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第23話 サポート系人材が充実しすぎてる

 時間は遡り、夜霧たちを囮にしたクラスメイトが街に辿りついて少し経ったころ。

 彼らは酒場にいた。

 元の世界でいえばパブに似ている場所だろう。民家のワンフロアがホールになっていてそこにテーブルがいくつも並んでいる。

 彼らはその酒場を借り切っていた。ファーストミッションのクリア報酬としてかなりの額が支給されたので、この程度のことは簡単だったのだ。

 そこで、彼らはそれぞれの思惑をもとに話し合っていた。

 ファーストミッションを主導したのは将軍の矢崎だったが、落ち着いてくれば勝手に仕切られたことに危機感を覚える者も出てきたのだろう。

 そんな中、橘裕樹は孤立していた。

 彼のクラスが支配者だったことが、主な原因だ。

 ファーストミッションの作戦会議でそれぞれのクラス名は周知となっている。能力の詳細が不明であっても、その高圧的なクラス名だけで人を遠ざけるには十分だったのだ。

 確かに、支配者は人のみならず魔物までも支配する強力なクラスだ。

 しかし、支配に至るにはいくつかの手順が必要だった。近づいただけで発動するほど簡単なものではないのだが、そんなこと、クラスメイトにわかるわけがない。

 異世界に召喚され、ほとんど何もわからない中で孤立しているこの状況。

 普通なら焦りもするはずだが、祐樹はのんびりと構えていた。

 彼は、何の根拠もなしに自分が特別な人間だと思いこめる、とても幸せな思考回路の持ち主だったのだ。

 これは、彼がこれまでの人生で挫折を経験したことがないためだろう。彼は自分が失敗する可能性を考えることができなかった。

 なので彼は今、今後のことを考えることもなく、窓際のテーブル席に座って外を歩く現地の女性を物色していた。

 ほとんどが外国人のような容貌をしているが、時折日本人らしき姿も見かける。やはり日本人のほうが好みだなどと裕樹が考えていると、クラスメイトの一人がやってきた。


「やあ。少し話でもどうかな?」

「構わないよ。けど何の用だい?」


 やってきたのは、鳳春人だった。

 女子にもてるという点では、裕樹と双璧を為す存在だ。裕樹がモデルのような完璧な容姿を誇っているのに対し、春人は知的で飄々とした雰囲気が受けているのだろう。

 断られるとは思っていないのか、春人は返事を聞く前に裕樹の対面に座っていた。


「ちょっとしたアドバイスをしたいんだよ」

「ふーん。そういえば、君のクラスはあれだ、何だったっけ?」


 裕樹は思い出そうとしたがうまくいかなかった。基本的に男のことなどどうでもいいからだ。


「コンサルタントだよ。課題を解決するための助言を行うといった役割だね」

「そうそう、コンサルだよね。それでどうコンサルってくれるんだい?」


 聞けば思い出せた。この酒場を手配したのは彼なのだ。見知らぬ街で異世界人を相手に交渉できるとはたいしたものだ。その彼のアドバイスなら聞く価値はあるかもしれないと、裕樹は考えた。


「支配者の力を活用する方法についてだよ。橘くん、実はよくわかってないだろう?」

「それは認めるけど僕は実践派でね。こんなもの実際に使えばわかるものだろう?」


 負け惜しみではなく裕樹は本気でそう思っていた。どこまでも楽天的な性格をしているのだ。


「確かに橘くんならそれでいいのかもしれない。けど、僕の案も捨てたものじゃないと思うけどね」

「ふーん。じゃあ言ってみてよ。どうするかは僕が決めるけど」

「支配者の力は、支配下に置いた者の数に左右される。なのでまずは被支配者を増やすのが肝要だけど、相手を支配するにはいくつかの条件がある。一つ目、自分のレベル以下の者しか支配できない。二つ目、支配下に置くのは合意のもとでなければならない」


