目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
36話:悪魔化した精霊vs人間

余裕の笑みを浮かべながら立っているメエドに、俺は勢いよく剣を振りかざした。


「ハアアッ!!!」


だがその刃は、メエドに当たる前にいとも簡単に止められてしまう。


「ぐ…ッ!」


自分の中から出すことが出来る精一杯の力で剣を押すが、メエドと剣の距離は縮まらない。

元々の精霊としての力なのか、悪魔の力の影響によるものなのかは分からないが、力の差を見せつけられている気がして腹が立った。


「おいおい…あんなに威勢のいい事を言っておいてこんなもんか?剣がありゃあ勝てるとでも思ったんだろうが…さすがなにも分かっていない人間だ…そういう所が甘いって言ってるんだ!!」


「ぐ…ッ!!」


メエドは、覇気で剣ごと俺の身体を吹き飛ばすと、瓦礫がれきの上に叩きつけられた俺の身体に覆いかぶさってきた。

両手は悪魔化したメエドの尻尾で押さえつけられ、逃げるにも逃げることが出来ない。

ひんやりとしたメエドの黒い手が、俺の首へと添えられる。



「俺が少し本気を出せば、お前の首なんて一瞬でへし折れるんだぜ?ホラホラどうした?…死にたくなけりゃ足掻いてみろよ。」


赤い瞳を光らせながらメエドが楽しそうに笑う。

添えられた冷たい手に少しずつ力が入っていった。


「ぐっ…ガッ…ハァッ…ぐ…ッ」


息ができなくて慌ててメエドの手を掴み、放そうと力を入れる。

だが、手の力は強まっていくばかりだった。


「悪魔の力に目覚めてしまった以上、俺の人生はどっちにしろ積んだも同然だ。お前を殺そうと、モウリ―を殺そうと…この街をぶっ壊そうと…俺は女王や四大精霊によって殺される未来しかねぇ。廃滅都市パンデモニウムに行くことが出来りゃあ悪魔として生き残れるが、俺のように悪魔の力に目覚めた者が行ける確率はかなり低い。あっち側にいる悪魔が迎えにきてくれりゃあ話は別だがな」


メエドは容赦なく俺の首を絞めてくる。


「ぐあ…ッく…メエド…ッ!は…なせ…ッ」


本気で呼吸が出来なくなってきて、視界がぼやけてくる。

ギリギリの所で意識をなんとか保ちながら必死に抵抗するが、メエドはびくともしなかった。


「悪魔のお迎えなんざ待っていたら、その間に俺の方が殺されちまう。俺にはもうなにもない…この力が目覚めちまった俺には時間がねぇんだよ…ッ!!」


メエドの表情が一瞬だけ悲しそうに見えた気がした。

容赦なく首を締めてくるメエドは、もう片方の手を振りかざし、長く伸びた爪で俺の服を切り裂いた。


「っ…!」


「だからお前の心臓を今すぐえぐり出してやる。…なぁに心配はいらねぇ。痛みを感じる前にあの世に送ってやるからなぁ!!」


「ッ…や…めろ…ッ…メ…エド…ッ!!」


「死ねエエエエエエエッ!!」




見開いた俺の瞳に、メエドの振りかざされた手が近づいてくるのが映る。


またあの時と同じだ。

死に直面した瞬間に、まるで時間が遅くなったかのようにスローモーションで近づいてくるように感じる現象。

同時に身体の奥底から込上げてくる熱いなにかに、俺の心臓の鼓動が一段と激しく動いた。


その瞬間、メエドは俺から弾き飛ばされるように吹き飛んだ。


「ッ…!!」


メエドは無残に壊された店の瓦礫の上に叩きつけられるが、すぐに身体を起こす。

悪魔の力で魔力が増加しているメエドの身体は無傷だったが、自分の力を弾かれるとは思ってもいなかったらしく、赤い瞳を光らせて俺を睨んできた。


「てめぇ…なんだその力は…ッ」


(人間が俺の力を弾き飛ばしただと…?なんなんだ今のは。力が目覚めて完全じゃないとはいえ、人間が悪魔の力に敵うはずがねぇのに…ッ)


俺は立ち上がり、真っすぐメエドを見る。



「――メエド…なんでお前はそんなに悲しそうな顔をしている」


「…は…?幻覚でも見てんじゃねぇか人間!!俺がいつ、そんな顔をした!?悪魔の力をようやく手に入れられて、誰よりも強い力を手に入れた!!俺をバカにしたお前も、ずっと気に食わなかったモウリ―も殺せるっていうのに、そんな顔するわけねぇーだろ!!」


メエドが目を血走らせながら大声で叫んだ。


「じゃあ何故、そんな顔をしている」


メエドの問いに表情を変えず、俺はもう一度訪ねる。


「だから、そんな顔ってなんだ!!俺は今、最高に楽しい気分だ!なにを考えているのか分からねぇが、人間の考える罠なんかに俺は引っかからねぇぞ!ふざけたことばかり言いやがって…殺してやる…ッ!!」


