1
AIソートされた連絡帳の奥底にあった連絡先から、急にメッセージが届いた。
私はまず、顔をしかめた。無視するか、とりあえず読むだけ読むか。ひとしきり考えたあとにメッセージを開いたのは、罪悪感まみれの私がとった、最低限の誠意だったと言えるだろう。
開いたメッセージでまず驚いたのは、その長さだった。たいてい一言二言くらいの内容を送るために使われるツールなのに、そこにあったのはレシートと形容すべきような、冗長な文章。
驚きながらも目を通す。彼女にしてはあまりにも装飾過剰な文面だったから、最初はスパムか成り済ましかとも疑ってみたが、どうにもそうでは無いらしい。
結論はこうだ。
送り主は彼女の妹で、当の彼女は死んだ。
2
彼女は今、木星の第三人工地殻に住んでいたのだという。幸い私は出張中で、たまたま木星にいた。だから、彼女のお通夜には間に合った。お通夜というのは仏教徒の風習だ。あいにくと私は詳しくなかったのだが、彼女の妹によると、釈迦が入滅した後、その弟子たちが一晩じゅう語らい合ったことを起源とするらしい。つまり、故人の死後の幸福を祈る儀式ではなく、生き残った者たちのための儀式だ。
お通夜に呼ばれるのは、故人と親しかった者たちだけ。
私が彼女と親しい。それはとんだ誤解だが、同時に事実でもある。たしかに私は彼女のことが大好きだったし、彼女も、私のことが好きだった――、と思う。けれど私は逃げ出して、彼女は私を追わなかった。だからこの話は、本当はここで終わりだ。
でも、終わりはしないらしい。
彼女の棺の前で佇む、彼女の妹。そこに彼女の面影を感じて、私は深く息を吐いた。
「あの」
と、私が声をかけると、黒尽くめの質素な衣服を身にまとった女性が、不思議そうに私の顔を見つめる。
「ええと……失礼ですが」
「リュッコです。リュッコ=ハンダー」
「ああ、姉から伺っていました。確かお医者様?」
「ええ。まあ、はい。あなたは妹さんの?」
「はい。妹のリン・ハギワラです」
姉はそちらです、と言われて棺に近づく。白木でできた棺桶だ。顔の部分だけが開く作りになっていて、そから覗く遺体は、まるで生きているかのようだった。顔の周りは、所狭しと色とりどりの花で埋め尽くされている。
そうか。死んだのか。実を言うと、少しだけ期待していたことがある。それは私にまだ一抹の人間性が残っていて、この女が死んで涙がこらえきれない、という可能性だ。ところが、安い三流映画でも大粒の涙を生成できる私の涙腺は、どうしてかぴくりとも反応しなかった。
「……ずいぶん綺麗なんですね」
「ええ。化粧をしてもらってますから」
道理で。生きている頃から、綺麗な顔をした人だった。死んでなお綺麗だけれど、言葉を発さず、表情も変えず。静かに眠る彼女は、まるで文字通り人形みたいだ。私は彼女の声が好きだった。あの声のない彼女は、花の咲かない春のように味気ない。
「もう少し、見ていても良いですか?」
もちろん、と言ってうなずくリン・ハギワラ。その表情は、彼女にはあまり似ていなかった。
3
「地球に?」
「ええ。姉の兼ねてからの希望で」
棺桶のそばには
しかし、ありそうな話だった。確かに、彼女はそう言うだろう。わたしたちが生まれ育った故郷。地球。彼女は海が好きだった。
「姉は、自分の遺体を地球で火葬してほしいと言っていました」
「それは厄介ですね」
「ええ」
遺体を、木星から地球まで送る。地球生まれの彼女を地球で弔うにやぶさかではないが、宇宙航空法の範囲に抵触せずに遺体を運ぶのは、かなり厄介そうだ。知っての通り、木星では重力葬が主流だ。人工プレートの底にあるガス層に遺体を送れば、遺体は木星の強力な重力でプレスされ、一瞬で重金属の一部に統合される。文字通り、宇宙の一部に戻る。
「重力葬では遺体は残らないでしょう」
「ええ、ですから一度遺体を溶かさないといけないんです」
「でも、それじゃあ火葬ができない」