 そこまでは裕樹も知っている。そしてすぐにでも支配下を増やせない理由がそれだった。裕樹の現在レベルは1だし、好き好んで支配されたい者もそうはいないだろう。


「ただ二つ目には特殊条件がある。必ずしも合意はなくてもいいんだ。そうでなければ意思の疎通が難しい魔物の支配なんてできないからね」

「へえ? そんなのは説明に出てこなかったけどな」


 ギフトを得れば基本的な使い方はわかるようになっている。だが春人が言うようなことを裕樹は知らなかった。


「そうだね。そのあたりはゲーム的というか、自分で探ってほしいんじゃないかな。で、その方法だけど、対象を瀕死にして頭部を踏みつけるんだ。それで支配下に置くことができる」


 なぜそんなことを春人が知っているのかを裕樹は疑問にも思わなかった。コンサルタントと言われてそれだけで納得してしまっている。


「さて。それらを踏まえた上でまず橘くんがするべきなのは、この街の奴隷商のところに行き、レベル1の一番安い奴隷を大量購入することだ。難ありの奴隷なら格安で買える。これは死にかけていようと、欠損があろうとなんだっていい」

「それと支配者の力にどう関係があるんだい?」

「奴隷を購入すれば支配下に入れる事ができるんだ。奴隷はすでに本人の意思とは関係なく売買されているからね。つまり合意したのと同じことになるんだよ」

「なるほど。それで簡単に部下が手に入ると。それでどうするんだ?」


 自分で考える気がないのか、裕樹は言われるがままだった。


「五人一組ぐらいで街の外に行かせて魔物狩りをさせる。支配下に置けば命令ができるからね。どんな馬鹿でも指示どおりに動かすことができるんだ。死にかけの奴なら魔物にしがみつかせて動きを封じるとかすればいい。後は死に物狂いに特攻させれば弱い魔物なら瀕死まで追い込むことはできるだろう。そしてそいつを支配する。殺してしまったならそれはそれでいい。この世界は常に魔物の脅威にさらされているからね。どんな魔物でも倒せば何かしらの報奨金が得られるんだ」

「ん? 頭を踏みつけるのは僕がしなくてもいいのか?」

「ああ、そこが支配者の素晴らしいところだ。部下は君の一部ということになる。そしてこれも便利な点なんだけど、部下が魔物を倒しても、経験値の半分が君にも入ってくる」

「なるほど。つまり、奴隷を買って野に放つだけで、僕は自動的に儲かって強くなって、一大軍団を作れるというわけだね」


 普通の日本人なら奴隷を買うなど二の足を踏むことだろう。だが裕樹には、奴隷制度に対する忌避感がなかった。もともと自分以外の人間など脇役としか思っていないからだ。


「最初の仕込みがすんだら早めに鉱山都市エークテルに行くことをお勧めするよ。そこは古来から奴隷労働が盛んでね。奴隷の品揃えが豊富なんだ。その後はそのまま足を伸ばしてハナブサまで行くのがいいかな。近くには魔物がはびこる遺跡なんかがあって、レベルを上げたり、部下を増やしたりするにはもってこいだよ」

「なんだか僕を遠ざけたがっているようだけど、気のせいかな?」

「確かに君の存在を不安視する声はある。クラスをまとめるためには君が邪魔だと言い出す者もいるぐらいだ」

「僕がいないぐらいでまとまるとも思えないけどね」


 実際のところ、クラス内には派閥のようなものが出来上がりつつあった。すでにクラス一丸とはいかなくなっている。


「僕もまとまるなんて思ってないし、まとめる必要もないと思っている。みんなが同じ行動を取るなんてのは自殺行為だよ。賢者を生み出すには様々なアプローチが必要だ。これはその一環なんだよ。つまり見込みのありそうな人にアドバイスをして、成功確率を上げているんだ」


