それからしばらくして、モネとトーファが俺達の方へ戻ってきた。
「ミシェル!征十郎くん!待たせちゃってごめんねっ!」
背中に小さな羽を生やし、パタパタと宙を飛びながらモネが近づいてくる。
「まさかあの魔法を使う日が来るなんて思ってもいなかったんだけど―!おかげでちょ―――疲れたぁ~」
一方でマイペースにトボトボと歩いてくるトーファは、心なしか疲れているようにも見える。
もしかするとさっきの技は、かなり力を消耗してしまう魔法なのかもしれない。
「処理を任せて悪かったな。コールヒュ―マの様子はどうだ?」
「今は私が調合した薬で眠ってもらっているから大丈夫。かなり強力な薬だから、5日間は目覚めることはないと思う。状況については、さっきオリビア様に連絡をしたところだよ」
「オリビア様はなんて?」
「調べたいことがあるからコールヒュ―マを連れ帰ってきてほしいって」
「そうか」
「私とトーファでコールヒュ―マを連れて帰るから、氷の回復とその他の後始末、依頼人への報告はミシェルと征十郎くんにお願いってオリビア様が言っていたよ」
「分かった。私も後でオリビア様へ連絡をする」
ミシェルとモネが話している最中、目の前から痛いほどの視線を感じて見てみると、トーファが俺を見上げていた。
チラチラ視線を逸らしつつ、口を尖らせながら口を開き何かを言いだしそうで止める…その繰り返しの謎行動に気味が悪くなった俺は、我慢できずにトーファに問いただす。
「…さっきからじろじろと…なにか言いたい事でもあるのか?」
「ふぇっ!?あっ…その…ッ!なっ、なんでもない!」
ふいと顔を背けるトーファだが、やっぱりなにか言いたげに俺の方をチラ見する。
「なんでもないとは思えんが…気持ち悪いから、言いたいことがあるならさっさと言え」
冷たく言い返せば、顔を真っ赤にしたトーファが突っかかってくる。
「ちょっ…!気持ち悪いってなによぉ!人がせっかく謝ろうと思っていたのに!」
「謝る?なにをだ?」
「さっきの事よ!そ…その…っ!からかって傷つけた事…謝ろうと…ごにょごにょ…」
後半は口籠っていて何を言っているかさっぱり聞き取れなかった。
「聞こえないんだが」
「ッ!!もう!!さっきは傷つけてごめんなさいって言ったの!!私が自分から謝るなんて珍しいんだから、ちゃんと聞き取ってよね!!」
顔を真っ赤にしたトーファが叫ぶように言った。
聞き取れと言われても、本当に聞き取れなかったのだから仕方がない。
後半の言葉は一言余計だが、トーファなりにちゃんと反省していているようだった。
近くで聞いていたモネとミシェルが、笑みを浮かべながら聞いているのがその証拠だ。
「一度相手に放った言葉は、謝罪されても一生心に残り続ける。それが傷つける言葉なら尚更だ」
「…分かってる…本当にごめんなさい…」
しゅんとした表情でもう一度謝罪を言葉にするトーファに、俺は大きくため息をつくと、トーファの銀色の髪をくしゃりと撫でた。
「反省しているのなら、もういい」
「っ…!!」
途端、トーファの顔が別の意味で真っ赤に染まる。
「ん?顔が赤いな?どうした?」
「な…なななななな…なんでもないいいいいい~~ッ!!!」
顔を真っ赤にしたまま目を泳がせたトーファは、逃げるようにどこかへ走って行ってしまった。
「あっ!ちょっとトーファ!どこに行くのぉ!」
「…一体何なんだ。あいつの行動は奇想天外すぎて読めん」
「……」
ふと視線を感じて隣を見ると、少し怒ったような表情をしたミシェルと目が合う。
「ミシェル?どうした」
「えっ…あ…すまない。なんでもない」
俺に声をかけられてハッとしたミシェルの表情は、怒っていたような表情からいつもの表情へと戻っていた。
「?」
「ミシェルごめんね!トーファってばいきなりどこか行っちゃったから、コールヒュ―マを連れて先に帰るね!」
「あぁ、分かった」
「征十郎くんも、ソラリア庭園都市に帰ってきたらまたゆっくり話そうね!」
「あぁ。またな」
モネは風魔法でコールヒュ―マを閉じ込めている柵ごと持ち上げ、そのまま風で出来た小さな球体の中へ吸い込ませると、宙を飛びながらトーファが走って行った方へ追っていった。
