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49話:猫の杜生活 1日目-Ⅰ



「シャ―――ッ!!」



現在俺とフラッフィーは、ターニャと一緒に街の集会所に来ていた。

学校の体育館をイメージしたような集会所には、全員を見渡せるような木株でできたステージがあり、空中には天井まで伸びた木の枝のキャットタワーがある。

集会所での妖精の過ごし方も様々で、立ってみている者もいれば、キャットタワーに座りながらステージに立つ俺とフラッフィーを見ている者もいた。


猫の杜で暮らす妖精たちに、なにか報告をする事がある時に使われることが多いらしい集会所には、現在数十人の猫の妖精が集まっている。

そのほとんどは中高年くらいの男女の妖精ばかりで、若い妖精や子供の妖精は見当たらない。


人数的にこんなもんだったっけ?と不思議に思ってターニャに確認をしてみると、数百人いる住人全員を集めれば、妖精慣れしていないフラッフィーにかなりの負担がかかるとのことで、猫の妖精それぞれの一族の長だけに来てもらったと言っていた。


木株のステージの上で俺に抱っこされながら、妖精たちに威嚇をし続けるフラッフィーを、俺は懸命に宥める。


「フラッフィー、落ち着け。大丈夫だから」


「フーッ!フーーッ!!シャーーッッ!!」


「フラッフィー。怖がらなくても大丈夫だ。こいつらはお前に危害を与えることはしない」


「フーーッ…!フーーッ…!」


「大丈夫だから」


逆立っている毛を鎮めるように身体を撫で、なるべく優しい口調で声をかけ続けると、俺の言葉を理解してくれたのか少しずつフラッフィーの威嚇が収まってきた。

そのタイミングで、ターニャがステージ外にいる猫の妖精たちに話し始める。


「みんな。忙しい中集まってもらって悪かったわね。――そういうことで、今日から1週間、“黒を持つ者”であるフラッフィーと、人間界からきた征十郎がこの猫の杜で暮らすから、優しく接してあげて」


ターニャの言葉に、ステージ外からは大きな拍手が起きた。

その後、「解散していいわ」のターニャの言葉に、数十人いた猫の妖精たちが一斉に集会所から出て行った。




「これは…思った以上に前途多難だわ……」



俺とフラッフィーの傍に立っていたターニャが、フラッフィーを見て苦笑しながら言った。


集会所に入って、猫の妖精を見つけた途端威嚇を始めたフラッフィーは、ターニャから妖精達に経緯の説明を始めてから終わるまで、妖精たちに対してずっと威嚇をしっぱなしだったのだ。


「妖精慣れしていないのは知っていたが…まさかここまでだとは俺も思わなかった」


「この状況…社会化以前の問題ね。妖精を見ただけで威嚇が止まらない様じゃ、社会化を覚えさせるのなんて無理よ……。まずは、どんな妖精と出会っても落ち着いて接することができるように慣れさせなきゃ。まずは、小さい子から慣れさせていきましょう」


「分かった」





集会所から出てターニャと俺たちが向かったのは、川の近くにあるキャットタワーだった。


「川の近くにあるこのキャットタワーエリアは、子供の猫の妖精がたくさん遊んでいるの」


ターニャに言われてキャットタワーを見上げると、空中のいろんなところから伸びた木の枝には、まだ幼い顔つきをした小さい猫の妖精が走り回ったりじゃれ合ったり、寝ていたリしているのが見えた。

しかし、不思議な事に市場街や森付近のキャットタワーに比べると、大人の猫の妖精は一人もいない。


「本当だ…。どうしてここのエリアは子供しかいないんだ?」


「川の近くは水も飲めるし、食材も取れるからここの近辺を住処にしている家族が多いのよ。四足歩行の猫に比べて猫の妖精は縄張り意識もそこまで強くないんだけど、大人が混じるとどうしても大人が場所を占領しちゃってね…。子供が思いきり遊べないって子供の親から毎日のように相談が来るから、川近くのキャットタワーのみ子供優先エリアにしたの」


「子供優先ってことは、大人でも使うことはできるんだろう?」


「もちろん、子供が遊んでいない夜の時間帯とかは自由に遊んでもいいわ。でも、子供が遊んでいる時は子供に譲ってあげてねってこと」


電車の優先席みたいな感じね…と付け足したターニャに、「なるほど…」と妙に納得した。

ターニャから電車というワードが出てくるとは思わなかったが、そこはあまり気にしないようにする。

小さい子供の妖精であれば、大人の妖精に比べて威圧感とかもあまりと思うし、妖精慣れさせる最初の相手には相応しいかもしれない。さすがターニャだ。


「呼びかければここにいる子達みんなが下りてくると思うから、待ってて」


そう言うと、ターニャがキャットタワーに近づき、ゆっくりと目を閉じ、数秒ほどしてから目を開けた。

黄色の瞳は、フラッフィーに話しかける時のようにぼんやりと光り輝いている。

その瞬間、耳鳴りのような音が一帯に響き渡った。


「っ…!」


俺が知っている不快に感じる耳鳴りの音とはまた違う、まるで鈴の音のような心地よくも感じる不思議な音に、夢中になってキャットタワーで遊んでいた子供の猫の妖精が、一斉に動きを止め、顔を上げた。

