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50話:猫の杜生活 1日目-Ⅱ


「フラッフィー、みんなと遊んできたらどうだ?」


子供たちに囲まれた状態でフラッフィーを腕の中から降ろそうと試みるも、肝心のフラッフィーは踏ん張っていて中々降りようとしない。


そして…


「フ―ッ…シャー―!!」


最初に比べて威嚇をする回数は減ってきたが、やっぱり妖精に対しての怖さは消えていないらしく、誰かが少し動くだけで威嚇を始める。

そんなフラッフィーにでも、子供たちは気にせず話しかけていた。


『“近寄らないで”?大丈夫だよ。私たちはフラッフィーになにもしないよ?』


『そうだよっ!僕たちはただフラッフィーと遊びたいだけ!』


『フラッフィー!みんなで一緒に遊ぼうよっ!フラッフィーも、きっとキャットタワーを気に入ってくれると思うからさ!』


『え?“私を騙そうとしているんでしょ⁉”って…私たち、そんなことしない!私たちみんな、フラッフィーとお友達になりたいの!』


子供たちと年が変わらないせいか、子供たちだけにはどうやらフラッフィーの声が聞こえているようだった。

威嚇をするフラッフィーが言ってきた言葉に対して、それぞれが返事をしている。


子供たちによる必死の説得は数時間にも及び、ようやくフラッフィーに子供たちの気持ちが届いたのか、力が入っていた身体の力が抜け、俺の腕の中から飛び出ていった。

逆立っていた黒い毛も通常に戻り、後ろに倒れていた耳も通常に戻り、近くに子供たちが近寄っても威嚇をしなくなっていた。

表情もどことなく落ち着いてきたように見える。


『フラッフィー!あっちでみんなと遊ぼっ!』


『案内するから僕に着いてきて!』


キャットタワーに上り始める楽しそうな子供たちを見たフラッフィーは、なにか言いたそうな表情で俺の方を振り返った。


「…みゃあ」


俺にはその鳴き声が、「遊んできてもいい?」と言っているように聞こえ、笑顔のまま首を縦に振った。


「みんなと一緒に遊んで来い」


俺の返事を聞いたフラッフィーは、どことなく表情が明るくなり、先頭を走る子供たちの後を追ってキャットタワーに上っていった。



「きっと子供たちの気持ちがフラッフィーに伝わったんだな…」


キャットタワーを走り、子供たちと楽しそうにじゃれ合ったり、一緒に走っているフラッフィーを下から見上げて嬉しくなった。


「説得には時間がかかったけど、猫にしては早い方よ。1日で説得に成功したんだもの」

一部始終を見ていたターニャが、安堵したように漏らす。


「もっと時間がかかる猫もいるのか?」


「ええ。数日説得してようやく気を許してくれる子もいれば、数週間かかる子や、数か月時間がかかる子もいるわ。フラッフィーは他の子達に比べて感受性が強い子だから、子供たちが自分に対して、嘘偽りのない気持ちを伝えていることを理解したんだと思う…」


「――そうか…。ターニャの言う通り、子供たちから慣らしたのは正解だったな」


「様子を見て大人にも合わせる予定だったんだけど…フラッフィーにあまり負担をかけるのもよくないから、今日は気が済むまで子供たちと遊ばせて“妖精は怖くない”ということをもっと覚えてもらいましょう」


「――そうだな。……そういえば、どうして子供たちは、フラッフィーが“黒を持つ者”だと知っても態度が変わらなかったんだ?確か集会所に集まった妖精たちに話した時もあまり反応がなかった気がするが…」


フラッフィーを説得する子供たちと、集会所に集まった妖精たちを思い出しながら、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。


「例え“黒を持つ者”だとしても、自分達と同じ“猫”だということに変わりはないからよ」


「――ッ!」


予想していなかったターニャの返事に、俺は思わず目を見開く。


「全員がそういう考えだとは言い切れないけど、この猫の杜で暮らす猫の妖精たちは、“黒を持つ者”という障害がある子がいるとしても、まったく気にしていないわ。むしろ同じ“猫”として少しでも悪魔化を防いで助けられるように協力してくれる子達がほとんどなの」


「……ターニャが、そういうルールを作ったのか?」


「私が一番最初に言い出したのも確かにあるけど、元々みんなが黒を持つ者に対してあまり興味がない…というのもあるわね」


「興味がない?力に目覚めてしまえば、悪魔になってしまうのにか?」


「私たち猫の妖精は、黒を持つ者が力に目覚める前までは普通の仲間。悪魔になってしまえば“悪魔”として考えているのよ」


「!」


「今まで仲間だった妖精が悪魔の力に目覚め、自我を失ってしまったら、その時点でその子を悪魔と認識する。悪魔になった時点で、仲間だったその妖精は悪魔に殺されて死んでしまった…そう言う考えなの。力が目覚める前は、その子の自我もしっかりあるし、今までの記憶もなくなった訳じゃない。私たちとなんら変わらない1人の妖精にすぎないわ…だから“黒を持つ者”だからと言って偏見や、奇異きいの目で見る事はないのよ」


