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15話:風の四大精霊 シルフ-Ⅱ

笑みを浮かべたまま、モネの身体はドマークの上にふわりと降り立った。

モネは伸びているドマークの上に座ると、優しくトルドの頬に触れる。


「トルド、ちゃんと子供の躾はしなきゃダメだよ?じゃないと――…」


笑顔のまま、モネの瞳がすう…と細められた瞬間、俺達がいる空間だけを残し店が一瞬で吹き飛んでいった。


「ッ…!!」


「!!」


「許さないんだからね?」


剝き出しになった店の中で、モネがにっこりと笑う。

言動と行動が一致していないとは、こういうことを言うのだろう。


「もっ…申し訳ありません!申し訳ありません!!バカ息子は私が責任を持ってなんとかします!だからどうか…!どうかお許しくださいませ…っ!!」


「…」


なにが起きたのかまったく理解できない俺と、モネに対して土下座をして必死に謝り倒すトルド。

オリビア相手なら分からなくもないが、どうして子供の精霊であるモネに頭を下げるのかが分からなかった。

どこからどう見ても、トルドの方が年齢は上だ。

でもまぁ、ドマークがモネにした誘拐未遂のことを考えれば…謝るのは当然か。と自分の中で考えをまとめる。


「分かってくれれば大丈夫だよ!だからそんな頭なんて下げなくても大丈夫だよぉ!私、あまりそういうのされるの好きじゃないし…だから頭を上げて…ね?」


「で、ですが!モネ様…っ」


「ん?」


(モネ“様”?)


「トルド、どうしてモネに様付けなんてしているんだ?」


疑問に思った俺はトルドに聞いてみる。


「人間さん!あんた知らないのかい!?」

「は?知らないってなにを?」

「この方は、四大精霊の1人、風の四大精霊 シルフのモネ様なんだよっ」


「は……?」


(風の四大精霊…風の…)


「四大精霊?まだ子供のお前が!?」


「に、人間さん!モネ様になんて失礼な事を…っ!!」


「もー、征十郎くん!子供扱いしないでよぉ!これでも私、一応成人しているんだよ?」

「嘘だろ……」


俺はモネの頭の先から足の先まで見下ろす。

モネには悪いが、どう見ても小学生くらいの子供にしか見えない。


「はぁぁ…」


「あっ、どうしてため息なんてつくのー!今、大人には見えないとか思ったんでしょ?征十郎くんの考えていることなんてお見通しだよー?」


むう…と頬を膨らませながら目の前をパタパタと飛ぶモネはやっぱりどう見ても成人しているようには見えなかった。


「いや……なんか色々とすまなかった…オリビアからもミシェルからもなにも聞かされていなかったから」

「あれれ、そうだったの?てっきり聞いているかと思ってた。だから私の名前を聞いても分からなかったんだね!」


空中を飛んでいたモネが羽を仕舞い、地上に降り立つと、後ろで手を組みながらはにかむ。


「改めて、風の四大精霊のモネだよ。これからよろしくね、征十郎くん!」





**


その後、モネの力でトルドの店は無事に元通りになった。

モネはと言うと、用事が出来たとかで店を直してすぐに帰ってしまった。


「今日はいろいろ迷惑をかけちまってすまなかったねぇ…これ、迷惑かけたお礼に持って行っておくれ」


「こんなに…いいのか?」


魚姿からいつもの魚人の姿に戻ったトルドからは、数か月は持ちそうなほどの大量の水と米を渡された。


「もちろんだよ!また必要になったら、いつでも来ておくれ」


「…そういえば、ドマークはどうしたんだ?」


「あぁ、あの子なら…」


トルドが話し始める。




「いやだあああ!こんな男ばかりのむさ苦しい場所にいたくないよぉぉ~~!!」

「ゴルァ!!ドマーク!!テメェ…サボってないで働け!!


トルド曰く父親が経営する会社で、ムキムキでスパルタな父親と魚人の仲間達にしごかれながら、徹底的に躾直しをされているそうだ。


「こんなことなら…こんなことなら母ちゃんのところで暮らしていた方がよかったぁ~~!!」


「うるせぇ!!口を動かしている暇があったら、手を動かせ!!」


ドマークの頭に、父親のげんこつが飛んでくる。



「いっでえええ!!」




「主人に任せておけば、きっといつかまともな魚人になって帰ってくるさ」

安堵した表情で話すトルドの顔は、厳しくも優しい母親の顔になっていたように感じた。


「トルド…」


「その時はドマークを…どうか温かい目で見守ってくれるかい?人間さん」


「あぁ」


優しい笑顔を浮かべるトルドに、俺の心まで温かくなった気がした。


こんなにも自分のことを考えてくれる親がいるドマークは、本当に恵まれていると思う。

どんな子供でも決して見放したり、否定したりしない。

ちゃんと受け止めてくれて、理解しようとしてくれる。



(本当に……お前が羨ましいよ)



「じゃあ、また来る」


俺は踵を返すと、トルドの店を出て行った。

外はすでに陽が落ちて薄暗くなっていたが、街の至る所に街灯が設置されているため、然程さほど暗さを感じることはなかった。


「……」


道中、俺の脳裏には思い出したくもない両親の記憶が蘇っていた。

投げかけられた言葉は、一語一句覚えている。

死んでもなお、消えない記憶。

薄れないその記憶は、まるで呪縛のように俺の心へと居座り続けるのだ。



「征十郎?」


「!」


ふいに前方から名前を呼ばれ、顔を上げると、そこには大きな籠を持ったミシェルが立っていた。

籠の中には野菜や肉、果物が入っていることから、食料調達の帰りだということはすぐに分かった。


「ミシェル」


「こんな時間に珍しいな。材料調達の帰りか?」


「…まぁ、そんな所だ」


「…」


自分の心の中を見透かされているようなミシェルの視線に耐え切れず、思わず視線を逸らす。ミシェルの視線は、俺から俺が持っている水と米へと向けられた。


「お前という奴は…相変わらず水と米しか食べていないのか?」


「俺がなにを食べようと、関係ないだろう」


ミシェルが大きくため息をつくと、ヒール音を鳴らし近づいてきた。


「私に付いてこい」


そして俺の腕を掴むと、そのままどこかに向かって歩き始める。


「おい、ミシェル。いきなりなんなんだ」


「お前はもっと栄養のある食事を摂れ!」


「はぁ?そんなこと、お前に関係――」


「いいから、黙って付いてこい!」


「…」


物凄い形相で睨まれ、俺は渋々ミシェルに付いていくことにした。




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