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31話:呪われし黒猫-Ⅱ

猫がご飯を食べ終え、ダイニングテーブルで自分のご飯を食べていると、玄関の扉が勢いよく開いた。


「征十郎!!さっきモウリ―からオリビア様へ連絡が入った!!黒を持つ猫を保護したというのは本当か!!」


「…ミシェル…ノックぐらいしたらどうなんだ」


「ノックしているほどの状況ではないから、しないで入ったのだ!」


「…それでもここは俺の家だ。人の家に入る時はどんな状況だろうと――…」


俺の言葉をスルーしたミシェルは、家の中を見渡し、ソファーの上で丸まって寝ている猫を見つけると一直線に猫の方へと近づいていく。


「こいつか」


人の気配を感じた猫は、ミシェルの声に顔を上げ、逃げるように俺の膝の上へと飛び乗ってきた。


「征十郎。どうしてすぐに私へ連絡しなかった?」


強い口調でミシェルが聞いてくる。


「連絡というか…相談をしに行こうとは思っていた。俺は猫の世話なんてした事がないし、育て方も飯はなにを食うのかも知らなかったから」


「じゃあどうしてそれをしなかった?」


「骨が浮き出ているほど痩せていたんだ。とりあえず牛乳でも飲ませて、腹ごしらえをしてからでもいいと思ったんだ」


「……はぁ…まったく、お前という奴は…経緯についてはモウリ―から聞いたぞ」


「そうか」


まさかモウリ―がオリビアの所に連絡を入れるとは微塵も思っていなかったが、ミシェルの家に行って話す手間が省けた。

同時に、猫を連れて行かれる可能性も上がった訳だが。


「詳しい話はモウリ―から聞いたか?」


「黒を持つ者がどんな存在なのかは聞いた」


「それを聞いても尚…その猫と一緒にいるのか?餌まで与えているようだが…自分が何をしているのかお前は分かっているか?」


床に置きっぱなしにしていた皿を見つけたミシェルの表情が険しくなっていき、睨むように俺を見てくるミシェルに、途中だったご飯を食べながら無表情で答えた。


「あぁ、分かっている」


「っ…!分かっていて猫に餌を与えたのか!?餌を与え、猫が成長すればいつ、どのタイミングで悪魔の力に目覚めるのか分からないんだぞ!?」


「だからなんだ?」


「――なに…?」


テーブルに空になった茶碗と箸を置くと、ミシェルへと視線を向ける。


「親がいないひとりぼっちの猫を放置しろというのか?身体中の骨が浮き出て、骨と皮だけのような幼い猫を…お前は餓死させろと言うのか?」


「そう言うことを言っているんじゃない!状況が違うと言っているんだ」


「状況?状況とはなんだ?こいつも他の猫と一緒だろう?ただ黒い毛並みを持って生まれただけのただの子猫だ。例え悪魔になる可能性が高いとしても、まだ普通の子猫だ。他の猫となにも変わらない」


「……やっぱりお前は…黒を持つ者のことをなにも分かっていない」


俺は膝の上で震える猫を抱き上げ、落ち着かせるように身体を撫でると立ち上がり、ミシェルへと近づく。


「なにも分かっていないのはお前の方だ。ミシェル」


「征十郎。その猫を今すぐ私に渡せ。まだ猫としての意識があるうちに、神殿の地下へ隔離し、殺さなければいけない」


ミシェルのワインレッドの瞳が俺を睨む。

表情から相当怒っているのはすぐに分かったが、俺も譲れなかった。

今ここでミシェルに猫を渡してしまえば、“普通の猫”のまま殺されかねない。


「断る」


俺は、ミシェルを見下ろしたまま無表情で答えた。


「っ…!お前は自らの手で悪魔を生み出し、ヨルノクニを滅ぼしたいのか?」


「そんな訳ないだろうが。俺を殺した悪魔は憎いし、殺したいほど嫌いだ」


「ではなぜ…ッ!」


「――この猫が、悪魔の力に目覚めず“猫”として生き残れる方法を見つけ出す」


「――ッ!!」


ミシェルの瞳が見開いた。


「こいつが悪魔にならなければ殺す必要はないんだろう?身体に黒を持つ者は悪魔の力を秘めているから、成長すれば悪魔の力に目覚めるか、黒を持たない者に比べて悪魔堕ちしやすい…だったか?悪魔の力に目覚める前に隔離して殺す必要があるのがこの世界のルールなら、悪魔の力が目覚めないようにすれば…ルールに従う必要はないはずだ」


