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2話:悪魔との遭遇


けたたましいスマホのアラーム音が部屋中に鳴り響く。


築40年ほど経っているアパートの部屋の壁には不気味なシミが浮かび上がり、床は畳という古臭さと年季の入りようである。


必要最低限の物しか置いていない部屋の間取りは、

広めの1R程といったところだろう。



「ん…」

眠りから強制的に起こされた俺――柊征十郎は、目を閉じたまま手だけでスマホを探す。


「……マジでうるせ…」

手探りでスマホを見つけ、アラームを切ると渋々身体を起こした。


「仕事行くか…」





**


高校卒業と同時に家を出た俺は、1人暮らしをしながら地方の公務員として働いていた。


昔から霊感が強かったことで同級生達にからかわれ、気味の悪い存在として扱われ続けたせいで今も友人と呼べる存在はいない。


俺の話を嘘だと決めつけて信じてくれなかった両親とも、家を出てからは疎遠状態だ。


毎日職場と自宅を往復するだけの日々だが、昔の自分の扱いを考えると今の方が充実しているとさえ感じる。


自分の性格が捻じ曲がっているのは認めてはいるが、昔のような思いを二度としないためには自分以外の人間を信じないこと。

距離を置くこと。

無駄な感情を出さないことで成り立つという考えに至った。


大人になった今でも霊感は衰えていない…むしろレベルアップしている。

何故かは知らないが。



職場の最寄り駅で降りて歩いていると、視界に変な踊りをしているおっさんが映る。


(なにしてんだ…あいつ)


個性的すぎるダンスに目を奪われておっさんをまじまじと見てハッとする。

おっさん越しに建物が透けて視えていたのだ。


(…あいつ、幽霊か)


目が合って面倒なことになる前に目を逸らさないと…

と思った瞬間、

おっさんの霊と目が合ってしまった。


『あ!』

「げ…」


思わず顔を歪める。

この展開は面倒くさくなる。

確実に。

100パーセントの確率で。


個性的ダンスおっさんは物凄いスピードで俺に近づいてくると

顔面まで顔を近づけてきた。


『お前!もしかして俺が視えるのか!?』


(またこのパターンかよ…めんどくせぇ。…ここは視えてないフリで通すか)


「あれ、そういやバスの時間何時だっけ?念のためもう一回調べておくか」


あくまでもお前と目が合っていたんじゃない感を出しながら、おっさんを無視して歩いていく。


『なぁなぁ!今、俺と目が合ったよな!?お前俺の姿が視えているんだろう!?』


「……」

(無視、無視…)

(俺はおっさんに構っている暇はないんだ)


だが、おっさんはかなりしつこかった。


無視した状態でスマホを弄りながら歩いている俺の視界に入ろうと、前に回って顔を覗き込んでくる。


(いや、近ぇんだけど…)


『なぁ!頼むから話だけでも聞いてくれ!みんな俺のことを認識してくれないんだ!誰かに気付いてほしくて踊っても誰も気づいてくれないんだよぉ!』


「…」

(いや、そんなことを俺に話されても)


涙目で必死に付いてくるおっさんは、恐らく死んで間もないのだろう。


このおっさんの様にしつこく助けを求めてくる霊は、自分が死んだことを理解できていないか、どうしていいか分からず彷徨さまよっている霊が多い。


『あ!待ってくれ!頼む!頼むから俺を助けてくれぇ~!』


(悪いが俺は何もしてあげられない。他を当たれ)


心の中で毒づきながらおっさんの霊を何とかくことができた。



「朝から本当に疲れる…」


欲という概念がいねんが人よりもかなり少ない俺が不満に思っていることはただ一つ。


昔も今も変わらず、霊感があるということだけだ。



「……こんな力、早くなくなってしまえばいいんだがな…」





**


『うわああん!ひっく…怖いよぉ…誰かぁ…!』


残業が終わったある日の深夜。

人気のない路地を歩いていた俺の耳に、子供の泣き声が聞こえてくる。


「なんだ?」


気になって路地裏に入ってみると、ボロボロの恰好かっこうで座り込んでいる裸足の少年がいた。


(この子供…生きている子供じゃない)


身体からだこそけてはいないが、雰囲気が人間のものじゃなかった。


昔から今まで毎日のように幽霊を見ていたせいか、一目見れば人間か人間じゃないかの区別は出来るようになってしまった。

全く嬉しくない能力だが。


さて、これはどうするべきか。

見つけたのはいいものの、下手に懐かれるのも困るが、霊とはいえ子供を放置することは出来ない。


考えた末、俺は少年に話しかけることにした。


「こんなところでなにをしているんだ?」

『お兄ちゃん…ぼくのことが視えるの…?』

少年は泣き腫らした目を俺に向けてきた。


「あぁ、視える」


大体小学生くらいだろうか、やせ細った白い身体に、まだあどけない表情。


幼くして死んでしまったことを考えれば、可哀想ではある。


『…誰もぼくのことが視えなかったのに、どうしてお兄ちゃんには視えるの?』

「さぁな。俺もどうして視えるのかが分からない」

『…ふうん……―――ヒヒッ』

「どうかしたか?」


なんだか様子がおかしい。


『ヒヒヒヒッ…アハハッ!!アハハアハハハアハハ!!!』


「っ…!!」


いきなり狂ったように笑い始めた少年に、全身の鳥肌が立つ。


(なんだこいつ…!)


