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7話:相性最悪の世話係-Ⅰ

オリビアから住む場所を提供してもらった俺は、日を改めてミシェルと共にオリビアがいる天空神殿てんくうしんでんへ呼び出されていた。



「オリビア様、本日はどのようなご用件でしょうか」


腕組みをしながら立ったままの俺と違い、ひざまずいた状態でミシェルが訊ねる。


「ミシェルには、征十郎さんのお世話係をお願いしたいと思っています」


広い神殿の中、最奥に続く階段の遥か上にはキングチェアに座ったオリビアが、俺とミシェルを見下ろしたまま、笑顔でとんでもないことを言い出した。


「……はい?」


「……は?」


唐突すぎる提案に、理解をするのに少しだけ時間がかかってしまった。

俺以上に顔を引きつらせていたミシェルの表情は

……心底嫌そうである。


「あの、オリビア様…今のお話は一体どういう…」


「ですから、征十郎さんのお世話係をお願いします」


「オリビア様、ちょっと待ってください!お言葉ですが、どうして私なのでしょうか。私よりも世話係としての適任者がいるはずです!」


思わず立ち上がったミシェルが、オリビアを見上げながら叫ぶように言い放った。


「それではその“適任者”とやらに該当する候補者の名前を挙げてみてください」


「そ、それは…っ」


ミシェルが言葉に詰まる。どうやらそこまでは考えていなかったようだ。


「私は貴女を信用しているから、今回のお世話係を任命したのです」


「っ…」


「お世話係は誰にでも任せられる仕事ではありません。特に今回に関しては、人間である征十郎さんが相手ですから」


「でも…っ!」


ミシェルはまだ納得がいっていない様だ。

もちろん俺も納得はしていない。ミシェルに世話をされるほど幼い訳でもないし、自分のことは自分でできる。

ミシェルに続くように立ち上がり、オリビアを見上げた。


「オリビア。俺にそんなものは必要ない」


「征十郎!オリビア様を呼び捨てにするなと何度も言っているだろう!それにその話し方も気を付けろ!」


「どうしてだ?呼び方や話し方くらい好きにしてもいいだろう。初めて会った相手に名前も名乗らなかった奴が俺に指図するな」


「なっ…なんだと~~!?」


「…フン」


今にも掴みかかってきそうなミシェルを無視して顔を逸らす。


「ミシェル。私は気にしていませんから、少し落ち着いてください」


「ぐ…しかし…っ!」


「征十郎さん。四大精霊であるミシェルは、ヨルノクニでの生活も長く、この世界の事を知り尽くしています。力も知識も申し分ないミシェルなら、ここで暮らしていくために必要なことを貴方に教えることができます」


「知識なら、暮らしていくうちに自然と身についていくだろう。嫌がっている奴に世話係とやらになってもらうくらいなら、いない方がマシだ」


「なんだと!?」


「ミシェル」


「っ…!」


どうやら火属性の四大精霊とやらは頭に血が上りやすいようだ。

俺に掴みかかろうとして近づいてきたミシェルが、オリビアによって制止させられる。


「征十郎さんが住んでいた世界に決まり事があったように、この世界にも決まり事や暮らしていく上で必要な知識というものがあります。確かに、暮らしていくうちに身につくこともありますが、誰かに教えてもらわないと身につかないこともあるのも事実です。これは、貴方のいた世界でも共通する事なのではないでしょうか」


「…」


まったくもってオリビアの言う通りである。

さっきは勢いに任せて虚勢を張ったが、実際のところいきなり飛ばされた異世界で、誰かのサポートなしで生きていくのは中々に難しい。

そんなことは分ってる


分かってはいるが…


チラッと隣のミシェルを見る。


不服そうに俺を睨むミシェルと目が合ってしまった。


(………上手くやっていけない自信しかないな)


「世話係というのは、あくまでも征十郎さんがヨルノクニで問題なく暮らせるようになり、この世界での生活に慣れるまでの間だけです。ヨルノクニで暮らしていく上で必要な事や、魔物と遭遇してしまった時の対処法などを征十郎さんに教えてください。ミシェル、征十郎さんの事よろしくお願いしますね」


「…………はい」


(いや、だいぶ不満そうだな)


返答するまでだいぶ間があったミシェルの表情は、やっぱり納得いっていない様子だった。

正直に言ってミシェルと仲良くやっていける気は全くしないが、ヨルノクニで暮らしていくことを決めたのは自分自身だ。

生きていくためには仕方がない。


こうして、俺には相性が最悪すぎる世話係が付いた。





**


神殿を後にした俺は、流れでミシェルに街を案内してもらっていた。


「オリビア様に頼まれて仕方なく世話係を引き受けたが、初めに言っておく。私は男が嫌いだ。必要以上にお前と仲良くするつもりはない」


「そうか、奇遇だな。俺もお前と仲良くするつもりは毛頭ないから安心しろ」


「…」


隣を歩いていたミシェルが、視界の端で俺の方を見ているように感じてミシェルの方を向けば、目を合わす前に逸らされた。


「なにか言いたい事でもあるのか?」


「…私はお前をこの世界の住人として受け入れた訳じゃない。……だが、オリビア様に仕事として頼まれた以上、お前がこの世界に慣れるまでちゃんと面倒はみる」


「…」


(へぇ…そういうところはちゃんとしているんだな。意外だ)


