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第31話 ゾンビタイムしゅーりょー!

 ハナブサの領主であるリョウタは、この世界の大部分を支配する賢者たちに与する者だ。

 しかし、だからといって賢者を好意的に思っているわけではない。

 理由は単純だ。リョウタは自身をまともな人間だと思っていて、その感性からすれば賢者の関係者はろくでもない奴らばかりだからだ。

 だがリョウタがどう思っていようと、奴らは向こうからやってくる。

 今、リョウタの目前には悠々と茶を飲んでいる、ろくでもない奴らの一人がいた。

 ローテーブルを挟んで向かい側に、素肌に黒いコートを着込んだ男が大きく足を開いてふんぞり返っているのだ。

 男の名はマサユキ。賢者レインの従者であり、不死機団の団長だった。


「お前、ここに来るまでになにやらかしてんだ!」


 リョウタは怒りにまかせてテーブルを叩いた。

 ここは、ハナブサの領主が勤務するビルの一室だ。突然の惨劇報告に慌てていると、その惨劇を引き起こした張本人がしれっとやってきたのだ。


「現地調達だよ。ゾンビは日持ちしねーからな」

「ふざけんな!」


 マサユキの率いる不死機団の車両は、通りを行く人々をひき殺しながらやってきたという。

 賢者の従者ならば、通行の邪魔になった者を排除するぐらいは許される範囲かもしれない。だが、報告によれば車両はわざわざ歩道に突っ込んでいったらしい。その行為には悪意しか感じられなかった。


「いったい何しに来やがった! この街の運営は俺がレイン様から一任されている。お前が関わる余地なんかこれっぽっちもない!」

「つれねーなー。同じ戦場を生き抜いた仲間じゃねーかよ?」

「生き抜いた? お前はとっくに死んでるじゃねーか! とっととくたばりやがれ!」

 腐れ縁ではあるのだろう。賢者候補時代はレインをリーダーとして共に戦ったし、従者としても二人は同格だった。

「人を捜してんだ。協力しろよ」


 取り付く島がないと思ったのか、マサユキは本題に入った。


「断る!」

「これはレインの命令だ。拒否権はねーよ」


 リョウタは言葉に詰まった。それが本当なら否応なく従うしかない。


「捜してるのは賢者候補の日本人だ」

「賢者候補なら、管轄してる賢者に聞けばいいだろうが!」

「それがな、そいつらはギフトがインストールされてない不良品なんだよ。だからトレースができねえってわけだ」

「だから何だ。俺が知るわけないだろ! この街に日本人が何人いると思ってんだ」

「もちろんこの街が出入りを制限してねーのは知ってるし、お前が奴らの居場所を把握してるなんて思っちゃいねーよ」

「だったら何を協力しろってんだ」

「協力はこの街の奴らにしてもらうさ。日本人狩りだ。この街にいりゃ、どっかでひっかかるだろ」

「……待て。その言い方だとお前、そいつらがこの街にいるかどうかもわかってないのか?」


 リョウタの背筋が冷えた。まさかとは思う。いくらマサユキでも確証もなしに日本人を狩るなどと馬鹿なことを言うわけがないと。


「近くで列車事故があってな。そこにいたのはほぼ確定している。順当に考えれば、一番近いこの街に来るはずだろ?」

「お前、そんな程度のことで!」

「あのな、これはレインの命令なんだよ。高遠夜霧と壇ノ浦知千佳っていう二人を始末しろってなぁ。そのためなら俺は何だってするぜ?」

「街の奴らに協力させるって、どうするつもりだ?」

「不死機団はすでに配備済みでな。俺の合図で街の奴らに襲いかかる手はずになってる」

「は?」


 リョウタは固まった。マサユキは人捜しだと言っていたはずだ。なのになぜ、街の人間を襲うのか。まるで意味がわからない。


「おいおいおい。ただ、人捜しに協力してくださーいって言ったところで、誰が本気でやるってんだ? そこは死に物狂いでやってもらわねーとだめだろ? つまり二人を見つけられないと全滅しますってぐらい追い詰めねーとな」

「馬鹿か貴様! そんな状況で誰が人捜しに協力するってんだよ!」

「そりゃアンデッドが大暴れしてる中を捜せなんて無茶は言わねーよ。アンデッドの脅威が十分に浸透したところで小休止させるさ。そしたら必死こいて捜す気になるだろうがよ?」


