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第15話 充電器って作れるものなんだ

 夜霧たちはロビーの一角にある打ち合わせコーナーにいた。

 机の上には地図が広げられていて、向かい側にはコンシェルジュの女性が座っている。


「私、当ホテルでコンシェルジュをしております、セレスティーナと申します」

「あ、はい、どうも」


 知千佳がやってきたので、あらためて説明を受けることになった。


「この街クエンザから、王都ヴァレリアまでは直線距離で百四十キロメートルほどになります。壇ノ浦さまになじみ深い言葉で言いますと、大阪から名古屋ほどの距離ですね」

「わかりやすすぎて逆に困惑するんですけど!?」


 だが、日本語を完璧に操るセレスティーナだ。日本の地理ぐらいは知っていて当然なのかもしれない。


「大阪と名古屋か。どっちが王都なんだろ?」

「高遠くん! 血を見ることになりそうな言及は避けてくれないかな!」

「王都までのルートは多岐にわたりますが、クラスメイトの方々は徒歩で向かわれたようです。賢者候補の方が戦闘経験を積みながらということですから、ハクア原生林を通られる可能性が高いでしょう」


 夜霧は地図を見た。

 この街からまっすぐ王都に向かうと、ハクア原生林、ガルラ峡谷、メルド平原の順に通ることになる。

 だが、このルートのどこにクラスメイトたちがいるのかまではわからない。

 するとセレスティーナが数枚の用紙を夜霧たちに差し出してきた。


「こちらはこの時期のハクア原生林におけるモンスター分布図で、こちらはそれらのモンスターの生態を考慮して算出した遭遇率です。賢者候補様方は低レベルであっても、通常の戦士よりもお強いですので、その点を考慮して戦闘や休息にかかる時間に補正をかけますと、現在地はこのあたりかと推察いたします」


 セレスティーナが地図を指差す。原生林の中ほどに印がつけられていた。夜霧たちの現在地であるクエンザの街からは十キロメートルの位置だ。


「あれ? 一日でこれぐらいしか進まないものなの?」

「原生林はかなり危険な場所です。これはかなり早い部類になるでしょう」

「で、追いつくためのルートはいくつかあるんだけど、セレスティーナさんは汽車を薦めてくれてる」


 先に話を聞いていた夜霧が説明を加えた。


「はい。線路は原生林を大きく迂回するように通っております。ハクア原生林とガルラ峡谷の間にあるハナブサ駅で下車していただければ、先回りすることも可能でしょう」

「俺は汽車でいいと思ってる。もしかしたらあいつらはまったくの別ルートを行ってるかもしれないけど、最終的には王都で合流できると思う。追いかけるのもめんどくさいし」

「めんどくさいってのが本音なんだね……」

「こいつらがハナブサに到着するのはいつごろ?」

「確実に算定することはできませんが、修業しながらということであれば、最低でも一週間はかかるかと」

「だったらこっちはそれよりも先にハナブサに着けばいいわけか。汽車で行けば余裕はありそうだね」


 あらためて地図を見る。汽車の速度はよくわからないが、数時間程度で行けそうな印象だ。


「いえ。すぐにでも出発されるのがよろしいでしょう。汽車の運行はかなり不規則なのです。順調でしたら三時間程度ですが、下手をすれば数日はかかってしまうかもしれません」

「すごく幅があるね」

「街の外は大変危険なのです。魔物の存在が汽車の定期運行を妨げております」

「何にしろ早めに出発したほうがいいってことだよね。私はそれでいいと思うよ」


 方針は決まった。すると、セレスティーナが二つの紙片を机の上に置いた。


「こちらが本日正午出発の王都行きチケットです」

「って、なんでそれがすぐに出てくんの!?」

「当ホテルでは、常に汽車の席を確保しておりますので」


 仲間と装備が欲しいと言えば、それもすぐに出てくるのかもしれない。

 移動に関しての話はそれで一旦終わったのだろう。セレスティーナは、首飾りを二つ机の上に置いた。


「高遠さまが金に糸目はつけないとおっしゃいましたので、少々お高くなってしまいましたがこちらの首飾りをご用意いたしました。言語翻訳を行うマジックアイテムです。ただ、こちらを過信なされるのもいかがかと思いますので、こちらもご参考になさってください」


 そう言ってセレスティーナは本を二冊机に置いた。

 ちなみに、先ほどから次々に出てくるアイテムはセレスティーナが背後にある棚から取り出している。


「この世界の言葉と日本語の対応辞書でございます。発音表記は日本語のカタカナになっておりますので、こちらで学習されるとよろしいでしょう。私がお教えすることもできるのですが、お時間がないとのことでしたのでこのような形になります。申し訳ありません」「あー、その、謝られるようなことでもないような……」


