目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第12話 とりあえず後ろの奴らは死ね

「ミレイユ! ここでのことは忘れるから引いてよ! 高遠くんはこう見えて無茶苦茶強いの! あなたたちじゃ適わない!」


 そんな言葉に従う奴らじゃないことは知千佳も十分に承知しているだろう。だが、それでも黙って見過ごせなかったようだ。


「にゃにゃ? そんなはったりは通用しないにゃよ? この世界はギフトが全てにゃ。ギフトのないとてよわのお二人には何をすることもできないにゃ」

「俺は高レベル鑑定を持ってるからな。お前らがギフトを持ってないことは確実にわかってるんだよ!」


 そんな話をしているうちに、五人の獣人が夜霧たちの背後に回り込んだ。

 夜霧は敵の武装を確認した。

 剣を持つ者が主だ。素手の者は魔法を使うのかもしれない。

 網や、重りをつけたロープを持っている者もいる。捕獲が目的のためだろう。


「とりあえず後ろの奴らは死ね」


 それで背後の五人が一斉に倒れた。まずは半分に減らす。手加減の実験をするためだ。

 二人はこの街に来るまでに、力の使い道について話し合っていた。

 知千佳もいろいろと悩んだようだが、身を守るために敵を殺すことについては受け入れている。

 ただ、夜霧の力はあまりにも強力なため、使い勝手が悪い。

 そこでもう少し手加減ができないかと相談しあったのだ。


「お前、今何を……」


 襲撃のリーダーは、夜霧の仕業だと即座に判断した。

 そう判断したのなら即座に逃げればいい。だが、彼らは棒立ちになった。こんな場合にどうすればいいか、まるでわからなかったのだ。

 彼らがここでするべきことは命乞いだった。それで助かる保証はないが、それが一番ましな選択だろう。

 夜霧は敵が逃げても、向かってきても攻撃するつもりだったからだ。

 残りは六人。夜霧は順に片付けることにした。


「半分死ね」


 虎の獣人を指差し言う。虎の獣人はたちまち崩れ落ちた。

 夜霧は下半身を狙ったのだ。これが手加減として考えた方法の一つだった。

 夜霧の能力は、対象とする者を死に追いやる。ならば対象を分割し、部分的に殺すことはできないか?

 手加減など考えたことのない夜霧にとってこれは未知の行為だった。


「アアあああっ……@@@@@@@@@###!」


 虎の獣人が意味不明な叫びを上げた。

 生きてはいるようだ。だが、その叫びもすぐにやんだ。


 ――ま、当然か。いきなり上半身だけになったら普通は死ぬだろうし。


 体内でどのようなことが起こったのかはわからないが、半分は多すぎたのだろう。

 次はもっと部位を限定しようと夜霧は考えた。


「右足首」


 羊の獣人に力を放つ。

 だがこれは失敗した。慣れていないためか、そこまで細かく対象を設定できなかったのだ。

 結果、羊の獣人は即死した。


「左腕」


 豹の獣人を狙う。

 これは成功した。だが、結局死ぬことに変わりなかった。

 唐突に左腕が機能不全を起こす。それで生き残る者もいるかもしれないが、ショック死する者もいるのだろう。


「余計な力を使う割にはうまくいく感じがしないな……」


 夜霧はぼやいた。これなら何も考えずに殺してしまったほうがいい。


「眼球」


 犬の獣人に対して力を行使する。

 これは成功した。右足首よりも細かい部位だが、器官としての独立性は眼球の方があるためだろう。


「おぉぉぉお! @@@@@@@@@@@@@!」


 犬の獣人が目を押さえて転げ回る。


「鼻、耳」


 続けて犬の獣人めがけて力を放った。この獣人が犬と同等の能力を持っているなら、鼻と耳を生かしておくわけにはいかない。

 これも成功。だが、五感のうち三つを殺しておいて、手加減も何もないだろう。


「な、何なんにゃ! お前はいったい何なんにゃ!」


 ミレイユが慌てふためく。

 あっというまに残りは三人になっていた。日本人のリーダー。猫獣人のミレイユ。性別不明の蜥蜴人間。

 素手の蜥蜴人間が殺気を放つ。

 何かをしようとしたようだが、それは夜霧がカウンターで発動した力の前に潰え、蜥蜴人間は即死した。

 残りは二人となった。


「さあね。説明するのもめんどくさい」


 花川の時と違い情報収集の必要はない。よって脅迫の必要はなかった。

 夜霧は隣を見た。

 知千佳は辛そうな顔をしている。だが、止める気はないようだった。後顧の憂いを断つ覚悟はできているらしい。


「た、助けて! 助けてください! わ、私はこの日本人に従ってただけなんです! 家ではお腹をすかせた弟たちが私の帰りを待ってるんです! ち、父はどこかの女と浮気して出ていったきりで、母は病気で高い薬がいるんです! お金がいるんですよぉ!」


