モウリ―の声に、メエドを連れて行こうとしていたミシェルとアリアが振り返った。
先に口を開いたのは、険しい表情をしていたミシェルだ。
「悪いが、それは出来ない」
「ミシェル様、お願いします!少しでいいんです…!時間は取らせませんので!」
「メエドはルールを破り、シャルメーンロードの約半分の土地を破壊した。そしてメエドの悪魔の力のせいで、無関係の精霊や妖精達が何人も命を落としている。今はまだ自我があるが、いつ自我がなくなり完全な悪魔になるか分からない…こんな状況で、お前と話をさせるわけにはいかない」
淡々と話すミシェルだが、それでもモウリ―は食い下がることはせずに続けた。
「メエドはわしの友人です!!」
「っ…!」
必死に叫ぶモウリ―の言葉に、メエド目が大きく見開いた。
「どうしても…どうしても最期に言っておきたいことがあるんです!!わしとメエドの一族は昔から現在にかけてずっと犬猿の仲ですが、わしとメエドは険悪だった一族同士の深い溝を気にすることなく、小さい時からずっと一緒に過ごしてきました!これでもう二度と会えることはないと思っている友人と…最期に一言言葉を交わすのも許していただけませんか…っ!!」
「……」
無表情のままモウリ―を見下ろすミシェルが無言になる。
すかさず傍にいたアリアが、ミシェルの肩に手を置いた。
「ミシェル。言いたいこととやらを伝えるくらいは許してあげてもいいんじゃないかしら?」
「アリア。……メエドはルールを破ってこれだけのことをやらかしたんだぞ?そんな奴に別れの会話が必要だというのか?メエドの暴走によって命を落とした者達は、家族や恋人、一族の
ミシェルが、ボロボロになったシャルメーンロード一帯を見渡す。
その表情は、悲しそうでもあり怒っているように見えた。
「例え一言だけだとしても、最期の挨拶だろうと、会話をする事は絶対に許さない」
「ミシェル…」
ミシェルが再びモウリ―を見下ろした。
「モウリ―。今の会話は聞こえたな?」
「……はい…」
俯いたまま暗い表情になったモウリ―が、こぶしを握り締めながら、小さく返事をする。
「悪いが諦めてくれ。分かったな?」
「分かり…ました…っ」
モウリ―の返事を受け取ったミシェルは、アリアとともに神殿へと向かい始めた。
悔しいけどメエドをしたことを考えればなにも言い返せない…そんな様子のモウリ―を見ていられず、俺はモウリ―に近づくとそっと肩に手を添えた。
「モウリ―」
「……仕方がないよ…メエドはそれだけのことをしたんだ。本当は最期にお礼を言いたかったんだが…お礼を伝えられないまま別れる事になりそうだ」
くしゃりと笑って振り返ったモウリ―は、泣きそうな表情で無理に笑顔を作っているように感じた。
「お礼とはなんだ?」
モウリ―の言葉に引っかかる。
モウリ―とメエドは“元”友人で、今は縁を切っていると言っていたはずだ。
店にも嫌味を言いに来ていて、モウリ―の常連客を奪ったメエドに、モウリ―も怒っていたし、メエドの性格上お礼を言う程の事をしたとは思えなかった。
「…メエドはわしと距離を置くために、わざとわしに嫌われるような事をしていたことが分かった…」
「っ…!どういう…事だ?」
「…さっき言っただろう?昨日、送り出し人不明の誰かから、明日は店を定休日にしろという手紙が来たと……最初は誰からなのか分からなかったが、よく見ると筆跡がメエドとしか思えないことに気づいた。あの癖のある筆跡はメエドしかいない…なんだかすごく嫌な予感がしてすぐにメエドの店に行ったんだが、店は定休日になっていていたんだよ。…そのままメエドの家に行っても、あいつの姿はどこにもなかった」
「……」
「なぜ直接言いに来ないで手紙という手段を使って伝えてきたのか…その真相を直接聞きたかったわしは、まるでわしから隠れるように姿を見せないでいるメエドが気になって、昨日から今日まで街中を走りまわり、ずっとメエドを探していたんだ…」
切なそうに声を震わせながら話すモウリ―の服装は、街中を走り回っていただけあって、確かに少しだけ薄汚れているようにも感じた。
「そして今日、シャルメーンロードで悪魔が現れたという噂を聞きつけ、店の確認がてらモウリ―を探しに来たんだ。悪魔が暴れている場所を避け、悪魔にバレないようにシャルメーンロードへ入り、真っ先に店を確認しに行ったが…周囲の店が全て破壊されてしまった中で、わしの店だけが無傷で残っていた…」
「!!」
信じられなかった。
モウリ―の話が本当なのであれば、メエドがモウリ―の店を壊さないように攻撃するのを避けていたという事になる。
あれだけモウリ―がいる環境を羨ましがって嫌っていたメエドが、モウリ―の店だけ狙わないようにしていたなんて、到底考えられなかった。
