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46話:悪魔化を止める存在

「だから征十郎。アンタはもっとフラッフィーのことを知らなければいけないわ。フラッフィーがどういう性格で、どういうことが好きで、いつもどんな風に遊んでいて、どういうことをすれば嬉しそうにするとか、怒ってしまうかそういう細かいところも全部ね…。これは、社会化と同様に今後とても重要な事になってくる」


真剣な眼差しでターニャが言った。


「重要…?フラッフィーのことを知ることで、なにかが変わってくるのか?」


確かにフラッフィーのことはもっと知りたいと思っていたし、ターニャを通して知らなかったフラッフィーの気持ちや、俺のところに来た経緯を知ることができて、嬉しかった。

知ることは大事だとは思うが、どんな風に重要になるのかが疑問だった。


「猫の社会化については、以前話をしたわよね?」


「あぁ。確か…場所や人、動物、音とかでパニックを起こさせないため…だったか」


「その通りよ。これは猫だけに限らず、黒を持つ者の動物は全員が当てはまることなんだけど、パニックを起こせばいつどのタイミングで悪魔化してしまうか分からないし、日常生活の中で体験するすべてが悪魔化する材料となってしまうの。…これもこの間話したけど…覚えてる?」


「もちろん覚えている」


即答すると、ターニャは小さく頷き、「じゃあ続けるわね」と言って話し始めた。


「社会化と同様にフラッフィーのことを知っていけば、どういうことをすればフラッフィーが嫌がったり、喜んだりするか分かってくるわよね?そうなれば、悪魔化する前に征十郎がフラッフィーの理性を保たせ、悪魔化を止められる確率が上がるのよ」


「!!」


「私やミシェルにフラッフィーが懐いているのは事実だけど、それでもアンタへの信頼と信用には敵わないわ。フラッフィーは産まれてきてからこれまで、数多くの妖精に狙われそうになったと言っていた…そんな中で唯一優しく包み込んでくれたのが征十郎…アンタただ一人なの。フラッフィーにとって特別な存在であるアンタだったら、フラッフィーが悪魔化しそうになっても悪魔化せずに理性を保てるんじゃないかと私は思ってる」


「……」


「オリビア様は…もしかするとアンタならフラッフィーの悪魔化を止められるかもしれない…そう仰っていたわ」


「っ…!」


ターニャの話を聞いて、オリビアがなぜターニャにフラッフィーの面倒を看てくれという依頼をしてきたのかが分かった気がした。


ターニャという、フラッフィーと話せる同属の妖精を通して、俺が知らないフラッフィーの事を知り、そして俺にフラッフィーの悪魔化を止めるストッパーになって欲しい…そういう意図があるんじゃないかと思った。

オリビアは、誰よりも先にその可能性に気付いていたのかもしれない。



「まずは1週間ここで暮らし、フラッフィーに同属の妖精に慣れてもらうところから始めて、様子を見てみましょう。同属の妖精であれば、他の種族に比べて慣れるのは比較的早いはずよ」


「分かった」



「――話は終わったか?」

話が終わったタイミングで、ミシェルが間に入ってきた。


「えぇ。話が長くなって悪かったわね」


「気にしなくていい」


「…フラッフィーはどうしている?」


猫の杜に来るまで、ミシェルの腕の中から顔を出して外を見ていたはずのフラッフィーの姿が見えず、不思議に思って聞いてみる。


「それが…」


少しだけ困ったような表情に変わったミシェルが、腕に視線を落とす。

不思議に思ってミシェルの腕の中を見てみると……。


「フラッフィー、どうした?」


ミシェルの腕の中で身体を低くしたフラッフィーは、耳をたたむように後ろに向け、尻尾を後ろ足の間に巻き込んだ状態で上から覗き込む俺を見上げていた。


「ソラリア庭園都市を出たまではよかったんだが…猫の杜の入口に着いた途端にこんな状態になってしまって…。怖がっているのかと思ってずっと撫でながら声をかけていたんだが、様子は変わらなくてな…」


どうしていいか分からず途方に暮れている様子のミシェルに、ターニャが近づいていくと、腕の中のフラッフィーを覗き込み、すぐに「なるほどね」と呟いた、


「ターニャ。この状況…フラッフィーはやっぱり怖がっているのか?」

不安そうな表情でミシェルが訊ねる。


「えぇ。怖かったり、不安に感じているとする代表的な猫の仕草ね」


「ここに来るまで、特に怖いことはなかったと思うが…」


ミシェルの手が、フラッフィーの頭を撫で、そのまま身体全体を優しく撫でながら言った。


「さっき、猫の杜の入口に着いた途端に様子が変わったって言ってたわよね?そうなると多分…アイツらのせいだわ…」


アイツら?

