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第26話 十倍の差があれば当然の結果じゃないかな

 支配者は奴隷の状態を知ることができるが、全ての奴隷の状態を同時に知ることができるわけではない。

 たとえそれが可能だったとしても、処理をする側には限界があるからだ。

 なので、重要な事柄についてだけ通知されるように設定するのが基本だった。


「ん? エリカの反応が消えたな?」


 刃物のような爪の一撃を食らいながら、橘裕樹は奴隷管理スキルが知らせてくる警告を感じ取っていた。

 今、裕樹の目の前で四本の腕を振り回して攻撃しているのは、昆虫人間とでもいうべき魔物だ。

 全身をが黒光りする甲殻で覆っわれた、身の丈三メートルほどの巨人。その膂力は人など簡単に切り裂くものだろうはずだったが、裕樹にはまるで通用していなかった。


「さすがご主人様です! 百階層の魔物がまるで相手になりません!」

 ここは裕樹たちが滞在している街の近くにある遺跡、その深部だ。

 裕樹はここで腕試しをしているのだが、まるで手応えがなく拍子抜けしているところだった。

 少し離れたところで興奮しているのは、ステファニーという上級奴隷だ。栗色のふわりとした髪型に愛らしい顔立ちをした少女で、裕樹はその肉感的な体を好んで側に置いていた。


「こいつでレベル千ぐらいなんだろ? 十倍の差があれば当然の結果じゃないかな?」


 裕樹のレベルは一万に達していた。

 レベルはただの一般人で一から五というところだ。魔物を狩ることを生業としていてもいいところ五十で、限界まで鍛え上げても人間の場合は百が限度となる。それを越えるには特殊なクラスが必要とされていた。つまり、支配者はその特殊なクラスなのだ。

 裕樹はこれだけのレベルを労せずに手にしていた。

 奴隷を操り、魔物を倒し、経験値と報酬金を得て、さらに奴隷を買い入れる。

 盗賊団を配下にし、商団を襲い、賢者の庇護下にない町や村を蹂躙して住人を奴隷化する。

 倒した魔物をうまく瀕死にできればそれも使い魔としてさらに仲間を増やす。

 小動物や、果ては昆虫までをも支配下に組み入れた。

 これを全自動で行うように設定していたのだ。このサイクルは成功し、今も凄まじい勢いで奴隷を増やし続けている。


「何者ダ、貴様!」


 甲虫人が一旦距離を取り、狼狽混じりの声をあげた。たかが人間に遅れを取ることが信じられないのだろう。


「へえ。喋れる魔物もいるんだ?」

「主様。一定のレベルを超えると魔物もそれなりの知性を獲得し、人語を解するようになります」


 そう言うのはステファニーの隣に立つ少女、エウフェミアだった。今回の遺跡探索にはこの二人が共供としてついてきている。

 エウフェミアは、半魔と呼ばれる銀色の髪と褐色の肌が特徴的な種族で、ハクア原生林にある集落を襲撃した際に手にいれた。

 裕樹は、奴隷化した半魔の中でも特別に美しかった彼女を上級奴隷として侍らせているのだ。


「なるほど。じゃあ、下級奴隷として使えるかな」


 裕樹は奴隷を上級、中級、下級、労働奴隷という四階級で区分している。全ての奴隷を裕樹が直接管理することは出来できないので、上位の奴隷が下位の奴隷を監督する階級構造を設定したのだ。

 ただ、裕樹の奴隷は四回層で制御できる数をとっくに越えている。階級の再編が必要となる頃合いだった。


「奴隷ダト! 人間風情ガ!」

「えーと、フレアボム。でいいんだっけ?」


 裕樹がなげやりに呪文を唱えた。

 ドミネーターには奴隷を支配し、管理するためのスキルしか存在しない。だが、その中には奴隷からスキルを借り受けるスキルが存在する。つまり裕樹は、奴隷が持つ全てのスキルを使用可能だった。

