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第14話 私の背後霊が最強なので、異世界だって楽勝です!

 知千佳は呆気に取られていた。

 自分の姉が、着物を着て高級ホテルの部屋の中でふわふわと浮いているからだ。

 それだけでもおかしな話だが、それに加えてここは異世界だ。こんな場所に姉がいるはずがない。


「お姉ちゃん……だよね?」


 もしかして、姉も異世界に召喚されたのか?

 あるいは、死んで化けて出たのか?

 それとも、とうとう宙に浮き上がる術でも会得してしまったのか?

 どれもありえるかもしれないと知千佳は思ってしまった。

 それほどに知千佳の姉、壇ノ浦千春は非常識な存在だからだ。


『あんなのと一緒にしないでもらいたい!』


 その声は知千佳の頭の中に響いた。一緒にするなと言われても、姉の声としか思えない。


「いやいやいや、どう見てもお姉ちゃんだよね? なんで着物を着てるか知らないけど、こんなおかしな生き物、他には絶対にいないって確信できるんだけど?」


 小柄で横に大きく、ふくよかを越えて丸いのが姉だ。シルエットだけでも判別できるその姿を見誤るなどありえなかった。


『我は、壇ノ浦もこもこ! 壇ノ浦流の開祖の息子の嫁で中興の祖とも呼ばれ、壇ノ浦流の守護神でもあり、お主の先祖で背後霊で守護霊なのだ!』


「一気に詰め込まないで!? ツッコミが追いつかないから! えーと、息子の代で、中興の祖って、それからどんだけ伸び悩んでるの? うちの流派!」

『ふふっ。全然駄目だ! うまいこと言おうとして空回りしておるわ!』

「幽霊にダメ出しされた!?」


 そして知千佳は気付いた。これは姉ではないのかもしれない。

 姉はボケ倒す人間なので、ツッコミの質に文句を言ってきたりはしないからだ。


「あの……本当にお姉ちゃんじゃないんですか?」

『壇ノ浦もこもこだ!』

「何しに来たんですか?」


 たとえ背後霊などがいたとしても、普通は現れたりはしないものだろう。


『我は守護霊ゆえ、普段はお主を悪霊などから霊的に守護するに留めているのだがな。さすがにこのような事態となってはそうも言っておられんので直接助けてやろうと思って出てきたのだよ。まあ立ち話も何だ。荷物を置いてそこらに腰掛けるがよい』

「はあ、ではお言葉に甘えて」


 実際のところ、もこもこはただの不審者なのだが、妙に逆らいがたいものを知千佳は感じていた。姉の面影があるせいか他人の気がしないのだ。

 知千佳は、手にしていた荷物を床に置いてベッドに腰掛けた。


「いくつか疑問があるんですけどいいですか?」

『なんなりと聞くがよい!』

「なんで今ごろ出てきたんですか? 助けにくるならもっと早くてもいいんじゃないですか?」

『一人になるのを待っておったのだ。あの小僧マジヤバイから!』

「小僧って……高遠くんのこと?」

『うむ。不用意に姿を現そうものなら、その瞬間に消し飛ばされる可能性がある。だから、明日にでも我のような者がいることを前もって伝えておいてもらえると助かるのだが』

「それはいいんだけど……もこもこさんは幽霊なんですよね? 高遠くんの力で殺せるってことなんですか?」


 夜霧の力は圧倒的だが、幽霊などという不確かな存在にまで通用するのか、知千佳は疑問に感じたのだ。


『我はそれなりに高位の神霊なので、こりゃヤベェってのは本能的に感じるわけだ。あの小僧からはそれをビンビンに感じておる』

「まあ、高遠くんも話せばわかる人……だと思いますから、言っておけば大丈夫だと思いますけど。それで助けるってなんなんですか?」

『そうだな。最近はやりのWEB小説のタイトルっぽくたとえると、「私の背後霊が最強なので、異世界だって楽勝です!」みたいな感じだろうか?』

「まわりくどすぎて意味わかんない!」


 平安時代の幽霊とは思えないたとえ方だった。


『ま、先ほども言ったように我は霊体ゆえ、基本的に物理的な手助けはできないわけだ。なので霊的な防衛が主な手助けとなるな。実際、すでにそれはやっておるのだ。ほれギフトのシステムがどうとかあっただろう? インストールを邪魔したのは我だ』

