「……つまり、おまえら三人は魔王を倒したら、元の世界に追い返されたんだな」
花川の過剰に装飾された話を、夜霧は簡単にまとめた。
「拙者の異世界チート冒険談をあっさり要約しないでいただきたい!」
「聞いてるうちにどうでもよくなってきたけど、思ったより重要な情報が含まれてたな。お前らはどうやって、元の世界に帰ったんだよ?」
現状最優先するのはこの世界に適応して生き延びることだが、最終目的は元の世界に帰ることだ。最悪でも知千佳は帰したいと夜霧は思っている。
「それがですな。前回は魔王を倒すという条件でイマン王国の魔術師に召還されて、確かに魔王を倒した瞬間に戻れたのでござるが、今回はよくわからないのでござる」
「俺、こいつらのこと知らなかったんだけどさ、長期間いなくなったりしてたの?」
「そんなことはないかな。たまに病気で休んだりはあったと思うけど」
「拙者たちがこちらの世界で過ごしたのは一年ほどですが、帰還すると数時間しか経っていなかったのでござる。こちらとあちらでは時の流れが違うのやもしれません」
それも朗報だと夜霧は考えた。しばらくはこちらにいることになりそうだが、それなら戻った際の時間的な食い違いは最小限で抑えられる。
「魔王って何なんだ? 倒したんならこの世界は平和になったんじゃないの?」
「魔族の国が魔国で、魔国の王が魔王なのですが、魔国は複数存在しておりますな。拙者たちは、イマン王国に隣接している魔国の王を倒したのでござるよ。ですので、イマン王国は平和になったのだと思いますぞ」
ちなみに夜霧たちのいるこの草原は、マニー王国の国土とのことだった。イマン王国からはかなり離れているらしい。
「俺たちも、どこかの魔王を倒せば元の世界に戻れる? まあ、それは俺らを喚んだ賢者に話を聞くしかないのかな」
召還時に帰還条件が設定されているのかもしれないが、それは明かされていない。
そして、帰還条件があるとしても容易いものではないはずだった。賢者は、賢者となるものを求めて召還しているのだ。そう易々と帰しはしないだろう。
「別に拙者は帰りたいわけではないでござるが……異世界チートハーレムの夢が……」
この状況にも慣れてきたのか、花川はぶつぶつと不平を漏らしていた。
「それで、元の世界に戻ったお前らがおとなしくしてたのはどういうわけ?」
先ほどの態度から察するに、あんな力があれば元の世界でもやりたい放題にやる奴らだろう。だが夜霧の知る限り、日常を脅かすような騒ぎは起こっていなかった。
「もちろん力が使えるかは真っ先に試したでござるよ! でも、元の世界ではだめだったのでござる」
「で、再度召還されたら以前の力がそのまま使えたのか。同じような奴は他にいるの?」
「拙者たち以外は知らないでござる」
だが、三人もいたなら他にもいる可能性はある。夜霧は心に留めた。
「他人のステータスって簡単に見られるもんなの?」
「普通は無理でござるな! 拙者のように鑑定スキルをあげまくらないと!」
花川はドヤ顔で、鑑定スキルをいかに上げたかを語りはじめたが夜霧は聞き流した。
普通は無理と言われても楽観はできない。ギフトを持っていないことはばれると思って行動したほうがいいだろう。
「クラスのやつらは今どうしてる?」
「セカンドミッションが始まったので、王都に向かうと言ってたでござるな」
北に見える街に到着したところでファーストミッションはクリアとなり、すぐにセカンドミッションが始まった。
セカンドミッションの目的は賢者になるために偉業を成し遂げることだった。
「偉業ってのは?」
「誰もが認めるような凄いことですな。いくつか偉業とされることがあるのでござるが、何にしろ王族の協力は不可欠とのことで、レベルを上げながら王都に向かうことになったでござる」
「で、お前らは勝手に抜け出してきたと」
「今更レベル上げなんてやってられないでござるよ! 前回は魔王を倒してようやくハーレムライフを送れると思っていたのに強制送還でござるよ? 今度こそ好き勝手に楽しもうと思うではないですか!」
