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第10話 オーケー! わかるよ! 日本人お得意様よ!

 夜霧たちが北の街に到着したのは夕方になる頃ころだった。


「結構距離があったな。徒歩で一時間ぐらいなら四キロメートル前後ってところか」

「いやー、まさか到着がこんな時間になるとは思いませんでしたねー」


 知千佳が嫌み混じりに言う。

 太陽の位置で判断するなら、この世界に来た時点では午前中だった。

 それからいろいろあったとはいえ、こんな時間になったのは夜霧が唐突に寝てしまったからだ。


「仕方がないだろ。力を使うと眠くなるんだ」

「それってやばいんじゃないの?」


 心配そうに知千佳が聞いた。今のところ知千佳の安全は、ほぼ夜霧の能力にかかっているのだ。で気にもなるだろう。


「別に? 起きてようと思ったら起きてられるぐらいの眠気だけだし、寝てても殺意の感知はできるけど?」

「なんなの、そのデメリットのなさは……」


 ぼやく知千佳をよそに、夜霧は目の前にある街を見た。

 まず目に付くのは大きな壁だ。街をぐるりと取り囲んでいるらしく、出入りは制限されている。つまり城塞都市というわけで、それは外敵がいることを示している。


「ねえ、なんか門を閉めようとしてない?」

「そりゃ、夕方ぐらいには閉めるもんなんじゃないの?」

「だったら急いでよ!」

「急ぐのはいいけどさ」


 知千佳が慌てて駆けだ出したので、夜霧もついていった。


「あの、すみません! 中に入れてもらえないですか!」


 知千佳は門の前にいた男に話しかけた。男は西洋風の鎧に身を包み、槍を手にしている。門を守る兵士なのだろう。


「@@@@@@@@@?」

「何言ってんのかわかんない!」


 だが、返ってきたのは何語とも判断のつかない言葉だった。


「そりゃ、異世界だとしたら通じない方ほうが普通なんじゃないの?」

「少し、わかる。日本人か?」


 すると門番は片言の日本語で話しかけてきた。


「そうだよ。入れてもらえる?」

「待ってて。領主様、呼んでくる」


 夜霧たちは門の中にある控え室に通された。

 椅子に座ってしばらく待っていると、兵士が領主を連れて戻ってきた。豪華な衣服を身につけているが、一目で日本人とわかる顔立ちの男だがやってきた。豪華な衣服を身につけているということはこの男が領主なのだろう。


