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第17話 もこもこさんが見てる

 ジョルジュたちの眼前で、奇妙な光景が繰り広げられていた。

 それは一見、目にも止まらない速さで行われる人外の超戦闘だ。

 だが、それはあまりにも一方的で、なのに終わる気配がまるでないものだった。

 勇者の一振りで城が揺れ、弾け、砕け散る。

 飛ぶ斬撃が無数の線となり、レインの体を細切れにしていき、放たれる光弾はレインの腹をぶち抜いて臓物をまき散らす。天より降り注ぐ雷霆はレインを激しく打ち据えた。

 当然のようにレインは見るも無惨な姿をさらす。

 だが、次の瞬間。レインは何事もなかったかのように立っている。ズタボロになった服だけが、苛烈な攻撃があったことを物語っていた。

 レインは何もしようとはしなかった。躱すことも防御することもなく、平然と攻撃を体に受け続けている。

 腕を斬り飛ばされようと、頭をかち割られようと、獄炎に身を焼かれようと、レインは次の瞬間には元通りの姿になっていた。


「な、何なのだこれは……これが勇者……いや、賢者の戦いなのか……」


 エーデルガルトが、おののきと呆れが入り交じった声を上げた。

 ジョルジュたちは部屋の隅からその戦いを目撃していたのだ。

 賢者以外には用がないということか、勇者は周囲にある程度の配慮を見せていた。そうでなければとっくにジョルジュたちは巻き添えを食らって死んでいただろう。とはいえ破片や瓦礫は飛んでくるので、それは自力でどうにかしなければならなかった。


「戦い、なのでしょうかね。賢者様はまったく何もしておられないようですが」

「もしや、勇者のギフトを無効化しているということなのか?」


 この光景を見ての感想がそれなのかとジョルジュは呆れたが、己の中で辻褄を合わせた結果なのかと思えば納得はできた。それほどに眼前の有り様は異常なのだ。


「いえ、勇者が持っているのは剣聖由来のギフトですので、賢者様の制御下にはありません。あれは実際に攻撃を受けて、その上で再生しているようですね」


 ギフトは継承されていくもので、継承上位者による制御が可能となっている。だが、勇者は系統上、賢者には繋がっていないのだ。

 ちなみに賢者の系統は魔法に偏重したギフトになりやすく、剣聖の系統は物理的攻撃が主体となりやすい。その例にもれず、勇者の主要武器は剣のようだった。

 外野がそんな話をしているうちに、勇者は一旦攻撃の手を止めていた。このままでは埒があかないと思ったのだろう。


「ふむ。これで諦めて帰ってくれるというのなら、結構なのだが」


 やはりレインは無傷だった。どんな魔法を使ったのか、いつのまにかドレスまで再生している。


「化け物め!」


 勇者は憤りつつも、怒りにまかせて攻撃するのは無意味だと悟ったのだろう。睨み付けるだけに留めていた。


「さて、小休止ということなら、話でもしないか?」


 攻撃されたことなど何とも思っていないのか、レインは実に気楽な様子だった。

 勇者は返事をしなかった。だが、攻撃をするわけでもないのは、時間を稼ぐことで何かを狙っているのかもしれなかった。


「お前は勇者らしいな。その勇者がなぜ私を襲う。勇者なら魔王でも倒していればいいだろう?」


 それはジョルジュも思ったことだ。

 賢者はこの世界を統治し、守護する者たちだ。その賢者を倒すことにどんな意味があるというのか。


「ふざけるな! お前らはこの世界にとって害悪でしかない!」

「自分で言うのもなんだが、賢者たちはそれなりによくやっているほうだと思うのだがな。干渉の度合いは賢者によりけりだが、それなりに自由は与えているだろう? 第一、この世界を敵から守っているのは我々だぞ? 倒してしまってどうするんだ。せいぜい利用していればいいだろうに」

「何が自由だ! お前らの気まぐれでどれだけの人が死んだと思っている!」

「確かに賢者のきまぐれで死ぬ者もいるだろう。だが、賢者が世界を守らねばより多くの人間が死ぬぞ?」

「だからお前らの暴虐を見過ごせと言うのか!」

「ふむ。勇者なら大局的な平和のためにでも戦っているのかと思えばどうやら違うらしいな? 誰か身近な者でも賢者に殺されたか? 奪われたか? いじくられたか? ま、何にしろ私を襲うのはお門違いだ。私はほとんど地上には降りぬからな。お前と関わりなどあろうはずもない」

