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第34話 何が死かは俺が決める

 広場で動いているのは四人だけだった。

 高遠夜霧はただ突っ立っていて、壇ノ浦知千佳は若干引き気味の様子で辺りを見回している。

 スーツを着た若い男は両手を上げて全面降伏の意をあからさまに表しており、マサユキは死体の上で立ち上がったまま固まっていた。


「俺はこの一帯を治める領主で、タカハシリョウタだ。今回の件はこいつの独断で俺は一切関わっていない!」


 スーツの男、リョウタはすぐさま自らの立場を明確に示してきた。領主だからなのか抜け目のない行動だ。


「何だ……これは? 何なんだこれはぁ!」


 戸惑いを誤魔化すようにマサユキが絶叫する。


「ふざけんなよ、てめぇ! なんでアンデッドが死ぬ? なんですでに死んでる奴らが死ぬってんだよ!」

「その、アンデッド? それがそもそもわかんないんだけど、死んでるって言われてもさ。動いてるんだから生きてるんじゃないの?」


 嘲る意図はなく、純粋な疑問から夜霧は聞いた。

 死体が動くと言われても、動いているのならばそれは生きているのだろう。死んでいる者は動かない。それが夜霧にとっての常識だ。


「なんとなくスルーしてたことにあえて切り込んでいったよ! そりゃ動く死体って言葉がすごい矛盾してるんだけどさ!」


 知千佳はあえてその点は気にしないことにしていたようだ。


「お仲間はみんな死んだ。どうする?」

「クソがっ! レイン! てめぇ、これを知ってやがったな!? 即死魔法だぁ? これがそんなもんなわけねぇだろうがぁ!」


 マサユキが宙に向かって悪態をつく。レインとやらに向けてのようだが、この場にそのような人物はいなかった


「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないだろ? どうするって聞いてるんだ。現状は見てのとおりだ。ちょっと頭を使えばわかるだろ?」