「それはどうも」



ほんの少しだけ、ミシェルの意外な一面を垣間見れた気がした。





**


ソラリア庭園都市の街中を歩き始めてしばらく経った頃、街の中で最も栄えている通りとやらにやってきていた。

場所によっては自然が多い森に囲まれているエリアもあれば、川などがある水辺のエリアもあるようだが、この通りはソラリア庭園都市の中でもメインと呼ばれる“シャルメーンロード”と呼ばれる場所らしい。


道の左右にはたくさんの店が立ち並び、人型をした住人達が会話をしたり、買い物をしている姿が見られる。

ソラリア庭園都市に来た時、入り口から見渡した時にも同じような光景が広がっていたが、その時に見た店や住人に比べてあきらかにこっちの場所の方が栄えていて、住人も多いというのがシャルメーンロードを見た第一印象だ。


「前にオリビア様から説明があったように、ソラリア庭園都市に住む住人のほとんどが人化して生活を送っている。見た目は人間だし、言葉もここに来た時点で理解し、話せるようになっているから会話も出来る」


「食料とか必要なものがあった場合はどうしたらいいんだ?」


「街の中には物資を調達するための店がいくつもある。その中でも特に、ここのシャルメーンロードには食料や飲み物、衣服に武器、怪我や病気などを回復するための薬が売っている店がたくさんある」


確かにミシェルの言う通り、いろんな用途の専門店がいくつも立ち並んでいた。

現実世界で例えるのなら、ショッピングモールの中にある店が通り沿いに数百店舗単位で立ち並んでいるというイメージである。


「すべて無料で調達出来るものばかりだから、必要なものがあれば店主に声をかけてもらうといい」


「食料も飲み物も、金がかからずに全部無料で調達ができるのか?」


「そうだ」


(信じられん…現実世界では考えられないことだ)


「だが…無料で物資の調達ができるヨルノクニでも、1つだけお金が必要な時がある」


ふいにミシェルは立ち止まり、俺の方へ手のひらを差し出してくる。


すると、ミシェルの手のひらは突然炎に包まれた。


「!」


いきなりの事で驚きはしたが、炎は一瞬で消えた。

その変わり、さっきまでなかったなにかが手のひらに乗っている。

そしてそのまま手のひらのものを見せるように差し出してきた。


「お金が必要な場合、この“宝貨ほうか”というお金を使う。これは、ヨルノクニだけで使えるお金のようなものだ」


ミシェルの手には、金色の500円玉サイズ程のコインが握られていた。コインの中央には、1人の羽を広げた天使の絵が描かれている。


「この宝貨とやらはどこで手に入れられるんだ?」


「基本的には決まった周期で住人全員に、オリビア様より無料で配布される」


「お金を無料で配っているのか?」


「そうだ」


信じられないことが多すぎる。

現代の日本でそんなことをしたら、速攻で破滅するほど衝撃的な話だ。


「配ると言っても使う機会はほとんどないし、配られるのは毎回1枚だけと決められている」


「ということは、店を持っているやつらは無料で商売をしているということになるが…そんなことをして売る側にメリットはあるのか?」


「そもそもこの世界には、お金という物が必要ない。だからメリット・デメリットという考えはなく、人間の様にお金に縛られることはないんだ。豊かな自然と平和さえあれば、私達精霊や他の種族は幸せに暮らしていける」


「…いい国なんだな」


「あぁ…だから皆、この世界が大好きなんだ」


初めてみる、ミシェルの優しい表情だった。



そこでふと、疑問が浮かぶ。


「さっき1つだけ金が必要だと言っていたが、それだけ無料で手に入る中、どんなことで金が必要になるんだ?」


「――ソラリア庭園都市以外のエリアに行く時だ」


ミシェルの表情が、一瞬で険しいものへと変わった。


「!」


「もちろんだが、ソラリア庭園都市から出られないように住民を縛り付けている訳ではないし、昔は他のエリアに行く時もお金は必要なかった。だが、他のエリアで魔物に襲われて大怪我する者や、死亡する者、悪魔によって強制的に悪魔堕ちさせられる者が急増したのだ」


「それで住民を守るために、あえて金がかかるようルールを変更したと?」


「そうだ」


なるほど。

あの優しい女王が考えそうなことだ。

自分の国や人々を、いかに大切に思っているのが分かる。


「ツキドゥーマ森林に行くために必要な宝貨の枚数は10枚。廃滅都市パンデモウニアムに関しては100枚の宝貨が必要になる」


「その枚数だったら、宝貨を貯めておけば自然と必要枚数に

到達するんじゃないのか?」


宝貨は確か、決まった周期でオリビアから無料で配布されると言っていた。

廃滅都市パンデモニウムに関しては結構な枚数ではあるが、ツキドゥーマ森林に関してはそんなに多いようには感じない。

仮に週に1度配布されるなら、3か月もあれば10枚なんてすぐに貯まるし、月に1度配布されたとしても10か月で貯まる…これ、金を取っている意味があるのか?


