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10話:水の四大精霊 ウンディーネ-Ⅱ


***



被害に遭った湖に辿り着いた俺達は、その状況の酷さに唖然としていた。


「これは酷いな…」


オリビアが見せてくれた映像よりも、想像を遥かに上回る程荒らされていた湖の水は薄黒く汚れていて、身体の半分を食い散らかされたまま鳳怪魚ほうかいぎょが死んだ状態で何匹も浮かんでいた。

湖の周りにも鳳怪魚ほうかいぎょの死体や骨が散乱し、腐敗臭が充満している。

周辺の地面には大きな足跡と爪痕が残されていて、被害の大きさが一目で分かった。


「いくら好物の鳳怪魚がいるとはいえ、ミオールキャットがここまで湖を荒らすなんて…鳳怪魚に対してここまでの執着があるとは思わなかった。これでは鳳怪魚が少なくなるのも頷ける」


「鳳怪魚というのはそんなに珍しい生き物なのか?」


「野生の鳳怪魚は、元々生息している数が少ないため稀少怪魚と言われているんです。そんな鳳怪魚が数百匹単位で生息している場所がミオールキャットに見つかれば、ミオールキャットが目を付けるのも仕方のないことかもしれません。しかし…これはあまりにも酷いわ…」

湖の水を手で掬い、汚れてしまった水を悲しそうに見つめながらアリアが言った。


「ミオールキャットがまたここに戻ってくる可能性はあるのか?」


俺の問いに、ミシェルが立ち上がる。


「奴らは必ずここに戻ってくる。ミオールキャットは他の魔物と比べてかなり頭のいい魔物だ。一度獲物の場所を突き止めれば、獲物の骨まで食い尽くし、その獲物が滅びるまで通い続ける。そして、その場所の状況を読んでまたここに鳳怪魚が現れる可能性が高い場所だと理解すれば、餌場として居座るようになる」


「…随分と頭が切れる奴だな」


「恐らくミオールキャットは、この場所が鳳怪魚の養殖場だと勘づいているでしょう。その証拠に、これを見てください」


促されるままアリアが指さす方を見てみれば、湖のすぐそばに大きな穴が掘られていた。


人間が5~6人一気に入れるほど大きい穴の周りには、いくつもの爪痕や糞、ミオールキャットのものと思われる黒い毛が散らばっている。

穴周辺には生臭いような強烈な獣臭がした。


「これは?」


「ミオールキャットの巣穴だ」


「!」


「ミオールキャットは餌場の近くに居座り、自身の住処となる巣穴を作る習性がある。巣穴の周りに自分の排泄物や毛、爪痕を残すのは、他の魔物を近づけないようにするためと言われているんだ」


「要はマーキングか」


ミシェルが頷く。


「征十郎さん、気を付けてください。巣穴にミオールキャットの気配はありませんでしたが、いつこの場所に戻ってくるか分かりません。私やミシェルの傍を離れないで下さい」


「…分かった」


「アリア、征十郎。ミオールキャットがいない今のうちに作戦を練ろう。ここの状況を見ると、恐らく餌が足りずにどこかへ狩りに出かけているだけ…腹を満たせばすぐに住処へ戻ってくるはずだ」


辺りを見渡しながら話すミシェルが、いつになく警戒しているのが分かる。

まだ映像でしか見たことない魔物が、どんな強さと凶悪さを持っている魔物かはわからないが、いつどこから現れるかわからない恐怖は確かにある。


油断はできない。


「ここを住処にしているミオールキャットという魔物の属性は、確か水だったか?水属性の魔物の弱点はなんだ?弱点さえ分かればそれを利用してミオールキャットを倒せるんじゃないのか?」


「確かに弱点である属性の攻撃であれば、それなりに効果はあることは事実だし、倒しやすくもなる。だが、一般的に相性が悪いと言われている火属性の攻撃でも倒すことは出来る」


「そうなのか?」


俺の返事に、ミシェルが意味深に笑みを浮かべる。

そしてミシェルの全身を包むように炎が現れると、炎の粒子は空気中に飛び散った。


「っ…!」


「征十郎。その目を見開いてよく見ておけ」


ミシェルは、そう言うと湖に向かって手を差し伸べる。



炎歌消滅フレームディスピアー


凛としたミシェルの声が聞こえた瞬間、飛び散った炎の粒子は一瞬にして湖の周りを囲むと、湖の水が一気に煙を上げ始めた。


「これは…!信じられない速度で水が蒸発している…っ」


「相性が悪いのであれば、その属性よりも強い力で捻じ伏せれば済む事。ミオールキャットの水攻撃など、四大精霊の私には効かん」


ミシェルの炎によって、湖の水は数秒の間で全てなくなってしまった。

僅かに生き残っていた鳳怪魚が、水のなくなった湖の中でピチピチと身体を動かしている姿が見え、唖然としながら湖を眺める。


「…」

ミシェルの事だ。恐らく俺に力を見せるために使っただけ。

今持っている力の半分も出していないと考えると、確かに水属性だろうと関係はないのかもしれない。



それはそうと…


(いくら力を見せるためとはいえ、湖の水を全部なくしてどうするんだよ)


