「ふぇっ…ひっく…」
俺達から離れた木の根元に
「トーファから今回の任務の事を聞かされたのは、昨日のお昼頃だった。いきなり私の家に来て、ミシェルがオリビア様から任務を依頼されたから、私達も一緒に行こうって言いだしてきたの」
「…私がオリビア様から任務の話を聞いている時、トーファは盗み聞きしていたということか?」
「ううん」
モネが首を横に振る。
「盗み聞きというか、たまたま聞こえちゃったんだって。トーファは別の任務から帰ってきたタイミングだったみたいで、ちょうどオリビア様に報告をしに行っていた時だったらしいの」
「……」
モネいわく、どうやらトーファは任務の報告をしに行こうとオリビアの神殿へ入ろうとしていたところで、ミシェルとオリビアの話し声が聞こえ、入るのをやめ、会話が終わるまで待っていたとの事だった。
…それを盗み聞きと言うんじゃ…とも思ったが、とりあえず今はモネの話を聞く事にする。
「ヨルノクニに、人間である征十郎くんが来た話はもちろんトーファの耳にも入っていたし、あの子も気にはなっていたみたいで…その、いつもの悪い癖でからかって人間で遊んでみたいって言って聞かなくて…」
「…あいつ…」
呆れたようなミシェルの表情が、みるみる内に鬼の形相に変わっていく。
「モネ。トーファは人をからかうのが趣味なのか?」
だとしたら相当悪趣味な性格をしている。人間でも悪趣味な奴はたくさんいるが、相手が人外だと人間にはない力を使えるだけあって面倒なことこの上ない。
モネが言葉を詰まらせながら答える。
「うん…。小さい時からなんだけど、相手をからかってからかった相手の困った顔を見て笑ったり、泣かせたり…人によっては怒らせちゃったりしていたから、多分本人の中でもからかうのが趣味になっちゃっているんだと思う」
「…最低極まりない奴だな…」
「人間界だと幼馴染って言うんだっけ?私とトーファは生まれた時から一緒に過ごしていたから、関係性で言えば幼馴染に近いの。トーファがあんな性格だから、私やミシェルが何度も注意してやめるように言っていたんだけど、あの調子で未だに全然直っていなくて…」
「あれだけ言っても直らないのなら、私はもう無理だと思うがな…」
呆れたようにミシェルが言う。
「あんな性格で、この世界の奴に嫌われていないのか?」
「…………あ、あまりよく思ってない人がほとんど…かな…」
「……」
なんだその間は。
苦笑しながら答えるモネは、トーファに気を使ったのか言い方こそは優しいが、裏を返せばほとんどの人に嫌われているという解釈になる。
他人を気遣えないトーファに無駄な気遣いは不要だと思うが、せめてものモネの優しさなのだろう。
あの性格じゃ、嫌われない方がおかしい。トーファの性格を分った上で、今も一緒にいるモネは、何故トーファを嫌にならないのか不思議だ。
「征十郎くん、嫌な思いをさせて本当にごめんね。私、征十郎くんをからかうのは止めてってトーファに何回も言ったんだけど聞かなくて…。だからと言ってトーファを1人で行かせたらなにをするか分からないから着いて来たんだけど…」
「モネはなにもしていないだろう?お前が謝る必要はない」
「むしろ俺が謝ってほしいのは、あいつだ…」と、後ろの木に寄りかかって泣いているトーファを一瞥する。
トーファの性格を知ってしまった今、トーファが本当に反省しているのか、本当に泣いているのかも怪しい。
「モネ。お前は最初私達と合流した時、オリビア様にこの任務に行くように言われたと言っていただろう?…その事自体が嘘ということか?」
「…ごめんね、ミシェル。あれは合流する前に、ミシェルに怪しまれないために言ってってトーファに言われていた事だったの…」
「…なるほどな。これで辻褄が合った」
やけに納得したようにため息をついたミシェルの言葉が気になって聞いてみる。
「なにか気になる事でもあったのか?」
「オリビア様が私にこの任務の話をした時、私と征十郎の2人で行ってほしいと言っていたんだ」
ミシェルがオリビアと話した時のことを思い出しながら話し始めた。
***
『今回の任務はどのような内容でしょうか?』
神殿の最奥に座るオリビアへ跪きながら、ミシェルが訊ねる。
『今回貴女にお願いしたい任務の内容は、ツキドゥーマ森林最奥地にある氷山エリアで、とある魔物の討伐との氷の維持を行う任務になります』
『依頼者の名前は、シャルメーンロードで氷専門店を営む妖精族のシャラさん。氷山エリアの一角で彼女が保有する氷が、数日前から魔物の被害を受けているそうです』
『魔物の正体は判明しているのでしょうか?』
『いえ…そこまでは分かっていないそうなの。だけれど、氷を主食とする魔物となると3体しかいないから、簡単に絞られてくるわ。詳しい話は直接話すと言っているから、明日貴女と征十郎さん2人で行ってもらいたいの』
『かしこまりました。他に同行者はいますか?』
『いないわ。アリアとエヴィーは別の仕事があるから行けそうにないの。属性的にトーファがいればよかったんだけれど、あの子は今別の任務で出かけているし、連れて行ったところで問題を起こしそうな予感がするから…やめておくわ』
苦笑しながら話すオリビアの言うことが理解できたミシェルは、同意の言葉を口にする。
『……仰るとおりかと』
『ふふ。悪い子ではないんだけれど…今回は征十郎さんもいるし、問題を起こされたら困るから、貴女達2人でお願いします』
『かしこまりました』
