今俺たちが歩いているのは、猫の杜の中で最も賑わっていると言われているらしい
シャルメーンロードのように多くはないが、いろんなものを売っているたくさんの店舗が立ち並んでいる。
なにか必要な物があれば、シャルメーンロードに出て買う事がほとんどらしいが、ターニャ曰く、猫の杜で育てた野菜や花、食料、木で作った雑貨品などが猫の杜の市場街では売っているそうだ。
店の形も変わっているが、シャルメーンロードとはまた少し違ったものが売っている店も多く、物珍しさから俺は通る店すべてを見ながら歩いていた。
「猫の杜での生活は、ソラリア庭園都市で暮らすのとほとんど変わらないわ。ソラリア庭園都市の規模をかなり小さくした街のような感じって言えば伝わるかしら?」
「あぁ。言いたいことは伝わっている」
「そう。それなら良かった」
「この市場街で買い物をしている奴もかなり多いようだが、シャルメーンロードと使い分けで買い物をしているということなのか?」
市場街の店舗で買い物をしている妖精たちを一瞥し、ターニャに訊ねる。
「市場街では、基本的に日常生活の中で足りないものだったり、シャルメーンロードまで買い物に行くのが面倒くさい妖精たちが、この市場で買い物を済ませることが多いの」
「なるほど」
猫の杜からシャルメーンロードまでは歩いても数十分といったところだ。
さほど遠い距離ではないが、近くで買い物を済ませられるのなら…確かにわざわざシャルメーンロードに行くのが面倒になってしまう気持ちはわからなくもない。
ヨルノクニにきて間もない頃の俺が仮に猫の杜に住んでいたら…確実にシャルメーンロードまで買い物は行っていないだろう。
「市場街で買い物を済ませると言っても、シャルメーンロードとの品質の差は大してないから問題ないわ。…私の場合、牛乳だけはモウリ―の店のもの以外美味しいと感じられないから頻繁に買いに行くけど、それ以外の食料とかはこの市場街で済ませることが多いしね」
「へぇ…。それで、市場街で買い物をする時はどうすればいいんだ?」
「シャルメーンロードとは違って、タダでもらうことはできないようにルールを決めているわ。基本的にマタタビと交換するような感じね」
「………え…マタタビ……?」
ターニャの言葉に、俺は思わずフリーズしてしまった。
「えぇ。森の奥の方に行けば、マタタビエリアって言う簡単にマタタビを
「……」
「マタタビの過剰摂取はよくないけど、程よく使用する分には問題ないし、猫と同じで猫の妖精もみんなマタタビが大好物なの。アンタがいる世界で例えると…そうねぇ…スイーツとか高級なお肉とか、カロリーが高い食べ物とかお酒とか…そういうものと似ているかもしれないわ。
「……まぁ…」
ターニャが言ってきた食べ物や飲み物は、俺自身あまり好んで飲み食いする事はないが、普通の一般人であればほとんどの人が好きなものだ。
言っていることは分かる。
分かるが…
(あのマタタビ…まさかこんなことに使えるものだったのか…)
俺の脳内には、つい少し前に通りすがりの子供の猫の妖精に貰った大量のマタタビが浮かんできていた。
まだ幼いフラッフィーには危険だとミシェルに言われ、袋ごと投げ捨ててしまったあの大量のマタタビである。
「……」
マタタビを捨てる原因となったミシェルを睨むようにしてみる。
だが、当の本人は素知らぬ顔だ…まったくもって腹が立つ。
マタタビが金の代わりになることを知っていたのか、知らなかったのかは俺と目を合わせないようにしているミシェルを見れば一目瞭然だ。
(ミシェルのやつ…マタタビが金になることを知っていたな)
「だからあの時、“お金と同じくらいの価値がある”とか言っていたのか…。もっと早く言ってくれればいいものを…っ」
「心配しなくても、あとでマタタビエリアも案内するから、その時に
勿体なさすぎることをしてしまい、後悔していた俺の耳には、もはやターニャの言葉は届いていなかった。
***
「ターニャ。今日からの1週間、俺とフラッフィーはどこで過ごせばいいんだ?」
猫の妖精で賑わう街中を歩きながら、気を取り直してターニャに訊ねる。
「征十郎とフラッフィーには、私の土地にある離れで暮らしてもらう予定よ」
「離れ?その土地とやらはこの場所から近いのか?」
「近いと言えば近いかしら…この街を進んだ先の、茂みを超えたところにあるわ。ホラ、あそこ…見える?」
ターニャが前方を指さす。
街を抜けた数メートル先には、緑の草木が生い茂っている茂みが見えた。茂みの草木越しにはレンガ造りの高い塀が見える。
空まで届く勢いで高く積み上げられた赤レンガの塀に、思わず上を見上げてしまった。
(あんな高くまで、誰が積み上げたんだ…?)
どうでもいいことを疑問に思いつつ、隣を歩くターニャに質問をしてみる。
「あの塀の先がターニャの家の土地なのか?」
「あの赤いレンガの塀から先は、すべて私が持つ土地よ」
「……随分と広い土地だな」
どこからがターニャの土地と街の境界線なのか確かめるべく、塀に沿って確認するが、目では確かめられないほど広すぎて、今いる場所から
「ターニャは猫の杜を創り上げ、全ての猫の妖精の生みの親であるケット・シーだ。征十郎でも分かりやすく言えば…そうだな…猫の妖精の中で一番偉い存在と言えば分かるか?」
「…ミシェル…俺を馬鹿にしているのか?」
“俺にでも分かりやすく言えば”ってどういう意味だ。
遠回しに馬鹿にしているような気がするのは、恐らく俺の気のせいではないと思う。
一言余計だと思いつつミシェルを睨めば、当の本人のミシェルは不思議そうな表情を浮かべた。
「?なんのことだ?私は妖精について詳しくない征十郎のために、分かりやすく説明をしただけだ。実際、ケット・シーについてなにも知らないだろう?」
「……まぁ、それはそうだが………はぁ…。もういい」
てっきりわざと馬鹿にいるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
言い返そうと思っていたが、完全に言う気が失せてしまった。
「この土地の中には、私が住処にしている家と、ミシェルを含む四大精霊の友達が来た時に泊まってもらう別荘。植物や花を育てている専用の温室に倉庫、魚が泳ぐ庭園エリア、そしてその他の客人が来た時に滞在してもらう離れがあるの。離れで暮らしている間は、土地の中にある場所は好きに使ってもらっていいわ」
「分かった」
「生活は完全に別にするから、食料や飲み物は自分で買いに行くことになるけど、シャルメーンロードまで買いに行ってもいいし、市場街で買ってもいいし好きなようにするといいわ」
「1日の流れはどうなる?朝から晩まで自由…なんてことはないだろう?」
「もちろん。毎朝8時頃に征十郎の家に顔を出すから、私と一緒に街に出てもらうわ。家に帰るのは大体18時頃を予定しているから…夜はフラッフィーを助ける方法を考えたりフラッフィーと遊んだり、街や森を探索したり…好きに過ごしてもらって構わないわ」
「分かった」
話している内に、ターニャの土地の入口である赤いレンガの塀の前までやってきていた。
ターニャが無言のまま茂みに近づくと、茂みが変形するように歪み、人が通れるくらいの入口ができる。
どうやら、ここが土地の入口らしい。
「さぁ、入って」
そう言って入口から中に入るターニャの後を追うように、俺とミシェルは中へと入っていった。