振り下ろされたコールヒュ―マの腕をギリギリで避け、地面に転がる。
「ぐッ!」
身体に冷たさを感じつつもすぐに立ちあがる。何度も腕を振り下ろしながら追いかけてくるコールヒュ―マを振り返り、なんとか攻撃を避け続け、必死に逃げ回った。
『イヒヒヒ!逃げてもムダ!オイラ、強い…オマエ取り込んでもっと強くなる!!』
地面に振り下ろされたコールヒュ―マの拳で、地面は数メートル単位の規模で凹み、あちこちに巨大な雪の穴が出来ていた。足で踏みつぶされるよりも、更に威力がデカいことが分かる。
(クソ…!あんなのが当たったらひとたまりもないッ!)
ただでさえ天候で視界が悪く、地面にも大量の雪が積もっているため、どうしても足が取られてしまう。雪さえなければ身軽に動けていただろうが、今の状況では思うように走る事が出来ない。
いつまでもコールヒュ―マの攻撃を避け続ける事は不可能だ。むしろこの雪の中逃げられていることが奇跡に近かった。
「ハァッ!ハァッ!ぐッ!」
(どうする!?どうしたらいい!?)
「ハァッ!ハァッ!」
雪に足を取られつつも攻撃が当たらないようになんとか逃げながら、解決法を考える。
だが、氷点下の寒さで上手く思考が回らない。
ミシェルに衣装を厳選してもらい、それなりの防寒対策をしてきたつもりではあるが、その防寒対策ですら意味がないほどすでに身体の中から冷え始めていた。
手袋をしているとはいえ手はかなり冷たくなっていて、足に至っては冷たさで感覚がなくなりかけている。
延長戦になればなるほど、不利なのは俺の方だった。
『ちょこまか逃ゲルな!ニンゲンッッ!!!』
コールヒュ―マは大きな口を開け、俺に向かって拳サイズの氷の塊を大量に出して来た。
「く…ッ!!」
四方八方に飛ばされる氷の攻撃を交わすことができず、俺は雪の積もった地面に倒れ込んでしまった。
すぐに立ち上がろうとするも、身体に当たった氷の塊が背中で溶け始める。
「ッ…!」
溶けだした氷は他の溶けだした氷と融合し、一つの氷の塊となって俺の背中から足にかけて一面に張り付いた。
「しまったッ!」
張り付いた氷と地面の雪も融合し、俺の身体は完全に自由を奪われてしまう。
身じろぎ出来ないでいると、地面に積もった雪が俺の身体を空中に浮かせるように大きな音を立てて伸び始め、コールヒュ―マの目の前に
「征十郎!!」
離れた所からミシェルが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「はぁっ…はぁっ…」
(ミシェルにあんな大口をたたいておいて…このザマかよ…情けねぇ…ッ)
ぼんやりと霞む視界の中、かろうじて動かせる視線だけをコールヒュ―マへと向ける。
『イヒヒッ!イヒッ!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!ニンゲン捕まえたぞォ…ッ!イヒ!これでオイラはモット強くナル…ニンゲンの力、ゼンブオイラ貰う』
ニタァと薄気味悪く笑うコールヒュ―マの顔面が近づき、視界いっぱいに広がる。
俺はコールヒュ―マを黙ったまま睨みつけた。
一瞬視線だけをミシェルの方へ向ける。万が一にもこいつがミシェルの方に近づくのだけは避けたかった。
ミシェルに行かないようにするためには、俺に注意を惹き続けなければいけない。
「――やってみろ」
『む…なにィ?』
ミシェルの方へこいつの注意がいかないようにするため、俺はコールヒュ―マを挑発する。
「毛むくじゃらすぎて耳が聞こえないのか?それともお前は力が弱すぎて人間の俺ですら殺せない雑魚魔物なのか?――俺を殺せるものなら、やってみろと言ったんだ」
「征十郎!!何を言っている!今のコールヒュ―マを挑発するな!悪魔堕ちして魔力が増幅していると言っただろう!!」
「……」
必死に叫ぶミシェルの声に反応せずコールヒュ―マを睨んでいると、奴の眉間がピクピクと動き、表情から笑顔が消える。
『ニンゲンが…オイラを馬鹿にしているノカ…ッ』
「話しても会話は矛盾しているし、まるで話が通用しない。馬鹿の何者でもないだろう。お前は会話のキャッチボールというのを知らないのか?相手が発した言葉をもう1人が受け取り、相手の言葉に対しての答えを投げる事を言うんだ。あんな簡単な会話も出来ないのに、馬鹿以外のどんな言葉で――」
『ウルサイ!ウルサイ!ウルサイウルサイウルサァァァァイッッ!!』
わなわなと震えながら叫ぶコールヒュ―マの大きな声に、耳がキーンとなる。至近距離でそんなに叫ばれたら、耳が悪くなりそうだ。