「あ、さっき頭を使えって言われたの、気にしてたんだ」


 マサユキが死体の山から飛び降りた。


「てめぇのそりゃ何なんだ! 賢者のギフトじゃねーよな? 剣聖か? それとも降龍か? なんにしろありえねーだろーが! 死んでるもんをどう殺すってんだよ!」


 マサユキはよほど納得ができないのか、アンデッドが死んだという事象にばかり拘泥していた。


「何が死かは俺が決めることなんだよ。動いてたら生きてるし、死んだら止まる。あんたらがどう思ってようと関係ない」


 混乱、戸惑い、憔悴。

 様々な感情の入り交じった顔をマサユキは見せ、最終的にはそれを激昂で塗りつぶした。

 マサユキの中で殺意が弾け、瘴気にも似たそれがあたりを支配する。

 それは、心の弱い者ならそれだけで動けなくなるほどのものだった。

 マサユキの激情は、すぐさまその体に表われた。

 牙が迫り出し、爪が伸びる。コートは体と一体になって翼と化し、体は黒い剛毛に覆われていく。それは、さほど時間を要するものではなかったのだろう。

 だが、マサユキは選択を誤った。変身などしている場合ではなかったのだ。

 勝機は速攻にしかなかった。夜霧の思考速度を上回るほどの、神がかった速攻にしかなかったのだ。

 結局のところ、たいした策もなく夜霧と相対した時点でマサユキの敗北は確定していたも同然だった。

 夜霧は、反射的に殺意に応えた。


「せめて、変身ぐらいさせたげて!?」


 倒れたマサユキを見て知千佳が言う。マサユキは、人とも獣ともいえない中途半端な姿になった状態で倒れていた。


「なんでやる気満々の奴を待っててやらなきゃいけないんだよ」

「え、ほら、お約束的にさ。でも、交渉するんじゃなかった? 結界とかどうすんの?」

「こいつはもういいんだよ。ねえ、タカハシリョウタさん」

「あ、はい」


 手を上げたままのリョウタが勢いよく、首を縦に振った。

 後は領主と交渉すればいい。こちらのほうが話は通りやすいだろう。リョウタもそのつもりで名乗りを上げたはずだった。つまり、あの瞬間マサユキを切り捨てたのだ。


「俺、まったく戦闘力ないからさ。いつ殺されるかわかんない状態とかだとろくに喋れなくなると思うんだけど」

「基本的に俺たちは身を守るためにやってるだけだから、そっちにその気がないなら安心していいよ」

「ないない。もうまったくないから! とりあえず結界の鍵だけ回収させてもらっても? マサユキが持ってるんだ」


 夜霧は頷いた。リョウタはマサユキに近づいてしゃがみこむと体をまさぐり、一本の鍵を取り出した。


「あの、ゾンビとかまだ街に残ってると思うんですけど、それはどうなるんですか?」

「そっちなー。あれはマサユキが結界に屍術士の力を乗せてたんだよ。だから、死んだ人間がこれ以上ゾンビになることはないはずなんだけど……。ま、そっちはどうにかするよ。野良ゾンビなら対応策はあるし」

「その件はいいとして、この事態がなんなのかはわかる?」


 事件を引き起こした張本人が死んでしまったため、夜霧たちにすれば何がなんだかわからないままだった。


「あー、その、怒るなよ? 賢者レイン様がマサユキに、あんたらを殺せって命令したんだよ。で、マサユキはちょっと頭おかしいからな。こんな手段に出たわけだ。俺だってこんな街がめちゃくちゃになるようなことはさせたくなかったんだ。けど、賢者様の命令には逆らえなくてな」

「あんたはその命令を実行しなくていいの?」

「俺も立場的にはマサユキと一緒で賢者の従者なんだけど、直接命令は受けていない。ならこの街の保全が最優先だ」

「あれ? 賢者はシオンて名前じゃなかったっけ?」


 知千佳が首をかしげる。バスにやってきた賢者がシオンと名乗っていたことを思い出したのだろう。


「シオン様も賢者だが、管轄が異なるな。この周辺はレイン様の支配下だ。俺はこの一帯を預かっている」

「でもさ、そのシオンに召喚されて賢者になれとか言われてんのに、殺そうってどういうことなの?」


 賢者を増やすために夜霧たち賢者候補を召喚したらしいので、殺しては意味がないだろう。いや、その観点からすれば、賢者を減らす可能性がある夜霧を、排除するのは妥当なのかもしれない。


「そのあたりは聞いてないからわからないな。でも、俺はあんたらの邪魔をするつもりはないし、最大限の便宜を図らせてもらうよ」


 不死機団の全滅を見せつけられては謀る気にもなれないだろう。


「あんたらは王都に行きたいんだよな? だったら結界を通常状態に……あれ?」


 リョウタは回収した鍵を触っていたが、急に訝しげな顔になった。


「どうかしたの?」

「元に戻らない……どういうことだよ!? 偽物なのか?」


 慌ててリョウタがマサユキを見る。だが、マサユキにはそんなものをわざわざ用意する時間もなかっただろうし、する意味もない。


「まさか……レイン様が直接操作してるのか!?」


 鍵は、領主が結界を代理運用するために用いている。つまり、レインが結界を操作するにあたっては鍵など必要ではないのだ。


「さっき言ってた賢者か。ここに来てるの?」

「わからん。さすがにあまりにも遠距離から結界の操作はできないと思うんだが……つーとやっぱりあれか。あんたらを逃さないためってことか」

「そういうことなんだろうな。けど、どうするつもりなんだ? 不死機団てのはもう死んでるけど」


 夜霧はあたりを見回した。不死機団は倒れたままだ。動きだすことは二度とない。他に異常はというと、それはすぐに見つかった。

 殺気。

 黒い線が、全方向から夜霧たちに向けられているのだ。

 広場に通じる様々な道から、何者かがやってきていた。

 無数の足音が聞こえる。

 大勢の人間が、広場に殺到してきているのだ。


「え? ゾンビ? じゃないんだよね!?」


 彼らの目は正気ではなかった。だが、ゾンビとは異なっていた。彼らには生きた人間の躍動感があったのだ。

 彼らは勢いのままに飛びかかってきたりはしなかった。夜霧たちから一定の距離をおいて、ぴたりとその動きを止めた。

 その結果、夜霧たちを中心にして半径十メートルの円形の空間ができあがる。そして、その外側は人でみっしりと埋め尽くされていた。

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