「宝貨は、10枚目の配布がされた時点で1枚にリセットされるのだ」


「…マジか」

(ということは、頑張って10枚貯めても意味なし…?

あの悪魔のところになんて一生行けないじゃねぇか)


「もし、どうしても別のエリアに行きたい場合、家族や仲間から宝貨を集めてオリビア様に申請する。申請は複数人であってもいいと言われているから、10枚の宝貨さえ用意できれば10人でも20人でも人数関係なく行ける」


「そこは人数制限がないんだな…」


「ツキドゥーマ森林は宝貨さえ集められれば比較的許可は下りやすいが、廃滅都市パンデモウニアムに関しては許可が下りる確率は格段に低い。宝貨を貯めて行ける条件を満たしていても、オリビア様の許可がなければ入ることはできないからな」


「なるほど」


(悪魔がいる場所なだけはある)


「ちなみに魔物討伐に向かう時も宝貨は必要になるのか?」


「いや、魔物討伐の時だけ宝貨は免除になる。討伐の依頼はオリビア様か住人からの依頼がメインだからな」


「オリビアから依頼が来るのは分るが、そのエリアに行けない住人からも依頼が来るのか?」


「街で店を運営している者は、材料調達をしなければいけない。材料はソラリア庭園都市で調達できるものがほとんどだが、中には妖怪や魔物の毛皮や牙、爪、肉や血といった材料が必要な場合もある」


「ツキドゥーマ森林の一角で魔物を養殖している者もいるから、主な依頼者はそういう者達だ」


(そこまでやって店をしているのに、利益を考えないのか…)


「そもそも、仕事で他エリアに行っている奴らはどうやって宝貨を得ているんだ?宝貨は10枚配布された時点でリセットされるんだろう?」


「予めオリビア様に申請して適応試験を受けているから、仕事で他エリアに行く者の宝貨は基本的に免除されるんだ」


「適応試験……なんだそれは」


(学校かよ)


「該当エリアに行って、なにかあった場合でも対処できるかの天力てんりょくをオリビア様がチェックする試験だ。天力というのは、自分達の中に秘めている力の事を言う。悪魔達の力の事を“魔力”、私達の力の事は“天力”と呼ばれているんだ」


(天使と悪魔でも力の呼び方が違うのか…)


「この適応試験に合格すると、申請した時間の間であれば宝貨なしで自由に行き来出来る」


「申請した時間外には行けないということか」


「そこまで自由にしては意味がない」


「それにこの時間指定は、安否確認の意味もあるのだ。ソラリア庭園都市を出た時点で、オリビア様に街を出たことが感知される。その者が申請した時間の60分前後で戻ってこなければ、なにかあったのだと見なされ、私達四大精霊が救助しに行く決まりだ」


「魔物討伐をする奴は決まっているのか?」


「緊急救助部隊は四大精霊と決まっているが、普通の魔物討伐の依頼であれば力に自信があり、希望する者がいればオリビア様に申請して申請が通れば誰でも行ける。特に決まってはいない」


「中には報酬を貰える依頼もあるから、最近は魔物討伐希望者が増えているんだ」


そういうことなら、ちょうどいい。


「じゃあその魔物討伐の依頼、俺もやろう」


「…はぁ?」


ミシェルが思いきり顔をしかめ、呆れた様に俺を見てくる。


「なんだその顔は」


「なにを言い出すかと思えば…お前はさっきの私の話を聞いていなかったのか?私はさっき、“力に自信がある者”と言った。力もない人間であるお前が、魔物討伐なんて出来るわけがないだろう」


「出来る」


「お前には無理だ」


心底呆れた様にミシェルが言ってくるが、ここで大人しく引き下がる俺ではない。

あの悪魔―ゲオルグと会える可能性が少しでもあるのなら、魔物討伐の依頼を受けていればいつか絶対に会えると謎の確信があった。


「いいや、出来る」


「出来ない!実際にツキドゥーマ森林で魔物に襲われ、身動きが取れなくなって私に助けてもらっているだろう」


「…………チッ」


(さっさと忘れればいいものを…覚えていやがったか)


「おい!今舌打ちをしただろう!?」


「…さあ?お前の聞き間違いじゃないか」


「四大精霊の五感を舐めない方がいいぞ?私の聴力は10キロ先にいる蝶の羽ばたきですらはっきりと聞こえる」



(……それはもはやキモイな)



何故かカッコつけて言うミシェルにドン引きしたのは言うまでもない。





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