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41話:すべての代償


メエドが自滅してすぐ、放心状態になってしまったモウリ―を、ミシェル達と共になんとか自宅へ連れ帰った。


出迎えてくれたモウリ―の奥さんにモウリ―を預け、メエドの後を追って自害しないよう、監視するように…とミシェルが話をしていたが、まるで魂を抜かれた様に元気がないという報告が毎日届いていたそうだ。


メエドという親友を失ってしまったショックはかなり大きいみたいで、食事も食べず飲み物も飲まず、仕事もせずに毎日部屋に閉じこもってしまっているという。


少しでもメエドの話題を出すと泣き出してしまい、情緒不安定になって抑えられないという連絡がモウリ―の奥さんから連絡が来たのは、メエドが死んでから1週間が経った頃だった。


奥さんに懇願にされ、今モウリ―は、神殿の中にある医療を行う専門の空間で治療を受けているとミシェルから聞いた時は、信じられなかった。


モウリ―が心配だった俺は、一度合わせて欲しいと申し出たが、“会わせられる状態ではない”と面会拒絶を言い放たれた。

少し時間はかかるみたいだが、元気になって戻ってくるモウリ―を待つしか、俺にできることはない。



「……」



初めて黒を持つ者の悪魔化を目の前で見た。


初めて黒を持つ者が死ぬところを見た。


メエドの最期を見て、黒を持つ者を助ける事は簡単じゃないのだと思い知らされたのと同時に、少しずつフラッフィーにもその時が迫っていることを感じていた。


破壊されたまま残っている看板の残骸に腰掛けながら、俺は見るも無残になったシャルメーンロードの光景をボーっと見ていた。

四大精霊によって少しずつ復旧されつつあるシャルメーンロードが、元の状態になるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。



「征十郎」



ふいに背後から声をかけられる。

振り返らずとも、声だけで誰かはすぐに分かった。



「ミシェル……なにか用か?」


「――用がなければ、来てはいけないのか?」


「……」


ごもっともな返答に、なにも答えられなくなってしまう。

自然な動きで隣に座ってきたミシェルに少しだけ視線をやり、またすぐに正面に視線を移してから口を開いた。


「……メエドについて、オリビアはなにか言っていたのか?」


「不完全な状態で悪魔から力を借りて自滅したのは、メエドで5人目だ。特にメエドの場合は、ルール違反と住人の大量殺害、シャルメーンロードの破壊までやっているからな…“ここまで好き勝手暴れておいて、簡単に死ぬなんて許せません”とかなり怒っていた」


「そうか」


メエドに対して思うところは多々あるが、メエドがやった事に対しては確かに許せる事ではない。


「奴に罰を与えたくても、もういない奴に罰をあたえる事は出来ない…。その代わり、メエドの罰を含む一連の事はゴート一族の長であり、奴の父親に責任を取ってもらうことになった」


「なんだか……後味の悪い結末だな…」


メエドの事にしろ、モウリ―の事にしろ、ゴート一族の処遇にしろ全てにおいて心の中にやりきれないモヤモヤの感情が残る。

込み上げてくる感情をぶつけたくても、ぶつけるところがない状態だ。


「――これが、黒を持つ者の末路であり、悪魔がこの世界で嫌われている理由だ」


「……」


「黒を持つ者は、悪魔の力が目覚める事でその感情を抑えられなくなる。例えどんなにいい奴でも、悪魔の力によってみな悪者わるものになってしまうのだ。…だから私達四大精霊は、悪者になってしまう黒を持つ者の住人が少しでも減るように、見つけ次第隔離をするというルールを設けている。そうすれば、今回のような事が起きることはまずないからな…」


