強風によって、俺達はツキドゥーマ森林の最奥に位置する氷山エリアまで飛ばされた。
「ぐ…ッ!!」
風によって地面に叩きつけられそうになった直前で、ミシェルが魔法を使い、なんとか怪我を負わずに済んだのは不幸中の幸いだった。
「征十郎、怪我はないか?」
「あぁ…問題ない」
「それはよかった」
俺に怪我がないことを確認すると、ミシェルはすぐに俺から離れ、立ち上がる。
瞬間、肌に突き刺さるような寒さに身震いがした。どうやら寒さの原因は、猛吹雪の場所に飛ばされたかららしい。
俺とミシェルは、状況把握をするため辺りを見渡す。
「ここは…もしかして氷山エリアか?」
猛吹雪のせいで視界がホワイトアウト状態になっていて、かなり見えづらくはあるが、一面雪と氷に囲まれた景色が広がっているのが見えた。
「どうやら私達は、討伐予定の魔物直々に氷山エリアまで連れて来られたようだ」
「それって…」
「あの強風を引き起こしたのは、コールヒュ―マだ」
「!!」
「氷山エリアが、何故1年中を通して天候が荒れ続けているか知っているか?」
真剣な眼差しで、ミシェルが聞いてくる。
「そういう土地なんじゃないのか?」
「確かに元々天候が悪いエリアだからという理由もあるが、1番の理由はコールユーマの魔力のせいだ。コールヒュ―マは氷属性の魔物であることは話しただろう?」
「あぁ」
「その属性もあり、コールヒュ―マは自身の食料を得るため、自分の力で氷が出来る環境を作るという特性がある。氷という食料を作り出すため、天候を荒らし気温を氷点下にまで下げ、雪を降らせる。元々天候が荒れていた土地環境の相乗効果もあり、氷山エリアは年中を通して天候が荒れているんだ」
「そういうことか。…だが、何故コールヒュ―マはわざわざ俺達を氷山エリアまで飛ばしたんだ?」
「――それは、本人に聞いてみようじゃないか」
「!」
ミシェルが意味深に呟いてすぐ、背後に巨大な影が出来る。
背筋が凍るような寒気と圧迫感を感じ反射的に振り返れば、そこには巨大な人型の魔物が仁王立ちをして立っていた。
全身銀色の毛で覆われた筋骨隆々な体格と、大きくて分厚い手足。
爪は長く、肌は黒ずんでいる。
闇夜に浮かび上がる月のように光る金色の目を吊り上げながら、コールヒュ―マは恐ろしい形相で俺達を見下ろしていた。
「でけぇ…ッ」
(これがコールヒュ―マ…)
下から見上げると、よりその大きさが分かる。
まるで高層ビルを下から見上げているような感覚だ。
仮に踏みつけられでもしたら、一発で潰される即死案件である。
「臆病な性格で氷山エリアの奥地から出てくる事自体滅多にないお前が、外にいる私達を引き寄せる真似をしてこんな所まで出てくるとは…珍しい事もあるものだな?――コールヒュ―マ」
物怖じせず、コールヒュ―マを見上げながら問いかけるミシェルに、コールヒュ―マは口を動かしブツブツとなにかを話し始める。
『コロス…誰だろうと…オイラを狙うヤツラ…全部、コロス…』
「先に仕掛けてきたのはお前の方だろう?シャラの保有する土地の氷を食い荒らした。お前の住んでいる奥地にも氷は山の様にあるはずなのに。何故表に出てきて氷を食い荒らすような真似をした?」
『ヤッテナイ。オイラ…なにもヤッテイナイ』
「嘘をつくな。すでにコールヒュ―マがやったという証拠はあるんだ。氷が白濁色に濁ってしまう現象は、コールヒュ―マの唾液成分にしかない」
『ハラへった…だから氷、食うだけ…。ナニガ悪い?オイラ達の住処の氷、溶けてナクナル。ハラ満たされない』
片言のような話し方で喋るコールヒュ―マに、俺は呆れた表情のままミシェルの方を見る。
ミシェルとの会話がまるで成り立っていない。
「こいつ…自分の話が矛盾しているのに気づいているのか?」
抽象的な文言を並べて片言で話すせいでかなり聞きづらいし、理解するまでに少しばかり時間がかかるが、コールヒュ―マの言葉を俺なりの解釈をするとこうだ。
ミシェルの何故シャラの氷を食い荒らすのかという質問に対して、コールヒュ―マはやっていないと答えた。
だが、コールヒュ―マがやったという証拠があるというミシェルの言葉に対して、自分達の住処にある氷が溶けてなくなったせいで、腹が満たされなかったから氷を食っただけ。腹減って氷を食う事の何が悪いんだ?
