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44話:仲直り

「黒を持つ者はこれまで何人も見てきたわ。悪魔になる前の通常の状態の時から、悪魔化して変わってしまった時の状態、その者の命が絶える瞬間まで一通りね。もちろん人型ではない動物型の黒を持つ者にも会った事がある。…でも、フラッフィーみたいに優しい心を持った子はいなかった。どの子も幼少期から疎外そがいされて生きてきたせいか、心がすさんだ子達ばかりだったわ」


「…」


「“自分をいらない者扱いしてきた奴らを殺してやる。”“こんな風に産んだ両親を許さない。悪魔化したら一番最初に殺す。”“悪魔化したら復讐をしてやる”…そんな事を言う子しかいなかった。でもあの子は…フラッフィーは、小さい時から自分がどういう存在なのかを知っていながら、誰も傷つけたくないと言った。一番辛いのは、怖いのは自分のはずなのに」


切なそうな表情を浮かべるターニャは、泣きそうな顔をしながらソファーの上で身体を丸めて寝始めるフラッフィーを見つめていた。



「フラッフィーの母親は、とても愛情を込めて…大切に大切ににフラッフィーを育ててきたんでしょうね。そうじゃなきゃ、こんなに心が綺麗なまま成長していない。フラッフィーを守るため、群れから抜け出してまで守った子だもの…きっと母親も成長したフラッフィーの姿を見て喜んでいるわ」


「フラッフィーの母親はどこにいるか聞いたのか?」


俺の問いに、ターニャは暗い表情のまま押し黙った。そしてしばらくの沈黙の後、静かに口を開く。


「――フラッフィーの話を聞く限り…多分もう死んでいるわ」


「!!」


「餌を取りに行ったきり、帰ってこなかったとフラッフィーが言っていたの。状況からして、恐らく黒を持つ者をよく思っていない群れの仲間に殺されたか…悪魔に狙われた…このどちらかね。母親がもうこの世にいないのは、フラッフィーも薄々勘づいている」


「そうか…」


「征十郎」


ふいにターニャに呼ばれ視線を向ければ、ターニャの黄色い瞳と視線が交わった。


「なんだ」


「フラッフィーは心が綺麗なとてもいい子よ。でも、だからこそ気を付けなきゃいけない。心が綺麗な子ほど、悪魔に乗っ取られやすいの…。黒から白に染めるのは大変だけど、白から黒に染まるのはあっという間よ」


「いくら悪魔に乗っ取られやすい綺麗な心だとしても、俺がフラッフィーを助けたいという気持ちは変わらない。フラッフィーの声を、ターニャを通して聞いてより助けたいという思いが強くなった。何度も言うようだが、悪魔化は俺が絶対に阻止してみせる」


「ふふ…アンタならそう言うと思った。私も同じ猫として、ケット・シーとしてフラッフィーを放っておくことはできない。一緒に助ける方法を見つけ出しましょう」


「あぁ」


ツンツンしていたターニャがやんわりと微笑む。俺もターニャに釣られるように微笑み返すと、和やかな空気を壊す勢いで背後から大絶叫が聞こえてきた。



「み゛や゛ぁ~~~~~~~~ッ!!!!!!!!!」



尋常じゃない叫び声に驚きつつ、ターニャとほぼ同時に後ろを振り返ると…そこには毛を逆立ててミシェルに威嚇をするフラッフィーの姿があった。


状況の理解が追い付かない。

なぜこんなことになっているかが分からなくてターニャを見るが、ターニャもよく分からなかったようで、不思議そうに首を傾げられてしまった。


「何故そんなに怒る!私はただ仲直りをしたかっただけだ!征十郎やターニャには触らせているのに、どうして私には触らせてくれない!?」


「シャ――!!」


ミシェルの話と今の状況からすると、最初に怖がらせてしまった事を謝ろうとして近づいたのはいいものの、寝ている時にいきなり近づかれてびっくりしたフラッフィーが怒っている…といったところだろう。

自分の中でトラウマを植え付けられた相手が、寝ている時にいきなり近づいてきたら…さすがにフラッフィーじゃなくても、警戒の意味であの反応になってしまうになってしまうのは分かる。


