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第29話 それを使う前に殺せばいいだけのこと

 遺跡地下一階。

 出口までの通路を歩いていた裕樹はリーザの死を感知した。


「ご主人様、どうなさいましたか?」


 隣を歩く親衛隊の二人、エウフェミアとステファニーが裕樹の様子に目敏く気付く。

 裕樹はリーザたちの行動記録を参照した。

 リーザの魔法はどういうわけか破られて、殺されている。

 少し遅れて参戦したチェルシーは、人形を無効化されて戦意を喪失していた。

 チェルシーは殺されておらず、こちらの情報について洗いざらい話したようだ。


「ま、口止めはしてないんだけどね」


 親衛隊への精神支配はごく狭い範囲に抑えていた。全てがいいなりの人形を相手にしたところで面白くはないからだ。

 それに支配者の能力についてはばれたところで問題はないと、裕樹は考えていた。明確な弱点など存在しないし、知れば知るほど相手が絶望するだけのことだろう。

 だがこの状況は不愉快でしかない。今までは知千佳の確保を片手間に考えていた裕樹だったが、この事態を受けて本腰を入れることにした。

 ホテル内にいる虫や小動物に捜索を命じる。夜霧たちはすぐに見つかった。まだ非常階段を下りている最中だ。

 裕樹はリアルタイムで彼らの様子を見ることにした。

 これでもうどこへ行こうとも逃れることはできない。無数の目が彼らを監視し続けるからだ。


「殺そうと思っただけで相手を殺せるって言ってるんだけどさ、どう思う?」


 裕樹はエウフェミアに現状を説明し、意見を求めた。

 裕樹にはこの世界についての知識はほとんどないし覚える気もない。必要なことは配下に聞けばいいだけだからだ。


「とても信じがたいお話ですが……可能性はいくつかあります。一つ目はギフトの系統上位者から干渉されている場合です」


 この世界でギフトと呼ばれるシステムは、保持者から継承することで得られる。それはコンピュータにたとえれば、基本システムのインストールに該当する行いだ。ギフトの継承でどのような力が発現するのかは人それぞれなのだが、その際に上位者は下位者に対して枷を設定することができた。


「僕の場合だと、賢者によって力が制限されることがあるってことだよね」

「はい。通常はギフトを与える際に上位者に逆らえないような制限を付け加えます。その制限にもよりますが、スキルの無効化や、即死耐性を極端に下げることもできます。ですが、あの二人が、リーザとチェルシーの系統上位とは考えづらいでしょう」

「そうだよね。無能力ってのが嘘だとしても、あの二人は僕と同じで、賢者の系統のはずだ。けど、ギフトって変更できたりするのか?」

「ギフトを変更することも、多重に得ることも場合によっては可能ではあるのですが……やはり、彼らがリーザらの上位系統のギフトを得たとは考えにくいでしょう」

「二つ目は?」

「レベル差が極端にある場合です。この場合も、相手の魔法を無効化すること、即死に見えるほどの圧倒的な攻撃を加えること、そのどちらも可能でしょう。ですが彼女らは主様より力をいただいております。リーザのレベルが七十、チェルシーが五十六ですから、彼らがこれを上回るというのも考えづらいですね」

「そうだよね。僕みたいなやりかたじゃないとこの短期間で急激にはレベルを上げられないはずだ」


 レベルとは、その存在が持つエネルギーの総量を表す値だ。ギフトを使うためにはエネルギーが必要で、これは同じくギフトを持つ者を殺すことによって、吸収することができる。

 なので効率よくレベルを上げるには、より強い敵を、数多く殺す必要がある。

 つまり、夜霧たちがこの世界にやってきてからの数日でリーザたちを上回るなど、ありえないのだ。普通にやっていては、数レベルを上げるのが関の山というところだろう。


「三つ目は、未知の力が働いている場合です。正直な話、この可能性が一番高いように思えます」

「けど、それは何の答えにもなってない」

「仰るとおりです。ですが、壇ノ浦様を諦める理由にはならないでしょうか? 未知のよくわからない力を相手にする必要などどこにもありません。主様の力があれば、彼らとの遭遇を避けることは容易でしょう」

「それはありえないよ。なぜ僕がこそこそ逃げ回らなくてはならないんだ?」


 おどけたように言ったものの、裕樹は軽く苛ついていた。それは支配者の取るべき行いではないはずだ。


「ま、あいつがどれほどすごい攻撃ができたところで関係はないさ。それを使う前に殺せばいいだけのことだろう? 何か案はある?」

「そうですね。リーザらは相性が悪かったとも言えます。どちらも魔法や人形操りといった能力に特化しておりますので、身体面では普通の人間とほぼ変わりありません。ですので、近接戦闘を得意とするクラスをぶつけるのは有効かと思います。レベルが五十もあれば、普通の人間ではその動きを捉えることなどできはしません」

「でもすぐに用意できそうにないね」


 現有戦力のほとんどは狩りに費やしている。最優先事項は資源の確保であって、それは間違っていないはずだ。第一、街中で戦闘になることなど想定してなかった。


「とりあえず使えそうなのを街に向かわせよう。けど近接戦闘だなんてまどろっこしいことをしなくても、すごい魔法とかで遠くから吹っ飛ばせばいいんじゃないかな?」

「賢者の結界内で、広域殲滅魔法の使用は難しいでしょう。街の外に誘い出せば可能かもしれません。ですが、その場合は壇ノ浦様も巻き添えになるかと思いますが」

「それは困るな。じゃあしつこく追い回そうか。そのうち音を上げるだろ」


 なにせ奴隷は無尽蔵と言えるほどにいるし、死んだところでいくらでも補充できる。

 思っただけで殺せるのが本当でも、それをいくらでも続けられるとは考えにくい。数の暴力で押し包めばどこかに隙はできるだろう。


「高遠夜霧を殺せ」


 祐樹は、待機中の奴隷すべてに夜霧抹殺を命じた。


   *****


 裕樹はこれまでの人生で後悔するほどの失敗をしたことがない。

 多少の紆余曲折があろうとも、最終的には自分の望むような結果を得てきた。

 なので彼は自分に都合のいいように物事を考える。最後には自分が勝つのだと確信していた。その何の裏付けもない多大な自信が、彼の成功を支えてきた原動力の一つだ。

 だからだろう。彼はその全能感から、夜霧の能力を安易に決めつけた。

 自分が絶対に安全な場所にいて、たとえ対応が適切ではなかったとしても、いくらでも取り返しがつくと思い込んだのだ。

 そうして彼は、たいして考えることもなくいつものように命令を下した。

 だが、それは決定的な過ちだった。

 殺戮の意思に具体的な行動が伴う。その結果、裕樹から夜霧への殺意のラインが繋がった。

 だが、それが過ちであったことを、その事実を、裕樹が知ることはない。

 結局彼は、その人生において後悔という感情を知ることはできなかった。

 ステファニーは単純だ。目の前で起こったことに反応し、嘆きはするだろうが、それが意味することをすぐには理解できないだろう。

 この世界に現れた、あまりにも理不尽な存在。

 その恐怖を理解し震えることになるのは、今のところエウフェミアだけだった。

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