「賢者は根絶する! お前が何をしたかなど関係があるか!」


 時間稼ぎはここまでということか、勇者は再度戦闘態勢に入った。

 勇者が剣を振りかぶり、勢いよく投げつける。

 幅広の直剣はレインの足元に突き刺さった。最初からレインを狙ってはいなかったのだ。

 直剣が光り輝く。

 すると、それに呼応するかのように、レインの周囲が輝き始めた。

 レインの足元には、いつの間にやら小さな刃がいくつも突き立っていた。先ほどの攻撃の際に放っていたのだろう。

 直剣の輝きを刃が反射する。刃から伸びた光の線は、レインを取り囲むように複雑な図形を描きはじめた。


「お前が不死身だろうと知ったことか! それなら! 全てを焼き尽くしてしまえばいい!」


 床に描かれた幾何学図形が、増殖し、展開し、立体を形作る。それはたちまちのうちに光の檻となって、レインを封じ込めた。

 勇者が震える右手を伸ばし、左手で掴んで抑える。

 全力を出し尽くしているのが端から見ていてもわかるほどだったが、ジョルジュたちにそれを邪魔することはできなかった。

 隙だらけのように見えてもあまりにも実力が違いすぎるのだ。近づいたところで一蹴されるだけだと思われた。


「くらえ!」


 勇者の怒号とともに、光の牢獄が更なる輝きに包まれた。

 その輝きは一瞬のことだ。

 光がおさまったとき、そこには何も残されてはいなかった。

 術に使った刃も、由緒のありそうな長剣も、床に転がっていた獣人も、そして賢者レインも。

 そこに発生したのはどれほどの高温だったのだろうか。床はどろりと融け、溶岩のように赤く輝いていた。


「アリエル……ようやく……一人めだ……」


 勇者がつぶやきとともに崩れ落ち膝をついた。力を使い果たしたのだろう。もう立つこともできないようだった。


「これは……いったいどうすれば……」

「バカか! 賢者様殺しなど重罪に決まっているではないか! ただちに捕縛せねばならん!」


 エーデルガルトは何も考えていないようで、ジョルジュは頭を抱えたくなった。

 いくら弱っていようと、勇者をそう簡単に捕まえることなどできるわけがない。

 ジョルジュは反対側の壁にいる領主を見た。

 賢者の従者ならなんとかしてくれ。そんな気持ちを込めたのだが、領主は首をぶんぶんと横に振っていた。無理だ。ということらしい。


「そのアリエルというのは恋人か何かか?」


 だが、ジョルジュたちが何かをする必要はなかった。

 レインが先ほどまでと同じ位置に平然と立っていたからだ。

 勇者の顔が絶望に歪んだ。


「……どうやって、逃れた……」

「逃れてなどいない。どうせ死なないのだ。動くのも面倒だろう?」

「……ばかな……聖剣カルテナが跡形もなくなる温度だ、塵一つ残らないはず……」


 事実、つい先ほどまでレインは完全に消滅していた。


「塵一つ残らず焼き尽くされたぐらいで死ねるなら苦労はしないな。ま、ここまでくると不死性というのも呪いじみたものだと思えるよ。これから先どれほど生きることになるのかと考えると目の前が暗くなってくるというものだ」

「……殺せ……」


 すべてを出し尽くし、それでもまるでかなわず、もう打つ手がない。勇者は失意に沈んでいた。


「お前は何を言っているんだ? そっちがつっかかってきただけだろうが。殺す理由が私にはない」


 だがレインは呆れたように言った。

 いきなり襲われたのは殺す理由にはならないらしい。寛容も度が過ぎると不気味なだけだとジョルジュは思った。


「あの、そうしますと、この件の落とし所はどうすればいいのでしょう?」


 ジョルジュが聞いた。

 ここで勇者が死ねば後腐れはないが、そうもいかないらしい。


「法に照らして処理すれば良かろう。住居侵入、殺人、器物損壊など罪状は多岐にわたるのではないか?」

「ですが、相手は勇者です。我々では拘束しようがないのですが」

「ふむ。ではこうしようか」


 レインが勇者の腕を掴む。そのまま振り返り、壁にあいた穴からゴミのように投げ捨てた。


「な!?」

「お前らには拘束できないし、私には殺す気がない。となるとそんな奴がここにいるのは実に面倒だ。最初からあんな奴はいなかったということでどうだ?」


 殺す気はないというが、この部屋はかなりの高所にある。普通の人間なら即死だろう。


「はい。ここには誰も来ませんでした」


 賢者の言うことは絶対だし、そういうことにしてしまったほうが都合もいい。ジョルジュは安堵した。


「さて、犬の獣人は消し飛ばされてしまったし、今日のところはこれで終わりか。エーデルガルト。先ほど言いかけていたことの続きだ。高遠夜霧の足取りを追え。居場所がわかったら連絡しろ」

