「奴隷ってなんだよ。逆らわないって言われて誰が信用すると思う?」
「そこは、それ。ここは異世界ですから、いいものがあるわけなんでござるよ!」
そう言って花川は空中から何かを取り出した。
「今何をやった?」
夜霧は警戒した。
花川は手ぶらだったはずだ。なのに気がつけば手に何かをもっている。
殺意は感じなかったので危険はないはずだが、ギフトの全貌はまだわかっていない。十分に注意する必要がある。
「アイテムボックスからアイテムを取り出したんですが?」
「それは誰でもできるの?」
「あ、これはレアスキルでして誰でもってわけでもないのですが、けどおかげで勇者パーティの荷物持ち扱いだったんですよ。ってそう! 拙者を仲間にするとお得ですよ! アイテムボックスが使えるから荷物は運び放題ですし、回復魔法でどんな怪我も治るし、二回目だからこの世界の知識も十分にあるなんてすばらしすぎるでしょ! 絶対お役に立ちますから! だから殺さないでくださいー!」
花川は地面に頭をこすりつけた。
「……あの、壇ノ浦さん的にはどうですかね? その、ここはひとつ、高遠殿にとりなしてくれるなんてことは……」
花川はちらりと知千佳を見上げた。
知千佳は悩んでいる様子を見せた。襲うつもりでやってきた相手だ。複雑な思いもあるだろう。
そして、考えがまとまったのか、知千佳はゆっくりと話しはじめた。
「私は高遠くんに助けられたから、今こうやって無事でいられる。それを受けいれた以上、いまさら助けられ方が気に食わないなんて言う資格は私にはないし、花川くんの処遇についても何か言うべきじゃないと思う」
「のああああ! 知千佳たん、案外クールでござるよー! ここは、感情的になって、後先考えずに、なにも殺さなくてもいいじゃない! とか、いい子ちゃんぶるのがヒロインの正しいあり方だと思うのですが!」
「それで? 取り出したそれは何?」
夜霧は花川が手にしている物を見た。
それは金属製の無骨な円環。首輪のようなものだった。
「これは奴隷の首輪でござる。これを付けて最初に見た者に逆らえなくなるという、ウルトラレアなマジックアイテムなのでござるよ! ほら、これをこうして!」
花川が首輪になにやら操作すると二つに分かれた。そして、花川は自ら首輪を装着して知千佳を見つめた。
「ご主人様ー! なんなりと御命令をー。なんなら靴でもお舐めいたしますがー!」
花川が正座のまま、知千佳ににじりよっていく。
「いやっ! 来ないで!」
すると花川はピタリと動きを止めた。
「なるほど。けど、本当に逆らえないのかは疑わしいな。演技かもしれないし」
「なんか嫌……というかすごい嫌なんだけど……ご主人様やめる方法はないの?」
「言いたくない! 言いたくないでこざる! けど、命令には逆らえない……何があっても奴隷状態だけは解除できないのでこざるが、主人の権利を他者に移譲するのは可能なのでござる」
「そっか。じゃあ、高遠くんに移譲する」
なんの未練もないのだろう。知千佳はあっさりと言い放った。
「えええええええ! なんで! ナンデ! 知千佳たんの奴隷というのもそれはそれでありかと思っていたのでござるが!」
「こんなの押しつけられてもな……。わかったよ。殺すのはやめよう」
夜霧はなんだか馬鹿らしくなってきた。
「ほんとでござるか!」
「けど、お前をつれていくつもりはないよ。そうだな、あそこに森があるだろ?」
「魔獣の森ですな。獣王が支配する人外の領域とのことでござる。魔王退治とは関係がなかったので、行くことはなかったのでござるが、あそこにはかなりの化け物どもがうじゃうじゃといるらしいのですよ。もっとも、あの森の魔獣たちは人間とは距離を置いているので、立ち入らない限りは何も問題はないということでござる」
「あそこで別命あるまで待機ってことで」
