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第13話 ラブホがどうとか言ってる男の子と一緒の部屋とかないわー

「って、ちょっと待ってください! 衛兵ってその、街の治安を守るようなお仕事なんですよね!?」

「そのとおりだが?」


 知千佳が聞くと、女兵士は自信満々に答えた。

 女兵士は金髪碧眼で彫りの深い顔立ちをしている。どう見ても日本人ではないが、日本語を自然に話していた。


「見てたってなんなんですか! 私たちあの人たちに襲われかけてたんですよ! なんで助けにきてくれないんですか!?」

「それは大事の前の小事というやつだろう。大局を見ていない者の意見だな。我々はとある犯罪組織の調査をしていてな。彼らの背後に連なる貴族連中を探っていたわけだ」

「つまり、俺らが誰に売り飛ばされるのかを追跡したかったってことですか?」


 夜霧は丁寧な口調を心がけた。無駄に楯突く必要はないからだ。


「そのとおりだ! 彼らをここで捕まえたところで、口を割りはしないだろう。そんなことはこれまで何度もやってきているからな!」

「高遠くん……やっぱり、この世界の人たちもろくでもないのばっかだよ……」


 確かにそのとおりだが、同時に少々抜けている女だと夜霧は思った。捜査情報を自慢げにぺらぺらと喋るなど、普通はありえない。


「で、その彼らはなぜか急に倒れはじめたんですけど、今ごろやってきて、俺たちに何の用でしょうか?」


 夜霧は白を切ることにした。

 彼らをここで殺すことは容易い。だが相手は公権力だ。このまま会話でごまかせるならそれにこしたことはない。


「それだ! 見ていれば、こいつらがバタバタと倒れだしたではないか。何がなんだかさっぱりだ。こうなると間近で見ていたお前たちに聞くのが手っ取り早いと思ってな?」

「俺たちがこれをやった、とは思わなかったんですか? その場合のこのこと近づくのは危険ですよね?」


 少々踏み込みすぎのきらいはあるが、疑問に思った夜霧は聞いた。


「もちろんお前たちがこれをやった可能性は大きいと思っている。なにせ誘拐されそうになっていた張本人なのだからな! だが! 我らには賢者様の加護がある! 日本人の、賢者様由来のギフトは通用しないのだ! どうだ? その様子なら知らなかったのだろう? ん? もしや、今焦っているのではないかぁ?」


 追い詰めたと思ったのか、女兵士はにやついていた。確かに賢者が与えた力なら、賢者には対応が可能なのかもしれない。

 おそらく賢者から力を与えられた日本人はそれなりにいるのだ。そして治安維持のためには彼らへの対抗手段が必要となる。


 ――となると、賢者から与えられた力で、賢者に反抗するのは難しいってことか。


 夜霧はなんとなくこの世界の構図が見えたような気がした。

 賢者が賢者候補を召喚し、その中から賢者が生まれる。そしてその新たな賢者がまた賢者候補を召喚していく。そこには、上位の者に絶対に逆らえない階層構造が生まれるはずだ。


「いえ。別に焦りはしませんが。そもそも俺たちはその賢者様のギフトを持っていませんし」

「なんだと!? おいジョルジュ! こいつらを鑑定しろ!」

「はい……確かに、彼らはギフトを所持していません。この周囲にも魔力の残滓は見当たりませんので彼らが何かをした可能性は低いでしょう」

 女兵士の背後に控えていた男が答えた。こちらも違和感のない日本語だ。

「どういうことだ!」


 女兵士が夜霧に食ってかかった。


「俺に聞かれても知りませんよ」

「なら、なぜ嘘をついた! 怪しいではないか!」

「説明するのがめんどうだったからですよ。その点は謝りますが、俺たちも何がなんだかわかってないんです。いきなり目の前で人がばたばたと倒れはじめたって言っても信じてもらえるとは思えないじゃないですか」

「くそっ! もういい! 行くぞ! あいつらを検分せねばならん!」


 女兵士は子供のように拗ね、部下を引き連れて袋小路の奥に向かった。


「すみませんね。いきなり突っかかられて気分を害されたことでしょう。でも、エーデルガルト隊長はそんなに悪い人でもないんですよ。ただ、視野がものすごく狭いと言いますか」


 ジョルジュと呼ばれた男が夜霧の側に残り、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「いえ、疑いが晴れたのならそれでいいんですが。これは純粋な疑問から聞くんですけど、誘拐されるのを見過ごすつもりだったんですよね?」