「あんたのせいかい! 何余計なことしちゃってんの!」

『うん? あんなわけのわからんものが欲しかったのか?』


 そう言われて知千佳は言葉に詰まった。

 ギフトのインストールに成功していれば、クラスメイトと別れることはなかっただろう。だが、それが本当にいいことなのかがわからなかったのだ。


『確かに利点はある。あれは戦闘のためのものでな。インストールしただけで、好戦的になり、死の恐怖が抑えられ、殺戮への忌避感が麻痺してしまうのだ」

「え? それってやばくない?」

『だが、魔物が現れたといっていちいちびびっておってはすぐに死んでしまうぞ? この世界で生き抜くためには戦いは避けられん。どんなぼんくらでもそれなりに戦えるようになるというのは利点だろう』

「あの、クラスとかスキルってやつは利点じゃないの?」

『あれは博打じゃな。どんな能力になるのかは与えた賢者もわかってはおらんだろう。マイナスにしかならん能力の場合もあるはずだ』

「じゃあ欠点は?」

『信用できんということだな。魂の内側に喰らい込むような代物だ。どんな目的で何をされるのかわかったものではない。あれを受け入れた時点で、賢者どもに生殺与奪権を握られるということになるのだ』


 魂と言われても知千佳には具体的にイメージできなかった。しかし、誰かの意のままに操られるのかと思えばいい気がしないことは確かだ。


「ありがとう。って言っておくべきかな」

『うむ! 盛大に感謝するがいい!』


 最初のうちはかしこまっていた知千佳だが、段々とフランクな物言いになってきていた。もこもこのほうもそれを気にしている様子は特にない。


「ねえ。だったら他のインストール失敗の人も背後霊みたいなのが邪魔したの?」

『他は知らんな。実際この世界までついてこられた守護霊は我だけだ』


 もこもこは得意気な顔になっていた。

 今となってはわからないが、バスで死んだ彼らにもインストールに失敗する理由があったのかもしれない。


「さっき壇ノ浦流の守護神って言ってたよね。だったら、なんで私のところにいるの? お姉ちゃんのところにいくのが筋なんじゃないの?」


 姉の千春は壇ノ浦流の正当継承者だ。守護するならそちらだろうと知千佳は思った。


『あいつ弱っちいからの。とても継承者の器ではない。なので、お主には生きて元の世界に帰ってもらわねば困るのだ』

「帰りたいのはやまやまなんですけども、今のところ高遠くんに頼りっきりと言いますか……」


 壇ノ浦流弓術。

 平安時代から続く総合格闘術で、壇ノ浦家は今もその技を伝えている。

 知千佳もそれなりに心得はあるのだが、ドラゴンやら魔法やらスキルやらが登場する世界で、古武術が役に立つとはとても思えなかった。


『ま、壇ノ浦流をそこそこ使えるぐらいでは、いかんともしがたいだろう。そこで! 我が壇ノ浦流の真伝を伝授してやろうではないか!』


 もこもこがにたりと笑う。

 知千佳は、嫌な予感しかしなかった。


  *****


 ロビーにやってきた知千佳は疲れた顔をしていた。


「おはよう。寝られなかった?」


 そういう夜霧はぐっすりと眠れたのか、すっきりとした顔をしている。


「まあ、ね。いろいろあって。で、今日はどうするの? みんなを追うために情報収集とか?」


 当面の目標は王都に向かったクラスメイトと合流することだ。そのためには王都への行き方を調べる必要がある。


「それなんだけどね。先に手は打っておいたんだ」

「え? いつの間に?」

「昨夜の間に」

「もしかして、一人で勝手に出歩いてたの!?」

「違うよ。そこの人にお願いしてみた。コンシェルジュだって」


 夜霧はロビーの一角を指差した。

 そこにはスーツを着た女性が立っている。

 知千佳がそちらを見ると、女性は軽く会釈をしてきた。

 そつのない美人で、意味もなく知千佳は気圧されてしまった。


「そしたら、クラスメイトたちのおおよその現在地を調べてくれて、そこまでの行き方を何パターンか紹介してくれて、言葉の問題を解決できるアイテムとステータスを隠蔽できるアイテムを用意してくれて、ゲーム機の充電方法まで考えてくれた」

「コンシェルジュが有能すぎて、何もする必要がないんだけど!」


 頭を悩ませていた課題のほとんどを、美人コンシェルジュが一晩で解決していた。

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