「随分と簡単に言うんだな?それでは悪魔の力に目覚めない方法とやらを言ってみろ。仮にお前の言う方法で、悪魔の力に目覚めないで黒を持つ者が普通に暮らせるようになれば、ルールを変える必要があるからな」


「それは…………知らん」


「はぁ!?知らないでそんな無謀な事を言っているのか、お前は!」


「その方法を今考えているんだ。すぐに浮かんで来たら苦労はしない」


「……はぁぁ…本当に信じられん…」


呆れたようにミシェルが大きくため息をつく。


「征十郎…一先ずオリビア様に話をしに神殿へ行くぞ。もちろんだがその猫も連れて行く」


「そんなことを言って、猫を隔離するための罠じゃないだろうな…?」


「馬鹿言え!私がそんな姑息な嘘をつく訳がないだろう!猫を隔離するにしても、お前が助ける方法を探すにしても、まずはこの世界の女王であるオリビア様に相談をするのは当然の事だ!」


「…チッ」


「舌打ちをするな!ほら、すぐに準備をして神殿へ行くぞ!」


俺は渋々猫を連れ、ミシェルと共に神殿へと向かったのだった。




***


神殿へ行き、オリビアに事の経緯と猫を助ける方法についての提案をすると、何故か爆笑されてしまった。


「ふふふっ…あはははは!」


「オ…オリビア様…?」


涙目になりながら大爆笑をするオリビアの姿に、ぽかんとするミシェル。

いつも冷静で凛としている最強の大天使女王の爆笑姿を見るのは初めてなのかもしれない。

一方で俺は、笑われた事に不服そうな表情を浮かべながらオリビアを無言で見ていた。


「……」

(真剣に言ったのに、何故笑われたんだ)


「ふふふっ…取り乱してごめんなさい。征十郎さんがあまりにも面白い提案をするものだからおかしくって…こんなに笑ったのは生きてきて初めてだわ」

笑いすぎて涙を流したオリビアが、指で涙を拭いながら言った。


「…面白い提案ってなんだ」


俺からしてみればなんら面白い提案なんてしたつもりはない。真剣に話した内容のどこに面白要素があったのかが分からなかった。


「――いいでしょう。征十郎さんの提案を承諾するわ」


オリビアが言った途端、顔色を変えたミシェルが立ちあがった。

「オリビア様!本気ですか!?」


「えぇ、本気よ」


「黒を持つ者の末路をお忘れですか!?これまで、黒を持って生まれた者全員が悪魔の力に目覚めていますし、悪魔堕ちしてきているんです!住人に危害を加え、殺害された者達も多くいるんですよ!?」


「えぇ、もちろんすべて覚えているわよ」



「それならば何故…!私達四大精霊達も、これまで悪魔堕ちしない方法をいくつも考えてきましたが、どの方法も失敗に終わっているんです!それを…ヨルノクニにきて間もない征十郎に出来るはずが―――…」


「だから、征十郎さんにお願いしてみようと思うのよ」


「えっ…」


「彼は、人間でありながら悪魔の王であるゲオルグに攻撃する事の出来たただ一人の人間です。きっと…私達が思いつかない方法で有言実行してくれると…私は思っているわ」


「オリビア様…っ」


笑顔で話すオリビアに、それ以上ミシェルはなにも言えなかった。

オリビアがミシェルから俺へと視線を移す。


「ただ…条件が1つあります」


「なんだ?」


「その猫は、恐らく生後3か月ほど…人間の年齢で言うと5歳ほどでまだ子供ですが、1年を過ぎれば立派な大人の猫となります。ですので、3か月以内でその方法とやらを見つけてください」


「3か月…」


「生後半年だと人間の年齢で9歳前後ですが、これまで悪魔化してきた者達を見ていると一番若くして悪魔の力に目覚めた者は110歳。110歳以下で力に目覚めた者は1人もいませんでした」


「…仮に方法を見つける事が出来たら…こいつを殺さずに生かしてくれるのか?」


「もちろんです。――とは言ってもこれまで前例がない事になるので、随時経過観察は必要になってきますが、隔離せず、今まで通り暮らす事を許可しましょう。――ただ…」


言いかけて、オリビアの表情が真剣なものへと変わる。


「方法を見つけられず悪魔化したその猫が、この世界の住民に危害を加えるような事があれば――その時は迷わずに殺します。いいですね?」


オリビアの金色の目が真っすぐに俺を捕らえる。

声色は優しいいつものオリビアのものだが、目が笑っていない。

この世界に来て、初めてオリビアに対して恐れという感情を抱いた瞬間だった。



「……分かった」


俺の返事を聞いたオリビアがにっこりと微笑んだ。




「では。良い報告が聞ける事を願っています」




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