 裕樹は酒場を見回した。

 何人かがいなくなっている。春人が言うところの見込みのある者たちは、すでに行動を起こしているのかもしれなかった。


「もしかしてクラス内に奴隷にしたい奴でもいるのかな? 一人ぐらいなら交渉できなくもないと思うけど」


 裕樹がしぶっていると思ったのか、春人はそんな提案をしてきた。大勢のために四人を犠牲にしたぐらいだ。それぐらいはどうにかするだろう。


「いいよ。たいして気になる子もいないしね」


 裕樹が真っ先に思い浮かべたのは壇ノ浦知千佳だったが、彼女はここにいない。

 裕樹は席を立った。することは決まったのだから、ここにいても時間の無駄だ。


「ま、大船に乗ったつもりでいるといいよ。僕が賢者になってやるからさ」


 不適な笑みを浮かべ、裕樹は酒場を出ていった。


  *****


「サポート系人材が充実しすぎてるよこの世界!?」


 裕樹による長々とした説明が終わったところで、知千佳が声を上げた。

 コンシェルジュのセレスティーナを思い浮かべたのかもしれない。


「なるほど。じゃあ今こうしている間にも部下の数がどんどん増えて、レベルも上がっているってことなのか」


 それが事実なら、自信の源になってもおかしくはないと夜霧は考えた。


「そういうことだよ。それに、コンサルは気付かなかったようだけど、もっといい方法を僕は思い付いたんだ」


 裕樹はそこで間をあけた。もったいぶっているらしい。


「虫だよ。こいつらは人間や魔物の比じゃないぐらいにたくさんいる。僕はそれを支配することを思い付いたんだ! 一匹ずつはそれほどの力を持ってはいないけど、なにせ数は無尽蔵だ。虫を支配して、さらに虫の支配下を増やしていく。ねずみ算どころの話じゃないよ。僕の力は凄まじい勢いで強くなっていっているのさ!」


 もともと持っていた力でもないし、元となるアイデアも他人から与えられたものだが、それでも裕樹は得意気な様子だった。


「どうだい、壇ノ浦さん。愛人になっておけばよかったと後悔しただろう? 今さら愛人は無理だけど、中級奴隷としてなら受け入れないことも――」

「なる気ないから」


 裕樹が言い終わる前に、知千佳は即答していた。


「てかさ、後ろにいる子たちは凄い美人だし、他にもたくさんいるわけでしょ? なんで私なんかにこだわるの?」

「うーん、そうだな、ぶっちゃけて言えば体目当てだよ。この世界に来る前からずっと目をつけてたんだ」

「最低な告白されちゃったよ!」

「壇ノ浦さんて結構もてるんだな」


 夜霧は素直に感心していた。


「あー、そーいや、あの三人もそんなこと言ってたよね……」


 ろくでもない奴らにばかりに好かれていると思い至ったのか、知千佳は俯いた。


「知らなかったのかい? 学校内の壇ノ浦さんの評判はかなり良かったよ。見た目だけならグラビアモデル級だとか、喋らなければ超高校級の美少女だとか、気絶させとけば海外でも通用するとか」

「私の評判、さんざんだな!」

「ま、確かに今すぐというのは無理なのかもしれないね。だけど僕は寛大だ。ゆっくり考えるといいよ。僕はこのホテルの最上階にいるから、その気になったらいつでも来てくれたらいい」


 そう言って裕樹は立ち上がり、親衛隊を引き連れてホテルを出ていった。

 裕樹は立ち去る瞬間まで自信満々な様子で、知千佳がそのうち自分になびくと確信しているようだった。


「やっぱりちょっとむかついてきた」


 裕樹の姿が完全に見えなくなったところで知千佳が言った。


「ま、敵対してるわけでもないし、ほっとくしかないとは思うけど」


 この街に滞在していれば顔を合わせることもあるだろうし、それが鬱陶しいというのはわかるが、今のところ実害はないと夜霧は判断した。


「けどさ、あいつの仲間になるってのも悪い話ってわけでもないんじゃないかな? 俺と一緒にいるより安全かもしれないよ?」

「高遠くん、怒るよ?」

「よくわからないけど、ごめん」


 すでに怒っているように見えたので、夜霧はすぐさま謝った。


「その謝り方もどうかとは思うけど。でもさ、体目当てとか言ってる奴のところに行かせようなんて――」


 そこまで言って、知千佳ははたと何かに気付いたように声のトーンをあげた。


「てか、高遠くんもおっぱい目当てだったよ!」


 そもそもこうして夜霧と一緒にいる理由の一端を、知千佳は思い出したようだった。

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