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第36話 こんな状況で私の体を堪能しないでくれるかな!?

 砂混じりの風が吹き付けてくる中、街の人々は続々と広場に集まってきていた。

 街にあるいくつかの広場は、緊急時の避難場所として指定されているからだ。

 もちろん、真っ直ぐに歩いてくるクラヤミの進路から外れた場所に行くのが最善なのは自明だ。

 だが、それができる者ばかりではない。街の中心部にいる者たちは藁にもすがる気持ちでここに来るしかなかったのだ。


「ねえ、高遠くん。もしかして……あれもどうにかできたりするわけ?」


 呆然とクラヤミを見上げながら知千佳が聞く。

 夜霧たちは依然として、広場の中心部にいた。なぜか住民たちの攻撃は止まっていたが、みっしりと人の壁が作られていてここから脱出することはできなかったのだ。


「できると思うよ」

「だよねぇ。いくらなんでもあんなわけのわかんないのまで……ってできんの!?」


 あっさりと答えた夜霧に、知千佳が食いついた。


「本当か! 頼む! 俺にできることなら何でも要求を聞く。だから助けてくれ!」


 リョウタがすがるように言ってきた。やはり賢者の関係者にしてはまともな人間のようで、本当に街のことを心配しているらしい。

 クラヤミが進む毎に、街は崩壊していた。

 その曖昧な体が触れた部分が全て、砂と化してしまうのだ。何が目的なのかはわからないが、それは一直線に街を通過しようとしていた。


「だったら早くやってよ!」

「それはそうなんだけど、なんか嫌な予感がするんだよ。でもまあ、このまま放っておくわけにもいかないか」


 街の人間を助ける義理はないが、街の被害が広がればそれだけ列車の復旧が遅れてしまうだろう。

 夜霧はクラヤミを見た。

 ぼんやりとした黒いもやのようなものだ。おそらく実体はないか、極微少な生物の塊のようなものだろう。どちらにしろ、それらが個体として統一されているのなら特に問題はない。


「死ね」


 夜霧はクラヤミに手を向け、力を放つ。

 同時に、衝撃が街全体を襲った。

 途端に危険を表す線が、編み目のごとく無数に現れた。


「伏せろ!」


 夜霧は知千佳に抱きつき、線を避けるように床へ押し倒した。

 その様子を見たリョウタも慌てて床にしゃがみ込む。

 一瞬遅れて、夜霧たちの上を何かが通り過ぎ、周囲に絶叫が響き渡った。

 それは周囲にいた者たちが上げる断末魔の声だった。

 囲みを作っていた人の壁は崩壊していた。

 今ここにあるのは、何かの破片で貫かれ、潰され、砕かれた、人間の成れの果てだった。


「な、なに? クラヤミって奴の攻撃!?」

「いや、クラヤミは殺した」


 夜霧がクラヤミを指差す。

 もともとぼんやりとしていたクラヤミが、さらに希薄な状態になっていた。霧散しているのだ。すでに危険はなく、それはただ拡散して消えていくだけのものになっていた。


「え? てことは別口!?」

「そう。で、どうもクラヤミの殺意に紛れ込ませて攻撃してきた節がある」


 それは建物を貫き、大地に激突し、その衝撃波で辺り一帯を破壊し尽くしていた。

 そして、その何かは次々と空から降り注ぎ、街全体を壊滅に追いやろうとしている。

 目にも止まらぬ速度で放たれる質量攻撃。それが問題なのは夜霧を狙ったものではないということだ。


「てことは、これも私たちを狙ってのことなの?」

「狙ってるけど狙ってない。俺を攻略しようとしてるらしいな。けど、何をされてるのかがさっぱりだ」


 夜霧たちは絨毯爆撃にさらされているが、その攻撃の正体がわからないのだ。

 飛んでくる瓦礫に対応することはできるが、それは間接的な危険であり、攻撃そのものはすでに終わってしまっている。


「で、どうすんの!?」

「まあ、破片には対応できるし、攻撃が終わるまで待つのも一つの手かな」

「……あの、もう大丈夫だし放してくれない?」

「ああ、なんか柔らかいな、って思って」


 なんとなく、知千佳を押し倒したままの姿勢でいた夜霧だった。


「こんな状況で私の体を堪能しないでくれるかな!?」

「そこでハリウッド映画よろしく抱きしめあってないで、どうにかしてくんないですかね!?」


 伏せたまま這いずってきたリョウタが八つ当たりのように叫んでくる。


「抱き合ってないから! 一方的なもんだから!」


 真っ赤になった知千佳が反射的に言い返した。


「でも、どうにかしろって言われてもな。何が飛んできてるのかもわかんないんだけど」

「えと、ちょっと信じがたい光景ではあるんだけど、馬鹿にしないで聞いてくれる?」

「何?」

「赤いドレスを着た女の人が空から降ってきてる」

「よくわかるなぁ」


 夜霧はほとほと感心した。知千佳は静止視力だけではなく、動体視力もかなりのものらしい。


「立ち上がっても大丈夫?」

「今のところは」


 街は様々なところで破壊されているが、この近辺への攻撃はしばらく行われていなかった。

 夜霧は体を起こし、知千佳を解放した。

 知千佳も立ち上がり、彼方の空を指差す。


「あっちから来てる」

「俺にはよくわかんないな」


 敵が何を考えているのかはわからないが、結果的に夜霧に対する対策にはなっていた。

 何かを放ってくるというなら、放ってくる者を殺すことはできる。

 だが、攻撃の主体者自身が、目にも見えない速さで目標を定めずに突撃してくるのなら、どうしようもなかった。

 夜霧が狙われていないので攻撃前に殺すことができず、目にも止まらぬ速さなので突撃中に殺すこともできない。そして問題なのは、攻撃の意思を持つ者が、攻撃終了時に木っ端微塵になってしまっていることだ。死んでしまった相手には夜霧の力も意味がない。