閉じられていたオリビアの大きな羽が広がり、オリビアが立ち上がると空中に羽毛が舞う。
『申し訳ないんだけれど、私は少し所用があって出かけなきゃいけないの。3日もあれば帰ってこられるとは思うけど、長引く可能性もあるから貴女達が帰ってくる頃にいない可能性もあるわ』
『――廃滅都市パンデモウニアムに行かれるのですか?』
『……さすが、ミシェルは勘がいいわね』
静寂の神殿に、羽の羽ばたく音が響くと、一瞬にしてオリビアがミシェルの前へと移動をした。
『これ以上悪魔達の好きにはさせられない。この国の女王として、住民と世界を守の為にも…ね』
『…オリビア様』
ミシェルが不安そうな表情でオリビアを見上げる。
オリビアは優しく微笑むと、ミシェルの頬に手を添える。
『大丈夫よ。すぐに帰ってくるから』
『…どうか…お気をつけて。オリビア様』
ミシェルの言葉に笑顔を浮かべたオリビアは、の場から姿を消した。
***
「オリビア様とそんな会話をしていたんだ…」
「あぁ。だから、オリビア様から頼まれて任務に来たと言ってきた時、おかしいと思っていた。時と場合にもよるが、オリビア様は滅多に一度決めた事を変えない方だからな」
「じゃあ最初から怪しまれていたんだね…なんかもう…本当にごめんなさい…私、ミシェルにも征十郎くんにも迷惑をかけたくなかったのに…」
しゅんとした様子でモネが謝る。
「お前が謝る必要はない」
そんなモネの頭をミシェルが優しく撫でる。見た目が幼いモネが、大人びているミシェルに頭を撫でられているのを見ると…モネには悪いが、完全に子供に見えてしまう。
「ミシェル…ありがとう」
「それで、あいつはどうするんだ?」
場の空気を変える意味も含め、俺は2人に訊ねる。
「あいつ」とは、もちろんトーファの事だ。
後ろを振り返ってみると、未だに木の根元に足を抱えたまま泣いている。
俺達の視線を感じたのか、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げたトーファが、手の甲で涙を拭いながら立ち上がり、俺達の元へとぼとぼと歩いてきた。
「ふえええっ!ひっぐ!ごめんなさあああい!いい子にするがら゛ああ!もうからかって怒らせたりしないがら゛あああ!私も連れて行ってえええ!」
「……」
(子供かよ…)
トーファの姿は、まるで親に怒られた後の子供だ。
反省しているかどうかの真相は本人にしか分からないが、少し前に俺に対して見せていた強気の態度は今のトーファからは微塵も感じられない。
「トーファ、これ以上はダメだよ!」
地べたに座り込んで泣き叫びながら謝るトーファに、最初に近づいていったのはモネだった。
表情と口調から、かなり怒っているようだ。
「これ以上ミシェルと征十郎くんに迷惑はかけられないから、私達は帰るの!大体、私達はオリビア様に黙って任務に着いてきているんだよ!?今更謝ってもダメ!謝るなら最初からしちゃダメって毎回言っているんでしょ!それを毎回守らずに相手を怒らせて、傷つけたトーファが全面的に悪いの!トーファに着いていくって言う権利なんてないんだからねっ!?」
「うううう~~でもぉ~!ひっぐ…私もみんなと任務行きたいよぉ…っ!」
「だからダーーメ!!私達は帰るの!」
「やだぁぁ!ヤダ!ヤダ!私も行くぅ~!!」
「子供みたいな事言わない!ホラ、行くよ!」
抵抗するトーファの腕を掴み、無理矢理トーファを立ち上がらせると、モネが俺とミシェルの前に立つ。
「ミシェル、征十郎くん。邪魔してごめんね?トーファは私が責任を持ってソラリア庭園都市に連れて帰るから」
「…そうしてくれ」
ミシェルが少し疲れているように見えるのは気のせいだろうか。
騒がしいトーファがいなくなることで、任務もやりやすくなるからか安堵した表情をモネに向ける。
「じゃあ2人とも、任務頑張ってね」
「やーだー!モネ!離してよおおお!」
俺達は、トーファを引きずりながら連れ帰るモネの後ろ姿を見送っていた。
騒がしい奴もいなくなったし、早速氷山エリアに行こう…そう口にしようと思ったその時だった。
ツキドゥーマ森林一帯に雪を纏った強烈な強風が吹き荒れる。
「ぐ…ッ!なんだ!?」
「これは…マズイ!!征十郎!」
何かを感じ取ったミシェルが、慌てた様子で正面から俺に抱き着いてきた。
「!?」
「いいか?征十郎。その手で私を抱きしめたまま、絶対に私から離れるな」
突然ミシェルが言ってきた言葉に、俺は理解が追い付かなかった。
何故抱き着く必要があるのかとか、
今何が起きているのかとか、聞きたいことは山ほどあるが、これまで同性どころか異性との関わりも皆無だった俺でも、さすがに気まずさはある。
「なっ…なんでそんな事を」
「お前を完全に守るためには、これが一番確実なのだ!早くしろ!」
「っ…」
何が起きているのか分からない以上、今はミシェルの指示に従うしかない。
「……分かった」
俺は渋々ミシェルの背中に手を回す。華奢なミシェルの身体を抱きしめると、密着した身体になにか柔らかいものが当たり、それがなにか考えないようにしながら気まずそうに顔を逸らした。
お互いに抱きしめあるような形になり、何とも言えない気まずい空気の中、ミシェルは防御魔法で俺を守ってくれていた。
凄まじい強風は周囲の木や岩、瓦礫などをどんどん巻き込んでいき、俺達は魔法で防御された状態のまま、まるでなにかに吸い込まれるかのように飛ばされてしまった。