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第33話 もうちょい正義の味方面しようよ!

 一度見つかり騒ぎになれば、そこに人は殺到する。

 だが夜霧には、相手が一般人だからといって遠慮する姿勢はまるでなかった。


「近づけば殺す」


 夜霧は端的に要求を伝え、その言葉どおりにしたのだ。

 裏路地から大通りへ。殺到する人々をばたばたと倒しながら堂々と歩いていく。

 当然騒ぎは大きくなり、さらに人々が集まってきて夜霧たちを取り囲んだ。


「何ちんたらやってんだよ! どけ! 俺がやってやる!」

「馬鹿か! 近づいたら……」


 事情をよくわかっていない、血気に逸った若者が囲みを突破して突っ込んでくる。

 死の境界を越えた途端に、間抜けな若者は倒れた。


「こんな嫌すぎる有言実行は初めて見たよ!」


 知千佳が命知らずの特攻を見て反射的にそう言った。


「殺すつもりで近づいてくるのに、自分が殺されないと思ってるほうがおかしい」

「いやいやいや、普通近づいただけで死ぬとか思ってないから!」


 夜霧は何度も説明する義務はないと思っていた。この状況を見て不用意に近づいてくるほうが愚かなのだ。


『しかしお主も人死にを見ても動じなくなったな』

「封印解除のせいでしょ!」

『悪いとは言っておらんぞ。ここは平和な日本ではないのだ。人が死んだぐらいのことでおたおたしておってはいざという時に困るからの』


 夜霧からすれば、知千佳は最初から異世界のあれこれにたいして動じていないように思えた。ツッコミを入れられるぐらいならまだ余裕はあるのだろう。


「けど、この人たちなんでついてくんの?」


 やってきた者たちはつかず離れず夜霧の移動に合わせて動いていた。

 左右から背後にかけて人垣ができあがっている。直径十メートルほどの半円状になっていた。


「見つけた上で放っておくこともできないんだろ」


 振り上げた拳の降ろしどころが見つからないのか、それとも怖い物見たさなのか。どんな心理かはわからないが、近づくことも離れることもできず、彼らはずるずるとついてきていた。