 遊んでいる。

 マサユキは、賢者の命令にかこつけて不死機団を暴れさせたいだけなのだ。

 リョウタは唇を噛んだ。

 こんな無茶苦茶な、まるで意味のない虐殺だったとしても、それが賢者レインから下された命だというなら従うより他はない。


「ほら、さっさと結界の鍵を寄越せ」

「……レイン様はどうしてるんだ?」


 街の結界は賢者レインが張り、その管理をリョウタが任されている。

 鍵はその要だ。それがあれば結界を解除することも、強化することも、賢者系統のギフトに制限を加えることもできる。そう簡単に渡せるものではなかった。


「レインならサンタロウの尻ぬぐいだ。サンタロウの管轄は隣だからこの近くには来てると思うがな。なんだ? レインの許可がないと渡せないってか? 心配すんな。これはレインの命令でやることだからよ?」


 いくらマサユキでもレインの名を出した上で謀ることはできないはずだ。リョウタは鍵を取り出し、渋々と差し出した。


「くそっ! 俺がこの街をここまでにするのにどれほどの労力をかけたと思ってるんだ!」


 不死機団が動きだせば、ただの人捜しで終わるわけがない。

 崩壊する街の姿が目に浮かぶようだった。

 リョウタにできるのは、マサユキが捜している二人がさっさと見つかるのを祈ることぐらいだろう。

 マサユキは、リョウタから鍵を奪い取り立ち上がった。


「ま、都市建設シミュなら、災害発生はつきもんだろ。確かゾンビが発生する奴があったよな? こっから再建するのもゲームの醍醐味ってもんだぜ? もっとも、ジャンルがサバイバルホラーになっちまったら、内政チートは役立たずかもしれねーけどな!」


 マサユキが近づいてきて、気安げにリョウタの肩を叩く。


「最悪だ。なんでこんなことに……」


 百万人都市を目指す夢はここに潰えたのかもしれない。リョウタは力なくうなだれた。


  *****


 阿鼻叫喚の地獄絵図を前に呆然としていた二人だったが、先に冷静さを取り戻したのは夜霧だった。


「動きはとろそうだし、慎重に行けば街から逃げ出すのは可能かな」


 街で暴れているのは、リビングデッドやゾンビなどと呼ばれる魔物だろう。

 一匹一匹はそう強くもない魔物だが、街が混乱に陥ったのは恐怖心からだった。

 この世界には魔物がいるし、アンデッドの存在も周知されている。だが、それでも動く死体は本能的な恐怖を駆り立てるのだ。

 それに、賢者の結界に覆われた街は外敵を完全に遮断している。平和ぼけした大部分の住人は、突如として現れた敵に対応することできなかったのだ。


「助けなくてもいいの?」

「一人や二人ならいいけど、この状態で街を救うとかできそうにないけどな」


 知千佳は逃げ出すことに罪悪感を覚えているようだが、夜霧は少し立ち寄っただけの街を救う義理はないと思っていた。


『うむ。あまり関わらんほうがよいだろうな。さっさと逃げ出したほうがよかろう』


 二人はすぐにその場を離れようとしたが、そこに突然声が聞こえてきた。


『ゾンビタイムしゅーりゅー!』


 少しひび割れて聞こえるその声は、公共放送のようだった。

 そして、その声が合図になっていたのか、ゾンビ共はいっせいにその動きを止めた。


『あー、聞こえてるかー? 街の奴らー。俺はマサユキ。賢者レインの従者で、不死機団の団長だ。ま、こう言えば予想はつくとは思うが、この街の惨状は俺の仕業ってわけだ』


 そして放送は少しばかり途切れた。街はまだ混乱している。落ち着くのを待っているのだろう。


『で、なんでこんなことやってんだって思うよな? 今から説明してやるからよく聞け。人捜しを手伝ってもらいてーんだよ。捜してるのは高遠夜霧って男と、壇ノ浦知千佳って女だ。どっちも十七歳ぐらいのガキで黒髪黒目の日本人。こいつらを中央の広場に連れてきてくれ。生死は問わねぇ。ま、こんなこと言ったところでよ、誰が言うこと聞くかって話だよな? だから、連れてこなけりゃどうなるかってのを予め教えといたってわけだよ。連れてこねーなら、ゾンビ共が再び動きだすって寸法だ!』