 甲虫人の各部が同時に爆発した。手足が全て吹き飛び、腹部には大穴が空き、頭と胴体だけになって地に倒れ伏す。

 裕樹は悠々と甲虫人に近づくと、その頭部を踏みつけた。


「コントラクト」


 瀕死に追い込み、頭部に足を載せ、契約スキルを発動する。これで支配が完了した。


「ヒール」


 ステファニーが魔法を使用すると、甲虫人の体が見る間に復元しされたる。

 彼女はヒーラーで、裕樹によりその力が強化されている。この程度は造作もないことだった。


「この遺跡って何階まであるんだ?」

「ハイ、百五十階マデトナリマス」


 支配下に置かれた甲虫人が素直に返事を返したてくる。


「じゃあ、仲間を増やしながら下層に進行侵攻しといてよ。もし百五十階まで踏破できたなら地上に出て、原生林で仲間を増やしてくれ」

「承知イタシマシタ」


 甲虫人が命令に従い、さっそくこの場を後にした。曖昧な命令の場合、その実現手段は個々の裁量に任されることになる。


「戦闘訓練のつもりで遺跡を探索していにきたけど、まるで歯ごたえがないな」


 ただレベルが上がっただけで実戦経験がないと、いざというときに足元をすくわれかねない。そう思っての遺跡探索だったが、ほとんど意味はないようだった。

 最初こそ異世界の異文化が作り上げた遺跡に物珍しさを覚えた裕樹だったが、代わり映えのしない景色に飽きはじめているた。


「主様は実戦がどうのという次元を遙かに超越しておられます。ただ王者として堂々と君臨しておられればよろしいでしょう」

「さて、エリカはどうなったんだ?」


 裕樹は特にお気に入りの奴隷を親衛隊として侍らせている。今回連れてきたのは親衛隊五名のうち二名。残りはホテルで待機しさせていて、エリカは待機組の一人だった。

 裕樹はエリカの行動記録を参照した。

 エリカは武器を隠し持った状態でホテル最上階の部屋を出て、五階の壇ノ浦知千佳の部屋に向かった。そして部屋の近くで隠身のスキルを使用し、潜みはじめたのだ。

 記録参照スキルではエリカの意図まではわからないが、知千佳が出てくるのを待っていたのだろう。

 エリカはかなりの時間をそこで辛抱強く待っていた。

 しばらくして隣の部屋から高遠夜霧があらわれた。そして、夜霧はエリカを見つめた。

 他のどこでもない。姿が見えないはずのエリカのいる場所をまっすぐに見つめたのだ。

 そして、エリカの意識は唐突に途切れた。


「ん? わけがわからないな。なんでいきなり死ぬんだ? 背後から襲われたのか?」


 行動記録は奴隷の主観視点となっているため、視界外の様子はわからない。背後から襲われた可能性が高いが、それにしてはなんの予兆もなかった。


「それは不可解ですね。エリカのクラスは暗殺者、種族は森人。しかも主様より力を授かっております。万が一戦闘で遅れを取ることがあったとしても、暗殺されることだけはありえないと思うのですが」


 暗殺者には警戒スキルがある。視界外の周辺状況を察知するスキルで、待ち伏せ時に使っていないわけがない。


「それに、なんで壇ノ浦さんの部屋の前で待ち伏せてたんだ?」


 奴隷は命令に絶対服従するが、命令外のことは自主的に判断して行動する。常に主の利益になるように行動するが、その意図は聞いてみなければわからない。


「推測でよろしければ」


 エウフェミアがかしこまった様子でそう言った。


「言ってみてよ」

「主様は壇ノ浦様を愛人にするとおっしゃいました。それが原因ではないでしょうか」

「それでどうして壇ノ浦さんを待ち伏せするということになるんだ?」

「一つは主様に相応しくないと考え、始末しようとした可能性。もう一つは主様のために壇ノ浦様を拉致しようとした可能性がございます」

「へー。でも奴隷って主が不利益を被らないように行動するものだろう? 主が好意を向ける相手を殺そうなんて思うの?」

「それが主様のためになると思ったのなら、そのような行動を取ることはあるでしょう」

「なるほどな。して欲しくないことははっきり言っとかないと、勝手に考えてこちらの意図しない行動を取ることもあるってことか」

「はい。それぞれがよかれと思ったことが、主様の意に沿わない可能性はございます」


 何もかもが全て思いどお通りというわけでもないらしい。その点は注意するべきだろうと裕樹は心に留めた。


「ま、死んじゃったら何を思ってたのかはわかんないか。高かったんだけどね」

「森人でしたら、この近くにもいくつか集落がございます。そちらを襲撃すればよろしいかと」

「お前の集落みたいにか? なに何か含むところでもあるの?」

「滅相もございません。ただ、事実を述べたまでのことです」


 エウフェミアが深々と頭を下げた。


「ま、それはどうでもいいや。そうだな、リーザとチェルシーにはエリカの遺志を継いでもらおうか。壇ノ浦さんを確保しといてもらおう」


 リーザとチェルシーはホテルに残っている親衛隊だ。

 裕樹は早速、彼女らに指示を飛ばした。自分の部屋の前で人が死んだのだ。知千佳たちはすぐにでも部屋を引き払うかもしれない。

 過程はどうあれ、裕樹は壇ノ浦知千佳を必ず手に入れるつもりだった。

 支配者の自分が、欲した女を手中にできないなどありえない。だが同時に、裕樹は一人の女に必死になるなど支配者らしくないとも考えていた。だからこそ一旦は引いたのだ。


 しかしそれは、エリカが死んだ事ことでどうでもよくなった。支配者は常に最高の女たちを侍らせていなければならない。裕樹は、エリカの代わりを用意する必要があると思いはじめたのだ。


「壇ノ浦様が犯人だとお考えなのですか?」

「さあね。とりあえず支配してしまえば何かわかるんじゃないかな。とりあえず街の外に連れ出させよう」


 街中には賢者の結界があり、賢者から与えられた力の使用には制限がかけられている。支配契約は街中では行えないのだ。

 裕樹たちは、遺跡から出るための昇降機に向かい始はじめた。

 地上に着く頃ころには知千佳の確保はできている。裕樹はそう信じて疑いもしなかった。

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