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第21話 さすがですわ、ご主人様!

 汽車が壊れた場所から西へ約十キロ。

 レール沿いに歩いて三時間ほどでその街は見えてきた。

 健康な高校生がまっすぐ歩いたにしては少し遅いペースだが、その原因は主に夜霧の体力不足だった。


「だからロボに運んでもらえばって言ったのに」


 知千佳は呆れた様子で夜霧を見下ろしていた。

 手頃な倒木があったので、夜霧はそこに腰掛けて休憩していたのだ。

 二人とも同じようなリュックを背負っていて負担は同程度のはずなのに、知千佳は元気そのものだった。


「いまのところは、極力波風を立てたくないんだ。あのロボに運ばれてるところを誰かに見られたらどうするんだよ」


 あの巨人はアグレッサーと呼ばれていた。翻訳器が何を基準に翻訳しているのかは謎だが、それは侵略者を意味する言葉だ。

 この世界の人々にとってはおそらく敵だろうし、そんなものと一緒にいるところを見られたら即座に敵だと思われかねない。


「あのロボ、そう悪い奴でもなさそうだったけどね。けど、高遠くんって運動苦手なの? 私を押し倒した時は実に機敏な動きを見せてくれたけど」


 少しいやみったらしく知千佳が言った。


「運動はやらされてたから、それなりには動けるよ。ま、スタミナが足りないのは認めるけど」


 夜霧も最初のうちは急いでいたものの、だんだんとゆっくりに、休みがちになっていったのだ。


「何があるかわかんないから鍛えておいたほうがいいかもよ?」


 知千佳も夜霧の隣に腰をおろした。


「せめて乗り物でももらえたら良かったのに。あんなに急いで出発する必要あったの?」

『うむ。もう少し粘ればもっといろいろとせしめることができたであろうに』


 ふわふわと浮いている壇ノ浦もこもこまで一緒になって聞いてきた。


「影が差してたからね。殺意とか危険がわかるって話はしただろ?」

「何か見えるんでしょ。植芝盛平みたいだよね」

「誰?」

「合気道のすごい達人。銃弾を避けたって話があるんだけど、弾が発射される前にその軌道が光みたいに見えたんだって」

「似たようなもんかな。俺に見えるのは光っていうよりは、黒い線とか影とかそんな感じなんだけど。で、話を戻すけど、汽車のあったあたりを広範囲に黒い影が覆いはじめて危険度が急激に上昇しつつあったんだよ。危険度は三十%ぐらいかな」

「うん。パーセントで言われてもさっぱりわかんないけど、天気予報みたいな感じ?」

「そんな感じかな。このあたりまで離れれば一%以下になってるから、今は比較的安全だと思うよ」

「安全圏まで来たから休んでるみたいな雰囲気醸し出してるけど、疲れただけだよね?」

「もう街についたようなもんだろ?」


 峡谷と原生林の間にある駅。

 そう聞いていたのでこじんまりとした集落をイメージしていた夜霧だったが、実情は異なった。

 少し離れたこの場所からでも高層ビル群が見える。かなりの規模を誇る街のようだった。


「ここは壁がないみたいだね。敵が来ないってことかな?」

「そうでもないんじゃないかな。この世界、基本的には賢者の加護がある街以外は危険に満ちてるみたいだし」

「そのわりにはのんびりレールの上を歩いてきたんだけど?」

「そりゃ、敵は俺が片っ端から殺してるから」

「へ?」


 知千佳が呆気にとられた顔になった。


「魔物とか、盗賊っぽい奴とか、狙ってきてたよ」

「教えてよ! そんな中、鼻歌歌いながらのほほんと歩いてるなんて、バカみたいじゃない!」


 敵は主に原生林側からやってきていた。

 魔物は臭いをかぎつけてやってくるのだろう。常に汽車を狙っている盗賊団がいるらしいとも聞いていたので、このあたりに根城があるのかもしれない。


「言うほどのことでもないかなと」

「やっぱ武装の必要全然ないよね!」

『うむ。変形パターンをいろいろとプログラムしていたのだが、意味ないかもしれんな』


 途端に知千佳の手に剣が現れた。

 あのロボットの内部器官の一つで、形状を自在に設定できる物質とのことだった。主に筋肉のように使われるものらしい。

 ロボの外装に比べれば柔らかいらしいが、人間基準で考えれば武器として十分な硬度にも設定できる。もこもこが武装を要求すると、ロボはこれを寄越してきたのだ。

 普段は服の一部に擬態していて、もこもこが命令すれば即座に形を変える。まるで召喚でもしたかのようにしか見えない早業だ。


「てか、もこもこさんって平安時代の幽霊だよね!? なにしれっと、SFっぽい武器を当たり前に使いこなそうとしてるの!?」

『壇ノ浦流は環境に応じて進化を遂げる武術よ! ここ最近は電子戦に注力しておったのだが、知らんかったのか?』

「いやいやいや。古流武術がそっち方面にいくなんて思いもしないから!」

「でも、もこもこさんがそういうの得意で助かるよ。ギフトシステムの解析ができそうなんだろ?」

『うむ。あのロボから百万クレジットほどせしめたからの。それで、戦詩で使われているミドルウェアの使用権を購入した。戦詩のオリジナルはオープンソースになっていたから、それと組み合わせればシステムの擬似的な再現は可能だろう。ただ、オリジナルからはかなり改変されているようだから、そのあたりの解析は必要だがな。それができれば、この世界の仕組みについてかなり理解が進むだろうな。ハッキングも可能かもしれぬ』

