「ここが、私達精霊達が暮らす街・ソラリア庭園都市だ」
「…広い街だな」
街の入口に立ちながら、周囲を見渡す。
パッと見るだけでもさっきの森林帯エリアの数倍はある。
バケモノワンコ達がいた場所と違って空気も澄んでいるし、自然豊かだ。さっきの場所が死を表すとすれば、ここは街が呼吸をして生きている感じがする。
建物や植物のなにもかもが見たことのない形をしたものばかりだが、全体的に神秘的な雰囲気が漂う場所だった。
街には現実世界と同様店があって、買い物をしたり話をしたりと行きかっている人?や人外的な生き物が多い。
「征十郎。こっちだ」
ミシェルに案内されながら街中を歩いていく。
歩けば歩くほど、すれ違う奴らからは好奇の目で見られる。なぜかは分らんが注目の的になっている気がした。
「…やっぱり俺みたいな奴は珍しいのか?みんな俺を見てくるんだが…」
興味津々に見てくる者、俺を見ながらコソコソと話している者、怯えている者など人によって反応は様々だ。
「さっきも言ったが、この世界に人間が飛ばされてくることはまずない。神聖な場所だからという理由もあるが、異世界から第三者が侵入できないように、入口は女王によって常に封じられている」
「例えこの世界の住人と一緒であっても、住人以外は弾き飛ばされてしまうほど入ってくるのが難しい世界なのだ」
「そんなに難しい場所なのに、何故俺は入れたんだ?」
「それが分からないから、ある方に話を聞きに行くんだ」
「ある方?」
「ヨルノクニ全体を守護する大天使女王様だ」
「天使…」
俺は本で見たことがある想像の中の天使の姿を脳裏に思い浮かべる。
髪は金色で瞳は青。背中には羽が生えていて、頭の上に輪っかが浮かんでいる…俺のイメージの中の天使像だが、そんなやつが本当にいるとは思えなかった。
「…なんだかうさんくせ…」
「なッ…!」
「う、胡散臭いだと!?貴様…言い方には気を付けろっ!いいか、大天使女王であるオリビア様は、この世界で数多くいる天使の中でも、非常に強力な力をお持ちの大天使様だ。数十年前にヨルノクニで勃発した
「…はぁ…」
捲し立てながら説明をしてくるミシェルに圧倒されつつ、気の抜けた返事をする。
「それで?その大天使女王様とやらはどこにいるんだ?」
「…貴様、オリビア様の凄さが全然わかっていないだろう?…まぁ、ご本人にお会いすれば分かる。ここがオリビア様のいらっしゃる
ミシェルに
すると、ミシェルが扉に向かって手をかざし、唱え始める。
「我が名はミシェル。種は四大精霊・サラマンダー」
唱え終わると手は炎を纏い、その炎は扉に向かって放たれた。
「っ…!!」
前は感じなかった炎の熱さと炎の威力に、顔を腕で覆う。
扉は炎を吸収する様に呑み込み、ぼんやりと赤く光り出すと大きな軋み音を立てながら開き始めた。
「――ようこそ、ヨルノクニへ」
扉が開いた瞬間に聞こえる、凛とした声
「!」
入口から遠く離れた場所に誰かが座っている。
この場所からだと遠すぎてよく見えない。
だが、離れていても神々しいオーラだけはひしひしと伝わってくる。
悪魔と会った時とは真逆の感覚だ。
全身の血液が沸騰するように熱くなって、肌がピリピリしているのが分かる。
ひとつだけ言えることは、その感覚が、嫌なものではないということだ。
(天使の中でも強い力を持つ大天使…
ミシェルが言っていたのはこういうことだったのか)
「征十郎。あちらの方がオリビア様だ」
ミシェルに紹介され、オリビアがゆっくりと立ち上がる。
背中に生えている純白の大きな羽が音を立てて広げられ、すぐにミシェルが胸元に手を当て、片膝をついて跪いた。
「オリビア様。ただいま魔物討伐の任より戻りました」
「ご苦労様でした、ミシェル。疲れている中、この方を私の元まで連れてきてくれたこと、感謝いたします」
「とんでもございません」
オリビアの視線がゆっくりと俺に向けられる。
「貴方がヨルノクニに飛ばされた事は、私も気付いておりました」
その一瞬。
時間で言うと、瞬きをした短時間の間。
遠く離れた場所にいたはずのオリビアは、俺の目の前の空中に浮かんでいた。
「ッ…!!」
「初めまして。私の名はオリビア・セフィロティーナ。神々の命により、ヨルノクニにて大天使女王の
体型を強調するタイトな純白のドレスに、純白の大きな羽。金の装飾品を身に纏ったその姿は、イメージしていた天使の何百倍も息をのむほど、神々しい姿だと感じた。
「柊征十郎だ」
空中に浮かんだままのオリビアを見上げたまま名乗り、話を切り出した。
「アンタには、聞きたいことが山ほどある」
「えぇ、分かっております。すべてお話しますので、こちらにお座りください」
こちらって一体どこに…と思って指定されたすぐ傍を見てみると、さっきまでなかったはずの椅子が2人分用意されていた。
(天使というのは、なんでも出せる魔法使いなのか?)
