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第20話 すでに死んでる奴は殺しようがねぇ

 一羽の鳩が、エーデルガルトの声で話しはじめた。

 伝書鳩だ。魔法生物として生まれたこれらの鳥類は、この世界において情報網の一旦を担っている。

 魔法による遠距離通信も可能ではあるが、それは互いが高位の術者である場合に限られおり、あまり一般的な手段ではない。

 ここはレインの自宅だった。

 浮遊大陸にある白亜の邸宅。吸血鬼が住んでいるとはとても思えない館の応接間において、二人の賢者がテーブル越しに向かい合っていた。

 一人はこの邸宅の主である、賢者レイン。

 もう一人は、この世界に夜霧たちを召喚した張本人である賢者シオンだった。

 エーデルガルトの声はずいぶん慌てふためいているが、要点は抑えていた。

 賢者サンタロウの死亡。そして、その件に高遠夜霧と壇ノ浦知千佳が関与している可能性についてだ。


「お前を呼んだのはこの件についてだ」


 レインがシオンを呼びつけた。話を通しておく必要があったからだ。


「あら? 私が召喚した賢者候補たちがどうかしたのでしょうか?」


 賢者候補の管理は召喚した者に一任されている。その扱いについて他の賢者は口出しをしないことになっていた。


「賢者が殺された以上、これ以上野放しにはできない。賢者候補がどうのという枠はとっくに越えているだろう。それに事件が起こったのは私の支配域内だ」


 サンタロウの支配域はマニー王国の王都周辺だが、今回は侵略者を追ってレインの支配域までやってきていた。

 侵略者の撃退に関しては縄張り意識を持ち出すべきではないが、他所で死んだとなれば話は別だ。その支配域の賢者に多少の責任問題は生じるだろう。


「彼らがやったという証拠はないのでしょう? サンタロウさんは、大きなロボットの迎撃に向かったはずですし、それに殺されたのでは?」

「かもしれん。が、彼らが賢者を殺すだけの力を持っている疑いがあるなら、これ以上野放しにはできない」


 レインはその力に興味を持っていた。しばらくは様子を見てみるつもりだったが、そうも言っていられない状況になっている。


「賢者を殺せるのなら、それはもう賢者候補どころではないですよ? 即賢者にしてもいいぐらいです。私は彼らを直に見ていますが、とてもそのような器ではなかったと思うのですが」

「では、サンタロウはなぜ死んだ?」

「サンタロウさんは、全属性優位者でしたね。使える魔法の数は賢者の中でも随一。その魔法を駆使し、あらゆる戦場に適応できるとされていましたが、個々の威力はそれほどでもなかった。つまり、器用貧乏というわけですね。ちょっとした判断ミスで死ぬこともあるのではないでしょうか?」

「簡単に言ってくれるな……だが、サンタロウには外傷がほとんどなかったそうだ。骨折はあったようだが、それは死後のものらしい。死因は不明だが、あの二人が即死魔法らしきものを使ったとお前の従者から聞いたのだがな?」

「ヨウイチくんも心配性ですからね」


 シオンがため息をついた。だからなんだと言いたげな様子だ。


「ですが、その二人が犯人だとして、何のために賢者を殺したのでしょう? サンタロウさんには外傷がなかったのですよね。つまり賢者の石を取り出した形跡はなかったと」

「腹が裂かれているといった報告はなかったな。確かに賢者を殺してそのまま放置するというのは不可解だが、動機について考えたところで無駄だろう。とにかくあの二人は始末する。お前の許可など必要はないが話は通しておこうと思ってな」

「始末、ですか。レインは不殺を標榜してたと思うのだけど?」

「そんな気持ちの悪い主義主張をした覚えはない。私は他の賢者共と違い、意味もなく殺さないだけだ。必要であれば殺す」

「ではその二人に関してはお好きにどうぞ。けれど、今回レインに呼ばれたのは別の用件かと思っていたのですが」

「別、とは?」

「サンタロウさんにも関係のあることですよ。クラヤミについてです。サンタロウさんは追い払ったと言ったそうなんですけど、まだこの世界にいるようなんです。その件についてかと」

「つまり、次はどちらが出向くか、ということか?」


 サンタロウが死んだ今、その支配域は空白となる。その穴埋めは、近隣を支配するシオンかレインが担当することになるだろう。


「ああ! そういえば先ほどのお話は貸しということにならないでしょうか?」


 シオンがいいことを思い付いたとばかりに、軽く手を打ち合わせた。


「わかった。私が対応しよう」


 なんにしろ誰かがやらねばならないことだ。それを厭うつもりはレインにはなかったし、この程度のことでシオンに対する借りがなくなるなら都合のいい話だった。


「では私はこれで失礼いたしますね」


 これで用事はすんだということか、シオンはさっさと退出していった。


「マサユキ」


 人のいなくなった応接間で、レインは誰にともなく呼びかける。


「呼んだか? レイン」


 すると、レインの背後から男の声が返ってきた。


「不死機団を率いて、ハナブサへ行け。高遠夜霧と壇ノ浦知千佳という日本人を見つけて始末しろ」

「はぁ? ちょっと待てよ。相手はその二人だけかよ? 何考えてんだ?」

「その二人だけだが確実に始末する必要がある。そいつらは即死魔法を使うらしくてな。通常の部隊では為す術がない可能性がある」

「なるほどな。だったらうってつけってわけだ。すでに死んでる奴は殺しようがねぇってな」


 不死機団は百名ほどからなる部隊だが、ほとんどがアンデッドやゴーレムなどの命無き者で編成されている。

 つまり即死魔法が通用しない者たちばかりということだ。


「けどよぉ、それなら俺一人でも十分じゃねーかぁ?」


 マサユキはレインの眷属。レインの子とも言える吸血鬼で、彼も高位のアンデッドだった。


「確実に捕捉するにはそれなりの人数がいるだろう。兵が足りなければ現地調達しろ」

「おいおいおい! それは、あれだ、つまり、ハナブサは滅んでもいいって言ってんだよなぁ?」


 その声は喜びに満ちあふれている。マサユキはすっかりその気になっていた。


「必要ならな。無意味なことはするなよ?」

「心配すんなよ、やるからには確実に成果をあげるって。なぁ?」


 レインは釘を刺した。だが、マサユキはまるで意に介してはいないようだった。


「私が出向こうと思っていたのだがな。侵略者の相手をする必要がある」


 賢者殺しの犯人を始末するのも重要なことだが、さすがに優先順位は侵略者の方が上だった。


「あーゆーわけわからん奴らの相手はレインにまかせるぜ。俺は血と臓物をまき散らしながら醜くくたばっていく、ちっぽけな人間を相手にしてるほうが性に合ってるからよぉ」


 マサユキと不死機団の力があれば、賢者候補の二人を殺すぐらい造作もないことだろう。

 夜霧たちに即死魔法しか戦闘手段がないのであれば、手も足も出ないはずだ。


 ――しかし、不死機団を相手に生き残るのであれば……。


 それは万が一にもない可能性だ。

 だが、そうであってくれればと、レインは望んでいた。

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