ターニャは誰の事を言っているのだろうと考えて、すぐにピンと来た。


「あ…もしかして、入口に立っていたあの猫の妖精2匹のことか?」


「…恐らくね…。本当は頭が弱くてバカなだけで悪い子達ではないんだけど、ガタイはいいし声も無駄に大きいし、顔つきもまぁまぁ怖い顔の分類に入るみたいで、高確率で怖がられるのよね…妖精慣れしていないフラッフィーのことを考えたら…確かにあの2人のインパクトは大きいかも…悪いことをしちゃったわ」


「ごめんね」と言いながら、ターニャがフラッフィーの頭を撫でる。

気持ちがちゃんとフラッフィーに伝わるようにするためなのか、ターニャの黄色い瞳がぼんやりと光った。

そんな申し訳なさそうな表情のターニャの気持ちが伝わったのか、フラッフィーの耳と体勢が戻り、か細い声で一声だけ鳴いた。


「にゃあ…」


「ありがとう。フラッフィー」


ターニャが小さく微笑んで、すぐに顔を上げる。

光っていた瞳は元に戻っていた。


「一先ず街を案内するわ。着いてきて」


俺の方を振り返ったターニャが踵を返して歩き始め、俺は先に歩くターニャとミシェルのあとに続いた。





***


ターニャに道を案内してもらいながら、猫の妖精で賑わっている街中を歩いていく。

すれ違う妖精たちはみんな愛想が良く、フレンドリーな奴が多いというのが第一印象だ。

猫の妖精だから、てっきりツンケンしている奴らばかりだと思っていたが、ターニャ曰くどうやら違うらしい。


全員愛想がいいという訳ではないようだが、フレンドリーな妖精が多いようだ。

実際に、すれ違う猫の妖精のほとんどが挨拶をしてくれたり、興味津々に話しかけて来てくれる。


さすがにマタタビとかいう実が付いた草を渡された時は、受け取るべきかどうかかなり悩んだが、しばらくここで生活を送らせてもらう新参者なのに、断るのはさすがに悪い気がして受け取った。

…そのせいで俺の右手には、袋に入った大量のマタタビがある。



(こんな草…一体なにに使えと言うんだ…)



思わず大きなため息が出てしまった。



「……征十郎…大量にもらった『ソレ』、どうするつもりだ?」


ミシェルが言う『ソレ』とは、もちろん俺が持っている大量のマタタビのことだ。

若干しかめっ面になったミシェルが、マタタビ入りの袋に視線を落としながら聞いてくる。


「…俺に聞かないでくれ…。“歓迎の印!”って無邪気な笑顔の子供に渡されたんだぞ…。断ることなんてできないだろう…」


「まったく…。マタタビを持っているのなら、フラッフィーには近づくなよ?」


何故か俺から距離をとった状態で、ミシェルが言った。


「は?どうしてだ?」


思わず振り返ると、驚いた表情のミシェルと目が合う。

「お前……マタタビが猫にどんな影響を与えるのか知らないのか?」


「影響…?なにか影響があるものなのか?このマタタビとやらは」


「……はぁ…本当に何も知らないんだな。お前は…。征十郎がいた二ホンという現実世界にも、同じものがあったと聞いたことがあるが?」


「そうなのか?」


ミシェルに言われて、俺は右手に持ったままのマタタビを見る。

そもそも俺がまだ生きていた時は、動物と関わることがなかったため、俺はマタタビとやらがどんなものかよくわかっていなかった。



「マタタビは、食欲増進やストレス・運動不足の解消、老化防止、防虫効果などの効果があるが、子猫には与えてはいけないんだ」


「えっ…そうなのか?」


「子猫に関しては、身体の中の器官がまだ十分に発達していない。そんな状態でマタタビを与えれば、パニックを起こす可能性がある」


「なっ…!それを早く言え!」


ミシェルが俺から距離を取っていた意味が分かった。

猫の杜で生活を送る前にパニックを起こされ、悪魔化を促進することになれば本末転倒である。


俺はマタタビが入った袋を、なるべく遠くに飛ばすように思いきり投げた。



「……あーあ…。せっかくもらったものをそんな風に捨てるとは…最低極まりない奴だ…」



一部始終を見ていたミシェルが冷たい表情を浮かべ、ボソッと呟いたのはしっかりと俺の耳にも届いていた。


「フラッフィーに近づけなければいいだけで、猫の杜でのマタタビはお金と同じくらいの価値があるんだぞ?」


「うるさい!マタタビがなくてもなんの問題もない!」


マタタビについて先に教えてくれなかったミシェルもミシェルだが、そもそもの話、マタタビを知らなかった俺も俺だ。

よくわからない苛立ちが込み上げてきた俺は


「アンタたち…さっきからなにしてんの?早く着いてきてくれない?」


と、若干イライラ気味に振り返ったターニャの元へ足早に向かったのだった。






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