「それは…本当なのか?」
「本当だよ。…たまたまわしの店だけが残ったのかとも思ったが、それにしては不自然だった。周囲があれだけ破壊されていて、地面まで抉られているほど酷い状況なのに、わしの店だけ無傷で残るものかとね…」
「…」
「意図的に狙わないようにしていたとしか考えられなかった…そこで、わしはひとつの可能性に気付いたんだ」
「可能性?」
「手紙の内容と、どこを探しても見つからないメエド、たった1つ残されたわしの店…これを繋げた時、わしはすべてメエドの仕業じゃないかと思った。…だから暴れている悪魔の正体を確認したくて、この場所に来てみたら…」
「悪魔の姿になっていたのは、メエドだった。――と?」
切なそうな表情のまま、モウリ―が小さく頷いた。
「悪魔になったメエドを見てすべてを理解した。あいつは、自分が本当は黒を持つ者だった事を知り、わざとわしに嫌われるような態度を取り続け、友人の縁を切るように仕向けていたんだとね。…征十郎くんは今の“嫌われ者”のメエドしか知らないから驚くかもしれないけど、本当は優しい奴なんだよ。犬猿の仲であるわしらの一族同士を和解させようと必死に動いていたのもメエドだったからね」
「モウリ―…」
俺に心配をかけないようにするためなのか、笑顔を作るモウリ―に俺はなにも言い返すことができなかった。
「―――さて…そろそろ帰ろうか」
切り替えるように切り出し、歩き出したモウリ―のうしろ姿をしばらくの間見つめていた俺は、
“黒を持つ者”が悪魔の力に目覚めた時、どういう事になるのか改めて間近で見たが、ここまでだとは思わなかったのだ。
話し合いでどうにかなる問題ではないし、暴走を止めたところで悪魔の力は消滅することはない。
黒を持つ者の中に残り続け、その力は器となった本人の記憶や性格さえも変えてしまう。
力を得る事だけを考え、世界が滅びようと気にせず、誰かを殺し続け、その力を奪い取り続ける。
俺を殺してヨルノクニに転生させたゲオルグは、そんな悪魔の王だ。
自分がどれだけ大きい敵に立ち向かおうとしているのかを改めて実感し、身震いした。
同時に、俺の脳裏に浮かんだのは、メエドと同じ黒を持つ者であるフラッフィーの事だ。
フラッフィーに限ってメエドのような事は絶対にしない…そんな思いは、俺の願望でありエゴなのかもしれない。
「大丈夫だ…フラッフィーの悪魔化は、なにがなんでも止めてみせる」
静かになったシャルメーンロードで小さく呟いた。
***
一方で神殿の前まで来たミシェルとアリアは、拘束魔法であるアリアの水の球体から地面に着地する。
「ふぅ…ようやく着きましたわ」
「今扉を開けよう」
神殿入口の扉に立ったミシェルが、扉に向かって手をかざした――その時だった。
「!!」
球体の中で拘束されていたメエドの表情が明らかに変わった。
「はぁ…はぁ…ッぐ…この感じ…」
苦しそうに呼吸を繰り返し、心臓付近に爪を立てる。
メエドの異変に気付いたアリアが、球体越しにメエドに声をかけた。
「メエド?」
「はぁ…ッ!はぁ…ッ!ヤバイ…!ヤバイ、ヤバイ…ッ!“来る”…ッ!!“アイツが来る”!!おい!!今すぐこの魔法を解け!!!」
目を血走らせながら、メエドが球体を勢い良く叩く。
脂汗をかきながら、尋常じゃない慌てぶりを見せるメエドに不思議に思いつつも、アリアは柔らかい表情を崩すことなく冷静に答えた。
「それは出来ないと言っているでしょう?あなたはこれから、オリビア様の元に――‥」
「うるせぇ!!それどころじゃないんだ!!早くしないと手遅れになる!!どうしてもこの魔法を解く事がないって言うなら…俺の力でぶち壊してやる!!」
魔力を上げ始めるメエドに、異変を感じ取ったミシェルが駆けつける。
「アリア!どうした!?」
「ミシェル…!メエドが突然“アイツが来る”って言って暴れは始めて…」
「アイツとは誰の事だ?」
「それが分からないのよ…」
「ハアアアッ!!!」
魔力が上昇していくたび、少しずつ球体にヒビが入っていく。最初は、アリアの力によって直っていったヒビだったが、上昇が止まらない魔力によって、ついに全体に入ったヒビによって球体は粉々に
「なんだと!?」
「私の拘束魔法が…!」
「はぁ…はぁ…クソ…!アイツを…死なせてたまるかよ…ッ!!!絶対に殺させやしねぇ!!」
急激な魔力の上昇で息切れしていたメエドの頬に、微かなヒビが入る。
メエドは気にする素振りも見せず、物凄いスピードでどこかに向かって飛んでいった。
「メエド!!待てッ!!」
「ミシェル!私達もすぐに追いましょう!」
ミシェルとアリアは、メエドの後を追うように、その場を後にしたのだった。