ミシェルとフラッフィーのわだかまりもなくなり、2人は今まで仲が悪かったのが嘘のように仲良くなっていた。
いつもであれば俺の腕の中で甘えているはずのフラッフィーは、ミシェルの腕に抱かれながら外の景色を興味津々に見ている。
「‥‥」
(いくらなんでも、この短時間で仲良くなりすぎだろう…)
俺にだけ懐いていたフラッフィーが、自分だけに
現在俺たちは、ターニャが暮らしている“猫の
ターニャの話によると、猫の
今回ターニャが俺とフラッフィーの元を訪れた一番の理由は、フラッフィーの面倒をみるためというのが大前提にある。
猫の杜でしばらくの間過ごしてもらった方がフラッフィーも過ごしやすく、妖精に慣れてもらえるんじゃないかというのがターニャの考えだ。
話せる猫の妖精がたくさん住んでいる場所の方が、社会性も身につくから…ということらしい。
「猫の杜に行くのは久しぶりだな…」
フラッフィーを抱っこしたままミシェルが呟く。
「あまり行くことはない場所なのか?」
「あぁ。オリビア様からターニャへ依頼がある時もそうだが、私がターニャに用事がある時は魔法でコンタクトを取って映像を繋げて話せるからな…ターニャ以外の猫の妖精たちに個別で用事がある時以外は滅多に行かない」
そこで以前ミシェルやオリビアが魔法でモニターのようなものを生成し、映像を映しているのを思い出した。
便利な魔法だとは思っていたが、確かにあの魔法があればテレビ電話のようなこともできるし、わざわざ出向かなくてもいいか…と納得する。
「着いたわ。ここが私たちの住処“猫の杜”よ」
「!」
ターニャに言われて正面を見ると、背の高い木々に囲まれた広大な森があった。
森の入口には、所々に猫を連想させる葉っぱや花が沢山咲いていて、森の入口は周囲に立っている木が変形し、猫の形をしている面白い作りをしている入り口だった。
入口の左右には、がっちりした体格の猫の妖精が2人、門番のように立っている。
門番らしき2人は、ターニャの姿を見るや否や、すぐに片膝を地面について声を張り上げた。
「お帰りなさいませ!ターニャ様!」
「お勤めご苦労様です!ターニャ様!」
「…アンタら…声が大きすぎてうるさいって毎回言っているでしょ。その出迎え、いい加減やめてくれない?」
ターニャはというと、心底
「ハッ!申し訳ございません!!!」
「申し訳ございません!!!ターニャ様!!」
「……うるさっ……だから、それがウザイのよ」
不機嫌そうな表情で門番2人を一瞥し、俺とミシェルの方へ振り返る。
「ミシェル、征十郎。こんな奴らはどうでもいいから、早く中に入りましょう。まずは森の中を案内するわ」
門番2人の時の対応とは違い、ターニャの表情は通常の程よいツンツン具合に戻っていた。
「……あ、あぁ」
「わかった」
単純に頭が悪いのかターニャの言う事が理解できないだけのお馬鹿さんなのかは分からないが、ターニャに冷たい扱いをされても動じていない門番2人が気になりすぎて、横目で様子を伺いながらターニャの後を追う。
ミシェルに関しては何度か来た事はあるようだし、慣れているのか華麗なまでのスルーを決めている。
「ターニャ様!この方が先日お話されていたお客さんでしょうか!?」
「ターニャ様!今日はミシェル様もいらっしゃっているんですね!!ミシェル様!おひさしぶりでございます!!