ミシェルの言葉に、俺はシャルメーンロードを見渡した。


毎日たくさんの精霊や妖精でごった返しているはずのシャルメーンロードに、今は人一人いない。

まるで別な街にやってきたような静けさだ

あれだけ人混みが苦手だった俺が、変わり果てた街並みを見て寂しいと思う日が来るなんて思わなかった。



「征十郎、フラッフィーの様子はどうだ?」


話を変えるようにミシェルが訊ねてきた。


「モウリ―からもらった牛乳は毎日ちゃんと飲んでいるし、元気に過ごしている。少しずつだが、成長もしてきていると思う」


メエドの件で当日帰るのは少し遅くなったが、なにか悪さをすることもなくフラッフィーはいい子にして待っていたし、その後も今日まで特に変わった様子もなかった。

食事のおかげもあってか、最初よりも肉付きがよくなったフラッフィーを思い出しながら答えた。


「そうか。――まだもう少し牛乳を与える期間は続くが、そろそろフラッフィーとの距離を考えた方がいいぞ?」


「距離?」


「あまり距離が近すぎるのは、フラッフィーのためにも、お前のためにもよくはない」


「…」


ミシェルが言いたいことはなんとなく分かる。

距離が近すぎると、フラッフィーが悪魔化し、別れる時が辛いと言いたいんだろうが…俺には関係のないことだ。


大きくため息をつき、立ち上がる。


「前にも言ったはずだ。フラッフィーは俺が救ってみせると。仮に俺が距離を考え始めたことでフラッフィーの気持ちに変化が現れて、悪魔の力に目覚めるきっかけになったらどうする?」


「…それは…」


「お前たち四大精霊は四大精霊でいろんな考えがあるだろうし、いろんな知識があった上で俺に助言してくれているのは分かる。――でも、少しは俺の考えも分かってほしい」


「征十郎…!だが、私はお前のことを心配して…ッ」


ミシェルが言いかけた時、ふと俺の身体を優しい風がすり抜けていった。




「――それじゃあアンタは、あの猫についてよく分かっているという事でいいの?」



「!!」


突如背後から話しかけられ、驚いて振り返る。

俺とミシェルから少し離れた場所には、こげ茶色の髪をした褐色肌の小柄な少女が立っていた。


「お前はー…」


先日、モウリ―の店に来ていた猫耳の少女だった。

名前は確か…


「ターニャ…お前どうしてここに」


思い出して名前を口にしようとした時、俺が言うよりも先にミシェルに先を越されてしまった。

猫耳の少女――ターニャは、黄色の瞳にミシェルの姿を映すと、小さく笑みを浮かべる。


「オリビア様に頼まれたの。その人間が助けようとしている“黒を持つ者”である猫の面倒をみる手伝いをして欲しいってね」


「……は?」

(そんな話、オリビアから聞いていないが…)


どういうことだ?という気持ちを込めながら、ミシェルに視線を向けるが、すぐに目を逸らされてしまった。


「……」


(ミシェルのあの表情…もしかするとミシェルはオリビアからなにか聞いていたのか?)


気まずそうな表情で顔を逸らすミシェルを見る限り、恐らく言うのを忘れていたとか、そんな感じだろう。

俺はため息をつき、ターニャに話しかける。



「お前…」



「お前じゃなくて、“ターニャ”。名前くらいちゃんと覚えなさいよ」



「……」



不機嫌そうにターニャが睨んできた。

“お前”呼びが嫌いなのか、はたまた俺みたいな人間にお前呼びされるのが嫌いなのかはわからないが、どっちにしろまた面倒くさそうな性格の精霊が現れたのは間違いなさそうだ。


「…直接お前から名前を聞いたわけじゃないから仕方がないだろう」


「そうだったかしら?でも、みんな私を“ターニャ”と呼んでいるのなら、いちいち名前を名乗らなくても分かるものでしょ?」


「……」

(いや、知らんがな)


トーファ以上に絡むのが面倒くさそうなターニャに、助けを求めるようにミシェルを見る。

ミシェルは俺の無言の訴えに気付いてくれたようで、すぐに立ちあがって俺の方へ近づいてくれた。








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