「…ミシェル…なにをやっているんだ」


呆れたようにため息をつきながら、ミシェルへと近づく。


「征十郎…っ!フラッフィーがいきなり怒りだしたんだ」


「トラウマ相手のミシェルにいきなり近づかれて、びっくりしただけだろう。ターニャは別として、フラッフィーは俺以外に懐いていないし、お前に関しては最初の第一印象が最悪だったからな」


「だから、その事を謝ろうとしていたんだ!寝ていて逃げる素振りもなかったから…今なら近づけるかと思って後ろからそっと近づいて…」


「……いや、だからそれがダメだと言っているんだ。フラッフィーは人間の言葉を理解している賢い子だ。背後から近づいて触ろうとするくらいなら、真正面から素直に謝った方がミシェルの気持ちも伝わる」


「真正面から素直に…か。―――分かった」


意を決したような真剣な表情を浮かべたミシェルが小さく頷くと、未だ威嚇しているフラッフィーの真正面に立った。


「フラッフィー。お前に謝りたい。少しだけ私の話を聞いてくれないか?」


ミシェルが声をかけると、フラッフィーの威嚇がぴたりと止まり、じっとミシェルの顔を見上げる。

まるで『話ってなに?』と言っているようなその姿に、フラッフィーはやっぱり言葉を理解しているのだと感じた。


「この間は、怖がらせるようなことをして悪かった。あの時は、征十郎が黒を持つ者と一緒にいると聞いて驚いたのと同時に、征十郎のことが心配で焦りもあったんだと思う…。私は立場上、これまで何百人という黒を持つ者を見てきたし、この世からほうむってきた。黒を持つ者が私たち精霊や妖精、そしてこのヨルノクニという世界にどういう影響を及ぼすか、身に染みて分かっていたから…」


「……」


フラッフィーは変わらずにミシェルを見上げながら、ミシェルの話を聞いているようだった。


「正直に言うと…まだ“黒を持つ者”であるフラッフィーに対しての警戒が完全に解けた訳ではない。仮に悪魔化した時の対処は私たち四大精霊の仕事だから…この世界を守るためにもそこの部分は許して欲しい。だが、無暗に理由もなくお前をどうにかしようとは思っていない。期間限定ではあるが、オリビア様からのお許しも得ているし、なによりも征十郎がお前を助けるために動いているからな――私もお前の悪魔化を防げるように協力する」


「みゃあ…」


ミシェルを見上げたまま黙っていたフラッフィーが、いつもとは少し違うか細い鳴き声で、一声だけ鳴いた。

表情が最初と変わった穏やかなものになっているのは、フラッフィーの中でのミシェルに対する変化が表れた証拠なのかもしれない。


黙ってミシェルとフラッフィーのやり取りをしていたターニャが、静かに口を開く。


「――フラッフィーは、ミシェルの事を許すって言っているわ。最初にミシェルと会った時は、怖い表情で大きな声を出して近づいてくるミシェルが、自分を殺しに来た精霊だと思って怖かったんですって」


ターニャに視線を向ければ、フラッフィーと話していた時と同様に、黄色い瞳がぼんやりと光っていた。


「でも、もうミシェルの気持ちが伝わったから、大丈夫と言っているわ。私の方こそ黒を持つ者なのに、みんなに迷惑をかけてごめんなさい…。ミシェルに向けて言っている言葉よ」


「フラッフィー…。お前が謝る必要はない。黒を持つ者は、自分の意思とは関係なく現れるんだ。迷惑とかそういうことは考えなくていい。フラッフィーは自分の…猫としての幸せだけを考えればいい」


切なそうな表情を浮かべたミシェルが、優しい声色で言うと、瞳を揺るがせたフラッフィーがミシェルの胸元に飛びついた。


「わっ…!」


「みゃぁ…みゃぁ…」


「フラッフィー…ふふっ…許してくれてありがとう」


喉を鳴らしながらミシェルに身体を擦りつけるフラッフィーに、目頭が熱くなってくる。


「よかったな。フラッフィー。フラッフィーには俺以外にも沢山の仲間がいる。みんなでお前のことを助けるからな」


毛艶がいいフラッフィーの頭を優しく撫でる。

一人ずつ、そして少しずつみんなに心を許していくフラッフィーの姿に嬉しくなってしまうのは、恐らく親心みたいなものだ。


「みゃあっ!」


俺とミシェル、ターニャに囲まれながら、フラッフィーが今まで見せたことのないとびっきりの笑顔で、嬉しそうに鳴いた。



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