ギリギリと歯を食いしばったメエドは魔力を上げ、背中に黒い羽を生やし、怒りを露わにしたまま俺に向かって突進してきた。

一瞬で目の前まで近づいてきたメエドの手が、俺の心臓に届きそうになる瞬間、俺はもう一度メエドに訊ねた。




「何故、そんなに泣きそうな顔をしているんだ」


「――ッ!!」


メエドの動きが、ピタリと止まった。


「お前、本当は寂しいんじゃないのか?」


「は……?なにをバカなことを…」


「一族にも戻れなくなって、一人になって…寂しいからそんな顔をしているんだろう?俺が前に見たことのある悪魔は、お前のような表情は一切していなかった」


「っ…」


「冷酷で、なんの感情もない冷たい表情をしていたし、そいつからは強大な負の力を感じた。だが今のお前からはそれが感じられない。お前…本当は悪魔になるのが嫌なんじゃないのか?」


「――ッ!」


メエドの瞳が大きく見開いた。


高まっていた魔力が次第に弱まっていき、背中から生えていた羽がちりのように消えていく。


「メエド。お前が本当に悪魔の力を望んでいて、本当に俺やモウリ―を殺したければ、わざわざシャルメーンロードで暴れなくても、住民にバレないように計画を立てて殺せたはずだ」


「……っ」


「俺の家に奇襲をかける事だって出来たはずだし、モウリ―に関しては因縁の一族同士と聞いているから、住んでいる場所だって知っているんだろう?だとすれば、真っ先にモウリ―を狙いに行って殺せたはずだ。オリビアやミシェル達に見つかる・見つからないはひとまず置いておいても、殺したい奴だけ殺して逃げようとすることもできるはずだ。…だが、何故かお前はわざわざリスクが高いシャルメーンロードで暴れるという方法を選んだ……それは何故だ?」


「ッ……ッ」


わなわなと震えるメエドを見下ろしながら、俺は続ける。


「本当は……誰かに助けて欲しかったんじゃないのか?」


「――っ…まれ…ッ」


「だからお前はわざわざシャルメーンロードで暴れた。俺がフラッフィーを助けたいと思っているように、お前のことを友だと思っていたモウリ―が助けてくれるかもしれないと思って」


「うるせぇ!!お前に俺の何が分かる!なにも知らねぇ人間の癖に、知った風な口をきくな!」


「…」


「俺が助けを求めているだと!?そんなことある訳ねぇーだろ!モウリ―とはとうの昔に縁を切っている!もう友達なんかじゃねぇ!!シャルメーンロードで暴れたのは、精霊や妖精が多く集まるところに来た方が、たくさんの精霊達を殺せると思ったからだ!」


「メエド…」


「悪魔は精霊や妖精を殺すことでその力を得て、自分の魔力を増幅させられる!だったら、賑わっているシャルメーンロードで大量に殺して、魔力を得てからモウリ―やお前を殺しに行った方が簡単に殺せるだろーが!」


息切れをしながら言葉を並べ立てるメエドに、俺は黙ったままメエドを見る。


「はぁ…ッはぁ…ッ…俺は…ずっと悪魔の力が目覚めるのを待っていたんだ…ッ!一族を捨てる事になろうが…自分からなにもかもなくなろうが関係ねぇ!黒を持つ者になった以上、これが俺の運命なんだ!!」






「メエド…その姿はなんだ…?」


ふいに、背後から聞き覚えのある声が聞こえて俺は振り返った。


「モウリ―」


「ッ…!!」


俺越しにモウリ―の姿を見たメエドの目が見開かれる。


悪魔の姿になった旧友を唖然と見ながら立ち尽くすモウリ―の姿は、周囲に倒れている大量の精霊達とは違い、目立った傷は見られなかった。


モウリ―が無事だと知れた事に安堵しつつ、同時になぜ無事だったのかの疑問が浮かび上がる。

シャルメーンロードの惨状は正直に言うとかなり酷い。


地面を埋め尽くすほどに精霊たちが倒れている状況だし、周囲を見渡しただけでも数十件以上の店が破壊されている。

普通に考えれば、毎日店に立っているはずのモウリ―にもなんらかの影響が出ていてもおかしくはない。


「モウリ―…!無事だったのか」


「今日は急遽、店を定休日にしていたんだ」


俺の問いにモウリ―が真剣な表情で答える。


「定休日?モウリ―が店を休みにするなんて珍しいこともあるんだな」


「…」


「モウリ―?」


「本当は休みにする予定はなかったんだが、送り出し人不明の誰かから、うちに手紙が来たんだよ。“明日は店を定休日にしろ。さもないと大変なことになる”と」


「!」


「最初は悪戯いたずらかと思って気にしていなかったんだが…よく見てみると、その筆跡に見覚えがあったんだ」


モウリ―の視線が再びメエドへと向けられる。



「メエド、あの手紙はお前が書いたんだろう?」


「……」


メエドは表情を変えず、黙ったままモウリ―を見ていた。


「メエド…どういうことだ?」


俺がメエドに問いかけた瞬間、地面から大量の水が噴水のように湧きだし、あっという間にメエドの身体は水の球体の中に閉じ込められた。


「しまった…ッ!」


同時に上空から巨大な炎の柵が、メエドの周囲を囲むように落ちてくると、水の球体ごと広範囲の炎によって封じ込められた。


「この水と炎は…!」



「まさか、黒を持つ者が黒を隠して自由に生きているとは…思いもしませんでしたわ」


「私達四大精霊が不在の間をいいことに、随分と派手に暴れてくれたものだな…!」



「アリア…ミシェル…!」



メエドを閉じ込めている水の球体の上に降り立ったミシェルとアリアが、地上の見下ろしながら呟いた。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?