「なんか予想外な話が、私を放っておいて勝手に進行してるんだけど! まったく何のことやらわからないし、そんなことができるもこもこさんはいったい何なの?」


 それは夜霧も思ったことだ。クレジットとはどこの通貨なのか、幽霊のもこもこがどこで何を購入したのか、ギフトシステムがプログラム的なものだとしてそれはどこで処理されているのか。もこもこは何の説明もしないので、詳細はさっぱりわからない。


『うむ。我は永い刻を過ごす内に、高位神霊へと昇華し、情報生命体として、高次情報レイヤーを認識してアクセスできるようになったのだ! 世界が変われど高次情報レイヤーに基本的な違いはなく、それを知ることで全ての世界で共通的な仕様については概ね理解できるようになり、そのレイヤーで使用されている価値交換媒体としてのクレジットを扱うことも可能となっておる。あのロボの世界は情報生命体としての生態に重きが置かれているのだろう。我の存在にも当たり前のように気付いておったしな。つまり我にもあのロボのパーツを操り、実体世界に干渉を――』

「理解させる気ないやろ!」


 煙に巻こうとするもこもこに、知千佳は勢いよくツッコんだ。


  *****


 休憩を終えた二人はハナブサの街に入った。

 城壁はなく、検問の類もない。出入りは制限されていなかった。

 ただ、街の境界は一定間隔で立っているポールで示されていた。この内側が賢者の加護が及ぶ範囲なのだろう。

 アスファルトの道路に、コンクリート製の建物。雰囲気は最初に訪れたクエンザとはまるで異なっていた。

 クエンザが中世ファンタジー欧州風なら、こちらは近世から現代にかけての日本の都市に近いだろう。

 往来をゆく人数も多く、より活気にあふれている。


「で、この街に来たのは、みんなを待つためなんだよね?」

「ここで待つか、先に王都に向かうかってところだね。どうする?」

「王都までも汽車に乗ればすぐなんでしょ? だったらしばらく待つってことで」

「じゃあここでの拠点を見つける必要があるんだけど、セレスティーナさんが紹介してくれたホテルがあるからそこに行こう」

「あー、セレスティーナさんの紹介ならもうそこでいいよね」


 知千佳は彼女に絶大な信頼を抱いているようだった。

 セレスティーナに書いてもらった地図を頼りに歩けば、すぐにそのホテルは見つかった。


「いやあー、これはすごいねー!」


 ホテルは、下から見上げるだけでは何階建てかがわからないほどの超高層ビルだった。

 外壁は無骨でたいした特徴もないが、ただ高いだけでもそのインパクトは凄まじい。この街でも有数の高層建築だろう。

 入り口は回転ドアになっている。二人はドアを押して中に入った。


「豪華だけど高遠くんのせいでラブホテルとしか思えない! どうしてくれんの!?」

「そんなことで文句を言われてもなぁ」


 明るく広いロビーは金を基調とした内装で、豪華ではあるがどこか安っぽくも見えた。

 宿泊客がほとんどだろうが、待ち合わせや商談にも使われているのだろう。ロビーは大勢の人であふれている。

 夜霧たちが興味津々でロビーを見回していると、こちらにやってくる者たちがいた。

 いつまでも入り口にいては通行の邪魔だろうと二人は横へずれたのだが、彼らは夜霧たちのほうへと近づいてくる。


「やっぱり! 壇ノ浦さんじゃないか!」


 声をかけてきたのは黒髪黒目をした日本人の少年だ。夜霧は覚えていないが、知千佳を知っているのでクラスメイトなのだろう。

 だが、彼は背後に五人の現地人らしい少女たちを引き連れていた。


「え? 橘くん? なんでここに?」


 クラスメイトはまだ原生林にいるはずだった。汽車を使った夜霧たちより先に、この街に着いているはずがないのだ。


「よかったよ、無事だったんだね。俺はさ、あいつらとは別行動。非効率なレベル上げに付き合う必要はないからさ」

「あ、そうなの? よくわかんないけど」


 知千佳もこの街でいきなりクラスメイトに遭遇するとは思っていなかったのか、何ともいえない反応をしていた。


「なんなのこの女! ユウキに対して馴れ馴れしい!」


 すると、少年の背後にいた金髪ツインテールの女が敵意をむき出しにしてきた。


「へ?」


 彼女のあまりに唐突な反応に知千佳は戸惑っていた。なぜいきなり突っかかられるのか、まるで意味がわからなかったのだろう。


「よせよ、エリカ。こいつらはクラスメイトなんだ」

「ユウキがそう言うなら……」


 エリカはしぶしぶ引き下がった。


「さすがですわ、ご主人様! 無礼な輩にたいしても寛容なそのお心! まさに王者にふさわしいものですわ!」


 今度は栗色のふわりとした髪の女が、そんなことを言ってきた。


「高遠くん、何なのこの人たち」

「俺に言われてもなー」


 少年は女たちにずいぶんと慕われているようだが、どんな関係なのかなど夜霧にわかるわけもない。


「あ、そうだ! ここで会ったのも何かの縁だしさ、壇ノ浦さん、俺の愛人にならない?」


 少年はとてもいいことを思い付いたと言わんばかりにそんな提案をしてくるが、途端に女たちの視線が殺意を帯びた。


「はい?」


 この状況に、知千佳はますます戸惑っているようだった。

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