「だから困っているんです」
火葬。
私の脳裏にいろいろな記憶が蘇る。
「難しいんじゃないですか。多分、木星に火葬設備って無いでしょう」
「ええ。一通り探しましたが……どうも資源法に触れるみたいです」
「……だとして、地球に持ち帰ることができるものなんですか?」
オーグ端末を開いて、航空会社のインフォメーションを見る。さすがに人間の遺体についての記述は無いかとも思ったが、ちゃんと書いてあった。人間の遺体は運搬不可能だが、ケースに入れられた遺骨、あるいは、検体であれば規定サイズ未満の箱に入れることで可能となる。
つまり、薬品で液状に溶かした状態にしなければならないということだ。すでに弔った状態を想定している。どこの宗教も薬品葬は禁止していないから、最近ではどうしても主流だ。人体に様々な部品を埋め込むのは今の時代では常識で、薬品で溶かせばそういった機械ごと液体にしてしまえるから、環境にも優しい。
環境。だが考えてみれば、彼女の遺体を普通に燃やすことは難しそうだ。なにせ、彼女の体に人間だった頃のものは殆ど残っていない。ほとんどが鉄とポリカーポネートと、それからシリコンに置き換わっている。少し調べてみると、火葬が不可能な素材の一覧は簡単に出てきた。
「リンさん、あの、こういう素材って……」
リン・ハギワラは残念そうにうなずいた。それもそうか。死んでいる体を無理やり生かしていた彼女だ。体中にその手の機械が埋め込まれていて、まず間違いなく火葬は不可能だと言う。当然、リン・ハギワラもそういうことは調べたらしい。
なぜ、火葬にこだわるのだろう。
仏教では普遍的な弔い方だとも聞く。仏教が興った地球のアジアは温暖多湿で、土葬では遺体が遺棄病の温床になったのだろう。とはいえ、遺体を遺体のまま燃やすのは、どうも抵抗感がある。だが本人の希望なら仕方がない、とも思うが、彼女はそんなことに拘るだろうか。彼女はずっと言っていた。
「死ぬときは、海の底の恐竜の餌になって死にたい」
思わず、つぶやいていた。リン・ハギワラは少し目を開いて、すぐに細めた。
「姉が生前、よく言っていました」
そうだ。彼女はずっと、そう言っていた。なぜ火葬なんだろう。遺灰を海に撒いてほしいのだろうか。それはいかにも彼女が好きそうだ。けれど、何かひっかかる。考え込んでいると、不意にリン・ハギワラが口を開いた。
「リュッコさん、なんで恐竜なのか知ってますか? 私は結局わからないままで……」
「親族のリンさんにわからないことです。私にわかるわけありません」
嘘だ。私は今、嘘をついた。私はよく知っている。彼女は恐竜の餌になりたかったのだ。レイ・ブラッドベリだ。霧笛だ。彼女は海が好きだった。とりわけに、夜の海と、その静けさが。
4
私は地球生まれの地球育ちで、そして彼女もそうだった。私たちは恵まれた環境で育って、そして、同級生だった。
彼女は、私がハイスクールで初めて出会ったときから綺麗だった。いや、出会ったというのは少し違う。私が一方的に知っていた。彼女は目立つ人だった。誰かと一緒にいるのを見ることはなかったけれど、何より綺麗だったから。
彼女が私を認知した理由は、今でもよくわからない。けれど、私は少し格好をつけたがる少女で、それで、ライブラリによく通っていた。もし私たちの出会いに理由をつけるなら、それだ。
ライブラリ、というのは木星の人たちには馴染みが薄いかもしれない。昔、書籍というものがあって、これは今で言うメディアシートのようなものだ。データの蓄積を紙で行っていた時代にも変遷があって、実はデジタルメディアが普及しだした初頭、未だ紙のメディアは現役だった。
物語を紙の束にした書籍は、当然かさばる。だからそういうものを保管するには大きな土地と建物が必要で、それがライブラリと呼ばれる建造物だ。
