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11話:初の魔物討伐任務


「これが…ミオールキャット…ッ」


ミオールキャットの大きさは、俺が想像するよりも遥かに巨大だった。

全長4メートルはあるだろう身体は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうで、艶やかな黒い毛並みに金色の鋭い目。大きく開かれた口元からは鋭い牙がいくつも見える。

手足の爪は鋭利えいりで太く、ムチのように硬そうで長い尻尾の先端からは棘のようなものが無数に生えていた。


「頭が切れるミオールキャットが、まんまと罠に引っかかるとは――来い!!この場所を荒らした罰だ!私がほうむってやる!!」


猛スピードで走ってくるミオールキャットに、ミシェルが余裕の笑みを浮かべたまま叫んだ。


『グオオオオオッ!!』


「ミシェル!いくらお前でも2体じゃ無理だ!逃げろ!!」

俺はアリアの防御シールドの中から叫んだ。

外に出ようと何度中から叩いても、防御の壁が水の様に揺れるだけで意味がない。


「クソ…ッ!こんなものに閉じ込めやがって…!」


「おいミシェル!聞こえてねぇのか!逃げろ!!」


「…」


ミシェルはと言うと聞こえているのか聞こえていないのか微動だにせず、少しずつ迫ってくるミオールキャットを一点に見つめている。



「おい、アリア!俺の事はいいから、早くミシェルの援護に行け!」


あの速さで迫ってきて間近で攻撃を受ければ、恐らくひとたまりもない。

いくら四大精霊のミシェルでも軽い怪我じゃ済まないのは、ミオールキャットを大きさを見れば分かる。

だが、必死に叫ぶ俺とは裏腹にアリアは冷静だった。


「心配しなくても大丈夫です」


「大丈夫な訳ないだろう!あの大きさの魔物が2体だぞ!?いくらミシェルでも――」


「先程、ミシェルが言っていたでしょう?」


「はぁ!?言っていたってなにを…


アリアに言われ、俺は少し前のミシェルの言葉を思い出した。



『ミオールキャットの水攻撃など、四大精霊の私には効かん』



「!!」


「ミシェルの精霊魔法は、同じ四大精霊である私の水をも打ち消すほど強力な魔法です。ですから、あの程度の魔物…ミシェル1人だけで十分ですわ」


「っ…!」


満面の笑みで断言するアリアに、俺はなにも返せなくなってしまった。

ゆっくりと視線をミシェルの方へ向ける。

ミオールキャットとミシェルの距離は数メートル。

標的を完全にミシェルにロックオンしたミオールキャットが、止めを刺すため空高くジャンプした。


『グオオオオオオオオッ!!』


空中から飛び掛かろうとするミオールキャットに向かって、ミシェルが不敵に笑う。



地獄炎ヘルフレーム



そしてミシェルが唱えた瞬間、地面からいくつもの炎が出現し、その炎はミオールキャットの身体を突き刺した。



『ギャウウウウウウッ!!!』


「!!」


身体を貫通した炎は更に勢いを増し、一瞬にしてミオールキャットの身体が炎に包まれる。

大量に噴き出した炎によって広範囲で地面は崩れ落ち、まるで地獄のような炎の海が現れると、ミオールキャットは灼熱の炎の中へあっという間に引きずりこまれていった。



「…し、信じられん…なんだ、あの広範囲な炎は…」


(これが、精霊の力…)


地獄のような炎がミオールキャットを引きずり込むと、崩れ落ちたはずの地面が何事もなかったかのように元に戻っていく。


俺はその光景を唖然と眺めていることしかできなかった。

前に立っていたアリアが笑顔で振り返る。


「言ったでしょう?ミシェルなら大丈夫だと」


「…」


俺は四大精霊の力を完全にあなどっていた。

あの巨体なミオールキャットを自分に近づける事さえもせず、手も使わずに一瞬で倒すとは思ってもいなかったからだ。


(四大精霊か…こいつらが敵じゃなかった事は不幸中の幸いだな)


仮に敵だったら面倒くさい事この上ない。


「確かに…これだけの力を持っているのなら、心配は無用だったな」


「ふふっ。ミオールキャットも始末できた事ですし、防御シールドは解除させていただきますね」


そう言うと、アリアがほどこしていた水の防御はすぐに水となって地面に消えていった。


ミオールキャットを始末して俺達の方へ歩いてくるミシェルに、アリアが近づいていく。


「お疲れ様、ミシェル。思ったより早く片付いてしまったわね」


「まぁ…こうなる事は予想していたがな」


「ふふっ」


「あのミオールキャットは始末したが、またこの場所に現れる可能性がない訳ではない。ソラリア庭園都市に戻る前に、しっかりと対策をしてから帰ろう」


「えぇ」


アリアと話し終わったミシェルが、ゆっくりと俺の方に近づいてくる。


「征十郎」


「…なんだ」


「これが魔物討伐の任務だ」


「…」


「ミオールキャットはあそこまでの攻撃をする相手ではなかったが、あえてお前に見せるため、大きな攻撃を使って倒した」


目の前で立つミシェルが真っすぐに俺を見る。

その表情は真剣そのものであって、なにか俺に伝えたがっているようにも見えた。


「今回は私の攻撃によって一瞬でほうむることが出来たが、力を使えないお前では簡単には倒せない。仮に魔物に対抗する身体能力や頭脳があったとしても、それだけじゃダメなのだ」