「その点を言われますと非常に心苦しいんですが、一応すぐに殺されることはないだろうと、そういう判断のもとにですね」


 さらに申し訳なさそうにジョルジュが言った。


「まあ、結果的に助かったわけですし、今さらそれはいいですけど」

「ただ、このまますぐ帰ってもらうというわけにもいきませんので、基地までご足労願えませんか? 調書を作成したいのですが」

「いいですよ。その代わりというわけでもないんですけど、泊まれる所を紹介してもらえないですか? 実はホテルに行くはずが、こんなところに連れてこられたんですよ」

「はい。それぐらいでしたら」

「おい! 一人生きてるぞ! 犬の獣人だ!」


 隊長が大発見のように喚き立てた。

 手加減で生き残った唯一の相手だ。

 念のためにここで殺しておくべきか。夜霧はそうも思ったが、手間暇をかけた成果だ。少し惜しいような気がしたので、そのままにしておくことにした。


  *****


 調書作成が終わると、夜霧たちはあっさりと解放された。

 そのまま拘束されることを夜霧は警戒していたが、調書作成というのは建前ではなかったらしい。

 彼らはギフトに絶対的な信頼を持っている。ギフトのない夜霧たちは容疑者になりえなかったのだ。

 約束どおり泊まる場所をいくつか紹介してもらった夜霧たちは、その中で一番の高級ホテルに行くことにした。

 安宿では不衛生で、治安も悪いかもしれない。金は無駄に持っているし、ケチる必要はないだろう。二人の意見は一致した。


「おぉおおお! 何これ! すっごいじゃん! お城みたい! ってお城の中なんて見たことないけど!」


 ホテルに足を踏み入れた知千佳が、ツッコミを交えながら驚いていた。

 ロビー内は昼のように明るく、様々なものが輝いてる。調度の類はどれも高級品だと一目でわかるが、それでいて押しつけがましくなく調和していた。清掃は隅々まで行き届いているらしく、塵一つ落ちてはいなかった。


「なんかラブホテルっぽい感じ?」

「って、行ったことあんの!?」


 知千佳がさらに驚いて聞いてくる。


「一時期かくまってもらってたことがあるんだよ。そこがこんな感じだったな」

「そんな風に言われるとこの金ピカな雰囲気が急に安っぽく思えてくるんだけど!?」

「で、部屋どうする? 一緒に泊まる?」


 高級ホテルだろうとここは異世界だ。何があるかわかったものではない。身を守ることを考えるなら、極力一緒にいたほうがいいと夜霧は考えた。


「ないわー。ラブホがどうとか言ってる男の子と一緒の部屋とかないわー」

「じゃあ一応隣同士の部屋にしてもらおう」


 それほど本気で言ったわけでもないし、隣の部屋であっても知千佳を守るぐらいはできると夜霧は思っていた。

 フロントに行き、手続きを行う。

 高級ホテルのためか、日本語での対応にも全く問題はない。

 二人は翌日の朝、ロビーで落ち合うことになった。


  *****


 知千佳は割り当てられた部屋に入った。

 室内も十分に明るかった。魔法なのか、電力なのかはわからないが、自由に光量は調節できるらしい。

 シングルルームのようだが、無駄に豪華で広い。ベッドも十分に大きくて、夜霧と二人で寝てもまだ余るほどだった。


「って、何考えてんだか」


 今の知千佳は夜霧に頼り切っている状態だ。夜霧がいなければ無事にここまで辿りついてはいないだろう。

 その点では十分に感謝している。

 そして、こんな境遇で夜霧に迫られたなら、断るのは難しいと知千佳は思っていた。


「けど、どうなんだろうなー。私に興味あんのかなー。おっぱいだけかなー」


 いきなりということになると否定的な気分にもなるが、それなりに手順を踏んでくれればあるいは……。という気がしないでもない知千佳だったが、そんな甘ったるい気分は一気に吹き飛んだ。

 部屋の中に誰かがいたのだ。


「誰!?」


 先ほど部屋を見回した時には誰もいなかったはずで、しかもその誰かは宙に浮いていた。

 すぐにでも逃げ出して夜霧を呼ぶ。それが最良の選択のはずだが、知千佳にはそれができなかった。

 なぜなら、知千佳はその人物に見覚えがあったからだ。


「お姉ちゃん!?」


 見覚えがあるどころの話ではなかった。

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