当時の私は、紙のメディアを利用する趣味人が格好いいと思っていた。だからわざわざ重たい「書籍」を、わざわざライブラリまで行って、読んでいた。意外かもしれないが、一般人でも申請すると、紙の書籍は意外と簡単に触らせてもらえる。
そんなある日、私が読んでいたのが『霧笛』だった。レイ・ブラッドベリという人が書いた短編で、恐竜の最後の生き残りが、岬の霧笛の音を仲間の声だと思って海の底からやってくる、というお話。恐竜は、その音が仲間ではないと知って怒り、悲しみ、また海の底へ帰っていく。永遠の孤独のお話。
ライブラリでそれを読んでいたとき、声をかけてきたのが彼女だった。
「ねえ、海、好きなの?」
私はその時、飛び上がるように顔を上げた。だって、あまりにも綺麗な声だったから。彼女はクラスでほとんど言葉を発さなかったから、たぶん、私はこのとき、初めて彼女の声を聞いた。それで顔を上げたら綺麗な顔があって、私は更に飛び上がった。
「綺麗な声、してるんだね」
「そう? 初めて言われた。ありがとう」
えっと、何の話だっけ。そう。海。
「海は……わからない。どうだろう」
「私ね、その人の書く海。夜。好きなの。しっとりして、冷たくて、真っ暗で、そして孤独だから」
このひとは、好きで孤独でいたのかな。だったら、どうして私に話しかけたんだろう。
「あなたは孤独が好きなの?」
「うん。好き。でもずっと孤独は寂しいよ」
「寂しいなら、どうしていつも一人なの?」
私はそう言ったあと、しまったと思った。なんとなく、彼女に負い目を感じていたから、何かやり返してやりたいと少なからず思っていたのかもしれない。
私はじっと彼女の返答を待っていた。けれど彼女が答えることは、ついに無かった。その代わり、こう言った。
「夜の海、見に行かない?」
これがはじまり。私と、彼女の。
5
当時の私にとって、両親の許可も取らずに遠出するのは大冒険だった。それでも彼女と一緒に田舎の小さな駅から海に向かったのは、どうしてだっただろう。
クラスの誰も話したことのない綺麗な子と一緒に、どこかに行けたから? 反抗期だったから? わからないけど、でも、きっとそういう風にできていたんだと思う。最初から、そうなるようになっていた。
まだ田舎には線路が残っていて、それで、電車も走っている。そしてそれが、最後の公共交通機関だ。すっかり劣化しきった鉄の箱に揺られて、私達は夜の海にやってきた。堤防の下に砂浜があって、その奥に真っ黒な海がある。月は出ていない。帰りの電車もない。
「ねえ……、どうやって帰ろう」
「明日まで、ずっと海をみてようよ」
「明日の授業は」
「サボっちゃおう」
素行の良かった私が、初めて授業を休んだのがこの時だった。海は真っ暗で、何か底知れない怪物のように見えた。本当に、この奥底から恐竜がやってきそうだった。
「ねえ、砂浜まで行こうよ」
最初は靴を履いていたけど、途中で靴の中に砂が入ってきた。そしたら、横を走っていた彼女は靴を脱いだ。私はそれを見て、靴を脱いで、靴下も脱いだ。足の裏に、冷たい砂の感触がある。なんだか面白い。どんどん海が近づいてくる。海だ。海が足に触れる。冷たい。
「私ね」
綺麗な声だ。
「私ね、とっても重い病気なの」
夜の海に、そんな声が聞こえる。真っ暗。彼女の顔は、それでもはっきりと見える。笑顔だ。重い病気。その四文字は、なんというか、最後のピースのような気がした。綺麗だけど人間味のない彼女を埋める、最後のパーツ。
それくらい、彼女には似合っていた。病弱な少女というラベルが。
「なんか、似合ってるね」
と、口に出してからまた、しまったと思った。
「リュッコって、遠慮しないんだね」
「いや、しようとは思ってるんだけど……。ごめん」
「ううん。いいよ。ちょっと嬉しかった。この話すると、みんな微妙な顔するから」
私だって、微妙な顔していると思う。そんな話しされて普通でいるほうが難しい。