…という意味だと思う。
若干逆切れしている感じがするのは意味が分からないが、頭が悪いということだけは理解できた。
「…コールヒュ―マの知能はかなり低い。話が噛み合わないのは誰に対してもそうなのだ」
「……」
(今回の魔物は、なんだかいろんな意味で面倒くさそうな奴だな…)
『オイラの邪魔するヤツ、全員コロス…コロス…全員…氷はゼンブオイラのモノ…渡さない。ダレニモ…渡さない!!』
徐々に感情が高ぶってきたのか、コールヒュ―マは俺達を踏みつぶそうと巨大な太い足を高く上げた。
「!!」
「征十郎!!」
踏みつぶされそうになる寸前で、ミシェルに抱き着かれるような感じで身体を押され、なんとかプレス化されずに済んだ。
だが、すぐに顔面目掛けて振り下ろされた巨木のような腕と拳から出現した無数の氷の刃の攻撃に、コールヒュ―マの方を振り返ったミシェルの瞳が光り、地面から出てきた炎の鉄壁によってコールヒュ―マの攻撃は弾き飛ばされた。
『ガウウウッ!!』
弾き飛ばされた氷を全身で受けたコールヒュ―マは、ブルブル!と身体を震わせると、空に向かって野太い声で雄たけびを上げる。
『オオオオオオオオッ!!!』
コールヒュ―マの雄たけびによって、一帯に振動の波が押し寄せる。すると吹雪いていた雪や周囲の氷が吸い込まれるように俺達の頭上に集まり始める。
集まった雪や氷は、くっつきながら徐々にその大きさを増していった。
「一体なにをするつもりだ…?」
「あれは、コールヒュ―マ最大の攻撃魔法と言われている氷魔法だ」
「最大の攻撃魔法って…」
「あの魔法で、恐らく私達を殺そうとしているのだろう」
「なんだと!?」
頭上に集まった雪や氷は徐々に大きな塊となり、最終的には空を覆う程の巨大な氷の球体が形成された。
「だが、問題はない。忘れたのか?私があんな魔物に負けるほど弱い精霊ではないということを」
いつしか見た表情と同じ、余裕そうな笑みを浮かべるミシェルに心強さを感じつつも、予想以上の巨大な氷の塊に、さすがに不安を完全にゼロに払拭する事は出来なかった。
「だが…あの大きさだぞ?四大精霊のお前が強いのは知っているが…大丈夫なのか?」
「フッ…何度も言わせるな。問題ないと言っているだろう!
ミシェルが叫んだ瞬間、荒れ果てていた氷山の光景が一変し、空は炎のように赤く染まり、地面はマグマの海と化し、空から大粒の炎の雨が降り注ぎ始めたのだ。
「!!」
『アアアア!!アツイ…ッ!アツイ…!!火、嫌い…ッ!アツイの嫌いぃぃッ!』
降り注ぐ炎の雨がコールヒュ―マの全身に当たり、ジュウウッ!という焼けるような音と共に悲痛な声でコールヒューマが叫ぶ。
全身に付着した炎の雨を手で振り払うような素振りをしながら慌てているが、一度身体に付着した炎は消えることなく、コールヒュ―マの毛に引火し、更に大きな炎が上がり始めた。
『グワアアアアア!!』
コールヒュ―マの全身に火が行き渡ったのはあっという間だった。
毛に引火した炎が巨大な炎となってコールヒュ―マの身体を包み込む。頭上に形成されていた巨大な氷の塊は、奴がミシェルの炎にやられて弱り始めているからなのか、水滴を垂らしながら溶け出していく。
「炎の雨と灼熱の業火に焼かれながら絶命するといい」
ミシェルの言葉に、コールヒュ―マの全身を包んでいた炎が更に勢いを増し、マグマの海となった地面から無数の手が出てくると、コールヒュ―マの全身に絡みつき、マグマ化した地面に引きずり込まれていく。
『グワアアッ!!アガッ…ガ…』
抵抗したくても抵抗できない状態となったコールヒュ―マの身体が、胸元までマグマの中に引きずり込まれた時だった。
コールヒュ―マの瞳が真っ赤に染まる。
『オオオオオオッ!!!』