 深々と頭を下げるセレスティーナに、知千佳は呆気にとられていた。


「続けてこちらの指輪がステータスの隠蔽用です。当たり障りのないステータスが表示されるようにカスタマイズしておきました」


 そう言ってセレスティーナは指輪を机においた。銀色で装飾のないシンプルなものだ。


「通常の物ですと偽装したステータスを表示するだけなのですが、高遠さま方のお立場を考慮して二重に偽装を施しております。通常は一般人としてのステータスを。その偽装を看破された場合は、賢者候補としてのステータスを表示するようにしております」

「なるほど。賢者候補が一般人を装ってる風にするのか。で、一つ目の偽装を見破られても、それで相手が納得すればよし、と」

「もちろん、一つ目の偽装もそう簡単に見破れるものではないと自負しております」

「セレスティーナさんがそこまで自信満々なら、誰にも見破れないんじゃないかって気がしてくるよね……」

「ステータスは任意に切り替えることも可能です。三回連続で指輪を叩くと一瞬赤く光り賢者候補に。もう一度同じ手順で緑に光り一般人のステータスに戻ります」


 疑り深い者が相手の場合、二重の偽装を看破するかもしれないし、指輪を外せと言うかもしれない。

 だが、そこまで疑われているのなら、ほとんどバレているようなものだし、別の対応を考える必要がある。この指輪が便利なのは、街中でおかしな連中に絡まれる可能性を下げられることだ。


「最後にこちらです」


 セレスティーナが何やら四角いものを机の上に置いた。

 一辺が十五センチほどで、金属製の箱にレバーが付いたものだ。


「私は工業デザインを専門とはしておりませんので、このような不格好なものになってしまいました。申し訳ありません」

「え? 何なんですか、これ? セレスティーナさんが作ったの?」

「左様でございます。こちらのレバーを回していただきますと、電力が発生いたします。こちらのケーブルをゲーム機に接続してお使いください」

「はぁ……充電器って作れるものなんだ……」


 知千佳がますます呆気に取られていた。


「磁石の入手は容易ですので、電力を発生させること自体はそれほど難しいことではありません。問題は、電力規格を合わせることと出力の安定化です。一晩ではこのサイズに収めるのが限界でした」


 時間があればもっとコンパクトにできたと言いたげで、セレスティーナは若干の悔しさを滲ませていた。


「このケーブルはどうしたの?」


 ケーブル部分は既製品のようだ。さすがに、塩ビケーブルやコネクタ部分まで一晩で自作はできないだろう。


「この世界に流れ着いた異世界の品物が、若干ですが流通しております。充電器そのものが手に入れば一番よかったのですがそれはかないませんでした。代わりにいくつかの部品を入手できましたのでそれを利用して作成しております。その、これではご満足いただけないでしょうか?」


 完璧に思えたセレスティーナだが、少しばかり不安げな表情をのぞかせる。


「十分すぎるよ。ありがとう」


 夜霧は心から礼を言い、セレスティーナはそれに微笑で応えた。

 昨夜、夜霧はふと思い立ってコンシェルジュに相談してみたのだが、ここまでやるとは思ってもいなかった。


「コンシェルジュはNOって言わないって聞いたことあるけど、異世界でもそうなんだね……」


 知千佳が、呆れながらも、感心したように言う。

 夜霧はさっそく指輪をはめ、首飾りを付けた。

 リュックに充電器を入れようとして、中が金銀宝石で一杯なことに気付く。夜霧は迷うことなく中身を取り出し、充電器をリュックに入れた。


「って、高遠くん。それどうすんのよ」

「だって入らないだろ? そうだな……セレスティーナさん、これ預かっといてもらえます?」

「かしこまりました。責任を持ってお預かりいたします」


 かなりの財宝だが、セレスティーナは動じた様子を見せなかった。


「大丈夫なの? そりゃ私も持ってるけどさ」

「全部出したわけじゃないし、いけるだろ。あ、そうだ。どうせならこれ運用しといてもらえないかな」


 唐突に思いついて夜霧は提案した。何となくだが、セレスティーナならうまくやるのではと思ったのだ。


「よろしいのですか? さすがに成功の保証はいたしかねますが」

「なくなっても文句は言わないよ。全部おまかせで」

「高遠くん、いくら何でもコンシェルジュさんに、そこまでは――」

「かしこまりました」

「それもNOって言わないの!?」


 とりあえず言ってみただけの夜霧もこれには驚いてしまった。

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