「私ね、どんどん体が弱っていくんだって。治すためには地球じゃ難しくて、木星に行かなきゃいけないの」
「木星に? どうして?」
「重力を使って生成する薬品があって、それは地球に入る時、すごい高い関税をかけられて、地球にいたまんまだと、ずっと投与するのは難しいの。だから木星で国籍をとって、移住して、それで寝たきりになるまで、ずっと木星で暮らすの」
それは大変だな、と、私はどこか他人事で聞いていた。それは大変だろうけど、私の人生には関係のない話だ。
「それは大変だろうけど……、どうして私にその話したの?」
「リュッコは、一番他人に興味なさそうだったから」
「それだったら大正解だね」
私は確かに、興味なんかないかもしれない。他人にも、両親にも、自分にも、あなたにも。でも、少しだけカチンと来た。お前なんかに何がわかるんだ。私は私。あなたはあなた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼女の口はよく動いた。
「わたし、ってさ、大昔からあるんだよ」
「どういうこと?」
「海の底で動物が初めて生まれたときにからね、わたしと、世界って、別のものだったの。自分と自分以外がわからないと、自分で自分を食べちゃうでしょ。でもさ、わたし、って、本当は世界の一部なんだよ。一部というか、つながってるの」
なんとなく、言いたいことはわかった。仏教とか、道教とかの思想だ。世界はひとつ。根っこで一つ。私と宇宙は同じもの。けれど、今になって思えばそれは違ったのかもしれない。様々な種類の植物が生えた森を眺めたとき、そこに個はなく、ただの森になるように……、宇宙という尺度から見たら、わたしたちは全部、ひとつだ。
ともあれ、当時の私は曖昧にうなずいて、彼女は言葉を重ねていった。
「わたしは、生まれてきたから孤独になったし、それで、孤独なまま死んでいくの。でも、死ぬのは怖くないよ。元いたところに帰るだけだから。だからね、私が怖いのは、元いたところに帰れなくなること」
「木星だって、宇宙の一部でしょ?」
「でも私は、地球に帰ってきたい。死んだあと、海に行きたい。海で、海の底で、孤独な恐竜と一緒にいたいんだ」
難儀だな。でも、何となく分かる。この暗くて深い海の底は、きっと孤独だけど、孤独じゃない。母親のお腹の中の胎児が、一人ぼっちでも孤独じゃないのと一緒だ。
「わかった」
今思えば、安請け合いだった。遠いと思っていた海があまりにも近かったから、木星はきっと近いと思っていたから、夜だったから、新月だったから、海が綺麗だったから、彼女が綺麗だったから。
「私があなたを、地球の海に連れて帰るよ」
多分これが、私の人生で唯一の約束だった。
6
それから少しして、彼女は木星に行った。それからずっと、連絡を続けていた。結局医者になったのは、たぶん彼女のためではない。人より勉強ができて、医学部に腕試しで挑戦したらそうなっただけ。
木星と地球は遠い。当時はまだ、一ヶ月に一便しか船は出なかった。(しかも地球から木星まで一ヶ月かかっていた)今みたいに簡単に旅行に行ったり、来たりできる距離感ではなかったけれど、一度だけ彼女の見舞いに行った。一度木星に行ったら、その便の復路で帰らない限り、次の便まで滞在する必要がある。三十日の間、毎日私は彼女に会いに行った。
今でこそ自由になったけれど、当時の木星はまだ景観に関する法整備が厳しかった。極限までストレス係数を下げるように設計された、パステルカラーの病室に彼女はあった。
居た、ではなく、あった。そう形容したほうが正しい気がした。私の専門外の、木星式の最新の医療機器の棺桶に包まれて、彼女はぼうっと、天井の一点を見つめていた。私は思わず、案内してくれた看護師さんに聞いてしまった。
これって、話せるんですか。
言いづらそうに苦笑いする看護師の代わりに、どこを見ているかもわからない彼女の声がした。いつかみたいな、鈴を転がしたような声が。