「くそっ! 赤いドレスって、それレイン様だろうが! 何なんだよ! もう! わけわかんねーよ!」


 リョウタがやりきれないとばかりにぼやいた。上司も同僚もろくでもない奴らばかりらしい。


「レインって何人もいるのか?」

「おそらく分体だ! レイン様の超再生能力は自分の複製すら簡単に作りだせちまうんだよ!」

「なるほどな。だったらやりようはあるか」


 リョウタの一言は夜霧に味方するものだった。手塩にかけた街をあっさりと破壊されては裏切りたくもなるだろう。


「けど相手を特定する手段がない。直接こっちを狙ってくれれば、簡単なんだけどな」


 直接狙われれば反撃が可能だが、相手はそれを回避しようと考えてこのような手段を取っているのだろう。


「あ、狙われればどうにかできるのか?」


 リョウタが食いついてきた。何か考えがあるようだった。


  *****


「俺のクラスは市長。詳しい説明は省くが、街を俯瞰して見ることができる。さっきから被害状況を見てたんだが攻撃にはパターンがある。同じ場所は攻撃しないし、連続して近くには攻撃してないんだ」


 それは無意識のものかもしれなかった。人は出鱈目に何かをしようとしても、なんらかの規則性ができてしまうものだからだ。


「なるほど。それである程度は次の攻撃ポイントを絞り込むことができるか。けど、それがわかったとしても移動が間に合わないだろ」

「それは大丈夫だ。俺は、管理している街の中なら瞬間移動できるんだ。数人なら一緒に移動もできる」

「そうなんですか! けど、だったらリョウタさんはさっきも逃げ出せたんじゃ!?」


 それならば人に囲まれていようと関係なく、いつでも逃げ出せたはずだった。


「ある程度ひらけた空間が、移動先と元にいるんだよ! あの状況でこの力を使ったりしたら周りの人間が吹き飛んでたんだ! それにあんな状態の住民をおいて逃げるなんて無責任なことができるかよ!」

「賢者関係者だけどこの人すごいまともだ!」


 夜霧の決断は早かった。すぐにその計画を実行することにした。

 すでに攻撃のあった地点から離れていてまだ攻撃さていない地点へとリョウタの力で移動する。

 そこは住宅街にある公園だった。

 避難は済んでいるのか人の気配はしない。

 そこで夜霧と知千佳は手を繋ぎ、並んで立っていた。リョウタは念のためにべつの場所へ転移している。目論見が外れたらまたやってきて別の場所に連れていってもらう手はずになっていた。


「壇ノ浦さんまで付き合う必要はないと思うけど。一人なら一人でやりようはまあなんとか」

「私のほうが見えるんだから、成功確率は上がるでしょ」

『我にも感知能力はあるしな』


 攻撃は数秒から十数秒の間隔で行われている。すぐに何らかの兆しがあるはずだ。

 上空を凝視していた知千佳が、ぎゅっと夜霧の手を握りしめた。

 合図だ。

 知千佳が動き、夜霧はそれに追随する。二人は前方へと駆けだした。

 全力で走り、すぐにぞわりと背を走るものを夜霧は感じた。真っ暗な、殺意の影の中へ、絶対の死地に突入したのだ。

 飛んでくる何かに向かって、夜霧は即座に力を放った。


「もこもこさん!」

『おう!』


 知千佳の制服から、ぞろりと何かが抜け出す。

 それは一瞬にしてドーム状に展開して二人を覆い隠した。

 直後に巨大な激突音がし、ドームが揺れ、そして静寂が訪れた。


「あー、ぶっつけでやるもんじゃないね。すっごい心臓に悪かった」

『うむ。ある程度頑丈とは思っていたが、試してみないことにはわからぬしな』


 突撃してくるレインを殺せても、死体はそのまま突っ込んでくる。

 夜霧たちを守ったのは、ロボットの侵略者から入手した物質だった。

 それはロボットの内部で使用される人工筋肉のようなものらしい。ロボットの外装に比べれば脆弱だと聞いていたが、超音速で飛んでくる人体を弾くぐらいはできるようだった。


『しかし、複製を一体倒したところで、焼け石に水ではないのか?』


 もこもこの疑問は当然だろう。なにせ敵は複製した体をいくらでも投入できるというのだ。


「手応えはあったから大丈夫かな」


 だが、夜霧は平然とそう答えた。

 しばらく待っても次の攻撃はやってこない。

 夜霧の力は敵の本体に届いたようだった。

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