 ただ、ぞろぞろと歩いている間抜け具合を自覚しはじめたのか、落ち着きを取り戻しつつはあるようだ。


「なあ、俺たちを捕まえた場合に連れていく広場ってどこなの?」

「あ、ああ。ここをまっすぐに行けば中央広場がある。けど、あんたどうするつもりなんだ?」


 右隣、少し離れた位置を並んで歩いている初老の男が答えた。


「行くつもりだから聞いたんだけど」

「な……だったら最初からそうすればいいじゃないか! そうしたらこんなに死ぬ必要はなかったはずだ!」

「なんでいきなり襲ってきたあんたらに配慮しなきゃいけないんだよ」


 夜霧からすればたまたま立ち寄った街で、なぜか狙われただけだ。

 たとえ夜霧に狙われるだけの非があったとしても、この街を巻き込んだのはマサユキなのだから、文句はそちらに言えと言いたいところだった。


「だったら、さっさと街を出たらいいんじゃないの? あ、でも結界ってのがあるのか」

 街の人間のことを気にしないなら、広場へ行かずに脱出すればいいと知千佳は思ったのだろう。

「結界か。やってみないとわからないけど殺せるんじゃないかな?」

「殺すって単語の意味がよくわかんなくなってきてんだけど!」

「でも街を出てどうするんだよ。王都まで歩いていくのか?」

『確かにの。ここから王都までは険しい峡谷が続くと聞く。列車でなければ移動は厳しいだろうの』

「だからどうにかして、列車が動く状態にしないとな」


 そのためにはこの事態を引き起こしているマサユキに会うのが手っ取り早い。夜霧はそう考えていた。


「その……なんだ。考えなしにあんたを襲おうとしたのは悪かったと思うよ。けど、どうするつもりなんだ?」

 最初に答えてしまったからなのか、初老の男が代表者のようになっていた。

「ちょっと話をしてみるよ」

「相手は賢者の従者様で、こんなことをするお方だ。まともに取り合ってはもらえんと思うんだが」


 自分でも立ち位置がよくわからなくなっているのか、男はそんなことを言いだした。


「安直すぎて嫌なんだけど、その時は排除するよ。話が通じないならそんなものただの障害物でしかない」


 そんなことを言っている間に夜霧たちは広場に辿り着いた。

 普段ならそこは、多くの人々が集まる憩いの場なのだろう。

 だが、醜悪な化け物どもがひしめき合うそこに、安らぎなどあろうはずもなかった。

 歪つで腐りかけの人間が徘徊し、白骨死体がカタカタと音を立てている。ガーゴイルが空を羽ばたき、岩でできた巨人があたりを見下ろしていた。

 それらが不死機団なのだろう。

 広場の中心に向けて歩いていると、いつの間にか取り巻きはいなくなっていた。広場の入り口あたりでついてくるのをやめたのだ。


「はははっ。今まで見た中だと、一番異世界ファンタジーっぽいかな? 楽しい感じじゃないけど」


 知千佳は強がっているが、その声には怯えが感じられた。

 向かう先には、知千佳が見たという装甲車が数台並んでいる。

 見たところ、この場にいる化け物どもを全て収容できそうにはないので、全てを装甲車で連れてきたわけではないのだろう。


「あの車を奪うってのはどうかな?」


 頑丈そうな車だ。燃料さえどうにかできれば、王都まではそれで辿り着けるかもしれない。


「高遠くん、運転できんの?」

「マリカーならやったことある」

「うわあ、そんな人に運転まかせたくないわぁ……」


 装甲車の前にいるのは日本人ばかりだった。

 ただ、大半は死んでしまっている。

 年齢性別問わず集められた日本人がここで殺されたのだろう。無造作に積み上げられていた。

 生きている日本人は二人のみ。

 一人は、死体の山の隣にいるスーツを着た男だ。所在なさげな様子で立ち尽くしている。

 そして、もう一人は死体の山の上にいた。

 死体に腰掛け、大きく足を開き、広場を睥睨しているのは、素肌に黒いコートを着込んだ男だ。

 それがマサユキなのだと一目でわかった。アンデッドどもとは違い眼光に意思が感じられる。もっとも、死体を踏みつけにするような者の意思などろくでもないに違いない。


「ああん? もしかして出頭しにきたのかぁ? つっまんねーなー、おい! 街のみんなのために犠牲になりますぅってか?」


 マサユキが露骨に顔を歪めた。目的の人物がやってきたなら喜びそうなものだが、あまり歓迎されてはいないらしい。


「そんなわけあるか」

「いやいやいや、ノータイムで否定しないでよ! もうちょい正義の味方面しようよ!」


 知千佳が慌てて言ってくるが、夜霧には街のために何かをするつもりなどまったくなかった。


「確認しておくがよぉ。お前らが高遠夜霧と壇ノ浦知千佳で、間違いはねぇか?」

「そうだよ。話しをするは気あるか?」

「お話しねぇ。いいぜぇ。わざわざ何しにきやがったか説明してもらわないとこっちも納得いかねーしよ。これでも約束は守るほうでな。お前らを殺しちまったらこのゲームが終わっちまうんだよ」


 マサユキが苛ついた口調なのは、命令を拡大解釈する余地がなくなるからだろう。おそらくは上位の賢者に、夜霧たちを殺すためなら何をしてもいいと言われているのだ。そして、それが事実なら二人を殺してしまえばそれ以上の無茶はできないことになる。


「俺たち汽車に乗って王都に行きたいんだよ。結界を解いて駅を使えるようにしてくれ」

「……はぁ?」


 マサユキが間抜けな顔で固まった。夜霧の言うことがまるで理解できなかったのだろう。

 そこから、動きだすまでに多少の時間を要したが、夜霧はそれを辛抱強く待ち続けた。


「おいおいおい、おいおいおい! 言うに事欠いてそりゃねぇだろ! もうちっと気の利いたこと言えねぇのかよ! お前らがお願いできる立場になんかねぇのは百も承知だろうがよぉ! それをどうにかしようってんなら、もっと頭使えや! 馬鹿か? 馬鹿なのか!?」

「そうだな、交渉なら取引材料がいるか。だったら、あんたはむかつくけど生かしといてあげるよ。結界を張り直したり事後処理も必要だろうし」


 マサユキがまたもや固まった。

 淡々とした夜霧の態度がよほど腹に据えかねたのか、頬だけがひくひくと動いていた。


「話になんねぇし、むかつくだけだしよぉ! とっとと死ぬかぁ! あぁ!?」


 マサユキが激昂とともに立ち上がる。

 それが合図だったかのように、ふらふらとしていたアンデッド共がいっせいに夜霧へと身体を向けた。


「死ね」


 だが、その夜霧の一言で広場の様子は激変した。

 ひしめいていた死体がばたばたと倒れていく。空を飛んでいたガーゴイルはただの石像と化して墜落し、岩の巨人は倒れて複数のアンデッドを巻き込んで押しつぶした。

 この瞬間、不死機団は団長を除いて全滅した。

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