「話せるよ。見えるし、聞こえるし」
私はびっくりして、彼女に近づいた。彼女の目はどこか遠くを見つめていて、口も半分空いたまま動いていない。やっぱり死んでいるみたいで、けれど胸が上下していて、かろうじて生きている事がわかる。
「生きてるの?」
「生きてるよ」
疑問への回答は、どうやら彼女の口からは聞こえていない。あたりを見回すと、スピーカーとカメラがある。
「あなたは、そこから見てるの?」
「そうだよ。久しぶり」
「ひさしぶり」
「そんな顔しないでよ。もうね、目も見えないし、表情もほとんど動かせないし。だからね、もう体中を延長してるんだ」」
どうやって、なんて聞くまでもないんだろう。彼女の体の中から伸びた色とりどりのコードや、体中に埋め込まれた鉄やポリカーポネートが、きっと彼女を生かして、彼女の体になって、そして人間のまま、宇宙につなぎとめているんだろう。
「痛くないの?」
「もうね、痛みを感じる部分もうまく動いてないんだって。先生が言ってた」
そっか、という声は少しかすれた。木星に来るまで、自分にならなんとかできるんじゃないか、とか、少しでも考えなかったと行ったら嘘になる。でも、そんなことはなかった。最新の設備と、特殊な環境で、きっとその道の最先端の医師や科学者の力を動員して得た、最後の彼女の生がこれだ。
「普通に死ねるの?」
私はまた、余計なことを行ったと思った。でも、スピーカーから聞こえる彼女の声は、少しだけ優しげだった。
「地球には、帰れないかもね」
私だけだと思っていた。あの日の、あんな些細な約束を覚えてるバカは私だけだと思っていた。だから、私は余計にいたたまれなくなった。その罪悪感をごまかすみたいに、三十日間、毎日彼女の病室に行って、他愛もない会話をした。私はあなたのことを、見放してなんていないって。もう一緒にいるだけで辛いのに、義務感で病室に通った。
一ヶ月経って、地球に帰る日になった。
最後の病室で、彼女は私に言った。
「あのさ、私さ、機械がつながれば、どこにだって行けるんだ。だからさ、もしもリュッコが地球に行ったら、地球でカメラとスピーカーを用意してよ」
そしたら、いつでも会えるし、いつでも地球に行けるもの。と彼女は言って、私はそれに「それはとっても良いね」なんてうそぶいて、それから二度と、彼女と連絡を取ることはなかった。
7
彼女はきっと、死んだあとのことを強く思い描いて、希うような人じゃなかった。火葬だなんて、そんな注文はおかしいと思っていた。
でもなんとなく、なんとなくだけど、彼女の気持ちはわかった。
彼女を地球に送って、火葬するのを任せてくれませんか、と私は言った。リン・ハギワラは簡単にそれを認めてくれて、だから彼女の遺体は今、私の手元にある。医者仲間の伝手で、木星にある研究所の検死室を貸してもらって、今、私の目の前には彼女の遺体がある。遺体は、規定のサイズに収まるようにしなくちゃいけなくて、そこに金属が含まれていてはいけない。けれど彼女の体は金属だらけで、だからきっと、もし地球に持ち帰るんだとしたら、薬品でどろどろに溶かして、瓶詰めにするのが普通なんだろう。
でも彼女は、火葬と言った。そのためには、彼女の体から一つ残らず金属部品を取り除かなければならない。
だから私は、今から彼女を解体して、全部の金属部品を取り除いて、そして焼く。それで地球に持って帰って、太平洋の真ん中でばらまくのだ。
彼女の肉体は海をゆっくりと沈んで、いずれ海底にたどり着いて、孤独な恐竜の餌になる。
深く息を吐く。視界がにじむ。
手に持った刃を、彼女の胸に突き立てる。白い肌に、真っ黒な血が浮かぶ。酸素を失った黒い血溜まりは、まるで夜の海のよう。霧笛だ。この黒い海の底からは、きっと恐竜がやってくる。刃を入れれば入れるほど、真っ黒な海は広がっていく。
私は今から、恐竜の餌を作る。