「トーファー!!待ってよぉ~!」
「私達も任務へ戻ろうか」
「そうだな」
その後、俺達はシャラの保有する土地へと向かい、ミシェルの力で氷を元に近い状態へ戻した。
ミシェル曰く、悪魔が関わっていることでいつもより氷の回復に時間がかかる上に、完全な回復にはもう少し時間がかかるとの事だった。
それでも、3日間ほど通い氷の回復をすれば、元の状態に戻るらしい。
陽も暮れ、これ以上の氷山滞在は危険との事で、一先ず今日の任務は中断し、任務進捗の報告をしにシャラの自宅へ向かった。
夜もだいぶ更けているというのに、温かい紅茶を出して迎えてくれたシャラは、ミシェルからの報告を聞いて心底安堵した表情を浮かべていた。
「本当にありがとうございました…!これで街の住人へ氷の提供をする事が出来ます…!本当に、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げ、何度も感謝の言葉を口にするシャラに、すかさずミシェルが口を挟む。
「当然のことをしただけだからそんなに頭を下げるな。…だが、今の状況じゃあの場所の氷を住人に提供することは出来ない。悪魔の力の影響で氷の回復に時間がかかっている。だが、3日もあれば完全に回復するから、それまでは別の場所の氷を使ってもらえるか?近くで氷が取れそうな場所を探して来たから、あとで場所の映像を送る」
「分かりました。お手数をおかけして申し訳ありません…ありがとうございます」
シャラが再び深く頭を上げた。
「ミシェル様。任務のお礼に、どうぞこれを受け取ってくださいませ」
帰る時も玄関前まで見送りをしてくれたシャラは、任務のお礼にと氷で出来た箱を差し出して来た。
「これはなんだ?」
ミシェルが不思議そうに氷の箱を開ける。
中にはキラキラと輝く宝石のようなグラスが2つ入っていた。今まで見てきたグラスに比べると、なんだか少しだけ質感が違うようにも感じる。
「氷山エリアの氷を使い“永遠に溶ける事のない”氷のグラスをお揃いで作りました。お2人の結びつきが永遠のものとなる願いを込めておりますので、よろしければミシェル様と征十郎さんでお使いください」
「っ…!」
「?」
花が咲いたように上品に微笑むシャラに、ミシェルの頬が赤く染まり、俺はと言うとシャラの言葉の意味が分からず不思議そうに首を傾げる。
しかしながら、水を飲むコップを買おうかどうしようかと考えていた俺にとってはちょうどいいプレゼントだ。
「ありがとう。早速家でミシェルと使わせてもらう」
「まぁ!うふふ♡」
俺の言葉になにかを悟ったようにシャラが微笑む。
「ちょっ…征十郎!他に言うことがあるだろう!というか、誤解をされるような言い方をするな!」
すかさずミシェルが突っ込んでくる。
貰い物をしてお礼以外何を言えばいいのか思いつかなかなかった俺は、不思議そうにミシェルを見る。
「誤解をされるような言い方とはなんだ?まったくお前はいちいち騒がしい…。グラスは家で使うものだろう?なにかおかしいことを言ったか?」
「~~~ッ!!そういうことじゃない!」
「それなら一体なんだ」
「お揃いという時点でそこを問うべきだろう!そ、それに結びつきと言うのも…お前と私はそういう関係ではないんだ!」
「この世の中に同じ商品を使っている奴なんてごまんといる。そんなことを気にしていたら何も使えないぞ?それに、結びつきとやらが弱いよりも強くなった方が戦いの面でも有利だと思うが?」
「なっ…!……はぁ…もういい。なんだか騒いでいる私の方が馬鹿みたいだ…」
「?」
顔を赤くしたり怒ったり、ため息を突いたりと感情表現が忙しいミシェルを俺は不思議そうに見つめる。
(結局、ミシェルはなにが言いたかったんだ?)
最後までミシェルの言葉の意味が分からずにいると、玄関先に立ち尽くしていたシャラが微笑む。
「ふふっ、仲がよろしくて羨ましいですわ。お似合いですよ、ミシェル様」
「っ…!!私はただの征十郎の世話係だ!!」
意味深に言ったシャラに、顔を赤らめながらミシェルが反抗したのは言うまでもない。