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34話:ツンデレ猫娘

「メエド!やめるんだ!!」


猛突進してくるメエドに向かってモウリ―が叫ぶが、メエドにはモウリ―の声は届いていなかった。


「どいつもこいつも俺馬鹿にしやがってェェェェェ!!!」


向けられた角が光る。

メエドの角から俺の顔面までの距離が数センチのところまで来た時、店内に1人のお客さんが入ってきた。




「こんにちは~!モウリ―いるー?いつもの牛乳を貰いたいんだけどー」



「!!」


「…」


可愛らしい声が店内に聞こえ、顔面スレスレまで来ていたメエドの動きがピタリと止まる。



「チッ!邪魔が入った…命拾いしたな?人間」


不服そうな表情で舌打ちをしたメエドが、体勢を戻したところでメエド越しに入口の方に立つ少女の姿が見えた。


「……誰だ…?」


まず視界に入ったのは、頭の上でぴょこぴょこと動いている猫耳だ。


(頭から耳が生えている…)


見る限り自在に動いているようだし、コスプレではなさそうだ。よく見れば、少女の背後からも長いふさふさの尻尾が見え隠れしている。


(耳も尻尾も本物…この女から生えているのか?)


ヨルノクニに来てある程度の事には耐性が付いて驚かなくなっていたが、見た目人間の身体から生えている耳と尻尾を見るのは初めてだったため、思わず凝視してしまう。

小柄で褐色肌の華奢な少女は、指通りが良さそうなこげ茶色の髪を靡かせながら、黄色い瞳で不思議そうに店内を見渡していた。

吊り上がった目元から少し猫っぽい雰囲気を感じる。


「モウリ―?大丈夫?っていうかこの店…大分散らかっているけど、なにかあったわけ?」


崩れ落ちたボトルの下で座ったままのモウリ―に、少女が不思議そうに訊ねる。


「ターニャ様…っ!その…これは…いろいろと事情がありまして…」


しどろもどろになりながら懸命に説明をしようとするモウリ―だが、現状の説明をしようにも、どこから話せばいいのかまとめ切れてないないようだ。


(ターニャ…?モウリ―が様付けで呼ぶって事は…この女もヨルノクニでは身分が高いヤツなのか…?)


見た目は10代後半から20代前半といったところだろう。

未成年にも見える少女を探るように見る。


「ふぅん…まぁどうでもいいけど、いつもの牛乳貰える?」


猫耳の少女は、モウリ―の言葉に興味なさそうに返事をするとツンとした表情で言い放った。


「あ…は、はい!すぐに準備いたします!」


猫耳少女の言葉に、モウリ―は床に散乱したボトルを1つ手に取ると慌てた様子で店の奥へと消えていった。

ターニャと呼ばれていた猫耳少女は、入り口付近に設置されている一番綺麗な椅子へ座ると、どこからか取り出した分厚い本を読み始めた。

すると、腰を低くしたメエドが媚びを売るような仕草で猫耳少女へと近寄っていく。


「これはこれは!どなたかと思えば、ターニャ様ではありませんか!」


「…」


猫耳少女はというと、媚びを売ってくるメエドを完全無視で読書タイムに突入したようだ。


「相変わらずお美しい…!ターニャ様には、悪魔の餌係になった店の牛乳などは似合いません!先日、シャルメーンロードに新しくゴート族のヤギミルク店がオープンしたのはご存じでしょうか?」


「…」


「ターニャ様がお相手であれば、通常の客よりもミルクを増量し提供させていただきますよ!是非、ゴート族の店へご来店ください!」


「…」


「当店のヤギミルクは、臭みのない濃厚さとのど越しの良さ!それでいてさっぱりとした味わいですので、子供から大人までとても飲みやすく非常に美味しいですよ!」


ガン無視していた少女は、読んでいた本を閉じるとメエドを睨みつけた。


「――うるさいんだけど」


「‥‥へ?」


まさかの答えにメエドがポカンとした表情で固まる。



「アンタのところのヤギミルクは美味しくないからイヤ。昔店をしていた時に飲んだ事があるけど、日によって濃厚だったりさっぱりだったりして味にばらつきはあるし、少し日が経つと味に臭みが出てくるのよ」


