね!征十郎さん初めまして。孤児猫施設を運営しております。理事長の“ネードラ”と申します」


人当たりのいい笑顔を浮かべながら、ネードラが頭を下げてきて、俺もつられるように会釈程度に頭を下げる。


「柊征十郎だ。よろしく頼む」


常にニコニコ笑顔を浮かべているネードラは、俺への自己紹介を終えると腕の中から顔を出すように周囲を見ていたフラッフィーに体勢を低くして話しかけた。


「あなたがフラッフィーね?」


「……?」


話しかけられ、一瞬びっくりしたような反応を見せるフラッフィーだったが、昨日の子供たちのおかげで、妖精に対する警戒が少し弱まったのか、はたまた優しそうなネードラの人柄が伝わったのかは分からないが、威嚇をすることなく、ジッとネードラを見上げていた。


「ふふっ、とても綺麗な黒の毛並みねぇ…。肌ツヤも肉付きもすごくいいし、征十郎さんにたっぷりの愛情をもらっているというのが伝わってくるわ」


この一瞬でそこまで分かるのはさすが理事長である。

常に子どもたちに変化がないか見ていなければ、出来ない事だ。


「話はターニャ様から聞いているわ。私の名前はネードラって言うのよ。今日1日だけというのは少し寂しいけれど、なにかあなたを助けるためにお手伝いができれば、それほど嬉しいことはないと思っているわ。今日はよろしくね」


「にゃあ~」


笑顔で話すネードラに答えるように、フラッフィーがか細い声で鳴く。

フラッフィーの様子を見ると、ネードラに対して怖いと思っている様子はなさそうだ。むしろ最初から好印象のようにも見える。


「ネードラ。子供たちは元気にしてる?」


「えぇ、もちろん!みんな病気や非行に走ることなく、元気に過ごしていますわ。ターニャ様のご支援のおかげで衣食住に困ることなく、毎日楽しく過ごしています」


「そう。それはよかったわ。――早速だけど、フラッフィーに子供たちと他の先生たちを会わせたいんだけど…いいかしら?」


「承知いたしました。中へご案内しますね」


そう言うと、ネードラを先頭に俺たちは施設の中へと入っていった。






***



俺たちが通されたのは、孤児猫施設の中で一番広い“交流場”と言われる部屋だった。

交流場では、名前の通り子供たちが他の子供たちや先生と交流をする場所だそうで、本やテレビ、おもちゃや遊具、お昼寝スペースが至るところに置いてあった。

ネードラ曰く、一番使われる部屋のようで、自由に過ごしながらみんなとコミュニケーションが取れる、施設の中でもメインと言われる場所らしい。


数十人ほどいる子供たちの年齢は様々で、幼稚園くらいの幼い子供から高校生くらいの子供、20代前半くらいの若い子まで、幅広い年齢の子供たちがいるようだった。



「みんな。今日1日限定で、この孤児猫施設に遊びにきた子がいるので、紹介するわね」


子どもたちの前に立ったネードラがそう言うと、俺に隣に来るように合図をしてくる。

俺はネードラの隣に移動をすると、フラッフィーがみんなに見えるように抱き直した。


「この子の名前は、“フラッフィー”って言います。身体の毛が黒いのは、“黒を持つ者”だからで、フラッフィーにはお父さんもお母さんもいません。みんなと同じです…これまで辛い思いをたくさんしてきたことで、心に傷を負っているフラッフィーですが、みんなならフラッフィーの気持ちを理解してくれるんじゃないかとターニャ様が連れてきてくださいました。…短い間ですが、仲良くしてあげてくださいね」


ネードラがそう言うと、子供たちからは「はーい!」という元気な返事が返ってきた。


孤児たちとは思えないほど元気で明るい子供たちの姿に、この孤児猫施設がどれだけいい場所なのかが分かる。

フラッフィーとはまた少し違う境遇だとはいえ、フラッフィーと同じように身内と呼ばれる存在がいない……そうなると、孤児院に来ても荒れてしまう子や塞ぎこんでしまう子供たちがいてもおかしくはないのに、ここにいる子供たちはみんな明るい。