「……大きな声を出すな。うるさい。黙れ」
『オマエ…オマエ…ッ!ユルサナイ!馬鹿にしやガッテ…ッ!!オイラを馬鹿にするなァッ!!オイラは馬鹿じゃない!強くなったオイラがオマエのようなニンゲン、すぐに食い殺してやるッ!!』
「ハッ…お前に出来るのか?」
『ナニぃ…?』
「悪魔の力で魔力が増えないと何も出来ない癖に」
『オマエエエエエエエエエエエエエッ!!!』
俺の挑発に激昂したコールヒュ―マは、
「征十郎おおおお!!!」
聞いたことのない悲しみを含んだミシェルの叫び声が、一帯に響き渡る。
俺は目を逸らさずに、近づいてくる拳を真っ直ぐに見つめた。
スローモーションのように奴の黒い拳が近づいてくる。
(こんな奴に殺されてたまるかよ)
俺にはやらなければいけないことがある。悪魔堕ちした魔物とはいえ、せっかく悪魔と会うことができたんだ。
この魔物から悪魔の王…ゲオルグと会える手がかりを見つけてやる。
そして、俺がこの世界に存在する意味を必ず見つけ出す。
そのためには、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。
顔面に拳が当たる直前、凍らされていた全身の氷が一気に溶けだし、自由が利くようになった腕に拳を作って振りかざした。
「ッ…!魔力で増幅したはずのコールヒュ―マの氷が溶けだした…だと!?」
ミシェルの目が見開く。
「ハアアアッ!!」
俺の拳とコールヒュ―マの拳がぶつかり合い、周囲に振動の波が押し寄せる。
『ぬぅ…ッ!ニンゲンが、オイラの拳を受け止めタ!?そんな馬鹿ナッ!!』
「悪魔の力になんて頼らず、自分の力で強くなってみやがれッ!!」
拳に力を込めて叫べば、コールヒュ―マの拳の力が弱まり、勢いよく背後へ弾きとんでいった。
『ガ…ッ!!』
数メートル離れた雪山まで飛ばされたコールヒュ―マは、雪山へ激突するとその場へ倒れ込んだ。
その瞬間、俺に纏わりついていた氷と足元の雪は一気に溶けだし、俺は地面へと降り立った。
そして、一帯に強烈な風が吹き荒れる。
「!!」
(この風は…)
肌に触れる澄んだ風は、俺の身体をすり抜け、ミシェルの方へ向かうと凍らされていたミシェルの足元の氷を破壊した。
「っ…!」
そして同時にコールヒュ―マの身体を包み込むように吹き荒れた風が、コールヒュ―マの手足を拘束するように纏わりつき、動けなくすると、奴の身体を覆う程の巨大な氷の柵が空から降ってきた。
『ぐうううッ!!放セッ!…放セエエエッ!!』
「救世主トーファちゃん登場~☆2人とも生きてるぅー?」
見覚えのある声が聞こえたと同時に、コールヒュ―マを閉じ込めた柵の上に、2人の少女が降り立つ。
「ミシェル!征十郎くん!大丈夫!?」
「仕方ないから助けに来てあげたわよ!」
柵の上に立っていたのは、ソラリア庭園都市に帰ったはずのモネとトーファだった。
「モネ…!とクソ生意気女」
思わず口に出してしまった。
「ちょっとぉ!?私がせっかく助けてあげたのに、なによその呼び方!」
相変わらずキャンキャンと騒ぐトーファは子犬よりもうるさい。下手すれば子犬の方が大人しいし、利口なのではないかと思う程だ。
「俺が倒した後だったし、助けてもらった覚えはない。助けるならもっと早く助けてくれてもいいだろう」
「はぁ!?なんですってぇ!?」
「もう、トーファ!今は言い争っている暇はないでしょ!とりあえず封じ込めているコールヒュ―マを何とかしないと!」
「むぅ!わかっているわよぉ!」
納得いかなそうにトーファが頬を膨らませる。
「行くよ、モネ!」
「うん!」
トーファが空中へ高く飛び、トーファに続いてモネも空中へ飛んだ。
空中で両手を繋ぎながら、交差するモネとトーファの周りに風と雪が出現すると、景色が別次元に来たように真っ白な景色へ切り替わる。
氷山エリアの景色とは全く違う、例えて言い表すとすれば穢れのないような白の景色だった。
コールヒュ―マを封じた柵の周りは純白のカーテンで囲われ、真っ白となった空からは眩いほどの光が、コールヒュ―マに向けて差し込んだ。
「なんだ…これは…っ」
モネとトーファの服が純白のドレスに変わり、2人の口が同時に開かれる。
「「
その瞬間、美しい粉吹雪で視界が真っ白になり、俺は思わず瞳を閉じた。
「ぐッ…!!」
『ギィアアアアアアッッ!!』
しばらくの間、断末魔のようなコールヒュ―マの叫び声が響き渡っていた。