まるで動きを操作しているように、次々とキャットタワーから降りてくる子供たちを、俺は唖然と見つめる。


「……」

(一体なにが起きているんだ…?)


特に大きな声を出したわけでもない、むしろ声を出さずにあの音だけで子供全員をキャットタワーから降ろさせるターニャが信じられなくて、思わずターニャを見る。

しかしターニャはなにも言わず、俺に向かって小さく笑みを浮かべるだけだった。



『ターニャ様!こんにちはっ!』


『こんにちはーっ!』


キャットタワーから降りてきた子供たちは、整列するようにターニャの前に並び笑顔で元気よく挨拶をしてきた。

ターニャと同様みんな耳と尻尾が付いていて、話す度にぴょこぴょこゆらゆらと動く。

見た目からして、年齢は幼稚園から小学低学年くらいの歳だろう。


「こんにちは、みんな。遊んでいる時に急に呼び出しちゃってごめんね?」


『大丈夫ですっ!』


『僕達になにかご用ですか?』


『わぁ~!人間がいる!私、人間初めて見たぁ~!おっきぃ~!』


『ねぇねぇみんな見て!僕たちと同属の猫もいるよ!』


『本当だぁ~!黒猫さんこんにちはーっ!』


『人間さんも初めましてっ!』


俺とフラッフィーの姿を見るや否や、数十人ほどはいるたくさんの子供たちが一斉に近づいてきた。

人間の俺が余程珍しいのか、ツンツン身体を触ってくる子供もいれば少し距離を置いて匂いを嗅いでくる子供や、人懐っこい笑顔で話しかけてくる子供や、身体によじ登ってくるヤンチャな子供など、みんな好奇心旺盛といった印象だった。


「フーーッ…シャーーーッッ!!」


だが、フラッフィーはというと…わいわいがやがやと集まって騒ぐ子供たちに向かってまた威嚇をしていた。


「みんな。フラッフィーが怖がっているでしょう?征十郎も困惑しているから、一旦離れてね」


「「「はぁーーい!」」」


ターニャの一言ですぐに離れた子供たちは、再び整列するようにターニャの前に並んだ。


「みんなのお父さんやお母さん、お爺ちゃんやお婆ちゃんたちにはさっき伝えたんだけど、今日から1週間。この2人が猫の杜で生活することになったの。見てわかると思うけど、黒猫の方は“黒を持つ者”の子猫。名前はフラッフィーって言うの」


『フラッフィー!』


『こんにちはフラッフィー!』


ターニャがフラッフィーを、”黒を持つ者“だと紹介しても、子供たちは驚くどころか人懐っこい笑顔でフラッフィーに話しかけていた。


「…!!」

(黒を持つ者だと知ってもこの反応…こいつらは黒を持つ者が怖くないのか…?)


「フラッフィーはみんなと一緒でまだ子供。お父さんもお母さんも事情があっていなくなってしまったわ。それに、ひとりぼっちの時に妖精に襲われている過去があるから、妖精が怖いの。黒を持つ者である以上、妖精に慣れていないと後々大変なことになってしまう……。だからみんな、フラッフィーのトラウマを克服するために力を貸してくれる?」


『もちろんですっ!』


『僕達に任せてください!』


元気よく返事をした子供たちに、ターニャが優しく微笑んだ。


「ありがとう、みんな」


『ターニャ様!この人間はなんていう名前なの?』


1匹の子供が俺を指さしながら興味津々に聞いてくる。


「この人は、柊征十郎。3週間前にヨルノクニに来た人間よ。今はソラリア庭園都市でフラッフィーと一緒に暮らしているフラッフィーの保護者なの。フラッフィーと同じく1週間猫の杜に滞在してもらう予定だから、仲良くしてね」


『はぁーいっ!!』

『せーじゅーろー!』

『よろしくねっ!せーじゅーろー!』


笑顔で挨拶をしてくる子供たちに、俺は表情を緩めた。


「よろしくな」


この人懐っこい素直な子供たちであれば、フラッフィーも慣れてくれるかもしれない…そう思いながら、俺はフラッフィーの頭を優しく撫でた。



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