「って、何むちゃくちゃなこと言ってんの!? こいつ!」

「確かに頭がおかしいとしか思えないな」


 信じがたい内容の放送に知千佳が憤った。


『もう試した奴もいるとは思うが街からは出られねぇ。賢者の結界をいじくって何者も通さないようにしてるんでな。いじくりついでに、結界の中で死ぬとアンデッド化するように仕込んでおいた。不死機団は随時団員を募集中でよぉ。老若男女問わず歓迎するぜぇ?』

「うまい手……ってこともないけど、いずれこの街はアンデッドだらけになるから目的を達成できるってことか。でも、それには一つ問題があるような」


 この街に夜霧たちが確実にいるならそれは有効な手法だろう。しかし、何の確証もなしにこんなことをするなら、それは狂気の沙汰でしかない。


『ああそうそう、日本人お得意のチート、賢者のギフトは制限したからそこは安心しろや。いつもえらそうにしてるやろうどもをぶちのめすチャンスかもしれねーぞ? たーだーしー、一時間後には不死機団が総出で動きだして街を蹂躙する! ま、死に物狂いでがんばれや』


 ぷつん、と音がして唐突に放送が途切れた。


「えーと、どうすれば?」


 途方にくれた様子で知千佳が夜霧を見つめる。


「逃げるしかないんじゃない?」


 建物に立て籠もっていた住民たちが、勢いよく飛び出してきた。

 外でどうにかゾンビと戦っていた者たちも、必死な形相であたりを見回しはじめている。

 ゾンビ共に追い立てられ、怯えていた街の住民が、今度は血眼になって日本人を探しはじめたのだ。


「あー、ゾンビよりも厄介かもね、これ」


 大通りで衆目に姿をさらしている場合ではない。二人は慌てて元いた路地に飛び込んだ。


  *****


「こっちに日本人がいるぞ!」

「とりあえず黒髪なら連れていけ!」


 街は魔女狩りの様相を呈していた。

 ゾンビの襲撃は、住民たちに心底の恐怖を与えたのだろう。恐怖から逃れるため、少しでも疑いのある者は片っ端から捕らえているようだった。

 二人は裏路地を隠れ歩いていた。今のところ見つかってはいないが、こんな誰かが隠れていそうな怪しい場所を捜さないわけがない。住民全てが敵に回っているのなら、いずれは見つかってしまうだろう。


「どうしたもんかな。街を出るとしても、王都までは徒歩だと厳しい距離だよな」

「駅に行ってもこの様子だとだめだよね」


 裕樹から逃げようと思っていた時点では列車で王都に向かうつもりだった。だが、今は状況がまるで違っている。


「街は封鎖したって言ってるし、列車は運行してないだろうな。そもそも、お尋ね者みたいな扱いだから行けば捕まるだろ」

「てか、なんで私たち追われてるわけ?」

「まあ賢者を殺しちゃったからな。こうなるとこれからも安穏とはいかないか」


 賢者殺しは身を守った結果にすぎない。だがそのせいで先々も面倒に巻き込まれる可能性がかなり高くなっていた。


「無闇に殺すのもこれはこれで面倒だな」


 そうは言うものの後悔はしていない夜霧だった。


「とりあえずは人目を避けて、街を出るしかないけど、ちょっと難しいか」


 この世界に日本人はそれなりにいるとはいえ、やはり目立つ。どうやって見つからずに移動するかを考える夜霧だったが、すぐにその必要はなくなった。


「いたぞ! 日本人だ!」


 路地の角から、武器を手にした男たちがぞろぞろとあらわれたのだ。

 男たちは血まみれだった。それが自らの血なのか、返り血なのかまではわからない。ただ、なんらかの暴力行為に手を染めているのは確実だ。

 夜霧はこの状況を避けるがためにこそこそとしていたのだが、その努力も無駄に終わったらしい。

 男たちの明確な殺意を夜霧は感じ取っていた。


「死ね」


 夜霧は力を放つ。瞬く間に男たちはばたばたと倒れていった。

 だが、ここにいることがばれたのか、まだまだ人々がやってくる気配がしている。


「もしかして、一般人なら殺せないと思ってけしかけてきたのか? ちょっとむかついてきたな」


 半ば操られているにしても、夜霧たちを襲うと決断をしたのはそれぞれだ。

 なので彼らを返り討ちにすることに夜霧は罪悪感を覚えない。

 だが、できることなら無関係の人間を殺したくはないと思っていたのだ。

 夜霧は、この状況を作り出した者に対して苛立ちを感じはじめていた。

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