「……」

(だからみんな、フラッフィーが黒を持つ者だと知っても特になんの反応もしなかったのか…)


オリビアがターニャに依頼をしたのは、もしかしたら猫の妖精の性質を知っていてというのもあるのではないか…そんなことが俺の脳裏をよぎった。






***



「明日はどうする予定なのかを聞いてもいいか?」


フラッフィーが子供たちと遊び始めてから数時間。未だに降りてくる気配がないことから、歳の近い子供たちと遊ぶのは余程楽しいのだろうと思いながら、隣の木株に座るターニャに話しかける。


「明日は孤児猫施設に行く予定よ」


「孤児猫施設?」


「身寄りのない猫の妖精たちの面倒を看てくれる施設よ。北の森の中にあるの」

そう言って、ターニャが北方角の森を指さした。


「猫の杜には、家族や親族を事件や事故、病気や悪魔に殺されて失ってしまった子達が多くいる。さっきの子供たちのような幼い子供から、成人した若い子達までたくさんいるわ」


「フラッフィーと同じような境遇の子供たちが、多くいる場所か……」


いろんな事情があるとはいえ、ひとりぼっちになってしまった子供の事を考えて、胸が苦しくなってきた。



「孤児猫施設には、理事長を務める私の昔からの知り合いの妖精と、5人の妖精たちがいるわ。全員年齢もバラバラだけど、みんなとても面倒見のいい優しい妖精たちよ。フラッフィーと同じ境遇の子供たちはフラッフィーの気持ちもわかってくれると思うし、施設の子達がみんな“お母さん”と言って懐いている優しい大人の妖精たちなら…きっとフラッフィーも懐いてくれると思うの」


「そういう妖精たちがいる場所なら、確かにフラッフィーもすぐに慣れてくれるかもしれないな」


まだまだ不安な事はたくさんあるが、乗り越えるのは少しずつでいい。

少しずつ克服していけば、きっとフラッフィーなら乗り越えられる…楽しそうに走り回るフラッフィーを見てそんな謎の自信が湧いてきた。



「――さて…陽が沈むまでまだ少し時間があるし、私はあそこのベンチで本でも読んで時間を潰すとするわ。アンタも好きなように過ごして構わないわよ」


「分かった」


モウリ―の店で読んでいた時と同じ分厚い本をどこからか取り出したターニャが、数メートルほど離れたベンチへと向かったのを確認する。

陽が沈むまで特にやることがなかった俺は、フラッフィーの様子を見ながら、時間まで待つ事にしたのだった。





「征十郎。そろそろ時間だから帰りましょう」


「あぁ。分かった」


1時間ほどが経過し、片手に本を持ったターニャに話しかけられる。

ターニャは最初と同じように耳鳴りのような謎の音を出し、子供たちと一緒にフラッフィーを呼びつけた。


「みんな。今日はフラッフィーと一緒に遊んでくれてありがとう。みんなの必死の説得のおかげで、フラッフィーも心を許してみんなと遊ぶことができたわ」


『ターニャ様…フラッフィーもう帰っちゃうの?』


『私、もっとフラッフィーと遊びたい…っ!』


『僕も!また会える!?一緒に遊べる!?』



「ふふっ。もちろんよ。これからもフラッフィーと遊んであげて。またここに連れてくるわ」


「にゃあ…にゃあ…」


子供たちの方を振り返り、寂しそうな声で鳴くフラッフィーに驚きつつも、俺はフラッフィーに手を差し伸べる。


「フラッフィー…帰ろう」


「……にゃあ…」


後ろ髪を引かれるように子供たちを振り返りながら、フラッフィーがトボトボと俺の方に近づいてくる。

差し出した手に乗ってきたフラッフィーを抱き上げるが、フラッフィーの寂しそうな表情は変わらない。


「もう少しで陽が沈むわ…みんなもそろそろ家に帰りなさい」


子供たちに告げれば、みんなが声を合わせて「はぁーい…」と寂しそうな返事が返ってくる。


「じゃあ…私たちは帰るわね―――征十郎、行くわよ」


「あぁ」


踵を返して歩き始めると、背後から子供たちの大きな声が聞こえて振り返った。


『フラッフィー!!また遊ぼうねーーーっ!!』


『僕たち、もう友達だからね!絶対…ぜぇぇーーったい遊ぼうねーーっ!』


『フラッフィーまたねーーっ!!』


寂しそうな表情で叫ぶ子供たちに、フラッフィーは瞳を揺るがせ、今まで聞いたことのないような大きな声で鳴いていた。




フラッフィーのいい意味での変化に嬉しくなりつつ、俺たちはその場をあとにしたのだった。




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