「昼間に来た奴らとは別口か? めんどくせーなー。何のよう用だよ?」


 苛立ちを隠そうともせずに領主は言った。

 賢者の従者と呼ばれる者だろう。この世界では、賢者候補として生き残れば重要な地位につけるとのことだった。


「その昼の奴らとはぐれたんで追いかけてきたんだよ。とりあえず街に入れてくれない?」


 知千佳と話し合った結果、まずはクラスメイトと合流することになった。

 囮にされはしたが、それでも異世界で孤立するのは嫌だと知千佳が言ったのだ。

 知千佳の意図はさておき、夜霧もその方針には賛成だった。

 元の世界に戻るには賢者に会って情報を得る必要がある。そのためには賢者を目指す集団と一緒にいるのが妥当だろうと考えたのだ。


「ちっ。本当なら入場料を取るとこなんだが、どうせ金なんざもってねーんだろ。賢者候補の邪魔はするなとの賢者様のお達しだ。入れてやるよ」

「昼の奴らは王都に向かったみたいだけど、ここからどうやって行ったらいい?」

「賢者様にお前らの邪魔をするなとは言われたが、協力しろとは言われてないんでな。勝手に調べろよ」

「そりゃどうも」


 これ以上ここにいても無駄だろう。夜霧は席を立ち、知千佳もそれに続いた。


「ああそうそう。金がないなら泊まるところもないだろ? 女の方ほうだけなら、俺の屋敷に個人的に泊めてやってもいいぜ?」

「結構です!」


 下卑た目つきで領主が言うが、知千佳は一顧だにしなかった。

 知千佳が夜霧の手を掴んで強引に歩いてい行く。

 街に入ったところで、立ち止まりようやく手を話離した。


「そんなにあいつが嫌だったの?」


 夜霧は不審に感じた。知千佳は妙に慌てていたのだ。


「そりゃむかつくのは確かだけど、私が心配したのはあいつの命の方ほう。高遠くんが殺しちゃうんじゃないかと思って」

「なんだよ、人を殺人鬼みたいに」

「って、自覚のないことにびっくりなんだけど?」

「あのさ。気にくわないとか、むかつくとか、そんな程度で殺すわけないだろ。人をなん何だと思ってんだよ」


 夜霧は少しだけ傷付いた。実害もないのになん何でもかんでも殺すと思われていたらしい。


「ねえ、見て見て! ファンタジーって感じの町並みだよね! ああっ! ほら、猫っぽい人とかもいる! 獣人ってやつ?」


 夜霧の傷心に気付きもしないのか、知千佳は街を見てはしゃいでいた。

 石畳の通りに、石造りの建築物が並んでいる。夜霧にも、ゲームなどでお馴染みの中世欧州風の町並みに見えた。


「電気はなさそうだから、充電は無理そうだよな」

「まだそんなこと言ってんの? で、これからどうするかなんだけど」

「何かするなら日が暮れる前だろうね。何か考えでもあるの?」

「まずは武器を手に入れるべきだと思うのよ!」


 知千佳はそれがとてもいい考えだと思っているようだった。


  *****


 この世界の文字はわからないが、看板に書いてある絵で武器屋かどうかはなんとなくわかる。

 夜霧たちは目に付いた武器屋らしき店に入ってみた。


「身を守るための武器なら特にいらないと思うんだけど」

「けど、高遠君が身を守ったら相手は死んじゃうんでしょ?」

「殺す気で襲ってきた相手が死ぬのは自業自得だと思うんだけど」

「でもさ、こっちが武器を持ってたら相手もそう簡単に襲ってこないかもしれないじゃない」

「そうかなぁ。俺らが武器を持ってたところで大たいして効果はなさそうに思えるけど」


 素人が武器を手にしたところで無駄なのではと夜霧は思ったのだ。

 店内は盛況だった。武器に需要があるということは、それだけ危険も多い世界なのだろう。

 武器は店内に展示されていて、客たちはそれを物色しているようだ。店カウンターの中奥にも飾ってあるがあるようだが、そちらは高級品なのだろう、あまり人はいなかった。

 客には明らかに人間ではない者たちもいた。

 猫の耳が生えているだけの人間から、全身が獣毛や鱗に包まれている人間離れした存在まで様々だ。この世界ではこれらの種族も一般的な存在らしい。


「これなんてどう?」


 知千佳が刃渡り三十センチほどの剣を手渡してくる。武器を恐れる様子はなく、どこか手慣れた様子だ。

 夜霧は手に持ってみた。思ったよりは軽く、取り回しはよさそうだが、やはり使いこなせる気がしない。


「威嚇のためなら、もっとごつい奴のほうがいいんじゃないの?」

「重いと持ち歩きが大変でしょ。高遠君体力なさそうだし」

「やっぱり俺はいらないよ。持ってると邪魔になるし」


 下手に武器を使おうとして隙が生じる方ほうが問題だろうと夜霧は考えた。


「そう。まあ無理にとは言わないけど」


 知千佳は次に自分のための武器を選びはじめた。


「うーん、あんまり大きいと持ち歩きが不便だけど、小型だと射程が……接近専用に弭槍みたいなのをつけらんないかな……」


 知千佳は弓を手になにやらぶつぶつと言っている。


「はりきってるとこ悪いけど、言葉通じるの?」

「まあ、買う物見せてお金を渡せば大丈夫じゃない?」


 楽観的ともいえるが、大たいした度胸だった。言葉が通じないことにあまり不安を感じてはいないらしい。

 結局、知千佳は小型の弓と矢筒などを選び、カウンターに持って行いった。


「すみません、日本語わかりますか?」

「オーケー! わかるよ! 日本人お得意様よ!」


 やはり片言だが、この世界の住人は日本人を相手にすることに慣れているようだ。

 知千佳が適当に金貨を取り出すと、店主は驚きの顔を見せた。どうやら多かったらしい。

 だが、手持ちにあるのは金貨や宝石といった高価そうなものばかりだ。面倒になったのか知千佳はそのまま押しつけた。


「買ったのはいいけどさ、弓って難しいんじゃないの?」

「それは大丈夫。慣れてるから」

「壇ノ浦さんって弓道部?」

「部活には入ってないけど、まあ似たようなもんかな」


 知千佳は背負っているリュックに弓などを取り付けた。そして店を出る。

 すると、猫耳の生えた女の子が立っていた。

 まっすぐに夜霧たちを見つめているので、待っていたらしい。


「お兄さんたち日本人にゃ? この街は初めてとお見受けしたんですが、何かお困りではないですかにゃ?」


 流暢だが語尾のおかしい日本語で、猫耳の女の子は話しかけてきた。

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