「……」


「お前がなにを考え、魔物討伐の仕事をしたがっているのかは知らんが、この仕事をせずともソラリア庭園都市なら普通に暮らしていける」


「魔物討伐の任務は遊びじゃない。場合によっては命がけになることだってある。魔物討伐を申し出た住民が任務中に死亡したことも数えきれないほどにあるんだ。ただの好奇心でやれるほど、簡単ではないということ…それだけは頭に入れておけ」


「…」


(そんなことは分かっている)


人間である俺が普通に戦っても、魔物に太刀打ちできない事なんて百も承知だ。

でも、それならなぜあの時あの悪魔に俺の攻撃が当たった?

脳裏にあの悪魔の姿がフラッシュバッグする。


俺はただ、その理由が知りたい。

もしかしたら俺が知らないだけで、俺の中にもなにか力があるのかもしれない。

誰にも必要とされない俺でも、気味悪がれる俺でも、この世界に存在する理由があるのかもしれない。


だから現実世界で死んでも、この世界で俺は生きている。

それはきっと、俺がこの世界でやるべきことがあるからだ。


魔物討伐の任務を受けていれば、いつか悪魔と戦う日が来るだろう。


俺はあの悪魔に会って、もう一度俺の拳が効くのかを試したい。


ただそれだけだ。



「はぁぁ~」


静まり返った空気の中、アリアが重苦しい空気をぶち壊すほどの大きなため息をついた。


「もう~~!ミシェルったら素直じゃないんだから」


「は?アリア…一体なんの事だ」


「征十郎さんが心配なら、素直にそう言えばいいのに」


「なっ…!」


アリアの発言で、クールを装っていたミシェルの顔がゆでだこのように真っ赤になる。


「な、なにを言う!私はこんな奴の心配などしていない!アリア、いきなり変な事を言うな!」


「ふふっ、そんなに強がっても私には分かるわ♡表面上は冷たくて厳しいことを言っているようにも感じるけど、中身はすごく優しい事しか言ってないんだもの♡」


「くっ…アリア!」


「…そんな要素あったか?」


ミシェルの言葉を思い出してみるが、俺にはそんな要素を微塵も感じることは出来なかった。


「ミシェルは、魔物討伐の任務に出ることで征十郎さんが怪我をしてしまうか心配なんです。この世界の住人でも、魔物との戦いは死と隣り合わせですから、私達のような力がない征十郎さんとなれば尚更…」


「…」


ミシェルの意外過ぎる一面に、思わずミシェルの方に視線を向ける。


「ッ…!」

だが、真っ赤な顔をしたミシェルに思いきり睨まれた。


(…なぜ俺を睨むんだ…)


「話し方とか態度とか、ミシェルは他人から冷たい印象を抱かれやすいですが、自分のことよりも他人の事を真っ先に考え、心配して気遣える…心根こころねは誰よりも優しい子なんです」


優しい表情を浮かべたまま、アリアがにっこりと微笑んだ。


「ふふっ♡あの日から、ミシェルは人間が大好きだものねっ」


「…ん?“あの日から”?」


「実はミシェルは――…もごもごもごもご」


アリアが何かを言おうとした所で、ミシェルがすぐさま口を塞いだ。


「アリア…!余計なことまで話さなくてもいい!」


「ぷはぁ…あら、そう?残念だわ♡」

解放されたアリアが少しだけ残念そうに微笑む。


(あのミシェルが人間を好きだとは思わなかった。…まぁ俺には関係ないことだが)


出会った時から最悪な印象しかないミシェルの人間好きには驚いたが、それ以上深く追求することはなかった。


「そんなことよりも早くミオールキャットの対策をして帰るぞ!オリビア様に任務完了の報告をしなきゃいけないんだ!ゆっくりしている暇はない!」


きびすを返して湖の入口に向かおうとするミシェルをアリアが慌てて追う。


「あ、待ってミシェル!もうっ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないの」


「は、恥ずかしがってなどいない!」


「でも…そんなミシェルも可愛い♡」


「~~ッ!!アリア……いい加減私をからかうのはやめろっ」


「ふふっ♡」




「……騒がしい奴らだ…」



言いあう仲良さげな2人の姿を背後から見つつ、心の片隅で騒がしいのも悪くはないのかもしれないと思った自分に驚く。


ミシェルやアリアに対して、まだ完全に心を開いているわけではないが、自分の中でなにかが変わりはじめようとしている気がした。




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