「あーっ!!」
「な、なんだ?」
「あなた、まさか1週間くらい前にこの世界に来たって言う人間!?」
「は?」
「名前は確か…そう!柊征十郎!」
「……」
「オリビア様から話を聞いていたから、早く会いたいなーって思っていたの!私、人間と会うのは初めてだから、どんな人かなぁって楽しみだったんだぁ!」
「……」
「ねぇねぇ、人間がいる国ってどんな所!?食べ物とか飲み物はどんなものがあるの!?」
「……」
「人間の住む世界には、どういう生き物や植物がいて、どういう建物があるの?自然はいっぱいある?私、自然豊かな場所がすごく好きなのっ!」
「……」
「ヨルノクニもね!自然豊かですごく綺麗な場所なんだぁ~!特にソラリア庭園都市の森エリアは空気も美味しいし、水もすごく綺麗なの!1年を通して咲く花があるんだけど、いい香りで紅茶にしても美味しいし、ケーキに入れてもコクが出て美味しいんだよっ!」
俺の返事を待たずにペラペラと話す少女に、俺は真逆のテンションで一言だけ返した。
「………誰?」
「ふぇ?」
少女がきょとんとした表情で首を傾げる。
「いや…悪いんだが…誰?お前は俺の事をオリビアから聞いているようだが、俺はお前の事を知らない」
「ふえええ!ご、ごめんなさい!オリビア様から話を聞いているのかなぁって思っていたから、私ってばいろいろ喋っちゃって…!」
「いや…。お前はここに住んでいる住人なのか?」
「うん、私はモネっていうの!いつもは森エリアで過ごしていることが多いから、あまりこっちには出てこないんだけど、今日は食料と薬草を買いにこっちまで出てきていたんだ」
「そうか。さっきのアイツには何故絡まれていたんだ?」
「シャルメーンロードに向かっている最中に路地裏の入口でウロウロしていたから声をかけたの。そうしたら道に迷っているって言うから教えていたんだけど…急に態度が変わっちゃって…」
「…」
(なるほど…。迷っているふりをして好みのターゲットを探していた感じか…誘拐野郎が考えそうなことだ)
「征十郎くん」
「なんだ」
「征十郎くんさえ良かったら、シャルメーンロードまで一緒に行かない?」
「え」
「はわわ!いきなりごめんねっ!ここを通りがかったってことは、もしかしたら征十郎くんも買い物に来たのかなぁって思って…。その…さっき助けてくれたお礼もしたいし…ダメ…かな?」
「……いや、別にダメではないが…」
モネの明るくて人懐っこい性格のせいか、なんだか断りづらい感じがして珍しく言葉を濁してしまった。
「ホント!?」
「あ、あぁ……」
(まぁ相手は子供だし、シャルメーンロードに行くまでなら別にいいか‥)
「じゃあ行こっ!」
嬉しそうに目を輝かせるモネに腕を引っ張られながら、俺達はシャルメーンロードに向かった。
シャルメーンロードに着くと、相変わらずどの店も賑わっていた。
(今日も混んでいるな…)
通りには歩いている家族連れや、買い物に来ている主婦、材料の調達を終えて急ぎ足で帰っている人など沢山の人が行きかっていている。
人混みが苦手な俺にとっては地獄のような光景だ。
「征十郎くん、顔色がよくないけど…大丈夫?」
隣を歩いていたモネが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「え?あぁ…問題ない」
「そう…?具合悪いなら少し休む?」
「いや。休むくらいなら早く買い物を済ませて帰りたい」
家に帰ればすぐに治るし…と思いながら返事をすると、いつも水と食料を調達している店を見つける。
「…俺の用事はあそこだ。他に用事はないから、買い物が終わればすぐに帰る。お前も早く自分の買い物に戻れ」
「えー!それじゃあ征十郎くんにお礼が出来ないよぉ!」
「当たり前のことをしただけだ、お礼など必要はない」
「えぇー…でも…」
「ここに住んでいるのなら、またいずれ会えるだろう。急ぐから、じゃあな」
「あっ…征十郎くん!」
不服そうなモネの返事を待たずに、俺は人混みを通りながら足早に店へ向かった。
「…すみません」
「あらぁ!人間さんいらっしゃい!」
店の前に行くと、恰幅のいい魚人のおばさんが笑顔で声をかけてくる。
「いつものお水でいいかしら?」
「あぁ…それで頼む」
「あいよ!今ボトルに入れるからちょっと待っててねぇ~」
この店は
魚人族の住むエリアにしか湧かないと言われている新鮮な水と、その水で作られた米がメインで売られている。
カルキ臭い現実世界の水と違って新鮮で美味いし、米は炊きあがりがふっくらしていて、弾力と甘みがある。
あまりの美味しさに驚いたのは、今でもはっきりと覚えている。
最初に食料と水の調達に来た時、どこの店でもらおうかと悩んでいた俺に、気さくに話しかけてくれたことがきっかけで利用するようになった。
別世界から来た人間である俺にも、
トルドは背後にある巨大な魚の形をしたタンクの蛇口を捻り、魚の形をした取っ手付きのボトルへ水を注ぐと、しっかりと蓋を閉める。
「お待たせ~!まずは…あいよ!水40リットルね!」
受付のテーブルに、ドンッ!という音と共にボトルが置かれる。
「ありがとう」
俺はテーブルに置かれたボトルを軽々と持ち上げる。
一見重そうな見た目だが、魚人族の力で子供でも持てるように軽くなる魔法がかかっているそうだ。
ちなみに水が入っているボトルは、中の水がなくなると自動的に消滅する仕組みらしい。
ゴミが出ることもないし、わざわざ容器を持ってくる必要もないから、かなり楽だ。
「米もいつもと同じ30キロでいいかしら?」
「あぁ。問題ない」
「あいよ~!ちょっと待っててね!」
愛想よく返事をすると、トルドは店の奥へ消えていった。
いつもなら数分もすれば魚の模様が描かれた米袋を持って出てくるはずのトルドが、今日は中々出てこない。
(遅いな?いつもならとっくに出てきているはずなんだが…)
気になって店の奥を覗こうとした瞬間、奥から何かが割れる音と共に誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「俺に命令するんじゃねぇ!」
「ドマーク!いい加減にしな!ゴロゴロして毎日遊んでいる暇があったら、店を手伝えって言っているでしょうが!!」
「うるせぇ!クソババア!!」
「ドマーク!!」
(ドマーク…?誰だ?トルドの子供か?)
初めて聞く名前に不思議に思いつつ、トルドが来るのを待っていると、身体中擦り傷だらけになったトルドが、米袋を担いで出てきた。
「!!」
「人間さん、騒がしくしてごめんなさいねぇ」
「トルド…その怪我…どうしたんだ?」
「ちょっとうちのバカ息子が暴れちまって…でも大丈夫だよ。いつもの事だからね」
「トルド…」
俺に心配させまいと笑うトルドの痛々しい姿は、とてもじゃないが見ていられなかった。
「迷惑かけちまったお礼に、いつもの量にプラスして多めに米を入れておいたから食べてね」
米袋を差し出してきたトルドの米を受け取ろうと手を伸ばした時、店の奥で誰かの影が動いた。
「お前は…ッ!」
俺はその影の正体を見て目を見開く。
「あぁ!?」
不機嫌丸出しで振り返ったそいつは…
ついさっき、モネを連れ去ろうとしていた半魚人の小太りオッサン本人だったのだ。