変わらず声を張り上げて話しかけてくる門番2人を完全にフル無視し、ターニャが森の中に入っていく。
門番たちの間を通る際、超絶至近距離で声を張り上げられ、俺も思わず顔を歪めてしまった。
ターニャがこの門番たちを鬱陶しがっている理由が分かった。
これは確かにうるさい。
たまにならまだしも、出かけるたびにこの出迎えをされたら、きっと俺もターニャと同じような反応をしてしまうかもしれない。
一方で当の本人たちは、フル無視されているのに気づかないまま、未だに背後で声を張り上げ続けている。
「……正真正銘のアホだ…」
なんだか少しだけ可哀想に思いつつ、俺は猫の杜の中へと入っていった。
***
森の中は空気が澄んでいて、とても心地のいいところだった。
入口を入ってすぐは山林になっていて、しばらく歩き続けるとすぐに道が開けてくる。
開けた先には、猫の形をした建物や木でできたペンションのような建物、木の上に建っている家など一風変わった建物がたくさん立ち並んでいた。
これらの建物を囲むように森があり、森の近くには大きな川や、猫の形をした花、キャットタワーのような巨大な遊具など猫が好きそうなものが街の至る所にある。
分かりやすく言うとすれば、森全体が遊園地のような場所だ。
同じヨルノクニにある場所でも、妖精の種族によってこんなにも住む環境が変わるものなのかと驚いてしまう。
「ここが猫の杜か…」
周囲を見渡せば、シャルメーンロードのようにたくさんの妖精たちで賑わっていた。
年齢層も幅広く、小さい子供から大人、お年寄りまで幅広い年代の猫の妖精が住んでいて、妖精全員の頭と尻には耳と尻尾が生えていた。
人型をした妖精がほとんどのようだが、普通に動物型の猫もいるし、見た目が猫なのに二足歩行をしている妖精もいて、見ていて飽きない。
「猫の杜では、みんな自由に生活を送っているの。猫は自由気ままな性格をしているから、特別なルールも設けてはいないわ。だから好きなところに寝てもいいし、好きなところを自分の家としてもいい。どこで遊んでもいいし、遊ぶ場所を自分で作ってもいい。中には自分の家を持たずに、その日の気分で寝床を決めて好きな場所で寝ている子もいるわ」
「マイペースで気ままな猫らしいな。――でもルールを作らないからこそ、猫の妖精には合っているのかもしれない。ここで生活をしている妖精たちはみんな活き活きしている気がする」
街を行きかう猫の妖精たちを見ると、誰一人として暗い顔はしていなかった。みんなが楽しそうな顔をしていることから、猫の杜での生活は余程楽しいのだろう。
「フラッフィーがここでの生活に慣れたら、きっと社会性も身につくだろうし、精神的にも今よりきっと強くなると思うわ。精神的に強くなることで、あの子自身にも必ず変化が表れると思う――もちろんいい意味での変化よ?」
「フラッフィーはしばらくの間、ここで生活をすることになるのか?」
「一先ず1週間、ここで生活をしてもらおうと思っているわ。もちろんここでの滞在中は征十郎も一緒にここで生活を送ってもらう。アンタがいた方が、フラッフィーも安心するだろうしね」
「そういうことか。わかった」
「私はオリビア様から詳しい話を聞いていないんだが、1週間経ったあとはどういう予定を立てているんだ?」
ふいにミシェルが口を開く。
「今回征十郎がオリビア様から貰った猶予は3か月。征十郎がフラッフィーと出会ってから現時点で3週間が経っているから、ここで1週間生活をすればちょうど1か月になる。今後の流れとしては、猫の杜で一先ず1週間暮らす。その後フラッフィーに変わりはないか様子を見て、継続して残りの2か月間をここで過ごしてもらうわ。だから征十郎には、この2か月と1週間の間にフラッフィーを助ける方法を考えて欲しいの」
真剣な表情をしたターニャの視線が、真っすぐ俺に向けられた。
「もちろんこの期間中は、ただ考えるだけじゃダメよ?フラッフィーを助ける方法を考えつつ、フラッフィーが社会化できるようにアンタも協力しなきゃいけない。アンタはフラッフィーに懐かれているし、信頼されているけど…アンタ自身はフラッフィーの事を知らなすぎるからね」
「……」
まったくもってターニャの言う通りである。
フラッフィーが俺と出会う経緯も、考えていることも、ターニャが話してくれるまでなにも知らなかった。
きっとまだ知らないことはたくさんあるだろう。
すでに過ぎてしまった3週間の間にできることは、絶対にあったはずだと後悔の気持ちが込み上げてくる。