「はっ!」


 エーデルガルトはこんな状況にあってもたいして動じてはいなかった。

 鈍いのもここまでくるとある意味すごいとジョルジュは苦笑した。


  *****


 街を出発して三日目。夜霧たちはまだ汽車に乗っていた。

 この世界の鉄道は、日本のように定時運行が厳守されているわけではないが、それでも本来であれば数時間で目的地に到着する予定だった。


「なんで幽霊のふくよかなお腹にうまりながら、充電器ぐるぐるやってないといけないの!?」


 文句を言いながらも、知千佳は充電器のレバーを回し続けていた。夜霧は人の苦労など知らずに、快適そうにゲームをプレイしている。


「そりゃ、電池が空で、充電しながらじゃないとプレイできないからだよ」

『我は物理的に場所をとらんし気にする必要はなかろう? 我は気にしとらん』

「なんか暑苦しい! 気にしないんだったら高遠くんのほうに行けばいいでしょ!」

『いや、だって、小僧怖いし』


 コンシェルジュが用意してくれたのは内装の豪華な特別仕様車だ。その車両の中ほど、四人掛けのボックスシートに、夜霧と知千佳が向かい合わせに座っていた。

 もこもこは知千佳の隣だが、横に大きすぎて席のほとんどを埋めてしまっている。そのため、二人は重なり合った状態になっていた。


「そこらへんに浮いてればいいじゃない!」

『それが困ったことにだな。移動体の中にいると、ついつい相対的に置いていかれそうになるのだ。なので、ここにいるという確固たるイメージを保つためには椅子に座るなどせねばならんのだ!』

「幽霊のくせにめんどくさい! だったら消えてくれないかな!」

『我はわざわざ姿を見せようとはしておらん。お主が見えるようになってしまっただけなのだ』


 いつのまにか知千佳は霊視能力を身に付けてしまっていたらしい。


「認識するって大事だよね」


 もこもこの存在を打ち明けたところ、夜霧もあっさりと見えるようになったようだ。


『その通りだ! 最初はなんとも思ってなかったのに、あの人耳毛出てるよね! って言われると、耳毛ばかりが気になってしまうという現象に近いな!』

「なんなの、もこもこさん、耳毛レベルの存在なの!?」

『あ、今のなしで。もうちょっとうまいたとえを考えるから!』


 もこもこが腕組みをして何やら考えはじめた。


「まあ高遠くんにはずいぶんとお世話になってることだし、充電器ぐるぐるするぐらいは別にいいんだけどさ。それはともかく、まさかこんなに時間かかるとは思わなかったんたけど」

「普通は結界を恐れて魔物は寄ってこないらしいんだけどね」


 汽車には賢者の従者が乗っていて、外敵を遮断する結界を張っている。

 これは抑止力としてのもので、普通の魔物は結界があるとわかればそれだけで去っていくらしい。だがどういうわけか、昨日は魔物が列を成して汽車に襲いかかってきたのだ。

 どうにか最寄り駅までは辿り着いたのだが、そこで術者の魔力が枯渇してしまい、汽車は身動きができなくなった。

 そして、術者が回復するまで二晩待つことになったのだ。

 こんなことはたまにあるらしく、各地に避難用の駅が設置されていた。駅には宿泊施設も用意されていて、夜霧たちはそこに泊まることになったのだ。

 三日目の昼ごろにようやく再出発。今は、ハナブサまでもう少しというところまで汽車は進んでいた。


「思ってた以上に物騒な世界だよね」


 知千佳は窓の外を見た。

 バシンと音が鳴った。魔物が突っ込んできて弾け飛んだのだ。一匹二匹が突っ込んでくるぐらいはよくあることらしかった。

 知千佳が再び前を向けば、もこもこは腕を組んだ姿勢のまま逆さになっていた。


「うっとうしいな! なんでもこもこさんぐるぐる回ってんの!」

「てかさ。壇ノ浦さんが俺の隣に来ればいいだけなんじゃないの?」

「あ、そっか!」


 夜霧と知千佳なら並んで座っても十分なスペースがある。なぜか向かいあわせに座らねばと知千佳は思い込んでいた。

 早速、知千佳は夜霧の隣に移動し、ゲーム画面を覗き見た。

 夜霧は相変わらず下手くそだった。ゲームに対する熱意と腕前は比例しないらしい。


 ――って、近いな! おい!


 密着するような姿勢になっていることに知千佳は気付いた。

 すると、突然夜霧がゲームをやめて知千佳を見た。


「え、な、何?」


 見つめられた知千佳が狼狽していると、夜霧は唐突に知千佳を押し倒した。


「ちょ! 待って! こんなとこで何すんの!? ほら、もこもこさんが見てるし!」

『我のことなら気にするな。背後霊で常にいるわけだから慣れておいたほうが良いぞ』

「さらに待って! もこもこさんずっとそばにいるつもりなの!?」


 ドン!

 知千佳が慌てふためいていると、何かが上空を通りぬけた。


「はい?」


 夜霧の肩越しに空が見えていた。

 つまり汽車の屋根が吹き飛んでしまっている。

 周囲を見てみれば、座っていた椅子の上半分も消え去っていた。夜霧に押し倒されていなければ、知千佳の首はなくなっていただろう。


「って説明してくれたらいいでしょ!」

「急に殺意の線が見えたから」


 ここでいう殺意とは便宜的な意味だ。夜霧は身の危険が具体的に見えるらしい。


「何だろうな。まさか俺たちが狙われたってことはないと思うんだけど」


 攻撃の正体はわからない。いくつもの何かが汽車を襲っているようだった。

 汽車は急停車し、大きな警報音を鳴らしはじめた。

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