 おかしな語尾は媚びをうるための演出で、今それを使うのは逆効果だと判断したようだ。

 それは正しい。夜霧はにゃあにゃあいうミレイユのあざとさを鬱陶しいと思っていたからだ。


「そうなの?」

「は、はい! そうなんです! だから――」


 夜霧の反応に一縷の希望を見いだしたのだろう。ミレイユはリーダーのそばを離れて夜霧たちに近づいてきた。


「だからって強盗して、人を売り飛ばしていいわけないだろ」


 ミレイユの顔が絶望に染まり、その足は止まった。


「お前は……お前は何なんだ……無能力者じゃ……」


 リーダーが恐怖に顔を歪めて後退る。


「何とかなりそうな感触もあるけど、手加減するのは非効率だな。メリットもたいしてないし」


 これでは徒に恐怖を煽っているだけで、それは夜霧の本意ではない。


「お、同じ日本人だろ? な? 助けてくれよ? この世界じゃこうして生きていくしかねーんだよ!」

「一緒にしないでくれよ」


 結局のところ、この手の輩は反省などしないし、同じことを繰り返すだけだろう。

 生かしておいたところで、後々面倒になるだけだ。


「死ね」


 二人に向けて力を放つ。本意ではなくとも実験は完遂せねばならない。

 だが、何も起こらなかった。


「は、ははっ。不発じゃねーか!」

「い、今のうちに!」


 二人が慌てて逃げていく。


「え? ちょっと! 逃がしちゃっていいの!」


 夜霧の行為を積極的に肯定するわけではないだろう。だが、知千佳も逃げられることのリスクは理解しているようだ。


「逃がしてないけど?」


 だが、二人は何事もないように全力で走っていき、そのまま姿を消してしまった。


  *****


 ミレイユは全力で駆けていた。

 前傾姿勢から四つん這いになり、全ての手足を駆使して石畳を蹴っている。


「おい! 先に行くな――」


 リーダーが何か言っていたがミレイユは無視した。この状況で待つことなどできるわけがない。

 路地を何度も曲がり、壁を蹴り、建物を駆け上って、十分に距離を稼いだと判断してようやく足を止める。

 どこかの屋根の上でミレイユはうずくまった。

 限界まで体を駆使したためか、動悸がすぐにはおさまらない。


「な、何なの……あの化け物は……」


 まるで意味がわからなかった。

 夜霧が一言二言つぶやくと、冗談のように仲間たちが倒れていく。

 およそ現実味のない光景だ。だがそのあっけなさが、死は理不尽に降りかかるものだという思いを強めていった。

 ただの取るに足らない無能者のはずだった。

 何の力も持たない、この世界においては奴隷以下の存在のはずだった。

 しかも、滅多にいない日本人の無能者だ。

 武器屋で彼らを見つけたとき、ミレイユはとても運がいいと思った。

 あっさりと捕獲し、金を巻き上げて貴族どもに売り払う。それで終わりのはずだった。

 それがなぜこんなことになっているのか。

 どう考えても納得がいかなかった。

 だが、今それはどうでもいい。

 とにかく逃げ切った。それを喜ぶべきだろうとミレイユは思う。

 まずは落ち着くのを待つ。

 そう考えたところで、あまりにも静かすぎることにミレイユは気付いた。

 何の音も聞こえない。

 そして、それが何を示すのかに思い至り、ミレイユの背筋は凍った。

 先ほどまで慌ただしいほどだった動悸を、まるで感じられなかったのだ。


「あ……」


 そのうめき声を最後に声が出なくなる。息を吐くことができなくなっていた。

 心臓が止まっている。

 目の前が急激に暗くなっていく。

 苦し紛れに爪を伸ばし、屋根をかきむしるが、そんな行為に意味などない。

 そうするうちに力が入らなくなり、意識が混濁していく。


 ――あんな奴らに関わるんじゃなかった……。


 やがて、ミレイユは静かに息絶えた。


  *****


「街に来るまでに説明したと思うけど、俺の能力は不可逆なんだ。一度発動すれば止めることはできなくて、相手は必ず死ぬ」

「うん、それは聞いたけどさ」

「けど、死ぬまでの時間は多少融通が効く。まあ、これは手加減とは言えないけど、ほとんど使ったことがないから実験させてもらった」

「じゃあ……」

「どこかで死んでるはずだ」


 夜霧からすれば強盗犯を返り討ちにしただけだ。

 知千佳もそれは理解してくれているようだが、そう簡単に割り切れるわけでもなさそうだった。


「とにかくここは離れようか。証拠はなくても、こんなところを誰かに見られるのはまずそうだし」

「そ、そうだよね! こんなところを見つかったら犯人にされちゃうよね!」


 一刻も早くここから移動する。

 そう決めた二人は袋小路の出口へと向かったが、そこに人影が現れた。


「止まれ」


 その人物は、威圧的な日本語で命令してきた。


「なんでしょうか?」


 夜霧は立ち止まり聞き返した。


「衛兵だ。この状況について質問がある」


 鎧を着込んだ女兵士だった。背後には数人の部下らしき兵士を引き連れているのでリーダーなのだろう。


「と、言われましても、路地で迷ってこんなところに迷い込んだら、こんな状況だったんですが」


 あたりを見回しながら、平然と夜霧は言った。


「嘘だな」


 女兵士は鼻で笑った。


「なぜなら、私は一部始終を目撃していたからだ」


 女兵士が自信たっぷりに言い放つ。


「やっぱり犯人にされちゃったよ!」


 知千佳が悲鳴のような声を上げた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?