先生たちが愛情をかけて面倒を看ていなければ、こうはならないだろう。


興味津々という様子で、子供たちが一斉にフラッフィーに近づいてきた。



『フラッフィー、こんにちは!』


『こんにちはー!今日はよろしくねっ!』


『フラッフィーはどこから来たの?』


『ねぇねぇ!フラッフィーはどんな遊びが好き?』


『みゃあ~!にゃっ…にゃあ~~』


フラッフィーはというと、子供たちが近づいてきても威嚇することはなく、質問に答えるように鳴いていた。


『へぇ~!遠くの森から来たんだね!』


『みんなと走り回ったり、キャットタワーを上って遊んだりするのが好きなんだ!私も一緒!」


ここの子供たちも、フラッフィーの言葉が分かるらしく、笑顔で返事を返している。


『理事長先生!フラッフィーと外のキャットタワーで遊んできてもいいですかー?』


「もちろん!10時のおやつタイムまでたっぷり時間はあるから、遊んできていいわよ」


『やったー!フラッフィー、遊びに行こ?』


「にゃぁ!」


そう言うと子供たちは、フラッフィーと一緒に外に遊びに行ってしまった。



「昨日の子供たちのおかげで、フラッフィーもだいぶ妖精に慣れてきたわね」


「威嚇をしないか心配だったが、あの様子なら問題なさそうだな」


施設の窓から、キャットタワーで子供たちと走り回るフラッフィーを見て俺とターニャが安心したように呟く。


「私たちは、お茶をしながら子供たちの様子をしばらく見守りましょうか」


優しい笑顔で提案してきたネードラに、俺とターニャは子供たちを見守るために設置された外のテラスへ移動した。


テラスではさっき挨拶出来なかった先生5人と改めて挨拶をしたが、どの先生も優しくて子供思いの先生ばかりだった。


その先生の中のうち茶色い毛並みをした先生2人が、ネードラと親し気に話をした後、子供たちを近くで見守るためと、交流のため子供たちに混ざって遊びたいからと俺とターニャに告げ、他の先生と一緒にすぐに席を外してしまった。


先生と子供たちと楽しそうに遊ぶフラッフィーに微笑ましく感じながら、俺達はその光景を見守っていた。


「ネードラはいつ、この施設を立ち上げたんだ?」


ふいに気になった俺は、目の前の椅子に座ってお茶を啜っているネードラに聞いてみる。


「私が250歳の時よ。――実は私もみんなと同じ孤児猫だったの」


「!」


「105歳の時に親を悪魔に殺されて…それから118歳になるまでずっと一人で生活をしてきたわ。幸い私には、親が遺してくれた住処があったのと、両親の親族が近くで生活をしていたから、少しだけ援助をしてもらいつつ生活することができていたけど、すべてを頼るわけにはいかないから、市場街で仕事を手伝わせてもらったりしてなんとか生き延びることができた。…でも、一人で生活を送っていく中で私と同じように親を失って一人で生活をする子達をたくさん見てきたの…食料や飲み物を自分で確保できなくて、道端で死んでいる子達も数多く見てきたわ」


切なそうな表情で語りだしたネードラを、俺は黙ったまま見守る。


「自分で衣食住を確保できる年齢の子でも、さすがに一人で生活を送り続けるには限界がある。親族もいない子供なら尚更……。同じ境遇で育った私だからこそ、なにか助けられる方法はないかと考えて…この施設を立ち上げることをターニャ様に提案したの」


「ちょうど私もその時、孤児猫が増えていることは知っていたから、何とかしようと考えていたところだったのよ。だからネードラの提案を承諾したの」


「そういう経緯があったのか…」


「施設の運営を始めて、子供たちを受け入れるようになってから…街を彷徨う子供たちも減って…この歳になるまでずっと子供たちの面倒を看てきたわ。私が施設を運営していくことによって、助かる命も増えたし、身内がいなくても幸せに生活を送れるようになった子供も増えていった…私にとって孤児猫施設の運営は宿命であり、誇りよ」


「ネードラ…」


「この先、私がいなくなったとしてもこの施設が生涯なくなることのないように、ターニャ様にお願いしているわ。私の後継者も、私の娘がやってくれることで話しもついているの」


「ネードラは子供がいるのか?」


「えぇ。118歳の時に結婚して、番になった夫との間に生まれた2人の娘がいるの。夫は去年病気でこの世を去ってしまったからもういないけれど…娘たちは運営を学ぶため、この施設で先生として働いているわ」


そこで俺は、つい少し前にネードラと親し気に話していた、似たような茶色い毛並みの猫の妖精2人の姿を思い出した。


(あの2人…似ているとは思っていたが、ネードラの子供だったのか)


年齢的に子供がいてもおかしくはない年齢だとは思っていたが、まさか同じ施設内で働いているとは思わず、少しだけ驚いた。

だが、子供たちへの接し方などを見ていると、しっかりとネードラの意思と優しさは受け継がれているようだ。



「そうだったんだな…。いい施設と優しい先生たちに恵まれて、子供たちは幸せだろう…」



楽しそうに遊んでいる子供たちとフラッフィーを見ながら、俺は小さく呟いた。




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