脳内が警報を鳴らしている気がする。

早くこの子供から離れろ!そう言われている気がした。


『面白い力を持ってる人間み―――っけぇ~!』


狂気に満ちた笑顔を向けてくる少年の身体が宙に浮く。さっきまで目の前にいたはずの少年は、一瞬で俺の背後に立った。


『お前の心臓、ぼくにちょうだいよぉ』


背後で少年の声が聞こえ、俺は物凄い力で吹き飛ばされた。

「ぐっ…がは…ッ!」


『アハハハハ!!たっぷり傷めつけたあとで、その極上の心臓を喰ってあげる!!』


少年の目の色が赤く染まり、俺の元へ猛スピードで突進してきた。


『ほらほらほらぁ!!早く逃げないところされちゃうよぉ!?』

「ガッ…!!ぐっ…ゴホッ…!!」

見えない速さで瞬間移動を繰り返しながら、身体中の至る所を殴られ、蹴られ続ける。


目で追うことも出来ないからガードすることも、逃げることも出来ない


(こんなバケモノ相手に、人間の俺が敵うはずがないねぇ…だろ…ッ)


地面に叩きつけられた俺の身体に馬乗りになりながら、少年は何度も俺を殴り続けてくる。


「ごふッ!ガッ!ぐっ!ガハッ!!」

意識が遠のきそうになる。


視界に見える少年の姿がかすんで見えてきた。


どのくらい殴られ続けただろう。

感覚がなくなり始めたところで、少年の動きがピタリと止まる。



『――はぁ…面白そうな人間だと思ったけど…こいつも期待外れだなぁ』


少年が残念そうに言うと、俺から離れて立ち上がる。

背中を向ける少年に視線だけを向ける。



ほんの少し。

ほんの少しでいい…こいつに隙さえできれば、この状況から抜け出すことが出来るはずだ。


身体中の激痛に耐えながら体勢を変える。俺はただじっと少年に隙ができるタイミングを待った。



そして、その瞬間はやってくる。


(今だ!)


完全に俺への興味を無くし、離れていこうとする少年に向かって走った。


『!!』


そして少年の顔面目掛けて、拳を振りかざす。


「今すぐこの場所から消えろォォォッッ!!!」

『ぐ…ッッ!!』


拳が皮膚に食い込んでいく感触。

はっきりと手ごたえを感じた


子供を殴るなんて初めてだが、相手が人間じゃないバケモノ相手なら、自分がやらなければ確実にやられる。


少年は勢いよく飛んでいき、数メートル離れたブロック塀に叩きつけられた。


『ガッ!』


ずりずりとブロック塀から身体がずり落ちる少年の姿を一瞥し、俺は自分の拳を見た。


「はぁ!はぁ!…当たった!」


不思議な感覚だ。

身体中に力がみなぎっている気がする。

今のうちに逃げよう。

そう思って走り去ろうとした瞬間、背中に強烈な悪寒が走る。


「っ…!!」


今までに感じたことのないおぞましい感覚。



『許さない…この僕に傷を…人間如きが…殺してやる』



ゆらりと立ち上がった少年の身体に、突如亀裂が入り始めた。

メキメキと不快な音をたてながら、少年の身体の中から何かが出てくる。


少年よりも大きくて恐ろしい何か…それは、頭のこめかみ辺りに大きな角が生えた黒づくめの男だった。


漆黒の羽と、血の様に赤い瞳。



――あれは、悪魔だ。



あの時少年の目が赤くなったのは、そういうことだったのかと今更ながらに思い出す。


「逃げ、ないと…逃げないと…殺され――」


後ずさりをした俺の腹になにかが貫通する感覚がした。


「ガッ…!」


『ククッ。魔王である私に歯向かうなんて馬鹿な真似をしなければ、死ぬことなどなかったものを』


背後から低い男の声が聞こえた。


「ァ…ぐっ…」

ゆっくりと視線を下げる。

腹には突き刺さった悪魔の腕があった。


「嘘…だろ…ッ」


腕が引き抜かれ、俺はその場に倒れた。


『面白い人間を見つけたと思ったが…どうやら私の勘違いだったようだ』


悪魔は俺を見下ろしながら吐き捨てるように言った。



『×××、××××××』

空間に向かってなにかを唱える悪魔。


瞬間、空間が歪みはじめ亀裂が入った。亀裂の中からはブラックホールのような何かが見える。


「逃がす…かよ…ッ」


地面に這いつくばりながら、悪魔の方へ身体を動かす。


後を追ったところで、敵うはずがないことはわかっている。

分かっていても、何故か行かなければいけないと思った。


身体を引きずりながらようやく歪みの目の前までたどり着き、亀裂に向かって手を伸ばす。


亀裂が閉じる瞬間、俺は物凄い力によって歪みの中に吸い込まれた。



亀裂が消えた後、その場所は何事もなかったかのように静まり返った。






腹から血を流して倒れた俺の肉体を除いては――。




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