「楽しむ、ね。ま、いいけど。このあたりに街は他にある?」
「一番近いのはやはり北にある街ですな。ここから南に行っても街はあるのですが、ちと遠いので徒歩では厳しいでござる」
それから夜霧は思いつくままに、この世界のこと、ギフトのことなどを聞いていった。
「俺の聞きたいことはこれぐらいかな。壇ノ浦さんは何かある?」
「え? 私? そうだなぁ。花川くんたちは強いんだよね。ドラゴンを倒そうとは思わなかったの?」
知千佳は少し恨みがましい、じとりとした目で花川を見つめた。
花川たちがドラゴンを倒していればこんな状況にはなっていないと思ったのだろう。
「それは……怖かったのでござるよ。ドラゴンは倒せるかもしれないでござるが、あの賢者様がヤバすぎたのです! 賢者様の意向がファーストミッションのクリアだというならそれに従って、大人しく街に向かうしかなかったのでござる」
「そりゃ、賢者って人は手から何か出したりして怖かったけど、そこまで? 花川くんたちも強いんでしょ?」
「それは知千佳たんが、ステータスを見ることができないからでござるよ! 賢者様のレベルは一億を超えていたでござる。そして恐ろしいことに、秒単位でレベルが上がり続けていたのでござるよ! そんな化け物に敵うわけがないでござる!」
「レベルがどうこうって言われてもいまいちピンとこないけどな」
レベルが一億と言われても、どれぐらい強いのかを夜霧は想像できなかった。
「東田殿でレベルは千ほどでござった。拙者はそれほどでもなくて九十九でござる」
「一億とか聞いた後だと二桁とかずいぶんしょぼいよね」
知千佳が率直な感想を述べた。夜霧も同感だ。
「しかたないでござろう! 人間の種族限界レベルが九十九なのですからして。レベル限界突破のスキルを持っているか、レベル条件のないクラスでないと、九十九を越えることはできないのでござる!」
「じゃあもう一つ質問。みんな矢崎くんに素直に従ってたけどあれは矢崎くんが何かしたの?」
「矢崎氏のスキルですな。ジェネラルには『カリスマ』『統率』『作戦立案』といったスキルがあるのでござるよ。妥当な作戦だと認めてしまったら逆らえないですな。もっともたいして強制力のあるスキルでもないので、参加者に不利益がある場合は無効となってしまうのでござるが」
知千佳がくやしげに視線を落とした。
友達の城ヶ崎ろみ子のことを思い出したのだろう。花川の説明が本当なら、ろみ子も無能力者たちを置いていくのを作戦として認めたことになる。
「なるほどな。不利益だというなら俺たちにはものすごく不利益な作戦だ。けど、俺たちはスキルの判定外ってことなのかな?」
おそらく、統率スキルとは多少の不満を抑え込み、集団行動をスムーズに行うためのものだろう。
そして、ギフトを得ていない夜霧たちは、作戦に関わることができなかったのだ。
「そんなところでござろうなぁ」
話が終わり、沈黙が訪れた。
ならばもう用はない。夜霧は右手を花川に向けた。
能力の発動には発声も指さしも必要ではないが、対象をイメージしやすいのでこのようにしている。
「ちょっ! ちょっと待つでござる! もしかして殺そうというのでは! エターナルフォースブリザードで!」
「いや、そんな変な名前じゃないけど。まぁそういうことで」
「なぜに! なにゆえに!」
「生かしておくと厄介かな、ぐらいの感じで」
「軽っ! 人の命をなんだと思ってるでござるか!」
「俺に害意を持ってる奴なら、とりあえず殺してもいいか、ぐらいに思ってるけど」
ちらりと花川の背後を見る。そこにはその言葉が真実である証拠が倒れていた。
「ないです! 本当に害意なんてありませんから! 勘弁してくださいぃぃ!」
素に戻った口調でまくしたてながら花川は土下座した。
少し夜霧は迷った。
なにも片っ端から殺したいというわけでもないからだ。
ただ、能力を知った奴を野放しにするのは、少々面倒かと思ったぐらいのことだった。
「そ、そうだ! 奴隷! 奴隷になりますから! 絶対に逆らいませんから!」
日常生活では滅多に使わない単語を花川は口にした。