時刻は夕方17時過ぎ。
陽が沈み、辺りが薄暗くなり始めた頃、ソレは突然現れた。
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
薄暗くなった街中に、ポツポツと街灯が灯され始める中、僕は全速力で街中を走っていた。
一体どれくらい走っただろう。
速度は最初よりも格段に落ちていて、足は
点滅する街灯の下を駆け抜け、恐る恐る後ろを振り返る。
『待てエエエ!!!』
「お願いだから付いてこないでぇ!」
僕は、数メートル後ろを追いかけてくる男から逃げていた。
否――正しくは、目を血走らせた“男の幽霊”から逃げていた。
『お前俺のことが視えているんだろぉ!?』
「み、みえてないぃぃ~~!!」
必死に追いかけてくる男の幽霊と、
必死に男の幽霊から逃げる僕
時折すれ違う人からは
早くあの幽霊から逃げなければ。
追いつかれてしまえば、なにをされるか分からない。
僕の頭の中は、幽霊から逃げる事――それしかなかった。
逃げても逃げても、男の幽霊はどこまでも追いかけてくる。
まるで終わりのない追いかけっこだ。
『返事をするってことはやっぱり視えてるんじゃねぇか!視えないフリすんじゃねぇぇ!』
男の幽霊は必死だった。
肉体がない幽霊に、走っているという実感があるのかは分からないけど。
透き通った身体に、ひざ下から見えなくなっている脚は、この世の者ではないという証。
幽霊か否かを見極める僕の判断材料でもある。
死んでもなお、あそこまで必死になって追いかけてくる意味が分からなかった。
なにが幽霊をあそこまで駆り立たせているのだろう。
僕は後方にいる幽霊に向かって叫んだ。
「視えないってばぁ!フリじゃないよぉ!」
返事をしている時点で、視えていると言っているようなものなのだが、長距離を走り続けた疲労感で僕は正常な判断が出来なくなっていた。
『なぁ!頼むから逃げないでくれよぉ!お前は俺のことが視えているんだろ!?お前以外誰も俺を認識してくれないんだ!頼むから俺をなんとかしてくれ!これからどうしたらいいかわかんねぇんだよぉ!なァ!!おいってば!!』
「視えてない!視えてないからぁ…!お願いだからついてこないでぇ!!」
もうイヤだった。
いつも自分だけがこんな目に遭うことが。
毎日毎日、何度も何度も幽霊に追いかけられることが。
上がった息のせいか、それ以外の理由か、心臓と肺が痛くなってきた。
繰り返した呼吸のせいで口の中も、喉もカラカラに乾いている。
無意識に溢れてきた涙は、きっと僕の心に限界が来た表れだ。
「こんな能力いらないよぉ!!」
涙で霞んできた視界の中、心の内を叫ぶ。
友達も、両親も誰も僕を信じてくれなかった。
受け入れてくれない。
幽霊が視えるという能力があるせいで、僕はずっとひとりぼっちだった。
あの日からずっと――。
***
僕の名前は
田舎よりの一般家庭で育った僕は、昔から
しかも、たまに気配を感じるというレベルじゃなく、その存在を年中通していつでも視えてしまうくらいには…
それだけじゃない。
声も聞こえるし、話だってできる。
そしてその存在に触れられるという、不必要すぎる能力をフルコンプしている。
神様はどうして僕にこんな能力を与えたのか。
何度考えても本当に分からない。
常日頃からこの世の者ではない存在を視ることは日常茶飯事で、あまりにも普通に“いる”ため、最初は恐怖を感じることもなく普通に過ごしていた。
だがそれは、今まで会ってきた幽霊がいい幽霊ばかりだったからだ。
悪霊と言われている悪い霊に遭遇して、初めて幽霊に恐怖心を抱くと同時に、生きている人と同じように、幽霊にも“良い者”と“悪い者”がいるのだと知った。
夕方。
授業が終わり、下校のチャイムと放送が鳴る中、誰もいなくなった教室の窓から僕は外を見ていた。
「いいなぁ…僕もみんなと帰ってあの時みたいに公園で遊びたい…」
窓からは下校中の同級生の姿が見える。
「っ…」
楽しそうに会話をしているのが羨ましくも、悔しくも感じて唇を噛みしめた。
数日前まで、僕もあの楽しそうな輪の中に入っていた1人だった。だけど、幽霊が視える事を話したせいで友達には拒絶され、僕から離れていってしまった。
だから僕には友達が1人もいない。
『柊征十郎は幽霊が視える』という話は、クラスを超え、全校生徒や先生にまで知れ渡り、保護者にまで知られることになった。
そうなると必然的に僕の両親にも話がいく訳で――…
『幽霊が視えるなんて嘘話を広めるもんじゃない!』
『そうよ、征十郎。親として恥ずかしいわ。妄想の話は自分の中にだけ留めておきなさい。わかった?』
物凄い剣幕で怒る父親と、静かに諭してくる母親。
その時の映像が脳内でフラッシュバックする。
たくさん泣きすぎて、もう涙は出なくなってしまった。
「……」
僕は友達だけじゃなく、両親にも拒絶をされてしまったのだ。
信じていた人に拒絶された時、された側の辛さは、拒絶した人には絶対に分からない。
「あんな思い、二度としたくない。だから…」
だから僕は、自分が傷つかないように感情を殺すことにした。
そうすれば、もう二度と傷つくことはない。
「僕は…もう誰も信じない。この先ずっと…僕以外の誰かを信じることは絶対にない…」
こんな世界、大嫌いだ。