促されるまま椅子に座ってすぐ、オリビアが話し始める。
「ミシェルから話は聞いているかと思いますが、ここは貴方がいた世界とは異なる別世界です」
「あぁ。その話なら聞いた。“ヨルノクニ”という異世界なんだろう?」
「はい。ヨルノクニでは、私のような天使をはじめ妖精や精霊、エルフ、妖怪や魔物、そして悪魔という種族が存在しますが、元々人間だった
「だからここにきて、幽霊を見かける事はなかったのか」
オリビアが微笑みながら返事をする。
「ヨルノクニでは、主に3つのエリアに分かれています。各エリアでそれぞれの種族が暮らしていますので、順番に説明をさせていただきます」
「…頼む」
「ヨルノクニの3つのエリアの中で、最も大きいエリアがこのソラリア庭園都市です。その土地の割合はおよそ6割を占めており、たくさんの種族が暮らしています」
「ほとんどの種族が人化して暮らしている神聖で平和な街ですが、妖怪や魔物、悪魔は一切の立ち入りを禁じているため入ってくることは出来ません。弱き者も、強き者も関係なく、魔物や悪魔に怯えることなく平穏に暮らせる場所がソラリア庭園都市なのです」
そこでふと疑問が浮かぶ。
「この街に入れないということは、魔物達が暮らす場所が他にあるということなのか?」
「仰るとおりです。貴方がヨルノクニに来た時に目覚めた場所…あの場所が魔物や妖怪の住む“ツキドゥーマ森林”という場所です」
「!」
(なるほど…だからあの場所に人の姿はなかったのか)
「ツキドゥーマ森林は、ヨルノクニの2割を占めている土地で、人化できない妖怪や邪悪な魔物が無数に暮らしています。ソラリア庭園都市に住む住人が
「ツキドゥーマ森林に妖怪や魔物が住んでいるのは分った。それじゃあ悪魔が住むエリアはどこにあるんだ?ミシェルの話によると、悪魔は女王の力によって別次元に
悪魔が住むエリアに行くことができれば、俺を襲ったあの悪魔にも会えるかもしれない。
「悪魔は、ツキドゥーマ森林を進んだ更に奥にある別異空間“
「廃滅都市パンデモウニアムでは、人間やソラリア庭園都市に住む種族に多大な危害を加える大量の悪魔達が住んでいるため、悪魔達が
「そのため、悪魔達は外界を自由に行き来することはできませんし、完全別空間にあるため、外からも中からも私の許可がない限り浸入することはできません。廃滅都市パンデモウニアムの入口と呼ばれる場所を知っている人も多いですが、私と同等、もしくは私以上の力を持つものでなければ、入り口を出現させることは不可能です」
「徹底しているんだな」
(…ということは、その入り口の場所を探し出しても、中に入ることはできないという訳か…)
「もちろんです。中に足を踏み入れれば、100%の確率で悪魔達の餌食となり一瞬で力を奪われ、強制的に悪魔堕ちします」
「!!」
「誰一人として浸入することがない様に徹底するのは、当然のことです。一度悪魔堕ちをすれば、二度と元の姿に戻ることはできません。――それが、この世界の掟なのです」
「…」
オリビアの話は、ミシェルが話していたことと一緒だ。
おかしい…それならあの時何故、あの悪魔は人間の世界にいたんだ?
オリビアによって出られないように封じ込められているのであれば、あの悪魔が人間界に行くことは不可能ということになる。
「柊征十郎さん」
「なんだ」
「貴方がヨルノクニへ来た経緯を教えていただけますか?もしかすると、なにか分かることがあるかもしれません」
「…分かった」
俺はヨルノクニに来るまでの経緯をオリビアに話した。