すると、今まで抵抗できなかったはずのコールヒュ―マが地響きのような声で叫び、暴れ出す。
「…なんだ…?」
「私の魔法に抗っているだと!?」
コールヒュ―マは、地面に引きずり込もうと身体に絡みついていた炎の手を引きちぎり、地面から這いずり出ようとしていた。
いきなり何が起きたのか、訳が分からず唖然とコールヒュ―マを見る。
豹変したコールヒュ―マは地面や空に向かって大きな口を開け、吹雪を出し、ミシェルの炎を消そうとしているようだった。
氷の魔力が効かないはずのミシェルの炎が、吹雪によって少しずつ鎮火していく。
同時に、コールヒュ―マの毛が徐々に黒くなっていっているのに気づいた。
「ミシェル見ろ!アイツの毛の色が…っ」
「ッ…あの現象は…まさか…ッ!」
ミシェルの瞳が大きく見開かれる。
「おい、なにが起きているんだ!?どうして毛の色が変わり始めている!?」
「自身の毛が黒く染まっていくあの現象は……悪魔に身体を乗っ取られている…悪魔堕ちの証拠だ…ッ!」
「っ!!」
氷山エリアに向かっている最中、ミシェルが話していた会話を思い出した。
『…コールヒュ―マが…悪魔に操られているという訳か?』
『それはまだ分からない。あくまでも可能性の話だ。…だが、悪魔に操られているか、悪魔に身体を乗っ取られているのであれば…あの氷の状態は納得がいく。悪魔の持つ力には破滅の力があるからな』
「まさかとは思ったが…本当に悪魔の影響を受けているとは…これはかなりまずい事になった…ッ」
「悪魔堕ちした場合はどうしたらいい?アイツを乗っ取っている悪魔を殺せば、コールヒュ―マは元に戻るのか!?」
「一度悪魔に乗っ取られ、悪魔堕ちした者が元の状態に戻る事は不可能だ!!」
「っ…!!俺達はどうしたらいい?」
「アイツの中に憑りついた悪魔ごと、コールヒュ―マを殺すしか私達が助かる方法はない」
「!」
『シュウウウ…』
「だが…コールヒュ―マを殺せなければ、私と征十郎も中の悪魔によって悪魔堕ちさせられる」
「…なるほど。そう言うことなら、悪魔ごとコールヒュ―マを殺すだけだ」
「悪魔堕ちした者は、悪魔の力で魔力が増幅している!全力ではないとはいえ、この私の魔法を消し去る程の力だ。簡単な事ではないぞ!」
「そんなの、やってみないと分からない」
「なんだと!?征十郎…なにを考えている?」
「――お前はそこにいろ」
マグマの海から完全に這い出てきたコールヒュ―マの全身の毛は真っ黒に染まっていて、瞳はいつしか見た悪魔のように真っ赤だった。
耳まで裂けた口が、ニィ…と怪しい笑みを作る。
コールヒュ―マは赤い瞳をミシェルに向け、ミシェルが動けないように足元を凍らせた。
「っ!!」
『イヒヒ…オマエタチ2人共オイラの中に取り込んでやるが、お前は動かれると邪魔ダ。ソコでこのニンゲンが殺されるのを見てイロ』
「コールヒュ―マァ…ッ!」
ミシェルはすぐに氷を溶かそうと魔法を出そうとするが、上手く炎を出す事が出来なかった。
「…私の力が…制御されている…!?」
(数の多い下級悪魔であれば、私の力が制御されることはないはず…私の力を抑えられるほどの悪魔がコイツを悪魔堕ちさせているというのか…!)
(まさかコイツを悪魔堕ちさせているのは…っ)
ハッとして顔を上げたミシェルが、征十郎に向かって叫ぶ。
「征十郎!今すぐに逃げろ!!」
『クク…最初にオイラの中に取り込むターゲットはオマエだァ…ニンゲン』
「……」
長く鋭利に伸びた爪で俺を指さすコールヒュ―マに、俺はミシェルを庇うように前に立った。
「征十郎!聞こえてないのか!
ミシェルが叫ぶと同時に、悪魔堕ち前のコールヒュ―マとは別人のような速さで頭上から拳を振り落としてきた。
「征十郎―――ッッ!!」