固まるメエドをよそに、少女の口からは次々と言葉が出てくる。


「それにミルクにはヤギの毛や草や土が混ざっていた時もあったし、なによりも提供する時の接客態度が酷すぎて気分がいいと言える買い物が出来ないの。お客さんが口にする飲料水を売っていると言うのに、店内は掃除をしていないのか清潔感がなくて汚いし最悪。それに比べて、モウリ―の牛乳はいつ提供してもらっても味にばらつきはないし、その時の気分で濃さを買えることが出来る。店はいつ来ても清潔感があって綺麗だし、季節のイベントがあればそのイベントに応じた飾りつけもしているし、店内のレイアウトは毎回お洒落。もちろんモウリ―の接客も申し分ないわ。いつ何時もお客さんの事を考えているというのが接客態度で分かるし、笑顔で愛想のいいモウリ―の笑顔に毎回癒されるの。品質管理が出来てない上に不潔感漂う店、そして人を不快にさせる接客態度の店と、品質管理がしっかりされていて、清潔感があって丁寧な接客をしてくれる店…こんなのお客さんがどっちの店を選ぶか言うまでもないでしょう?」


「あ…その…ターニャ様…」


図星を突かれまくっているメエドは、ダラダラと冷や汗を流しながらしどろもどろになり、何も返せないでいた。


「それと…メエド。シャルメーンロードで他の店を潰すような行為はルール違反だという事…まさか知らないだなんて言わないわよね?」


すぅ…っと細められた少女の黄色の瞳が光り、メエドの顔色が真っ青になった。


「アンタのやっている事、私は全て知っているから」


「っ…!!」


少女からは想像も出来ないほどの圧に、メエドが真っ青のまま震えあがる。



「ターニャ様!おまたせいたしました。こちら、いつもの牛乳でございます!」


タイミングがいいのか悪いのか、たっぷり牛乳が入ったボトルを両手に持ったモウリ―がカウンターの奥から出てくる。


「クソ…ッ!」


メエドは、苦虫を嚙み潰したような表情で捨てセリフを吐くと、足早に店を出て行った。

状況がイマイチ読めていないモウリ―が、茫然とメエドのうしろ姿を見つめる。


「メエド…?」


(なるほど…この女。最初は冷たい奴だと思って見ていたが、どうやら違うようだな。)


ツンとした表情をしていた少女が小さくため息をついて立ち上がると、そのままカウンターへと歩いていく。


「ありがとう、モウリ―」


「いえいえ、こちらこそ!こんな風に誰も来なくなってしまった今でも、わしの牛乳を貰いに来てくださって…本当にありがとうございます。ターニャ様」


寂しそうに、それでいて嬉しそうに微笑むモウリ―を、少女がじっと見つめる。


「…あなたの牛乳は、ヨルノクニで一番の牛乳よ。味にうるさいこの私が、こんなにも大好きなんだから。だから、メエドの言う言葉なんて気にしなくていいわ」


「ターニャ様…っ」


照れくさそうに目を逸らした少女は、少しだけ顔を赤く染めながら言うと、カウンターに置かれた牛乳のボトルを手に取った。



「それじゃ…また来るわね」


店の入口へ歩いていく少女とすれ違った瞬間、黄色い瞳と目が合う。


「……」


「……」


少女はじっと俺を見るが、なにかを話しかけてくる訳でもなく、そのまま店を出て行ってしまった。


「…なんだ…?」



少女の意味深な視線が気になりつつも、大分長時間の留守番になってしまったフラッフィーのことが気になっていた俺は、モウリ―に一声かけ店を後にした。




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