「話を聞いていたでござるか! 危ないとこだって言ってんで……ちょっ! なに勝手に立ち上がろうと! う、あ、足がひとりでに……」
花川は命令通り、森に向かいはじめた。
「あ、そうそう」
夜霧は思い出したように花川に話しかけた。
「なんでござる! やはり冗談だったというおちゃめな感じでござろうか!」
花川は首だけで振り返り、期待に満ちた眼差しを見せた。
「いや、口止めを忘れてたと思って。俺たちのことは誰にも喋らないで」
「それだけでござるか! その、今からでも遅くはないのですよ? 拙者は粉骨砕身お役にたつ所存でござる!」
「それと」
「なんでござろうか! 」
花川が目を輝かせた。今度こそ助かると思ったのだろう。
「金目のものがあるなら置いていって」
「まさかの強盗行為でござるよ!」
花川はアイテムボックスを操作して、アイテムを草原にばらまいた。
「じゃあね。とっとと行ってきて」
「いや、ちょっと! 情報も金も取るだけ取ったあげくに、めんどくさそうな感じで人を死地に送り込もうとしないでくださらぬか! ほんと、マジやめてー!」
いくら叫びぼうともその足は止まらない。花川は嫌々ながらも森に向かっていった。
夜霧は立ち上がり、ばらまかれたアイテムを拾い集めた。
金銀宝石各種。この世界での価値はわからないが、かなりの金額になるだろうと思われた。
「何か入れ物がいるよな」
「あっ。取ってくるよ。バスの中に大きめの鞄を持ち込んでる人がいたと思う」
そう言うと、知千佳は壊れたバスからリュックを二つ持ってきた。緊急避難的なことかもしれないが、人の物を盗ることにたいして抵抗はないようだ。
それに人が何人も死んでいるのにそれほど気にしている様子もない。
度胸があるというよりは、まだ現実味がないのかもしれなかった。
「じゃあ、分けて持とう。高そうな宝石とかは念のため隠しもっておいて。役に立つこともあるかもしれないし」
金目の物をリュックに入れ、一段落ついたところで夜霧は腰を下ろした。立て続けに力を使ったせいか少々眠くなってきている。
「それと、食べる物。お菓子みたいなのしかなかったけど」
「そういや、夕飯がまだだったか」
知千佳はスナック菓子や、クッキーの類も持ってきていた。
夕飯はホテルについてからの予定だったので、当然腹はすいている。
二人は粗末な食事を始めることにした。
「とりあえず、当面の面倒事はかたづいたのかな」
「花川くんのことはあれでいいの?」
ほっと一息という様子の夜霧に、知千佳が呆れたように言った。
「連れていくのはちょっとね。本当に奴隷になってるのかわからないし、いつ裏切られるかわかったものじゃないよ」
「疑い深いなあ、高遠くんは。演技には見えなかったけど」
「演技じゃなかったとしてもそれが永続するものかわかんないだろ?」
「だったらさ、私はどうなの? 私がいきなり高遠くんを裏切るかもしれないよ?」
「それならそれでいいよ。壇ノ浦さんを守ろうと思ったのは俺の勝手だから」
夜霧は本心からそう言った。
「あの、こんなこと言うのもなんだけどさ。高遠くんと私ってこれまでほとんど話したことなかったよね? なんでその、ここまでして守ろうとしてくれるの?」
「うん? そういやなんでだろうね?」
聞かれて夜霧は考え込んでしまった。当たり前のように知千佳を守らねばと思っていたが、そう言われると何が理由なのかと思案してしまう。
「いやいやいや、なんかあるでしょ、ほら? 私が美少女すぎて思わず守りたくなったとか、そーゆーのがさ?」
冗談めかして知千佳が言うが、その口調には呆れがあらわれていた。
「ああ!」
「え? 何か心当たりが?」
「おっぱいが柔らかかったから?」
「この世界、ろくな男がいやしねーよ、こんちくしょう!」
知千佳の叫びが草原に響き渡った。