突っ込まずにはいられなかった。


「この水の量を一気なくすなんて、さすがミシェルだわ!」


そして何故かアリアは嬉しそうにミシェルに抱き着いていた。


「これくらい、ちょっと力を使えば容易いことだ」


クールに言い切るミシェルだが、アリアに褒められて嬉しいのかまんざらでもなささそうである。



「おい、喜んでいる場合じゃないだろう。ただでさえ、ミオールキャットに襲われた鳳怪魚は弱っているんだ。このままでは、生き残っている個体まで死んでしまうぞ」


半分呆れた様に2人に言えば、さっきまで楽しそうに話していた2人がきょとんとした表情を浮かべる。

そして…


「ふふ、それは大丈夫です」

「心配はいらない」


2人が俺を振り返ったまま笑みを浮かべた。


「はぁ?なにが大丈夫なんだ。大丈夫な訳――…」


言いかけたところで、水の粒子を身に纏ったアリアの身体が宙に浮き始める。


「!」


そして、湖の真上に移動したアリアの手の平から、一滴の水滴が湖目掛けて落ちていった。



――ポチャン



水質浄化アクアヒーリング!」





アリアが唱えた途端、水滴から大量の水が出現し、湖一帯に水の結界が張り巡らされる。

ミオールキャットによって荒らされ、汚れてしまった湖の中を綺麗にするように大量の水が、水の結界の中で竜巻を起こしていた。


「っ…!」


水流によって地面に残されたミオールキャットの爪痕は消え、散乱していた鳳怪魚の死体は塵となって消えると、一瞬にして汚れた湖が綺麗になり、湖は元の姿を取り戻していた。



「これで、元の湖に戻りましたわ」


満面の笑みを浮かべながらアリアが地上に降りてくる。


「…」


俺はと言うと、ミシェルの力からアリアの力による湖復活までがあっという間すぎて、呆然と湖を見る事しか出来なかった。

ついさっきまで弱っていた鳳怪魚は、アリアの力によって少しだけ元気を取り戻したのか、綺麗になった湖の中を優雅に泳いでいる。


(もう…なにがなんだか訳がわからん…)


「狩りに出ているミオールキャットを倒すのなら、鳳怪魚がいるこの湖を元の状態に戻し、暗くなる前に奴をおびき寄せて倒した方が早い」


綺麗になった湖を眺めながらミシェルが言った。


「いや…最初から作戦が決まっているなら先に言ってほしいんだが」


「征十郎には口で説明するよりも、こうした方が早いと思った」


「……」


(…やっぱり精霊の考えることはよくわからん)



だが、ミシェルの力とアリアの力があればミオールキャット討伐の任務は、1週間もかからずに解決できるかもしれない。


その証拠に、遠くから聞いたことのない獣の泣き声が微かに聞こえてきた。

心なしか、空気が少しだけ変わった気がする。

木々や植物がざわつき始め、不穏な空気が漂っているのを感じた。


「ミオールキャットは鼻が利く…元気を取り戻した鳳怪魚の匂いを嗅ぎつけ、すぐにこの場所に戻ってくるはずだ」


不敵な笑みを浮かべるミシェルが、確信した様に辺りを見渡す。


「先頭は私に任せろ。――アリア、征十郎を頼んだぞ」


「えぇ、わかっているわ」


俺の前に立ったミシェルが振り返ると、即座にアリアが近づいてきた。


「おい、ミシェル!」


「征十郎さん、決して私達から離れないで下さい」


「アリア。俺も一緒に戦う。俺を護る必要はない。自分で何とかする!」


アリアを振り返り叫ぶように言うと、花が咲いたようにアリアが笑みを浮かべた。


「いいえ。残念ながら、征十郎さんの…人間の力では、ミオールキャットは倒すことは出来ません」


優しい口調で諭すようにアリアが言った。

そしてその華奢な手が背中に触れた瞬間、俺の身体を水の球体が包みこむ。


「っ…!!」


「これは私の力による防御シールドです。この防御シールドがしっかりと貴方を護ってくれるでしょう…安心してください。防御シールドは、私が死なない限り壊れる事はありませんから」


「アリア!!俺の護衛は不要だ!今すぐにここから出せ!」


「しばらくこの中で大人しくしていてくださいね」


笑顔を向けてきたアリアは、すぐにミシェルの援護が出来るように俺の前に立つ。

その時だ。

遠くから、ものすごい勢いでなにかが走ってくるような足音が聞こえてきた。


「来るぞ!!」


ミシェルが叫んだ瞬間、森の中から巨大なミオールキャットが2体飛び出してきたのだ。



『グオオオオオッッ!!』



「ッ!!」



地響きのような獣の鳴き声が、一帯に木霊すように響き渡った。



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